遠征 最終日
遠征が延長され、4日目は作戦会議に費やした。
本当は山に入りたかったが、3日目の好天が嘘のような吹雪に、断念せざるを得なかった。
だが4人でじっくり話し合えた事はプラスに働く事だろう。
大白熊達の特徴、村の事、白の事、色々聞けて、月夜達の思いも深まった。
そして迎えた5日目、今度こそ泣いても笑っても最終日だ。
与えられたチャンス、悔いは残さないようにしたい。
「でも本当に大丈夫ですかね? 学院長は静かにしてろって言ったんでしょ」
雷太が念のためという感じで確認する。
「大丈夫だよ。学院長、電話の時しきりに司の事話題に出してたんだよね」
「月導ですか? そういえば会いましたね」
「そう。それで私達のリーダーは誰なのかって事」
「月導ですね、名前だけですが」
「リーダーがあれなんだから、私達だってやりたいようにやろうよって話。私の解釈はね」
いたずらっぽい笑みを浮かべる月夜。
「都合の良い解釈ですね。まあ全面的に賛成ですが」
昨日の話し合いや学院長の話から出した今日の作戦。大まかにやる事は2つ。
まずはリーダーであろうあの一際大きかった大白熊の打倒。
そして餌場の餌をちゃんとした物に入れ替える。
学院長から聞いた話だと、口惜しいが狂化した熊を元に戻す事は出来ないという。
狂化はあの餌によって起こされている現象の可能性が高いらしい。
だから打倒と餌交換。その為の作戦も建てた。餌も村の人に頼んで用意した。まずはこの前の巣穴に向かう所からだ。
吹雪という訳ではないが、雪は少しちらついている。慎重に行きたい所だが、山の天気は変わりやすいというし、やる事は早くやらないといけない。
「天気も悪くないし、早速向かおうか。よろしくね、白ちゃん」
白に道案内を頼み、山へと出発する一行。
先頭に白と護衛の為に雷太、後ろを月夜と雪野が着いていく。
4日目辺りからだろうか。雷太と白が仲良くなっているように月夜は感じていた。
白が心を許した感じが出ている。雷太も満更でもなさそうだ。
「なんかあの2人、良い感じかな」
「……ん。そうかも」
「雷太君が離れていきそうで心配?」
「……ううん。約束してるから」
首を横に振り、噛みしめるように言う雪野。
「なんか堅い絆って感じでいいね」
「……ん」
月夜の言葉に、雪野は嬉しそうに首肯する。
前の方では白と雷太が楽しそうに会話している。
最終日、月夜が思っていたよりも良い雰囲気が漂っている。
ふと見上げた空も、そこまで暗くなく、まだ雪は強くなりそうではない。
このまま何事もなければいいと願いながら、一行は目的地まで向かって行った。
「あれ?」
目的地に着いた月夜は、何か違和感を感じる。
巣穴の周りには大白熊達の姿はない。それどころか一昨日感じた生き物の気配すらなかった。
「もしかして誰も居ない?」
「だとするとラッキーですけどね」
もしかしたら巣穴の奥で眠ってるだけかもしれない。
慎重に魔法で奥の方も確かめてみるが、やはり大白熊の姿は確認出来ない。
「ここって巣穴だよね? こんなに誰も居ないなんて事あるのかな?」
「いえ、今まではこんな事なかった筈ですし、考えにくいですが」
月夜の疑問を、半信半疑で白は否定する。
だが実際に居ないものは居ないのだ。理由は気になるが、追求は後回しにする。
「今のうちにやる事やっちゃおうか」
月夜達は周囲に細心の注意を払いながら、持ってきた餌を置く事にした。
問題はあの怪しい木の実は触れるのだろうか。司と会ったあの場所の実と同じ性質なのだろうか。
いざとなれば自分の魔力を削ってでもやる気でいた月夜だったが、その覚悟は空振りになる。
巣穴の中に入るとあの木の実が綺麗さっぱり消えていた。
当然疑問を持った月夜達だったが、ないものはないのだ。
罠かとも疑ったが、驚く程何もなく皆で協力して餌の交換を終わらせる事が出来た。
「なんかあっけなく終わったね」
「そうですね。月夜さんの普段の行いが良いからですかね」
「そうだといいな。でも現状には強烈な違和感があるんだよね」
「そうですけど、まずは一端ここを離れましょう」
もっと困難な道のりを想定していただけに、作戦の1つが簡単に終わりむしろ警戒心が強まる月夜。
「なんで餌が消えてたんだろうね」
「ポジティブな理由ではないでしょうね」
「だよね。なんだろう、誰かの悪意が裏にある気がするよ」
ほんの一瞬だけ司がやってくれたのではと思ったが、よく考えなくても司がそんな事やってくれる筈がないと、希望的観測を放棄する月夜。
「ここでその答えを考えても仕方ないか。それでリーダーの打倒の方はどうしよか」
「まずは居場所を探す所からですね」
1度安全と思われる場所まで移動して、次の行動について打ち合わせする月夜達。
「どこに居るんだろう。白ちゃんは心当たりある?」
「過去に大白熊達が居た場所でいくつかはありますけど」
急に消えた餌と大白熊。今までない経験に、心当たりにも自身なさげな白。
「手分けする? 別れると危ないかな?」
「今の俺らじゃ別ると戦力的に厳しいですよね」
「やっぱり。じゃあ皆で行こうか」
雪も強まってきた。急がないと今日中に終わらせる事が出来ないかもしれない。
とりあえず白の心当たりの場所を虱潰しに探す事にする。
司と出会った場所、かつて白が大白熊と遊んでいた場所、村の方まで探してまわる。
とっくにお昼は過ぎ、早くしないと日が落ちてしまいそうな時間になっても見つからない。
長時間雪の中を歩き回り、流石に疲れが見え始める月夜達。
「居ないね。少し休憩しようか」
「時間も惜しいですが、急いては事をし損じるとも言いますしね」
休憩出来そうな場所を探す月夜達。
「あれ? ねえこれって」
探している途中に偶然、山の中に不自然に雪が寄っている場所を見つける。
「けもの道ってやつですかね」
「もしかして、大白熊達の痕跡かな?」
「そう見えますが、でもこれは」
ついに見つけた手がかりに嬉しそうな月夜達とは対照的に白は怪訝な顔をしている。
「白ちゃん? 何が気になるの?」
「いえ、上に向かってるなと」
「そうだね。登るのは大変そうだけど頑張らなくちゃね。休憩どうしようか?」
「それもそうなのですが」
歯切れが悪い返事が続く白。
「不安そうだけど大丈夫だよ。俺が守るから」
「それは有り難いのですが」
格好つけた台詞も流され、恥ずかしそうな雷太。
「もしかして上に向かうのっておかしい事なの?」
「はい、このタイミングですと」
「タイミング?」
「普段の大白熊達なら昨日みたいな吹雪の後には上には行きません」
「そうなんだ。何か関係あるの?」
白の言葉にあまりピンとこない月夜。
「彼らは知能も高いですから、平時からあまり高所には行かないんです。さらに雪が強く降った後となると、あまり斜面で震動を与えると良くないですから」
「っあ! そういう」
白の説明で気づいた瞬間、月夜は全身が総毛立つ。
普段とは違う大白熊達の現状。上に向かっているけもの道。白の懸念。
昔は人々と共に暮らしていると聞いて、まさかそんな事しないだろうと勝手に決めつけていた。
大白熊達を狂化した存在は何を思ってやった? もし、万が一少しでも彼らをコントロール出来るとしたら。
司と会った日に感じたあの背筋のゾワつきを思い出す月夜。想像はどんどん嫌な方向に進んでいく。
「すぐに追おう。白ちゃんは危ないかもしれないし村に戻ってる?」
「いえ、最後まで付き合います。それに雷太さんが守ってくれるんですよね?」
「おう。任せといて」
焦ってはいても、白の事を気遣う月夜。
嫌な予感はしていても、この時の月夜にはまだ慢心もあった。
山に詳しい白に、最近少し頼もしく見えてきた雷太、いざとなれば雪と相性が良い雪野もいる。
気づけば少し吹雪いてきていたが、このメンバーならなんとか出来る気がしていた。
☽☽☽
吹きすさぶ雪の中、中々進まない足に気持ちばかりが焦る。
早く辿りつかないといけないのに、不慣れな雪山では思うようにいけない。
こうしている間もいつ最悪の事態が起きるとも限らない。
「もう少し歩けば開けた場所に出ます。ッキャ!」
「おっと、危ない。大丈夫?」
雪で滑り倒れかけた白を、雷太が支える。
「手でも繋いでいく?」
「それは、いえ、大丈夫です」
冗談っぽく微笑む雷太に、頬を赤らめる白。
「皆疲れが出て来てるね。っ!」
和みかけた空気だったが、月夜は強烈な悪寒を感じ周りを確認する。
「月夜さん、どうしました?」
「いや、急に寒気が」
「グオオオオオオオオ!」
月夜達の会話を遮るように、けたたましい咆吼が響く。
それと同時に、ドスンドスンと山を揺らすような振動が起こる。
嫌な予感が最悪の形で実現しようとしている。
「間に合わない!」
近くには来てるはずだが、雪も強まり、まだ大白熊達の姿が見えない。
「雪野ちゃん、もし雪崩が来たら止められる」
「……規模にもよる。けど、無理かも」
「白ちゃん離れないでね。ちゃんと守るから」
しっかりと4人で集まり、月夜が魔法で光の壁を周囲に展開して衝撃に備える。
備えながらも、まだ間に合う可能性を信じ、歩みは止めない一行。
1歩1歩慎重に進んでいる間も、地響きと獣の咆吼は続いている。
必死に周囲を見回し、一刻も早く大白熊を見つけようとする月夜。
月夜の思いが通じたのか、一瞬雪が晴れ、周囲の様子を確認出来た。
ドスンっと近くで音がして、そっちを向くと1体の大白熊が倒れていた。
目立った外傷はないようだが、動く様子のない大白熊。
気にはなるが、障害にならないのなら今は他に優先する事がある。
後で助けようと思い先に行こうとする月夜。
「あれは?」
倒れた大白熊をじっと見ていた白が、何かに気づきふらふらと月夜達から離れる。
「白ちゃん?」
白の行動に月夜が疑問を持ち、連れ戻そうとした瞬間、パラパラと顔に雪がかかる感覚がする。
ふと上を見ると、そこには雪の壁があった。
「「白ちゃん!!」」
月夜と雷太が叫び、必死に白に向けて手を伸ばす。
伸ばした手が白に届く事はなく、月夜が最後に目に入ったのは、白に駆け寄っていく雷太と、悲しそうな雪野の表情だった。
そしてあっという間に月夜は暗闇の中に居た。ゴウゴウと地鳴りにような音が響いている。
流されている感覚はあるが、自分が今どういう状況なのか、どちらが上で横なのか全く分からない。
幸い月夜の魔法のおかげで、呼吸が出来そうな隙間は保てていた。
皆は無事なのか気になるが、今は自分が助かなければならない。
どこまで魔力が続くか分からない。呼吸を確保する為に片手を口に当て、もう片方の手で雪の中を泳ぐように進む。
体中を締め付けられるような圧迫感に、凍えそうな寒さ、雪とはこんなにも凶暴だったのか。
それでも必死に手足は動かし続ける。
どれほどの時間が流れたのか、もう無理なのではないかと月夜が諦め掛けたその時、不意に体が浮かび上っているかのように感じ、圧迫感が緩んでくる。
わずかに見えた希望に縋り、もがく月夜の思いが届いたのか、暗かった視界が白に染まる。
顔が外に出て一気に呼吸が楽になる。
すぐに周りを見て、皆を探すが姿を見つける事は出来ない。
肩くらいまでは雪から出ることが出来たが、それ以外はまだ雪の中にある。
そのまま流され続け、しばらくして止まる。
なんとか集中し、魔法で体を押し上げられないか試す月夜だったが、どうにも上手くいかない。
他の皆の様子も気になり、焦りばかりが先行する。
そうこうしていると、急に足が何かに押される感覚がして体が全部雪の外に出る。
「……無事?」
か細い声がした方を向くと、雪野が心配そうに見ている。
「雪野ちゃん! 良かった。雪野ちゃんが出してくれたの?」
「……ん」
「ありがとう。他に2人は?」
どうやら雪野が魔法で月夜を押し出してくれたらしい。
雪野に感謝しながらも、すぐに雷太達を探す月夜。
大分流されたのか、改めて周りを見渡すと、そこら中に倒れた木などが散乱している。
「雪野ちゃんは、2人の場所知らない?」
「……ううん」
「雪野ちゃん?」
月夜が雪野を見ると、雪野はブルブルと震えている。
寒いのかと思ったが、雪野の表情に月夜は違和感を感じる。
こんな状況だというのに、安堵したような、嬉しそうな表情を浮かべていたような気がした。
「……あっち。雷太、いるかも」
雪野が指を指した方向に、歩いて行く。
暫く行くと、雷太の背中と白らしき姿が目に入る。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、月夜の耳に雷太の悲痛な声が聞こえてくる。
「白ちゃん! おい、嘘だろ、白ちゃん!!」
「雷太君! どうしたの」
異変を察しすぐに駆け寄る月夜。
「あ、月夜さん、良かった。いや、それより早く回復魔法を! 白ちゃんが」
動揺している雷太の視線をたどり白の方を見る。
瞬間、月夜は諦めに似た絶望を感じる。
白は顔面が蒼白になり、雷太に激しく揺さぶられているがピクリともしない。
肌が出てる部分にはすり傷が目立ち、服の胸あたりに小さな穴が空いている。
直感的には無駄かもと悟りながら、一縷の望みに縋って必死に魔法を行使する。
「お願い、白ちゃん、目を開けて!」
「白ちゃん! 帰ってこい!」
月夜の魔法が身を包んでも、何の変化もない白。
あの時、雪崩に襲われる寸前、ふらっと離れた白をすぐに連れ戻せば。
それ以前に着いてくると言った白を、無理にでも村に返しておけば。
そもそも学院長の言いつけに従って、村でじっとしていれば。
数多の後悔が溢れ出してくるが、過去は変える事が出来ない。
2人の懸命な処置も虚しく、白が目を開ける事はなかった。
現実が受け入れられず、呆然としている月夜と雷太。
「俺、白ちゃんに、守るって言ったのにな」
「私も、だよ」
「……」
沈む2人を後ろから見ている雪野が、一瞬だけ凄惨な笑みを浮かべていたのを雷太は目にした。
気がつけば、あんなに降っていた雪はすっかり止んでいた。
☽☽☽
動かない白を抱え、月夜達は沈痛な面持ちで下山していた。
雪崩でどれくらい流されたのか、何処にいるのかも白が居ない今となっては判断が出来ない。
当てずっぽうで下に向かって歩いていると、見覚えがあるような場所に出る。
「ここって、司が居た所?」
そこは以前黒い木の実を見つけた場所のようだったが、所々倒れている木などがありはっきりとは分からない。
こんな所まで雪崩の影響があるとは、もしかしたら村にも被害が出ているのではないか。
月夜の脳裏にそんな思いがよぎる。村まで守れなかったとなると、白に会わせる顔がない。
せめて村は無事でいてくれと願う月夜。
無事といえば司は大丈夫なのだろうか。まだこの辺りに居るのか、もう居ないのか。
考えている月夜の耳に、ドシンという大きな音が聞こえてくる。
遠くで何かが吹き飛ばされたような音に疑念を抱き、慎重に足を進める。
「今の音って何?」
「もしかして、大白熊達ですかね」
「……来るかも、気をつけて」
雪野の言葉に、その視線の先を追うと、あの真っ黒な毛の大白熊の姿があった。
「こんな時に。元はと言えばあいつが」
まだ月夜達に気づいていない大白熊に向け、怒りにまかせ魔法を打ち込む雷太。
雪を舞わせ、激しく爆炎を上げ大白熊を襲う雷太の魔法。
「白ちゃんの痛み思い知れ」
攻撃の手を緩めず、何度も畳みかける雷太。
これで終わるかと思うくらいの波状攻撃だったが、激しく上がる煙の中から大白熊が姿を現す。
「嘘、だろ。全く効いてないのか」
「! 雷太君」
呆然としている雷太を襲う凶爪を月夜が魔法で防ぐ。
ガキンという音と共に弾かれる月夜の魔法がはじけ飛ぶ。
「すいません。助かりました」
「でも一発で壊されちゃった。次は防げないかも」
「……貫く氷柱」
雪野がすかさず繰り出した攻撃が大白熊を貫こうとするが、その毛皮に触れた所で氷柱が折れてしまう。
「……あれ、堅すぎ。鉄みたい」
「俺の全力攻撃も通じない。魔力を含んだ毛皮で防御力が高いとは聞いてたけど、あれは反則すぎでしょ」
「でも出来る事はやらなくちゃ」
そのまま祈りを捧げるように魔法を行使する月夜。
中空に光が現れ、矢の形を形成していく。
「光の矢」
何本もの矢が高速で大白熊を襲うが、それでもかすり傷1つつかない。
「これは撤退かな」
「そうしたいのは山々ですけど」
「雷太君と雪野ちゃんは先に行って。私が殿になる」
「そんな俺がやりますよ」
「雷太君は白ちゃんをしっかり抱えててあげて」
大白熊は喉を鳴らし、月夜達に襲いかかるタイミングを計っている。
隙を見せないよう、適度に魔法で牽制しつつ撤退をする月夜達。
少しずつ月夜から離れ始める雷太と雪野。
月夜もじりじりと大白熊から距離を開けていく。
まだ大白熊は動かない。激しい緊張感の中、上手くいきそうな光明が見えてくる。
ほんの少し、ほんの少しだけ気が緩んでしまう月夜。その瞬間、雪に足を取られ転びそうになる。
その瞬間を見逃さず、大白熊が月夜の方に猛烈な勢いで突っ込んでくる。
「月夜さん!」
雷太の悲痛な叫びを聞き、魔法をなんとか出そうとする月夜だったが、焦りが生じもたついてしまう。
凶爪が目の前に迫り、恐怖から目を瞑り固まってしまう月夜。
ヒュン。何かが空気を切る音がした気がした。
「ッチ」
おかしい。もうとっくに爪が自分を切り裂いていても良い時間だ。死ぬ直前は時間が遅くなるとも聞くが、これはいくら何でも遅すぎる。
そんな思いで月夜は恐る恐る目を開ける。
そこに大白熊の姿はなかった。代わりに居たのは見慣れないチームメンバー。
「月夜さん! 無事ですか?」
「あ、うん。何が起きたの?」
駆けつけてきた雷太に、説明を求める月夜。
「こいつが、大白熊を蹴飛ばしたんですよ」
嫌そうな声で説明する雷太。
言われた方は歯牙にもかけずに、自分が蹴飛ばした獲物が居る方向を見つめている。
「司。助けてくれたの?」
「あ? なんで俺がそんな事するんだよ」
いつも通りの面倒そうな声と態度。ただいつもと違って何やらイラついているのを感じる。
「じゃあ、なんで?」
「そんな事決まってんだろ。あの熊共が俺の邪魔をしたからだ」
「邪魔?」
「あいつらは俺のやりたい事を邪魔した。それは万死に値する行為だ」
久々に見た司の怒りに気圧され、言いたい事は色々あるが飲み込んでしまう月夜。
「てか、お前らまだ居たのかよ」
月夜達の方をチラッと見て、面倒そうに溜息を吐く司。
「なんだ? あれだけ他人を助けたいって言っといてその様か。ざまあねえな」
少し楽しそうに煽ってくる司。
返す言葉もなく黙り込む月夜。
「お前には言われたくない。それに雪崩なんて、仕方ないだろ」
「あ? 雪崩? そんなの」
悔しさを滲ませながら呟く雷太。
「ああ。そういうことか」
雷太と雪野を見て、何か言いかけた司は勝手に納得して言葉を収める。
「それで、お前らとっとと下りなくていいのかよ」
「下りるって、司を置いていけないよ」
今までの光景が脳裏によぎり、司を心配している月夜。
「何言ってんだお前?」
「司こそ、大白熊のヤバさを知らないんじゃない? 特にあの大白熊の堅さは鉄みたいに頑丈なんだよ」
「だからなんだよ」
「何って。司、魔法使えないじゃん。足場も雪で悪いし、司の戦い方じゃ勝てないよ」
「そんなの関係ねえよ。あいつらは俺の道の上にいる、だからどかす。それだけだろ」
「いや、だからって」
心配する月夜の言葉は途中でかき消される。
先ほど飛ばされた大白熊が起き上がり、咆吼をあげながら司に襲いかかろうとしている。
「ハッハハ。頑丈ってのは本当みたいだな」
一瞬で月夜達の前から姿を消し、大白熊に接近する司。
そのまま勢いよく敵に向け拳を振り下ろす。
ドスッと鈍い音が響いたが、大白熊は効いてないように、その爪を司に振り下ろす。
その攻撃を躱し、一端距離を取る司。
「司! 大丈夫」
司の拳は鉄を思いっきり殴った後のように腫れ上がっている。
「だから言ったじゃん」
「あ? このくらいどうって事ねえよ」
「何強がってるの」
やはり司でもあの大白熊は分が悪いか。
それはそうだ。司は自称魔法が使えないし、模擬戦などのスタイルを見た感じスピードで勝負する感じ。それも雪山では真価を発揮出来ないだろう。
「司もう引こう」
「うるさいな。帰りたいなら勝手に帰ればいいだろ」
「それじゃ司が危ないよ」
「問題ない。言ったろ。あいつらは俺の道の上にいる」
「聞いたけど、司腕腫れてるじゃん」
「だから何だよ。あんな熊が俺に勝てる訳ないだろ。俺とやり合うには」
自分の優位を察したのか、大白熊が司に襲いかかってくる。
「圧倒的に速さが足りない」
司の姿がまた消える。
月夜が司の姿を見失った刹那、気づけば大白熊の巨体が宙に浮いていた。
その巨体の胸の辺りを、司の腕が貫通している。
大白熊の血に濡れながら、不敵に笑っている司。
瞬きをした瞬間の出来事に、現状が飲み込めない月夜。
「え? え? 何が起きたの?」
「信じらない。俺の爆発でも無傷だったのに」
「っは。お前らとは立ってるステージが違うんだよ」
近くまで戻って来た司を、畏怖の対象のように見つめる月夜と雷太。
「そんな言葉で説明出来るわけない。だってここは雪山で。敵は想像を絶する程頑丈だったのに」
「誰が、決めた?」
「え?」
「素手で鉄が貫けないって誰が決めた? 雪山ではスピードを重視した戦いが出来ないって誰が決めた?」
「それは」
「そんな下らない考えに甘んじてるから、お前は三下なんだよ」
何か言い返そうと思ったが言葉が出てこない雷太。
大白熊を倒し、目的を果たした司は何事もなかったかのように、その場を去って行く。
「司、待って。一緒に帰らない?」
「嫌だね。もうここに用はないが、お前らと一緒に居てもつまらないだけだ」
「でも」
「うるさいな。俺の用事は全部終わった。お前らはまだそいつを返さないといけないだろ」
そのまま返事を待つことなく姿を消す司。
名残り惜しくはあったが、司に言われた通りに白を村に返さないといけない。
月夜達が村に向かって、歩き始めた後、程なくしてそこら中に大白熊が倒れている姿があった。
司が用事は全部終わったとはそういう事だったのか。
1人で大白熊を全部倒すとは、本当に何者なのだろうか。
司の事は考えるだけ無駄だと学んでいる月夜は、気になる思いをグッと堪える。
そのまま村の無事を祈りながら月夜達は下山していった。
その後白の事で、優しかった村の人達から散々罵倒されるとは知らずに。
こんな文章を読んで下さり、ありがとうございます。




