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紅い月  作者: ソムク
14/31

3日目 午前

 遠征最終日の朝になった。

 本当に、これといった事は起きず、なんとなく過ごしてしまっている現状に少しの罪悪感を覚える。

 昨日は村に帰った後に、村民達にクマ(白がつけた大白熊の名前だ)の事を説明して、村で暫く面倒を見る事になった。

 意外にもすんなりとクマが受け入れられたのを、月夜は少し驚きもしたが、白の人望だということで納得も出来た。

 現在、月夜達は朝食の片付けをしており、この後は昨日も話に出た白の行きたい所に向かう予定だ。

「なんか今日で終わりなんて実感ないね?」

「そうですね。なんか名残おしくなってきます」

「これっきりでお別れって訳じゃないし、またくればいいよ」

 白の事を目で追っている雷太に気づき、月夜が微笑みながら口にする。

「それより、少しでも問題を解決出来るように今日は頑張らないと」

「はい。気合い入れていきますね」

 朝食の片付けを終え、月夜達は白と共に外に出る。

 積もった雪に反射した太陽の光に目を閉じる。

「晴れてますね。良い天気です」

「珍しいですね。最近は中々晴れなかったのですが」

「白ちゃんの行いが良いから、神様からのプレゼントかな」

 雷太と白が楽しそうに話をしている。

 久々の太陽を見上げ、背伸びをする月夜。

 暖かさにリラックスしていたが、急な悪寒を感じ身震いする。

 咄嗟に辺りを見回すが、不審な物は何もない。

「あれ? 少し雲が増えてきました?」

 今の今まで晴れていたのだが、急に雲行きが怪しくなる。

「山の天気は変わりやすいって事だね」

「早速向かいましょうか」

 月夜達は少しでも天気が良いうちに進んでおこうと、足早で山に入っていった。  


☽☽☽


 昨日と同じルートで山を登る。

 クマは村の人達に任せる事にして、今日は連れてきていない。

 日差しが降り注ぎ、白く輝く山道を4人で進む。

「そういえば、今日行く所って遠いのかな?」

「昨日行った場所から30分ほど登れば着きますよ」

「晴れてるとはいえ、連日の雪道は堪えますね」

「疲れると思いますが、今日は一気に目的地まで行きたいのです。大丈夫ですか?」

「おう。全然大丈夫。やっぱり心配だしな」

 申し訳なさそうな白を見て、努めて明るく返事する雷太。

「ありがとうございます。お優しいですね」

 後半少し口ごもり、頬を赤らめる白。

「ん? ああ、気にしないで。女の子に優しくするのは男として当然だから」

 白の言葉が聞こえなかったふりをして、誤魔化す雷太。

「なんだろう。あの2人あながち悪くない雰囲気になってきたね」

「……チャラ男」

 ヒソヒソと雪野に耳打ちをする月夜。

 雪野の瞳に一瞬だけ本気の殺意が宿る。

「あ、あれ、なんだかまた少し曇ってきたかな」

 冗談だと分かっていても、雪野の迫力に気圧され、咄嗟に話題を変える月夜。

「……雪、降ればいいのに」

「そっか。雪野ちゃん雪好きなんだっけ?」

「……ん」

 少し照れながら頷く雪野。

「私も雪は綺麗で好きだよ」

 優しく微笑み、雪野と歩く月夜。

 そんな2人の姿を見て、雷太は安心したように、口元を緩ませる。

「どうかしましたか?」

「ああ、いや、雛鳥が巣立つ時の親の気持ちになってたとこ」

「? よく分かりませんが、良かったです」

 キョトンとしている白は曖昧な返答ですます。

「よし、気合い入ってきた。頑張りましょうね、白ちゃん」

「ええ、お願いします」

「お、どうしたの雷太君。やる気満々だね」

「……可愛い子といるから」

 気合いを入れ直す雷太。

 雷太達に追いついた月夜と雪野が、茶化しながら横に並ぶ。

 4人は談笑しながら目的地を目指す。

 雪はまだ、降り始めそうではなかった。

「そろそろ、着きますよ」

 しばらく山を登り、少し皆に疲れが見え始めた頃、白が励ますように口にする。

「そっか。そういえば、昨日の道通り過ぎてたね」

「目的地って、どこなんですか?」

「大白熊の餌場、かな」

 餌場と聞き、月夜と雷太に緊張が走る。

「という事は、戦闘になるかもって事?」

「かもしれないですが、たぶんそうはならないと思います」

「え? ああ! そうか昨日、餌がないって言ってたな」

「はい。ですので、ここは大丈夫かと」

「そっか。なら少し安心した。でも万が一ってあるし、雷太君も気持ちだけは準備しといて」

「大丈夫です。白ちゃんはしっかり守りますよ」

「はい。お願いします」

 雷太達への信頼か、白の浮かべた笑顔は、反射する日の光にも負けないくらい輝いていた。

 その笑顔に心奪われた雷太は、突然の悪寒で我に返る。

 ぶるりと身震いし、キョロキョロと辺りを見回す雷太。

「どうしたの?」

「いや、なんか急に寒くなりました?」

「言われてみれば、少し寒くなった、かな」

「大分登って来ましたから」

 たしかに、標高が上がれば気温が下がるとも聞く。

 一抹の違和感を覚えた雷太だったが、その正体をつきとめようとはしなかった。後にこの選択が彼を責め続けるとも知らずに。

「見えてきました」

 言葉と共に白が指さした先には、背の高い木が鬱蒼と並んでいた。

 大白熊がいるかもしれない事を意識し、注意を払いながら進む。

 木々の下に着き、辺りを確認するが大白熊は居ないようだ。

 月夜達は肩の力を抜き、木を見上げる。

「背の高い木だね」

「はい。この木に餌の実がなるのですが」

 空を覆う程に茂った枝を注視し、怪訝な顔をする白。

「どうしたの?」

「いえ、この時期だともう赤い実がなってる筈なのですが、見当たりませんね」

「高い所にあるのかも? 雷太君木を揺らせる?」

「あ、はい。出来ますよ」

 そのまま魔法を使おうとする雷太と、少し離れ距離をとる月夜達。

 そして雷太が軽く爆発の力で木を揺らすと、積もっていた雪の他にドサドサっと何かが落ちてくる。

「木の実? ですけど、いつもと見た目が違います」

 白が訝しんでいるように、落ちてきた物は真っ黒に染まった木の実だった。

「なんで色が違うんですかね」

 何気なくその実を拾おうとした雷太を、鋭い声が制止する。

「触っちゃ駄目!」

「え? 月夜さん?」

 普段の落ち着いた空気とは打って変わった声音に、雷太が困惑する。

「あ、ごめん。でも、直感的にそれはまずい物だと思う」

 冷静さを取り戻し、月夜が申し訳なさそうにしている。

「んだよ。ただのお人好しかと思えば、存外良い勘をしてやがる」

 月夜達が得体の知れない木の実の扱いに困っていると、突然聞き馴染みのある声が上から降ってくる。

「ッチ。触ってた方が面白かったのにな」

 聞き覚えのある、面倒くさそうで馬鹿にするような声音。

「司。なんでそんな所に」

 再開を驚くよりも、今の司の状況の方が気になる月夜。

 司は一本伸びた木の枝の上に器用に寝転がっていた。

 どうして落ちないのか疑問が尽きないくらい優雅に寝ている司。

「司、よく落ちないね。そんな所に居たら危ないよ」

「ッハ。自分に見えてる物が全てか、実に浅はかな考え方だな」

 司を心配しての発言は、当たり前のように嘲笑で返される。

「司が大丈夫なのは分かったよ。それで、司はこの木の実の事知ってるの?」

 司への対応を少し心得始めた月夜は、本題へと入る。

「その黒いのについてはな」

 月夜が直感的に危険を感じた物。木の実を蝕む黒。

「それは魔力を喰う魔法だ」

「魔力を食べる魔法?」

 聞いた事をすぐには理解出来ずオウム返しする月夜。

「ああ。魔法って言葉が正確かどうかはともかく、それは触れるものの魔力を奪う。まあ、お前や冬季なら少々触る程度大丈夫だろうがな」

 魔力を奪う木の実なんて聞いた事がない。

「司はなんでそんな事知ってるの?」

「昔、見た事があるからな」

「そうなんだ。司、もしかしてこの犯人に心当たりがあったりする?」

 昔見たという言葉が気になり、無駄だとは思っても訊くだけ訊いてみる月夜。

「まあ、あるが。それがどうした?」

「あるんだ。誰がどうしてこんな事を?」

「理由なんて知るか。そんな事に興味なんてない」

 いつも通りの司の答えに溜息を吐く月夜。

「それにお前はこんな事と言うが、連中にしてみればそこまで悪意は持ってないかもしれない」

「こんな危ない事が善い事だとでも言うの?」

「そんな事知るか。善悪なんて視点しだいでいくらでも変わるだろ」

「でもこんな迷惑行為」

「面倒だな。迷惑だというのならお前らこそ迷惑だ。俺がうたた寝してたのをたたき起こしやがって」

「えー。それは司がこんな所でうたた寝してるからでしょ」

 半眼になり、司に抗議する月夜。

「俺がどこで何してようが、俺の勝手だろ」

「それはそうだけどさ、司こそ周りにそんな木の実があって危なくないの?」

「お前馬鹿か? 俺は奪われる魔力自体がないんだから、関係ないに決まってんだろ」

「そういえば司、そういう設定だったね」

 司が無能力という事を、未だに信じられない月夜は、適当に話を合わせる。

「そうだとしても、そんな害意の塊みたいなのが周りにあるって気味悪くない?」

「俺は気にしないがな」

「相変わらず変わってるね」

「どうでもいいだけだ。何処で誰が何を考え何をしようが、心底興味ない。俺だって好き勝手にやるんだ。俺以外も好きにすればいい」

「それが悪意でも?」

「さっきも言ったが、善悪なんて主張に意味はない。俺の道の上に居ないならどうでもいい。邪魔をするなら排除する。ただそれだけだ」

「そっか」

 司の無関心さは変わらない。ここまでくると、いっそ清々しくすら感じる。

「それで、司はまだここに居るの?」

「ああ。ここでやりたい事があるからな」

「でも寝てただけじゃん」

「時間があったからな」

「それなら時間まで私達と来ない?」

「嫌だね。お前らと居たって、退屈すぎて暇つぶしにすらなりはしないだろ」

「何それ。意味分からないよ」

「お前らと居る事に、なんの価値もないってことだよ」

「そっか」

 しゅんとして、悲しそうな月夜。

「おい、月導、さっきから黙って聞いてれば」

「雷太君。いいから」

 見かねて司に抗議しようとした雷太を月夜が制止する。

 司はもう興味をなくしたのか、木の枝の上に仰向けになり、空を見ている。

「司、じゃあね。何か困った事があったらすぐ呼んでね」

「さっさと行け」

 空を見たまま、素っ気なく声だけで返す司。

「また、寮でね」

 寂しげな月夜の言葉にも、司はもう反応しない。

「行きましょう、月夜さん」

 名残惜しそうな月夜を雷太が厳しい表情で促す。

「うん。行こっか」

 後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる月夜。

「それで、この後はどうしましょうか。帰ります?」

 月夜の表情を伺いながら、雷太が怖ず怖ずと切り出す。

「あの、皆さんさえよろしければなのですが」

 少し重い空気の中、挙げにくい手を上げる白。

「ごめんね。もう大丈夫だから、何でも言って」

 白の様子に、気を遣わせてしまったと思い、笑顔に戻る月夜。

「もう1つ、行きたい所があるのですが」

「全然いいよ。そこ行こうか」

「白ちゃん、そんなに遠慮しなくていいよ。俺ら今日が最終日なんだし、出来る事は極力協力するから」

 月夜や雷太の優しい言葉に笑顔になる白。

「ありがとうございます。ではこちらです」

 気づけば少し雪が降り始めた空を少し不安そうに見ながら、白は目的地を目指し進み始めた。

 雷太と月夜が白の後を追う。その後ろをとぼとぼと歩く雪野の事は振り返らずに。


こんな文章を読んでくれて、ありがとうございます。

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