3日目 午前
遠征最終日の朝になった。
本当に、これといった事は起きず、なんとなく過ごしてしまっている現状に少しの罪悪感を覚える。
昨日は村に帰った後に、村民達にクマ(白がつけた大白熊の名前だ)の事を説明して、村で暫く面倒を見る事になった。
意外にもすんなりとクマが受け入れられたのを、月夜は少し驚きもしたが、白の人望だということで納得も出来た。
現在、月夜達は朝食の片付けをしており、この後は昨日も話に出た白の行きたい所に向かう予定だ。
「なんか今日で終わりなんて実感ないね?」
「そうですね。なんか名残おしくなってきます」
「これっきりでお別れって訳じゃないし、またくればいいよ」
白の事を目で追っている雷太に気づき、月夜が微笑みながら口にする。
「それより、少しでも問題を解決出来るように今日は頑張らないと」
「はい。気合い入れていきますね」
朝食の片付けを終え、月夜達は白と共に外に出る。
積もった雪に反射した太陽の光に目を閉じる。
「晴れてますね。良い天気です」
「珍しいですね。最近は中々晴れなかったのですが」
「白ちゃんの行いが良いから、神様からのプレゼントかな」
雷太と白が楽しそうに話をしている。
久々の太陽を見上げ、背伸びをする月夜。
暖かさにリラックスしていたが、急な悪寒を感じ身震いする。
咄嗟に辺りを見回すが、不審な物は何もない。
「あれ? 少し雲が増えてきました?」
今の今まで晴れていたのだが、急に雲行きが怪しくなる。
「山の天気は変わりやすいって事だね」
「早速向かいましょうか」
月夜達は少しでも天気が良いうちに進んでおこうと、足早で山に入っていった。
☽☽☽
昨日と同じルートで山を登る。
クマは村の人達に任せる事にして、今日は連れてきていない。
日差しが降り注ぎ、白く輝く山道を4人で進む。
「そういえば、今日行く所って遠いのかな?」
「昨日行った場所から30分ほど登れば着きますよ」
「晴れてるとはいえ、連日の雪道は堪えますね」
「疲れると思いますが、今日は一気に目的地まで行きたいのです。大丈夫ですか?」
「おう。全然大丈夫。やっぱり心配だしな」
申し訳なさそうな白を見て、努めて明るく返事する雷太。
「ありがとうございます。お優しいですね」
後半少し口ごもり、頬を赤らめる白。
「ん? ああ、気にしないで。女の子に優しくするのは男として当然だから」
白の言葉が聞こえなかったふりをして、誤魔化す雷太。
「なんだろう。あの2人あながち悪くない雰囲気になってきたね」
「……チャラ男」
ヒソヒソと雪野に耳打ちをする月夜。
雪野の瞳に一瞬だけ本気の殺意が宿る。
「あ、あれ、なんだかまた少し曇ってきたかな」
冗談だと分かっていても、雪野の迫力に気圧され、咄嗟に話題を変える月夜。
「……雪、降ればいいのに」
「そっか。雪野ちゃん雪好きなんだっけ?」
「……ん」
少し照れながら頷く雪野。
「私も雪は綺麗で好きだよ」
優しく微笑み、雪野と歩く月夜。
そんな2人の姿を見て、雷太は安心したように、口元を緩ませる。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや、雛鳥が巣立つ時の親の気持ちになってたとこ」
「? よく分かりませんが、良かったです」
キョトンとしている白は曖昧な返答ですます。
「よし、気合い入ってきた。頑張りましょうね、白ちゃん」
「ええ、お願いします」
「お、どうしたの雷太君。やる気満々だね」
「……可愛い子といるから」
気合いを入れ直す雷太。
雷太達に追いついた月夜と雪野が、茶化しながら横に並ぶ。
4人は談笑しながら目的地を目指す。
雪はまだ、降り始めそうではなかった。
「そろそろ、着きますよ」
しばらく山を登り、少し皆に疲れが見え始めた頃、白が励ますように口にする。
「そっか。そういえば、昨日の道通り過ぎてたね」
「目的地って、どこなんですか?」
「大白熊の餌場、かな」
餌場と聞き、月夜と雷太に緊張が走る。
「という事は、戦闘になるかもって事?」
「かもしれないですが、たぶんそうはならないと思います」
「え? ああ! そうか昨日、餌がないって言ってたな」
「はい。ですので、ここは大丈夫かと」
「そっか。なら少し安心した。でも万が一ってあるし、雷太君も気持ちだけは準備しといて」
「大丈夫です。白ちゃんはしっかり守りますよ」
「はい。お願いします」
雷太達への信頼か、白の浮かべた笑顔は、反射する日の光にも負けないくらい輝いていた。
その笑顔に心奪われた雷太は、突然の悪寒で我に返る。
ぶるりと身震いし、キョロキョロと辺りを見回す雷太。
「どうしたの?」
「いや、なんか急に寒くなりました?」
「言われてみれば、少し寒くなった、かな」
「大分登って来ましたから」
たしかに、標高が上がれば気温が下がるとも聞く。
一抹の違和感を覚えた雷太だったが、その正体をつきとめようとはしなかった。後にこの選択が彼を責め続けるとも知らずに。
「見えてきました」
言葉と共に白が指さした先には、背の高い木が鬱蒼と並んでいた。
大白熊がいるかもしれない事を意識し、注意を払いながら進む。
木々の下に着き、辺りを確認するが大白熊は居ないようだ。
月夜達は肩の力を抜き、木を見上げる。
「背の高い木だね」
「はい。この木に餌の実がなるのですが」
空を覆う程に茂った枝を注視し、怪訝な顔をする白。
「どうしたの?」
「いえ、この時期だともう赤い実がなってる筈なのですが、見当たりませんね」
「高い所にあるのかも? 雷太君木を揺らせる?」
「あ、はい。出来ますよ」
そのまま魔法を使おうとする雷太と、少し離れ距離をとる月夜達。
そして雷太が軽く爆発の力で木を揺らすと、積もっていた雪の他にドサドサっと何かが落ちてくる。
「木の実? ですけど、いつもと見た目が違います」
白が訝しんでいるように、落ちてきた物は真っ黒に染まった木の実だった。
「なんで色が違うんですかね」
何気なくその実を拾おうとした雷太を、鋭い声が制止する。
「触っちゃ駄目!」
「え? 月夜さん?」
普段の落ち着いた空気とは打って変わった声音に、雷太が困惑する。
「あ、ごめん。でも、直感的にそれはまずい物だと思う」
冷静さを取り戻し、月夜が申し訳なさそうにしている。
「んだよ。ただのお人好しかと思えば、存外良い勘をしてやがる」
月夜達が得体の知れない木の実の扱いに困っていると、突然聞き馴染みのある声が上から降ってくる。
「ッチ。触ってた方が面白かったのにな」
聞き覚えのある、面倒くさそうで馬鹿にするような声音。
「司。なんでそんな所に」
再開を驚くよりも、今の司の状況の方が気になる月夜。
司は一本伸びた木の枝の上に器用に寝転がっていた。
どうして落ちないのか疑問が尽きないくらい優雅に寝ている司。
「司、よく落ちないね。そんな所に居たら危ないよ」
「ッハ。自分に見えてる物が全てか、実に浅はかな考え方だな」
司を心配しての発言は、当たり前のように嘲笑で返される。
「司が大丈夫なのは分かったよ。それで、司はこの木の実の事知ってるの?」
司への対応を少し心得始めた月夜は、本題へと入る。
「その黒いのについてはな」
月夜が直感的に危険を感じた物。木の実を蝕む黒。
「それは魔力を喰う魔法だ」
「魔力を食べる魔法?」
聞いた事をすぐには理解出来ずオウム返しする月夜。
「ああ。魔法って言葉が正確かどうかはともかく、それは触れるものの魔力を奪う。まあ、お前や冬季なら少々触る程度大丈夫だろうがな」
魔力を奪う木の実なんて聞いた事がない。
「司はなんでそんな事知ってるの?」
「昔、見た事があるからな」
「そうなんだ。司、もしかしてこの犯人に心当たりがあったりする?」
昔見たという言葉が気になり、無駄だとは思っても訊くだけ訊いてみる月夜。
「まあ、あるが。それがどうした?」
「あるんだ。誰がどうしてこんな事を?」
「理由なんて知るか。そんな事に興味なんてない」
いつも通りの司の答えに溜息を吐く月夜。
「それにお前はこんな事と言うが、連中にしてみればそこまで悪意は持ってないかもしれない」
「こんな危ない事が善い事だとでも言うの?」
「そんな事知るか。善悪なんて視点しだいでいくらでも変わるだろ」
「でもこんな迷惑行為」
「面倒だな。迷惑だというのならお前らこそ迷惑だ。俺がうたた寝してたのをたたき起こしやがって」
「えー。それは司がこんな所でうたた寝してるからでしょ」
半眼になり、司に抗議する月夜。
「俺がどこで何してようが、俺の勝手だろ」
「それはそうだけどさ、司こそ周りにそんな木の実があって危なくないの?」
「お前馬鹿か? 俺は奪われる魔力自体がないんだから、関係ないに決まってんだろ」
「そういえば司、そういう設定だったね」
司が無能力という事を、未だに信じられない月夜は、適当に話を合わせる。
「そうだとしても、そんな害意の塊みたいなのが周りにあるって気味悪くない?」
「俺は気にしないがな」
「相変わらず変わってるね」
「どうでもいいだけだ。何処で誰が何を考え何をしようが、心底興味ない。俺だって好き勝手にやるんだ。俺以外も好きにすればいい」
「それが悪意でも?」
「さっきも言ったが、善悪なんて主張に意味はない。俺の道の上に居ないならどうでもいい。邪魔をするなら排除する。ただそれだけだ」
「そっか」
司の無関心さは変わらない。ここまでくると、いっそ清々しくすら感じる。
「それで、司はまだここに居るの?」
「ああ。ここでやりたい事があるからな」
「でも寝てただけじゃん」
「時間があったからな」
「それなら時間まで私達と来ない?」
「嫌だね。お前らと居たって、退屈すぎて暇つぶしにすらなりはしないだろ」
「何それ。意味分からないよ」
「お前らと居る事に、なんの価値もないってことだよ」
「そっか」
しゅんとして、悲しそうな月夜。
「おい、月導、さっきから黙って聞いてれば」
「雷太君。いいから」
見かねて司に抗議しようとした雷太を月夜が制止する。
司はもう興味をなくしたのか、木の枝の上に仰向けになり、空を見ている。
「司、じゃあね。何か困った事があったらすぐ呼んでね」
「さっさと行け」
空を見たまま、素っ気なく声だけで返す司。
「また、寮でね」
寂しげな月夜の言葉にも、司はもう反応しない。
「行きましょう、月夜さん」
名残惜しそうな月夜を雷太が厳しい表情で促す。
「うん。行こっか」
後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる月夜。
「それで、この後はどうしましょうか。帰ります?」
月夜の表情を伺いながら、雷太が怖ず怖ずと切り出す。
「あの、皆さんさえよろしければなのですが」
少し重い空気の中、挙げにくい手を上げる白。
「ごめんね。もう大丈夫だから、何でも言って」
白の様子に、気を遣わせてしまったと思い、笑顔に戻る月夜。
「もう1つ、行きたい所があるのですが」
「全然いいよ。そこ行こうか」
「白ちゃん、そんなに遠慮しなくていいよ。俺ら今日が最終日なんだし、出来る事は極力協力するから」
月夜や雷太の優しい言葉に笑顔になる白。
「ありがとうございます。ではこちらです」
気づけば少し雪が降り始めた空を少し不安そうに見ながら、白は目的地を目指し進み始めた。
雷太と月夜が白の後を追う。その後ろをとぼとぼと歩く雪野の事は振り返らずに。
こんな文章を読んでくれて、ありがとうございます。




