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紅い月  作者: ソムク
13/31

遠征 2日目

 村の入口を出て、山の麓に差し掛かった時、月夜は背筋がゾワつくような視線を感じた気がした。

 周りを見回しても特に異常はないようだ。

「どうかしましたか?」

 急にキョロキョロと挙動不審になった月夜を心配する雷太。

「ん? いや、誰かに見られてるような気がして」

「月導のやつがその辺にいるんじゃないですかね」

「司なのかな。でもどうにも不気味な感じがするんだよね」

 小首を傾げ、頭を捻る月夜。

「クシュン」

 月夜達が話している後ろで、雪野が小さくくしゃみをする。

「大丈夫か? 寒いのか?」

「……ううん。誰かが噂してるのかも」

「私達を見ながら話している誰かがいるのかな」

「そうだとして、月導じゃないとなると、誰が何の目的でですかね?」

「分からないけど、注意しておくに越した事はなさそうだね」

「そうですね。山の中にも入りますし、注意して進みましょう」

 月夜達は不安には思いながらも、今やるべき事に気を向け直す。

「よし。それじゃ、何処に向かって進もうか」

「白ちゃんは何か気になる所はあるかい?」

「そうですね。行きたい所はあります」

「よし、じゃあそこに行こう。案内お願いね」

 白の言葉を聞き、笑顔で月夜がこたえる。

「いいのですか? 私の行きたい所で」

「いいも何も。私達はよく知らないし、白ちゃんに行きたい所があるならそこが一番だよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 そのまま月夜達を先導していく白。

「ところで行きたい所って何処なの?」

「ちょっと気になっていた事があるんです」

 何かを思い浮かべ憂うような白。

「大白熊たちは以前は村人とも親交があったと、話したと思うのですが」

「うん。たしか、そう言ってたね」

「私も彼らと一緒に遊んだりしていたのですが、その場所に行ってみようかなって」

「大丈夫か、そんな場所。危ないんじゃないのか?」

「ですから、皆さんがいる時にと」

 心配する雷太に、笑顔で返す白。

「了解。何かあっても守ってあげるよ」

「おおー、雷太君男らしいね」

 月夜にひやかされ、少し頬を赤らめる雷太。

「少し歩きますので、皆さん付いてきて下さい」

 サクサクと雪を踏みしめながら、先を進む白。

 慣れた感じで、木々の間を抜けていく白の後ろを、不慣れな足取りで追う3人。

 チラチラと舞い落ちる雪を横目に、一行は進んでいく。

 始めの方は、物珍しい雪山の光景に、ハイキング気分で楽しんでいた月夜達。

 だが、それが15分ほど続くと、少しずつ疲れの色が見え始める。

「皆さん、大丈夫ですか? 慣れない環境ですから疲れたら言って下さいね」

 最年少な白は疲れた様子はないが、3人を気遣い歩くペースを落とす。 

「流石に少し疲れてきたかな。白ちゃんは凄いね」

「いえ、これが日常でしたから」

「目的地まではあとどのくらいなんだ?」

「あと15分くらいです」

「……雷太。疲れた」

「なんだ? 氷使いが情けないな」

「……雷太だって息上がってるくせに」

 いたずらっぽく笑う雷太に、ムッとして言い返す雪野。

「もう少し行ったら開けてる所があるので、そこで休みましょうか?」

 3人の事を案じ、休憩を提案する白。

「なんだ、聖母か」

 白に優しい微笑みに、雷太が感嘆の声を零す。

「……ロリコン」

 そんな雷太に軽蔑の眼差しを向ける雪野。

「馬鹿野郎。女性の美しさの前には年齢なんて関係ないんだよ」

「ハ、ハハ。本当に雷太君って惚れやすいんだね」

 雷太の言葉に、流石に少し引いたのか、乾いた笑いで返す月夜。

「あ、冗談です。いえ気持ちは本気ですけど。あ、いえ、やましい方ではなく」

「……ハァ」

 月夜の態度に、必死に取り繕おうとして、むしろおかしな事を言う雷太。

 ついには、雪野も呆れる始末。

「分かりました。少し黙りますね」

 激しいアウェイ感を感じ取り、素直に口を噤む雷太。

「皆さん、仲が良いんですね。羨ましいです」

 月夜と雪野が呆れている中、白は天使の微笑みを浮かべ3人を見ている。

 口を閉じたままの雷太を尻目に、月夜達は白に続いて、山を登っていく。

 黙々と歩いていると、白が言っていたように、少し開けた場所が見えてくる。

「なんか今までは山の中って感じだったけど、なんでここだけ開けてるの?」

「昔、この辺りの木を伐採して使ってたんですよ」

 白の言う通り、雪の中をよく見ると、所々に切り株がある。

「ふぅー、疲れた。雪山舐めてたな」

 切り株に積もった雪を払い、腰を下ろし一息つく雷太。

「お疲れ様です。これ、どうぞ」

 自分の荷物から水筒を取り出し、中身をつぎ、雷太に手渡す白。

「暖まりますよ」

「助かるよ。ありがとう」

 幸いな事に雪も弱まってきており、そのまま月夜と雪野も飲み物を貰い休憩する。

「そういえば月夜さん。最初に感じた嫌な視線ってのは、もうなくなりました?」

「うん? そうだね。あれほど露骨なのはない、けど」

 歯切れの悪い月夜の言葉に、不安を覚える雷太。

「けど、なんですか?」

「いや、なんて言うのかな。なんだか山に入ってから、ずっと違和感を感じるんだよね」

「違和感ですか」

「なんか薄ぼんやりと嫌な感じがするの。まるで無邪気な子供が、いたずらが成功するのをずっと影で見ているような、そんな視線に晒されてる気分なの」

 月夜自身も感じている違和感の正体が掴めないのだろう。不安が顔に表れる。

「その感じだと、月導って線はなさそうですね」

「そうだね。司は私達の事なんて興味ないだろうしね」

「その、月導さんという方は、皆さんのお友達ではないのですか?」

 月夜が当たり前のように言った言葉が気になり、白が会話に入って来る。

「どうかな。少なくとも向こうはそう思ってはないだろうね」

「そうなんですね。お知り合いっぽかったので」

「私は仲良くなりたいんでけどね。あっちが徹底的に閉ざしてるから」

 少し寂しそうに呟く月夜。

「まああいつの事なんて考えても仕方ないですよ」

「そうねんですね。朝話してる時はそんな感じはしなかったのですが」

「あんなのはまだ序の口だよ。そうだね、例えば、学生なのに学院に来ないし、口を開けばやれ面倒だ、やれ知った事かだし。私なんてルームメイトなのに、今日会ったのは久しぶりなんだよ。挙げ句に果てには・・・・・・」

 司に対して溜まっている不満を吐き出すように、早口でまくし立てる月夜。

「よほど気にしておられるんでね、その方の事」

 年下とは思えない、包容力にあふれた微笑みで月夜を見ている白。

「まあまあ、月夜さん押さえて押さえて」

「アハハ、ごめんね。でもさ、そんな司でもなんか放っておけないんだよね」

「月夜さんは優しすぎなんですよ」

「ううん。そういうのじゃなくて、なんか忘れられないんだよね。司が星を見てたときの、あの悲しそうな表情」

 思い出しながら、静かに語る月夜。

 穏やかだが、確かに宿っている強い意志に、ほんの一瞬だけだが気圧される雷太達。

「全く、美少女にこんなに思われてるなんて、月導のやつが羨ましいです」

「司だけじゃなくて、雷太君や雪野ちゃんが困ってる時も助けるよ」

 あまりにもなんでもない事のようにさらっと言葉にする月夜。

 言われた雷太が少し顔を赤らめる。

「月夜さんには敵いませんね。ほんと、尊敬しますよ」

「なんで? 困ってる人を助けるのは当たり前でしょ」

 雷太が言ったことは紛れもない本心だった。

 だが、謙遜もなにもなく、さも当然だというような月夜を見て、一瞬背筋に冷や汗が伝う。

「そういう所、すごいと思います」

 一瞬感じた気持ちに背を向けながら、雷太は苦笑いを浮かべる。

「それでは、そろそろ行きますか。あまりじっとしていても体が冷えてしまいますし」

「そうだね、行こうか」

 白の提案を受け、月夜達も立ち上がり準備する。

「ん?」

 白が進む先に雪に紛れ、何かが動いたような気がして、雷太は違和感を覚える。

「雷太君?」

 その場を動かない雷太を心配し、月夜が声を掛ける。

「あ、いや、何でもないです」

 注意して違和感の正体を探っても何もない。気のせいだったのだろう。

 雷太は気持ちを切り替えて、白達の後を追う。

 だから、それに反応出来たのは、ただの幸運だったのだろう。

「え?」

 突如として目の前に現れた影に、思わず白の動きが止まる。

 唸り声を上げながら、振り下ろされた爪が白の体に触れる刹那、雷太が白を突き飛ばす。

「危ない!」

「キャッ」

 雷太の頬をかすめ、空を切る爪。

「雷太君!」

 突然の襲撃に困惑していた月夜達も冷静になり、雷太に駆け寄る。

 現れた影は、月夜達と同じくらいの背丈の白熊に似たような生物。

「嘘。大白熊の子供です。なんで、ここに?」

 白が困惑に満ちた表情で呟く。

 大白熊は、月夜達を睨み付け、唸り声を上げている。

 今にもまた攻撃をしてきそうな雰囲気に臨戦態勢を取る月夜。

「雷太君。動ける」

「はい。いつでも」

「雪野ちゃんは?」

「……大丈夫」

 素早くアイコンタクトを取り合う月夜達。

「皆さん、気をつけて下さい。子供とはいえ、大白熊の毛皮は魔力を帯びています」

 大白熊は今にも襲いかかってきそうで、月夜の額にも汗が伝う。

 再度アイコンタクトを取り、月夜達が仕掛けようとした瞬間、急に大白熊が目の前で倒れる。

「え? あれ?」

 何が起こったのか分からず、周りを確認する月夜。

「倒れたのですか? こいつ、どうします?」

 動かない事を確認し、雷太が逡巡している。

「死んではないよね。放置するのもな」

「なんだったんでしょうね。急に現れましたが」

「びっくりしたよ。大白熊って人を襲うの?」

「いえ、普段は襲わないのです。やはり最近は何かおかしいです」

 不安な顔をしながら、白が説明してくれる。

「そっか。それじゃあ何か事情があったんだね」

「とりあえずまた目を覚ます前に、動きだけでも封じたいですね」

「うーん。私の魔法で出来なくはないけど」

 どうするべきか逡巡する月夜達。

「あの、私一応ロープ持ってます」

 怖ず怖ずと切り出す白。

 ロープ、大白熊、近くの木と順番に視線を移す月夜。

「大丈夫かな? そういう団体から文句出ない?」

「え? 気にするのそこですか」

 冷静に突っ込む雷太と、お茶目に微笑む月夜。

「冗談言ってないで、目を覚ます前にやっちゃおうか」

 全員で協力して、慎重に大白熊を木に結びつける。

「やっぱり、人間が寄ってたかって動物を虐めてる映像にしか見えないや」

 苦笑いを浮かべ申し訳なさそうにしている月夜。

「それで、ここからどうしましょう?」

 とりあえず動きは封じたものの、次の行動を考えておらず、悩む月夜達。

 足踏みを続けているうちに、大白熊が目を覚まし、唸りながら暴れ始める。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 大白熊の前に膝をつき、優しい笑みで落ち着かせようとする白。

「んー、若干手詰まり感が出てきたな」

 月夜達が頭を捻っていると、突然スマホの呼び出し音が鳴り響く。

 一瞬、ビクッとした後、自分のスマホだと気づき、月夜が画面を見る。

 こんなタイミングでと思ったが、着信の名前を見て、電話に出る月夜。

「チャオチャオ! 何でも知ってるお姉さんだよ」

「えと、りんかちゃん。どうしたの?」

 電話越しの元気な声に、少し困惑する月夜。

「いやね、月夜ちゃん達がお困りなんじゃないかと思ってね」

 見透かされている事に驚きを隠せない月夜。

「え? なんで分かったの?」

「あれ? 本当に困ってた。いやー。流石私」

 感心して少し損をしたと思う月夜。

「月夜さん。誰からですか?」

「ああ、りんかちゃん」

 雷太達にも聞こえるように、スピーカーモードに切り替える月夜。

「なんかノイズがあるね。雪とか降ってる?」

「うん。今雪山だから」

「そっか。常冬の村に居るんだったね。それで何に困ってるのかな?」

 りんかに現状を説明する月夜。

「だからね、今どうしようかと思ってて。動物と話せる人とかいればいいけど」

「ふむふむ。いるよ」

「え!?」

 冗談で言ったつもりが、りんかの返答に鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるりんか。

「今、かわるよ。おーい、キモノちゃん」

「電話ですか? キモノちゃん呼ばれてますか」

「そうね。呼ばれているわ、キモノ」

「りな、みか、聞こえていますわ」

 電話の向こうでする、知らない複数人の声を聞いている月夜達。

「なんか、向こう楽しそうですね」

「……サボってる」

 雷太と雪野の呟きに、苦笑いを浮かべる月夜。

「キモノちゃん、かくかくしかじかで、月夜ちゃん達が困ってるんだって」

 状況を説明するりんか。

「初めまして。北条さんと同じチームの華吹(はなすい)と申します」

 丁寧な挨拶に落ち着いた声。

 電話越しからでも、彼女の人となりが分かるようだ。

「事情は聞きましたわ。私、動物とコミュニケーションが取れますので、お力になれると思いますわ」

「ありがとう。助かるな」

「少し声が聞こえづらいですわね。もうちょっと近づいて頂けますか?」

 月夜は指示通りに、大白熊にスマホを近づける。

 警戒して唸り睨む大白熊。

「これで良く聞こえます。ええ、落ち着いて下さいまし」

 大白熊に語りかけているであろう状況を、月夜達は固唾を呑んで見守る。

 唸り声を上げながらも、徐々に落ち着いてきているように見える。

「なるほど。それは大変でしたわね。よく辛抱なさいました」

 暖かい日だまりのような落ち着いた声に包まれ、大白熊もすっかり大人しくなる。

「大体の事情は分かりましたわ」

「本当? 頼もしいね」

「そうでしょうとも! うちのキモノちゃんは頼りになるのだよ」

 誇らしげなりんかの声が割り込んでくる。

「それでそれで、さあキモノちゃん。事件の全容を言っちゃってよ」

「端的に言って、この子達の餌場に異変があって、お腹が空いているだけですわ。餌を探しに行った両親の帰りを待っていますが、3日ほど帰ってきていないとの事です」

 お腹が空いていた。結果だけ聞けば単純な事。

 理由を聞き、白だけは何処か納得したようだった。

「そっか。じゃあこの子のご飯を取ってきてあげればいいのかな」

「いえ。異変があるとの事でしたので、一旦村に戻りませんか? この子にもご飯あげないといけませんから」

「そうだね。その方がいいか。雪も強まってきたし、また明日出直すってことで」

 白の提案を聞き入れ、一旦引き返す事にする月夜達。

「華吹さん。この子に私達に付いてきてって伝えられる? 安心していいよって事も」

「承知しましたわ」

 電話越しの声を聞き、大白熊も落ち着き、猫撫で声のような甘えた声をあげ、白を見ている。

 白が優しく手を伸ばすと、その手に顔を擦りつける。

「うん。これで大丈夫そうかな」

「いやー、動物と話せるなんて凄い能力ですね。タイミングもバッチリでしたし」

「解決したようで何よりでございますわ」

 感嘆の声を漏らす雷太に、落ち着いた声音の華水さん。

「流石キモノちゃん、ありがとね」

「いえ。では、お目にかかれるのをお待ちしてますわ」

「こちらこそ、助かったよ、ありがとう」

「どうだい、うちのメンバーは頼りになるでしょ?」

 鼻高々に話すりんか。

「そうだね。華吹さんも凄いけど、このタイミングで電話くれたりんかちゃんも流石だね」

「ん? ああ、そうそう。私も流石」

「なんでこのタイミングで電話出来たの?」

「そりゃ私が何でも知ってるから。って言いたい所だけど、実はちょいと用事があってね」

「用事?」

 わざわざ遠征中に電話してくる程の用事とはなんなのか、気になり息を張る月夜。

「その様子だともう遅いかもしれないけど、月君には会った?」

 司の名前が出てきて、驚きに目を見開く月夜。

「え? なんで司がいる事知ってるの?」

「その返答だともう会ったのか。どうしようかな」

「何か用事?」

「いや、月君にちょっと聞きたい事があったんだけどね。ライン送ってもどうせ既読スルーするから、直接聞ければなってだけ」

 たしかにりんかの言う通り、もう司とは別れた後だ。

 この辺りにはいるらしいのだが、実際何処にいるのかは分からない。

 月夜は何か出来る事はないかと考える。

「もう居ないなら仕方ないか。もし月君見かけたら返事しろって伝えてよ。まだ何日かは居る筈だからさ」

「分かったよ。それにしても、りんかちゃんよく司の事知ってたね」

 先ほど答えが返ってきてない問いをもう1度聞いてみる。

「ん? ああ月君は毎年この時期はそこに行くからね。星を見にらしいけど」

「毎年? なんでだろ」

「ああ、それは、世界の音が聞こえた気がしたんだって」

 以前司からも同じ事を聞いたなと思い出す月夜。

「世界の音? どういう事だろ」

「気にしないで。格好付けて意味深な事言ってるだけだから。実際はただ月君がずっと後ろを見てるだけなんだよ」

「後ろを見てる?」

 司がネガティブなようには到底思えず、首を傾げる月夜。

「そうそう」 

「そっか。それで、司に聞きたい事ってどんな事?」

「うーん。月夜ちゃん達にも聞いてみようかな」

 ゴニョゴニョと月夜達には聞こえないように呟くりんか。

「そういえば、月夜ちゃん達、初依頼の時に怪しい人に会ったって言ってたよね?」

「え? ああ、うん会ったよ」

 思ってもみたなかった質問に、一瞬理解が追いつかなかった月夜。

「どんな人だった?」

「うーん。なんて言うか、胡散臭くて、あからさまに怪しい感じみたいな。雷太君達はどんな印象だった」

「ああ。あのピエロのお面の人ですよね。あからさま過ぎて、逆に記憶から消えかけてました」

「……悪いって自分で言ってた」

「怪しいって事は分かったけど、ちなみに、その人武器とか持ってなかった?」

「武器?」

「そう、例えば大鎌みたいな」

 具体的な名前が出てきて、少し逡巡する月夜。

「いや、持ってなかったけど。どうして?」

「私達の遠征がそこら辺を探る事みたいな感じなの」

 そこら辺とはどういう事だろうか。

「あとついでに、もう一ついいかな」

「大丈夫だよ」

「その人、なんか変な事言ってなかった?」

「変な事といえば、言動は全部変だったけど」

「具体的には、今は天空が堕ちる時で、最弱の神だから、みたいな事」

「たしかに具体的だけど、そんな事は言ってなかったよ」

「そっか。ありがとう。ついでにもし月君に会ったら、今の言葉伝えといてよ」

「了解。会ったら言っとくね」

「お願いするね。じゃあ、また学院で」

「またね。あ、華吹さんにもありがとうって改めて伝えといて」

 そのまま電話を切り、話を終える月夜。

 ふと白の方を見ると大白熊の頭を撫で宥めている。大白熊もすっかり白に懐いているようだった。

「それにしても、ホントにベストタイミングでしたね。おかげでこっちの問題も解決しましたし」

 落ち着いた大白熊を見て、雷太が感心している。

「色々気になる事も言ってたけど、取り敢えず今日はもう戻ろうか」

「そうですね。そうするのがいいでしょうね」

「皆さんありがとうございます。お友達にも今度改めて感謝させて下さい」

「そうだね。遠征が終わって落ち着いたらまた皆で来るよ」

 一旦は問題が解決してホッとしたのか、白は屈託のない笑みを浮かべる。

「さあ、その子に早くご飯もあげたいし、これ以上雪が強まる前に帰ろっか」

「賛成です。少しじっとしすぎましたね。早く暖かい所に戻りたいです」

「では戻りましょうか。また私が先導しますね」

 りんかと話しているうちに強まってきた雪の中、白と熊が先頭に立ち、山を下っていく。

「またさっきみたいな事があるといけませんから、俺も白ちゃん達の横にいますね」

「うん、お願い」

 雷太も白の横に並び、一緒に歩いて行く。

 月夜と雪野はその後ろをついて歩く。

「雪野ちゃん、疲れた?」

 楽しそうに会話しながら前をいく、雷太と白を見る雪野に元気がなく、声を掛ける月夜。  

「……ん。別に」

 言葉とは裏腹に元気がない雪野。

 その様子に違和感を覚えるが、雪野の踏み込めない雰囲気に後ずさる月夜。

 そのまま、何となく会話を続けられないまま、静かに山を下りていった。

 雪野の機嫌が悪そうになってから、雪が強くなったように感じた月夜。

 得も言われぬ違和感は感じながらも、その正体は掴めないままだった。

この文章を読んでくれた人に、最大の感謝を。

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