遠征 2日目 朝
「ん、ん~」
なんとなく寒さを感じて、目を覚ます月夜。
微睡みながら周りを見回すと、雪野は先に目を覚まし既にいつもの格好に着替え終わっていた。
「おはよう、雪野ちゃん」
「……おはよ」
寝ぼけ眼をこすりながら挨拶する月夜。
「早いね。いつ起きたの?」
「……さっき」
「そっか。私も準備しないと。雪野ちゃんは何してるの?」
窓の側にいる雪野に疑問を感じる月夜。
「……雪、見てるの。好き、だから」
雪野はチラチラと舞い散っている雪を見ているようだ。
「雪綺麗だもんね。この時期に見える事なんてないしね」
自分で言っておきながら、そういえば、初依頼の日も見たなと思い出す月夜。
「雪野ちゃんの魔法って、雪を降らせる事も出来るの?」
「……よく分からない」
「そっか」
魔法の話になると、雪野の瞳に少し悲しみの色が出たのを見て、月夜はそれ以上は話を続けない。
そのまま、いそいそと布団から出て着替え始める月夜。
「ちょっと早いけど、着替え終わったら先に下行こうか。雷太君がいるかもしれないし、白ちゃんの手伝いもしなくちゃ」
「……ん」
雪野の短い同意を聞いた後、月夜は身だしなみを整える。
2人とも準備を終え廊下に出ると、丁度雷太の部屋の扉も開き雷太が姿を見せる。
雷太と目が合った月夜は、駆け足でそちらに行く。
「おはよう、雷太君。早いね」
「おはようございます」
時間は今7時30分、朝食の時間より30分は早い。
「……おはよ」
「おう。月夜さんには迷惑掛けなかったか」
「……掛けてない」
失礼な、とでも言いたげに頬を膨らませる雪野。
「お前が俺以外の人と普通に過ごせる日が来るとわな」
「……余裕だし」
感慨に耽る雷太を睨む雪野。
「それより、月夜さん達も白ちゃんの手伝いをしに行くんですよね」
「そのつもりで早めに出てきたんだけどね」
「じゃあ、行きましょうか」
階段を降り1階に行く。
1階に着くと、既に廊下にバターの良い匂いが漂っている。
手伝おうと思ったのだが、少し出遅れてしまったか。
奥のレストランスペースに行くと、白が配膳をしていた。
「あ、皆さんおはようございます。お早いですね」
「おはよう。少し手伝おうかと思ったんだけど」
「え。悪いですよ。そんな気を遣わなくて大丈夫です」
「おはよう。俺達が勝手にしてるだけだから。ただ遅かったみたいだけど」
ほぼ準備を終えたテーブルを見て、雷太が残念そうにする。
「ちょっと、急なお客さんがいまして。ついでに皆さんのも準備しちゃってました」
「大変だね。そのお客さんってどんな人?」
「たぶん皆様と同じ・・・あ、丁度いらっしゃいました」
話ている途中に後ろから足音が聞こえ、振り向く月夜達。
振り返るとそこには、月夜達が知る人物がいた。
「あれ!? 司、なんでここに居るの?」
驚きに目を丸くしながら尋ねる月夜。
「それはこっちの台詞だ」
寝起きなのか、特徴的な所々赤色が混じった黒髪をボサボサにして、欠伸をしながらいつも通り面倒そうにしている司。
「いや、私達は遠征だよ。ここを3日間守るのが今回の任務なの」
「そうかよ」
「司は?」
月夜は期待を込めた眼差しで司を見る。
「勘違いしてるようだが、俺は遠征を手伝いに来た訳じゃない。俺がここにいるのは、個人的な趣味だ」
分かってはいたことだが、やはり少し残念な気持ちになる月夜。
「今更司が手伝わないくらい想定済だけど、個人的な趣味って何なの?」
「俺は星を見に来ただけだ」
「やっぱり、司星好きなんだね。よく見てたイメージあるし」
「あの月導が星好きね。ロマンチックな所もあるじゃないか」
得心がいったような月夜とは対照的に、雷太は驚いているようだった。
「俺だって森羅万象が嫌いな訳じゃない。それに・・・・・・」
司は遠い目をして、途中で言葉を切る。
月夜は言葉の続きを待ったが、司の口から続きが聞ける事はなかった。
「そうだ、司は暫くここに居るの?」
やや強引に話を変える月夜。
「いや、俺はもう出て行く」
「出て行くって帰るの?」
「まだ帰らないが、宿を借りると何かと不便なんでな」
司の言葉の意味が分からず、小首を傾げる月夜。
「もしかして野宿するって事? こんな雪山で?」
「そういうことだな」
「いやいや、雪山だよ? 野宿なんてしたら危ないよ」
本気で心配なので、必死に止めようとする月夜。
「ッチ。大丈夫だ、問題ない。俺はお前らとは違うんだよ」
「いやいやいや、問題しかないから。宿代がないのなら貸すよ」
「俺がいいって言ってんだからいいだろ」
「駄目だよ。見す見す見殺しにするような真似は出来ない。それに今は魔獣だって出るかもなんだよ」
面倒そうに月夜の言葉を払いのける司と、どうにかして彼の愚行を止めさせようとする月夜。
「うっせえな。俺は死なないし、魔獣にやられる程柔でもねえよ」
「でも、でも」
正直司は主張を曲げないという事を、月夜は頭では理解していた。本当に大丈夫なのだろうことも。
だが、この状況で引く事には、どうしようもない不安を感じる。
「まあまあ、紅さんのお気持ちも分かりますが、宿はいつでも開けておくので、本当にまずそうならいつでもお使い頂くという事でどうですか?」
朝食の準備も終わったのか、白が話に入って来る。
月夜の事を気遣ってか、妥協案を提案してくれる白。
「私も昨夜外で月導さんをお見かけした時は驚きました。野宿すると仰るので、無理を言って宿に来て頂きましたが、やはり出ていかれるのであれば、それ相応の備えなどはお貸し致しますので」
月夜としては、それでもまだまだ言いたい事はある。だがその言葉達をグッと飲み込む事にした。
久しぶりに? いや初めてだったか、チーム4人が揃って食卓を囲む。
朝食は、目玉焼きとパンというシンプルなものだった。
「司はさ、前からこの村の事知ってたの?」
パンを口に運びながら質問する月夜。
「ああ。星座好きなやつが、ここの話をしてたからな」
「そうなんだ。司も転移の魔方陣使ったの?」
「いや、俺は歩いてきた」
ん? 何でもない事のようにさらりと言った司の台詞が理解出来ず、聞き間違いかなと思う月夜。
「歩いてって、どういうこと?」
「そんなの文字通りの意味に決まってるだろう」
面倒そうに話す司。
「ここってそんなに近かったっけ?」
「いえ。交通機関を使っても、1週間以上はかかるはずです」
あまりにもなんでもない事のように言う司の態度に、自分達がおかしい気になってきて、月夜と雷太はひそひそと確認しあう。
「やっぱり、歩いてきたなんておかしいよね」
「はい、おかしいです」
「聞こえてるからな」
自分達が間違ってない事を確認し、胸を撫で下ろす月夜と雷太を、ジト目で見る司。
「いやいや、ただでさえ遠いのに、加えて雪の中だよ」
「馬鹿かお前。遠くて雪が降ってるんだから、交通機関も制限される。だったら歩いてくるのが一番だろうが」
「あ、なるほど。ってそんな訳ないよ! 歩いてくる必要はないじゃん」
月夜は、一瞬道理が通っているような気もしたが、冷静になり、自分に突っ込みをいれる。
「面倒だな。そもそも、お前らの感覚だけで判断するなよ、片腹痛い」
「今回は私達のが普通だと思うけど」
「普通じゃなくて結構。他人が勝手に線引きした当たり前なんて知るかよ」
「またそうやって、格好つけた事言って誤魔化すんだから」
司の言い草に月夜は嘆息する。
「まあよく考えたら、司がおかしいのはいつもの事だし、悩むだけ無駄かな」
「俺からすると、お前の方がよっぽど変わり者だがな」
さらっと失礼な事を言う月夜を、半眼で見る司。
「それで、司は何日くらいこっちに居るの?」
「5日くらいだな」
「そうなんだ。私達はあと2日いるから。司も気が向いたら手伝ってよね」
「気が向いたらな」
その後、司は手早く食事を済ませると、自分が使った分のお皿などを洗って、宣言通り宿を出て行った。
月夜達も食事を終え、白の片付けの手伝いをしている。
「まさか月導が片付けをしていくとは。意外と律儀な所もあるんですね」
「そうだね。でも、案外司って優しいところもあると思うな、きっと、たぶん」
最後の方は月夜もだんだん自信がなくなってきたようで、声が小さくなっていく。
「俺達は今日はどうしましょうか」
「うーん。昨日ざっくりだけど村は見たしね。出来れば魔獣の事を調べに外の山の中とか行きたいかな」
月夜は頭をひねりながら、考えを口にする。
「そうですね。状況を掴むことは大事ですから」
「山に入られるのですか?」
月夜達の話を聞いていた白が口を挟む。
「急に割って入ってすいません。ただ、よろしければ私も同行しますよ。雪山は慣れないと危険ですので」
「いいの? とっても助かるけど、予定あったりしない?」
「大丈夫です。元々今日は皆さんのお手伝いをしようと思っていましたから」
月夜は白の提案を有り難く受ける事にした。
その後、片付けを終えてお互いに準備を済ませ、月夜達は山に向かって行った。
☽☽☽
月夜達と別れた司は、山の適当な場所に設置したテントの中で、寝転んでいた。
テントの設置は手慣れた作業とはいえ、雪の中では勝手が違い、予想以上に疲れてしまっていた。
よく考えて見れば、星が出る夜までは何もやる事はない。
だからといって、月夜達と一緒にいるのは面倒なので嫌だ。
結果、司はテントに寝転び、なんとなく外に降っている雪を眺めていた。
しばらくボーッとしていて、瞼が重たくなってきた頃、テントの外からムギュムギュと雪を踏みしめる音が聞こえてきた。
先ほど話に聞いた魔獣かもしれない。テントを壊されでもしたらたまらないと思い、重い腰を上げ、様子を見に行く司。
「あら? まさかこんな早うに会えるなんてな、今日は良い日やわぁ」
テントの外に居たのは、魔獣ではなかった。
司の目に飛び込んできたのは異様な人影。
黒を基調とした着物に身を包み、黒い唐傘を差している長身の女。
肌の色は不気味な程白く、瞳は引き込まれそうなくらい暗い。
整いすぎて人間離れした美しい顔立ちに、結んだ黒髪が花を添える。
「お初にお目にかかります。うちは神代 玄言います。神様に代わるって書いて神代。玄は天の別名の方の玄どすえ」
「なんだ、いきなり? 雪山に着物なんて変なやつだな」
真っ白な雪山に真っ黒の装いの彼女が立っている様は、まるでそこだけぽっかりと穴が開いたようだ。
「フフ。変とはご挨拶やわぁ。雪山で不必要な野宿してるあんたはんも同じやろ?」
鈴の音のような声に不思議な口調。ひどく違和感を感じる。
「ふん。俺の紹介はいらなさそうだな。で、何の用だ?」
「なんや、聞いてた通りつれないお人やんね」
目を伏せ、大仰に悲しむ仕草をする玄。
「ちょいと近こうによったさかい、簡単に挨拶しとこ思うただけよ。妹さんを預かる者として」
「なんだよ、あいつの知り合いか。元気にやってるか?」
「元気やし、とっても良い子にしてはるよ。仕事も出来るし文句ないわぁ」
「そうか。それはなによりだ」
話を聞いて、司は安堵したような優しい表情になる。
「ところで、どうして俺があいつの兄だと分かった?」
「ん? そない特徴的な髪色しといて、よう言いはるわぁ」
玄はわざとらしくクスクスと微笑む。
「まあ、冗談は置いといて、あんたはんみたいに変わったお人なら一目瞭然やわぁ」
目を細め、見透かすように司を見つめる玄。
「なるほどな。ったく目が良いとは面倒だな」
司は不愉快さを隠そうともしない。
「そやそや、あと一つダメ元で聞いてみるけど、あんたはん、うちらの所に来る気ないかえ?」
「ないな。雑魚と一緒にいても無駄なだけだ」
「ほんにいけずやね。ちょっとくらい考えてくれてもいいんやないの?」
眉を下げ、悲しみを演出する玄。
「興味ないな。俺のやりたい事は俺一人いれば十分なんでな」
「面白いお人やね。うちはあんたはんに興味津々やのに」
司には聞き取れないくらいの小声で呟く玄。
玄の言ったことなど全く興味がないのだろう、勝手にテントに戻ろうとしていた司は、ふと山の麓に何かの気配を感じる。
そちらに視線を向けると、月夜達と白が一緒にいた。
今から山の調査にでも向かうのだろうか、4人で和やかに談笑しているように見える。
司の視線の先に興味を持ち、玄も4人に目を向ける。
「あれ、あんたはんのお仲間? ふーん。忌々しい天使」
一行を興味深そうに見つめていた玄だったが、月夜を目にした瞬間、これまでの余裕の表情を一変させ、憎々しい敵を見るような表情をする。
今にも月夜達の元に飛んでいきそうな迫力だったが、一瞬して冷静さを取り戻す玄。
「あかんねぇ。つい熱くなってしもうたわぁ」
先ほどまでの美しく不気味な雰囲気に戻る玄。
「それにしても、天使に、血を浴びた子までおるんやね。こう見ると、あの子は肩身がせまいやろね。いいわぁ」
司に話す訳でもなく、一人呟いている玄は、月夜達を見て獲物を狙う獣のような目をしている。
「用はもう終わりだろ。興味があるのなら、あいつらの方に行けばどうだ?」
「ん? たしかに面白い子が揃ってるけども、あんたはん一人の方が上やからね」
「そうかよ。俺はお前らに興味ないな。もう大体察しはついたからな」
面倒そうな司を、目を細め、少し警戒するように見る玄。
「フフ。さっきのやりとりで、もう分かりはるん? さすがやね。でもそれやったらうちを見逃すんは、よろしないんとちゃう?」
「言ったろ、お前らには興味ない。それに俺は好きなことを好きにする主義なんでな。自分だけそうして、お前らにはするなってのはエゴだろ」
どうでもよさそうに語る司を見て、玄は愉快そうな笑みを浮かべる。
「やっぱ、あんたはん面白いわぁ。うちが好き勝手やって、あんたはんに迷惑かかるって思わへんの?」
「別に。お前らが俺の道の上に来るのなら、その時は振り払うだけだ」
「あんたはんはよくても、お仲間が困りはるかもよ」
「それこそ勝手にすればいいだろ。俺には関係のない事だ。ただし、今すぐってのはあまりお勧めしないがな」
相変わらず面倒くさそうな態度は崩さない司。
「そない言いはるってことは、あんたはんも気づいてるんやね。止めはりはせえへんの?」
「何度も言わせんな。俺は俺以外どうでもいい」
猫のように目を細めている玄に、不機嫌そうに返す司。
「名残惜しいけど、そろそろ行かなあきまへんねん」
目を伏せ、悲しそうに後ろを向く玄。
「ああ、丁度いいからそろそろ貸した物返しに来いって、マカのやつに伝えといてくれよ」
「お安いご用どす。ほな、また会いましょね」
玄の背中に、軽い感じでお願いする司。
司の伝言を受け取ると、玄は歩き出し、何もない空間に浮かび上がった闇の中に消えて行く。
玄が消えた後、司は何事もなかったかのようにテントの中に戻っていった。
☽☽☽
「姉さん、お疲れ様です。どうでした」
「どうって? あれはあかんねぇ」
司と別れた玄は、影から現れた声に、獣のような凄惨な笑みを浮かべながら答える。
「今のままじゃ、どうあがいても勝てへんわ。雲泥の差ってやつやね」
「姉さんがそこまで畏怖するとは」
「あれは正真正銘の化け物やね。能力も然る事やけど、頭が切れるのが厄介やわぁ」
難題にぶつかった学者のように頭を捻る玄。
「仮に今のうちらの全戦力で挑んでも、10秒と保たんやろねぇ」
「な!? そんなにですか」
「いやぁ、無知って怖いわぁ。ほんに、今日挨拶出来て良かったねぇ。危うく志し半ばで、野望が潰えるとこやったわぁ」
絶句する影の中の声とは対照的に、無邪気で邪悪に微笑む玄。
「ああ楽しみやね、楽しみや。怪物狩りの方法を考えるのが楽しくて仕方ありませんわぁ」
「姉さん素が出てますよ」
「あきまへんね。年甲斐もなくはしゃいでは。それはそうと、そっちの首尾はどうや?」
「ほぼ準備完了です。完成にはもう少しですけど」
「ほな、もういいよ。今回はそこまでにしとき」
「中途半端なとこで終わらしていいんですか?」
「ええよええよ。雪山で冬を相手取っても時間の無駄やさかい」
「かしこまりました」
何処か腑に落ちてない影の中に声と共に、玄はまた闇の中に消えて行った。
この文章を読んでくれたあなたに、最大の感謝を。




