表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い月  作者: ソムク
12/31

遠征 2日目 朝

「ん、ん~」

 なんとなく寒さを感じて、目を覚ます月夜。

 微睡みながら周りを見回すと、雪野は先に目を覚まし既にいつもの格好に着替え終わっていた。

「おはよう、雪野ちゃん」

「……おはよ」

 寝ぼけ眼をこすりながら挨拶する月夜。

「早いね。いつ起きたの?」

「……さっき」

「そっか。私も準備しないと。雪野ちゃんは何してるの?」

 窓の側にいる雪野に疑問を感じる月夜。

「……雪、見てるの。好き、だから」

 雪野はチラチラと舞い散っている雪を見ているようだ。

「雪綺麗だもんね。この時期に見える事なんてないしね」

 自分で言っておきながら、そういえば、初依頼の日も見たなと思い出す月夜。

「雪野ちゃんの魔法って、雪を降らせる事も出来るの?」

「……よく分からない」

「そっか」

 魔法の話になると、雪野の瞳に少し悲しみの色が出たのを見て、月夜はそれ以上は話を続けない。

 そのまま、いそいそと布団から出て着替え始める月夜。

「ちょっと早いけど、着替え終わったら先に下行こうか。雷太君がいるかもしれないし、白ちゃんの手伝いもしなくちゃ」

「……ん」

 雪野の短い同意を聞いた後、月夜は身だしなみを整える。

 2人とも準備を終え廊下に出ると、丁度雷太の部屋の扉も開き雷太が姿を見せる。

 雷太と目が合った月夜は、駆け足でそちらに行く。

「おはよう、雷太君。早いね」

「おはようございます」

 時間は今7時30分、朝食の時間より30分は早い。

「……おはよ」

「おう。月夜さんには迷惑掛けなかったか」

「……掛けてない」

 失礼な、とでも言いたげに頬を膨らませる雪野。

「お前が俺以外の人と普通に過ごせる日が来るとわな」

「……余裕だし」

 感慨に耽る雷太を睨む雪野。

「それより、月夜さん達も白ちゃんの手伝いをしに行くんですよね」

「そのつもりで早めに出てきたんだけどね」

「じゃあ、行きましょうか」

 階段を降り1階に行く。

 1階に着くと、既に廊下にバターの良い匂いが漂っている。

 手伝おうと思ったのだが、少し出遅れてしまったか。

 奥のレストランスペースに行くと、白が配膳をしていた。

「あ、皆さんおはようございます。お早いですね」

「おはよう。少し手伝おうかと思ったんだけど」

「え。悪いですよ。そんな気を遣わなくて大丈夫です」

「おはよう。俺達が勝手にしてるだけだから。ただ遅かったみたいだけど」

 ほぼ準備を終えたテーブルを見て、雷太が残念そうにする。

「ちょっと、急なお客さんがいまして。ついでに皆さんのも準備しちゃってました」

「大変だね。そのお客さんってどんな人?」

「たぶん皆様と同じ・・・あ、丁度いらっしゃいました」

 話ている途中に後ろから足音が聞こえ、振り向く月夜達。

 振り返るとそこには、月夜達が知る人物がいた。

「あれ!? 司、なんでここに居るの?」

 驚きに目を丸くしながら尋ねる月夜。

「それはこっちの台詞だ」

 寝起きなのか、特徴的な所々赤色が混じった黒髪をボサボサにして、欠伸をしながらいつも通り面倒そうにしている司。

「いや、私達は遠征だよ。ここを3日間守るのが今回の任務なの」

「そうかよ」

「司は?」 

 月夜は期待を込めた眼差しで司を見る。

「勘違いしてるようだが、俺は遠征を手伝いに来た訳じゃない。俺がここにいるのは、個人的な趣味だ」

 分かってはいたことだが、やはり少し残念な気持ちになる月夜。

「今更司が手伝わないくらい想定済だけど、個人的な趣味って何なの?」

「俺は星を見に来ただけだ」

「やっぱり、司星好きなんだね。よく見てたイメージあるし」

「あの月導が星好きね。ロマンチックな所もあるじゃないか」

 得心がいったような月夜とは対照的に、雷太は驚いているようだった。

「俺だって森羅万象が嫌いな訳じゃない。それに・・・・・・」

 司は遠い目をして、途中で言葉を切る。

 月夜は言葉の続きを待ったが、司の口から続きが聞ける事はなかった。

「そうだ、司は暫くここに居るの?」

 やや強引に話を変える月夜。

「いや、俺はもう出て行く」

「出て行くって帰るの?」

「まだ帰らないが、宿を借りると何かと不便なんでな」

 司の言葉の意味が分からず、小首を傾げる月夜。

「もしかして野宿するって事? こんな雪山で?」

「そういうことだな」

「いやいや、雪山だよ? 野宿なんてしたら危ないよ」

 本気で心配なので、必死に止めようとする月夜。

「ッチ。大丈夫だ、問題ない。俺はお前らとは違うんだよ」

「いやいやいや、問題しかないから。宿代がないのなら貸すよ」

「俺がいいって言ってんだからいいだろ」

「駄目だよ。見す見す見殺しにするような真似は出来ない。それに今は魔獣だって出るかもなんだよ」

 面倒そうに月夜の言葉を払いのける司と、どうにかして彼の愚行を止めさせようとする月夜。

「うっせえな。俺は死なないし、魔獣にやられる程柔でもねえよ」

「でも、でも」

 正直司は主張を曲げないという事を、月夜は頭では理解していた。本当に大丈夫なのだろうことも。

 だが、この状況で引く事には、どうしようもない不安を感じる。

「まあまあ、紅さんのお気持ちも分かりますが、宿はいつでも開けておくので、本当にまずそうならいつでもお使い頂くという事でどうですか?」

 朝食の準備も終わったのか、白が話に入って来る。

 月夜の事を気遣ってか、妥協案を提案してくれる白。

「私も昨夜外で月導さんをお見かけした時は驚きました。野宿すると仰るので、無理を言って宿に来て頂きましたが、やはり出ていかれるのであれば、それ相応の備えなどはお貸し致しますので」

 月夜としては、それでもまだまだ言いたい事はある。だがその言葉達をグッと飲み込む事にした。

 久しぶりに? いや初めてだったか、チーム4人が揃って食卓を囲む。

 朝食は、目玉焼きとパンというシンプルなものだった。

「司はさ、前からこの村の事知ってたの?」

 パンを口に運びながら質問する月夜。

「ああ。星座好きなやつが、ここの話をしてたからな」

「そうなんだ。司も転移の魔方陣使ったの?」

「いや、俺は歩いてきた」

 ん? 何でもない事のようにさらりと言った司の台詞が理解出来ず、聞き間違いかなと思う月夜。

「歩いてって、どういうこと?」

「そんなの文字通りの意味に決まってるだろう」

 面倒そうに話す司。

「ここってそんなに近かったっけ?」

「いえ。交通機関を使っても、1週間以上はかかるはずです」

 あまりにもなんでもない事のように言う司の態度に、自分達がおかしい気になってきて、月夜と雷太はひそひそと確認しあう。

「やっぱり、歩いてきたなんておかしいよね」

「はい、おかしいです」

「聞こえてるからな」

 自分達が間違ってない事を確認し、胸を撫で下ろす月夜と雷太を、ジト目で見る司。

「いやいや、ただでさえ遠いのに、加えて雪の中だよ」

「馬鹿かお前。遠くて雪が降ってるんだから、交通機関も制限される。だったら歩いてくるのが一番だろうが」

「あ、なるほど。ってそんな訳ないよ! 歩いてくる必要はないじゃん」

 月夜は、一瞬道理が通っているような気もしたが、冷静になり、自分に突っ込みをいれる。

「面倒だな。そもそも、お前らの感覚だけで判断するなよ、片腹痛い」

「今回は私達のが普通だと思うけど」

「普通じゃなくて結構。他人が勝手に線引きした当たり前なんて知るかよ」

「またそうやって、格好つけた事言って誤魔化すんだから」

 司の言い草に月夜は嘆息する。

「まあよく考えたら、司がおかしいのはいつもの事だし、悩むだけ無駄かな」

「俺からすると、お前の方がよっぽど変わり者だがな」

 さらっと失礼な事を言う月夜を、半眼で見る司。

「それで、司は何日くらいこっちに居るの?」

「5日くらいだな」

「そうなんだ。私達はあと2日いるから。司も気が向いたら手伝ってよね」

「気が向いたらな」

 その後、司は手早く食事を済ませると、自分が使った分のお皿などを洗って、宣言通り宿を出て行った。

 月夜達も食事を終え、白の片付けの手伝いをしている。

「まさか月導が片付けをしていくとは。意外と律儀な所もあるんですね」

「そうだね。でも、案外司って優しいところもあると思うな、きっと、たぶん」

 最後の方は月夜もだんだん自信がなくなってきたようで、声が小さくなっていく。

「俺達は今日はどうしましょうか」

「うーん。昨日ざっくりだけど村は見たしね。出来れば魔獣の事を調べに外の山の中とか行きたいかな」

 月夜は頭をひねりながら、考えを口にする。

「そうですね。状況を掴むことは大事ですから」

「山に入られるのですか?」

 月夜達の話を聞いていた白が口を挟む。

「急に割って入ってすいません。ただ、よろしければ私も同行しますよ。雪山は慣れないと危険ですので」

「いいの? とっても助かるけど、予定あったりしない?」

「大丈夫です。元々今日は皆さんのお手伝いをしようと思っていましたから」

 月夜は白の提案を有り難く受ける事にした。

 その後、片付けを終えてお互いに準備を済ませ、月夜達は山に向かって行った。


☽☽☽


 月夜達と別れた司は、山の適当な場所に設置したテントの中で、寝転んでいた。

 テントの設置は手慣れた作業とはいえ、雪の中では勝手が違い、予想以上に疲れてしまっていた。

 よく考えて見れば、星が出る夜までは何もやる事はない。

 だからといって、月夜達と一緒にいるのは面倒なので嫌だ。

 結果、司はテントに寝転び、なんとなく外に降っている雪を眺めていた。

 しばらくボーッとしていて、瞼が重たくなってきた頃、テントの外からムギュムギュと雪を踏みしめる音が聞こえてきた。

 先ほど話に聞いた魔獣かもしれない。テントを壊されでもしたらたまらないと思い、重い腰を上げ、様子を見に行く司。

「あら? まさかこんな早うに会えるなんてな、今日は良い日やわぁ」

 テントの外に居たのは、魔獣ではなかった。

 司の目に飛び込んできたのは異様な人影。

 黒を基調とした着物に身を包み、黒い唐傘を差している長身の女。

 肌の色は不気味な程白く、瞳は引き込まれそうなくらい暗い。

 整いすぎて人間離れした美しい顔立ちに、結んだ黒髪が花を添える。

「お初にお目にかかります。うちは神代(こうじろ) (くろ)言います。神様に代わるって書いて神代。玄は天の別名の方の玄どすえ」

「なんだ、いきなり? 雪山に着物なんて変なやつだな」

 真っ白な雪山に真っ黒の装いの彼女が立っている様は、まるでそこだけぽっかりと穴が開いたようだ。

「フフ。変とはご挨拶やわぁ。雪山で不必要な野宿してるあんたはんも同じやろ?」

 鈴の音のような声に不思議な口調。ひどく違和感を感じる。

「ふん。俺の紹介はいらなさそうだな。で、何の用だ?」

「なんや、聞いてた通りつれないお人やんね」

 目を伏せ、大仰に悲しむ仕草をする玄。

「ちょいと近こうによったさかい、簡単に挨拶しとこ思うただけよ。妹さんを預かる者として」

「なんだよ、あいつの知り合いか。元気にやってるか?」

「元気やし、とっても良い子にしてはるよ。仕事も出来るし文句ないわぁ」

「そうか。それはなによりだ」

 話を聞いて、司は安堵したような優しい表情になる。

「ところで、どうして俺があいつの兄だと分かった?」

「ん? そない特徴的な髪色しといて、よう言いはるわぁ」

 玄はわざとらしくクスクスと微笑む。

「まあ、冗談は置いといて、あんたはんみたいに変わったお人なら一目瞭然やわぁ」

 目を細め、見透かすように司を見つめる玄。

「なるほどな。ったく目が良いとは面倒だな」

 司は不愉快さを隠そうともしない。

「そやそや、あと一つダメ元で聞いてみるけど、あんたはん、うちらの所に来る気ないかえ?」

「ないな。雑魚と一緒にいても無駄なだけだ」

「ほんにいけずやね。ちょっとくらい考えてくれてもいいんやないの?」

 眉を下げ、悲しみを演出する玄。

「興味ないな。俺のやりたい事は俺一人いれば十分なんでな」

「面白いお人やね。うちはあんたはんに興味津々やのに」

 司には聞き取れないくらいの小声で呟く玄。

 玄の言ったことなど全く興味がないのだろう、勝手にテントに戻ろうとしていた司は、ふと山の麓に何かの気配を感じる。

 そちらに視線を向けると、月夜達と白が一緒にいた。

 今から山の調査にでも向かうのだろうか、4人で和やかに談笑しているように見える。

 司の視線の先に興味を持ち、玄も4人に目を向ける。

「あれ、あんたはんのお仲間? ふーん。忌々しい天使」

 一行を興味深そうに見つめていた玄だったが、月夜を目にした瞬間、これまでの余裕の表情を一変させ、憎々しい敵を見るような表情をする。

 今にも月夜達の元に飛んでいきそうな迫力だったが、一瞬して冷静さを取り戻す玄。

「あかんねぇ。つい熱くなってしもうたわぁ」

 先ほどまでの美しく不気味な雰囲気に戻る玄。

「それにしても、天使に、血を浴びた子までおるんやね。こう見ると、あの子は肩身がせまいやろね。いいわぁ」

 司に話す訳でもなく、一人呟いている玄は、月夜達を見て獲物を狙う獣のような目をしている。

「用はもう終わりだろ。興味があるのなら、あいつらの方に行けばどうだ?」

「ん? たしかに面白い子が揃ってるけども、あんたはん一人の方が上やからね」

「そうかよ。俺はお前らに興味ないな。もう大体察しはついたからな」

 面倒そうな司を、目を細め、少し警戒するように見る玄。

「フフ。さっきのやりとりで、もう分かりはるん? さすがやね。でもそれやったらうちを見逃すんは、よろしないんとちゃう?」

「言ったろ、お前らには興味ない。それに俺は好きなことを好きにする主義なんでな。自分だけそうして、お前らにはするなってのはエゴだろ」

 どうでもよさそうに語る司を見て、玄は愉快そうな笑みを浮かべる。

「やっぱ、あんたはん面白いわぁ。うちが好き勝手やって、あんたはんに迷惑かかるって思わへんの?」

「別に。お前らが俺の道の上に来るのなら、その時は振り払うだけだ」

「あんたはんはよくても、お仲間が困りはるかもよ」

「それこそ勝手にすればいいだろ。俺には関係のない事だ。ただし、今すぐってのはあまりお勧めしないがな」

 相変わらず面倒くさそうな態度は崩さない司。

「そない言いはるってことは、あんたはんも気づいてるんやね。止めはりはせえへんの?」

「何度も言わせんな。俺は俺以外どうでもいい」

 猫のように目を細めている玄に、不機嫌そうに返す司。

「名残惜しいけど、そろそろ行かなあきまへんねん」

 目を伏せ、悲しそうに後ろを向く玄。

「ああ、丁度いいからそろそろ貸した物返しに来いって、マカのやつに伝えといてくれよ」

「お安いご用どす。ほな、また会いましょね」

 玄の背中に、軽い感じでお願いする司。

 司の伝言を受け取ると、玄は歩き出し、何もない空間に浮かび上がった闇の中に消えて行く。

 玄が消えた後、司は何事もなかったかのようにテントの中に戻っていった。


☽☽☽


「姉さん、お疲れ様です。どうでした」

「どうって? あれはあかんねぇ」

 司と別れた玄は、影から現れた声に、獣のような凄惨な笑みを浮かべながら答える。

「今のままじゃ、どうあがいても勝てへんわ。雲泥の差ってやつやね」

「姉さんがそこまで畏怖するとは」

「あれは正真正銘の化け物やね。能力も然る事やけど、頭が切れるのが厄介やわぁ」

 難題にぶつかった学者のように頭を捻る玄。

「仮に今のうちらの全戦力で挑んでも、10秒と保たんやろねぇ」

「な!? そんなにですか」

「いやぁ、無知って怖いわぁ。ほんに、今日挨拶出来て良かったねぇ。危うく志し半ばで、野望が潰えるとこやったわぁ」

 絶句する影の中の声とは対照的に、無邪気で邪悪に微笑む玄。

「ああ楽しみやね、楽しみや。怪物狩りの方法を考えるのが楽しくて仕方ありませんわぁ」

「姉さん素が出てますよ」

「あきまへんね。年甲斐もなくはしゃいでは。それはそうと、そっちの首尾はどうや?」

「ほぼ準備完了です。完成にはもう少しですけど」

「ほな、もういいよ。今回はそこまでにしとき」

「中途半端なとこで終わらしていいんですか?」

「ええよええよ。雪山で冬を相手取っても時間の無駄やさかい」

「かしこまりました」

 何処か腑に落ちてない影の中に声と共に、玄はまた闇の中に消えて行った。

この文章を読んでくれたあなたに、最大の感謝を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ