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紅い月  作者: ソムク
11/31

遠征 1日目

 学院長室で、光に包まれ目を閉じた月夜達。

 次に目を開ける直前に、空気が一変したのを感じていた。

 さっきまで部屋の中にいたはずなのに、明らかに外にいる感覚。

 閉じていた目を開けると、そこにはあたり一面の銀世界が広がっていた。

 聞いていた通り、初夏だというのに雪が舞い落ちている。

 吐く息は白くなり、澄んだ冷たい風が吹き抜ける。

「すごい。本当に一瞬で移動してる」

 感嘆の声を漏らす月夜。

「2人ともいるよね」

「はい、問題なく」

「……雪。綺麗」

 3人揃っている事を確認して、一通り転移や今の状況に感動した後、我に返る月夜達。

「それで、ここからどうするんだろ? とりあえず、あそこに見えてるのが依頼の村かな」

 指を指しながら確認を促す月夜。

 今、月夜達は山に囲まれた場所に立っている。

 そこから肉眼で確認出来るくらいの距離、山の麓にぽつんと村がある。

「状況からして、あの村しか考えられませんし、ここに突っ立ってる訳にもいきませんから、歩きましょうか」

 月夜達は、村に向かい歩き始める。

「そういえばさ、本当に3人なんだね。引率の先生とかいないんだ」

 歩きながらふと浮かんだ疑問を口にする月夜。

「転移が上手くいったかどうかって、先生達分かるのかな?」

「それは大丈夫だと思いますよ。校章も付けてますから」

「校章がどうかしたの?」

 雷太の言葉に、首を傾げる月夜。

「あれ? この校章は学院長が魔力を込めてる特別製なんです。これを身につけておけば、その魔力を拾って、今生徒が何処にいてどんな状況なのか分かるんですよ」

「そうなんだ。これ実はすごい物だったんだね」

「月夜さん聞いてなかったんですか? 俺達は入学当初に口酸っぱく言われてましたよ。校章は絶対に付けておく事って」

「全然知らなかったよ。きちんと付けてはいたけど」

「月夜さんなら、わざわざ言わなくてもちゃんと付けると思われたんでしょうね」

 話ながら歩いているうちに、さっきよりも鮮明に村が見えてくる。

 一応の線引きなのか、申し訳程度に木の柵で囲まれている家々。

 柵で囲まれている一角に、門らしきものが見える。

「あそこが入り口みたいですね」

「そうみたいだね。あっちに行こうか」

 そのまま、村の横に広がる畑を横目に見ながら、目的の場所に向かう。

 入り口に近づいていくと、そこに人影が1つあることに気づいた。

「誰かいるみたいだね」

「学院長が話してた、依頼人でしょうか」

 月夜と雷太が、人影について話していると、向こうも気がついたようで、こっちに駆け足で寄ってくる。

「こんにちは。もしかして、魔法学院の生徒さんですか?」

 透き通るような声で話しかけられる。

「はい、そうです」

「お待ちしてました。私、今回そちらに依頼を出させて頂きました、雪代(ゆきしろ) (しろ)と申します」

 ぺこりとお辞儀をして雪代白と名乗った少女は、まだ表情にあどけなさがあり、月夜達よりも年下に見える。

 だが、言葉遣いや態度は大人びていて、容姿も雪のような美しい肌に、まっすぐな黒髪と、凜とした綺麗さがある。

「美しい」

 思わず感嘆の声を漏らす雷太。

「え? あの、そう言って頂けるのは嬉しいのですが」

 雷太の声が聞こえたのだろう、白は赤面し恥ずかしがる。

「あ、いや、急にごめん。今のは気にしないで」

 慌てて取り繕う雷太を、雪野が冷ややかな眼差しで見ている。

「えと、こんにちは、雪代さん。私は紅月夜です。まだ力不足でお役に立てるか分かりませんが、出来るだけ頑張ろうと思います。よろしくお願いします」

 月夜が、丁寧にお辞儀をして、挨拶をする。 

「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、急なお願いをして申し訳ないです」

 丁寧に言葉を返す白。

「皆様、慣れない場所でお疲れでしょうし、立ち話もなんですから、宿にご案内しますね」

 そう言って、背を向け村の中に入っていく白。

「雪代さんはしっかりしてるけど、今いくつなんだい?」

 雷太が歩きながらした質問に、白は一瞬きょとんとした顔になる。

「ああ、ごめんよ。名乗りもしないで急に質問して。俺は轟雷太。あとついでに、こっちのが冬季雪野」

 自己紹介ついでに、雪野の事も指さして軽く説明する。

「いえ、大丈夫です。私は14歳です。今年で15になりますけど」

「やっぱり年下なんだ。でもすごくしっかりしていて、大人っぽいね」

「そんな事ないですよ。今はお客さんの前だから、背伸びをしてるだけです」

「そんなに気を遣わなくてもいいよ。私達こそ初めての遠征だし、勉強させてもらう側だから」

「月夜さんの言う通り。俺達相手に畏まる必要はないさ」

 少し緊張気味の白に、優しい微笑みを向ける月夜達。

「皆さんが優しい人達で安心しました」

 少し緊張も解けたのか、安堵したように微笑む白。

 村の中を歩いていると、ちらほらと人の姿も見えてくる。

「おはよう、白ちゃん。その方達が例のお客さんかい?」

「おはよう、お婆ちゃん。そうだよ。村の為に来てくれたんだ」

「久しぶりのお客さんだね。ゆっくりしていってね」

 村人とすれ違う度に、同じような内容の会話が繰り広げられる。

「雪代さん、皆に慕われてるんだね」

「小さい時からずっと一緒で、家族みたいなものですから」

 月夜の言葉に、優しい眼差しをしながら返す白。

 村人と白の関係にほっこりした気分になっていると、目の前に3階建ての建物が見えてくる。

「皆さん、着きましたよ」

 その建物の前で、白が振り返り、中に入るように促す。

 中に入ると、目の前にカウンターのような場所があり、奥の方に机がたくさん並んでいるスペースがある。

 雪が降る外に比べると、室内は暖かく、それだけでも大分気分が落ち着いてくる。

「ここが宿って事だよね。結構綺麗だね」

 正直な所、月夜はこの村で宿と聞いた時、民宿のような、古びた宿を想像していた。

 実際来てみると、少し古びた様子はあるものの、立派なつくりでホテルと呼んでも差し支えないと思える。

「昔は、この村も観光客で賑わってる時がありましたから。この建物はその名残なんです」

 懐かしみながら話す白。

「そうなんだ。何が有名だったの?」

 白に案内されながら、カウンターの近くのソファーに腰掛け、一息つき質問する月夜。

「この村は、かつて、星に会える場所、と呼ばれてました」

「ロマンチックだね」

 月夜達は荷物を下ろし、ソファーに座って続きを待つ。

 白は遠い目をして、窓から外を眺めている。

「ここは月が紅くなる前から、気温が低く空気が澄んでいました。それにご覧の通りの田舎なので、避暑地でかつ、目の前に広がる星の海。それで一時期有名になったのです」

「星か。司が好きそうだな」

 今まで、何回か司が夜空を眺めていた所を思い出し、月夜がぽつりとこぼす。

「月導って星好きなんですか。意外です」

 月夜の言葉を雷太が拾い、驚いたようにしている。

「分からないけど、よく空を見てるかな。ああ、ごめんね、話遮って」

 月夜は白と目が合い、話の続きを促す。

「構いません。そんな時期もあったなと、思い出しただけですので」

 白は柔和な笑みを浮かべ、話を続ける。

「では、早速ですが依頼の話をしましょうか」

「うん、お願い。私達は、何をすればいいのかな」

「具体的には村の見回りや、山に異常がないかの確認をお願いしたいです。あとは、有事の際の対応を」

 有事の際というのは、魔獣が出た時のことだろう。

「魔獣だったかな。この地域特有の魔獣なの?」

「そうですね。名前は大白熊(おおしろくま)。その名の通り、一回り大きい白熊です」

「白熊。それだけなのか」

 魔獣の話を聞き、拍子抜けしたような雷太。

「大白熊の厄介な所は、毛皮が魔力を帯びていて、とても堅いのです。正直、並の攻撃では効きません。それ以外はただの大きな白熊なのですが」

「なるほどね。だから私達のような魔法を使える人が必要なんだね」 

「その通りです。彼らにダメージを与えるとなると、魔法くらいしか有効ではないので」

 何処か悲しそうな目をしている白。

「ですが、彼らと戦うのは、本当にどうしよもない時だけでお願いします。出来ることなら傷つけて欲しくはありませんから」

「私達も無駄な争いはしたくないしね」

「ありがとうございます」

 白の話を聞いていて、疑問を感じたのか、雷太が首を傾げ、質問を口にする。

「ちょっといい。その大白熊ってのは、前から居たんだよな。今みたいに被害が出たりはなかったのか?」

「被害が出始めたのは最近です。むしろ、大白熊は知能も高く、ご先祖様達は、大白熊と手を取り合い村を起こしていったと、聞いた事があるくらいです」

「最近、何か変わった事はあったの?」

「思い当たる事は何も無いです」

 月夜の質問に、考える仕草をしながらも、白は思い当たる事がないようだった。

「月が紅くなったのと、関係あるのかな」

「おそらく無いと思います。少し前までは、私も時々彼らと共に過ごしてましたし、たまに来る観光客にも襲いかかろうという仕草すら見えませんでした。それに雪が降り続く気候は、彼らにとってはむしろ生活しやすい環境なんです」

「なるほどね。仲良くしてた魔獣達と、村の安全、どっちも大事だもんね」

 白の気持ちを察して、優しく語りかける月夜。

「そうなんです。彼らはいつもは、私達の言葉を理解してくれている感じでした。でも、村を襲ってきた時は、何処か目がうつろで、私達の声も聞こえてないようでした」

「正気じゃなかったって事かな」

「分かりません。ただ私の目にはそう見えました」

「そっか。だったらそれを信じるよ。それじゃあ正気じゃなくなった原因を探す所からだね」

 目を伏せ、自信なさげに言った白の言葉を、微塵も疑わずに信じる月夜。

「私の不確かな感覚だけなのに、信じてくれるのですか?」

 月夜の態度に、面くらいながらも、何処か嬉しそうに見える白。

「信じるよ。実際に魔獣達と過ごしてきた雪代さんの感覚だから。それにそっちの方が希望があるしね」

 屈託なく言い切る月夜。

「さすが、それでこそ月夜さんです」

 雷太も同意の意思を示す。

「今日ここに来てくれたのが、皆さんで良かったです」

 安堵して、緊張が解けた雰囲気の白。

「依頼についてのお話は、大体終わりです。私は今から皆さんのお部屋の用意をして、その後に食事の用意をしてしまいますね」

「何か手伝おうか?」

「大丈夫です。よろしければ、少し村の散策はいかがでしょうか? 小さい村なので簡単に見てまわれると思いますよ」

 たしかに、これからの事を考えると、村の事をもっと見ておく事は大切だと思う。

 白1人に、色々としてもらう事に心苦しさを少し覚えながらも、月夜はお言葉に甘える事にする。

「そうだね。じゃあ私達は少し失礼して、村を見てくるよ」

「はい。いってらっしゃいませ」

「何かあったら呼んで下さい。美少女の頼みとあればすぐに駆けつけますから」

 扉に手を掛け外に出ながら、格好つける雷太。

 白は雷太の言葉には反応せずに、微笑みを浮かべ手を振りながら見送ってくれていた。


☽☽☽


「やっぱり寒いね」

 ぶるりと身を震わせ、吐く息を白くしながら月夜が呟く。

「でも不思議ですね。どうしてここだけ常冬になったんでしょうか」

「元々寒い地方だったみたいだけどね。やっぱり月が関係してるのかな?」

 初夏なのに、雪が舞い散る風景に、改めて疑問を感じる雷太。

 先ほどの白の話だと、このようになったのは月が紅くなってからという事だった。

 その2つには関係があるのか、ないのか、正直よくは分からない。

「月が紅くなって、雪が降り始めた村か」

 雷太が、遠い目をしてぽつりと呟く。

「月がああなった理由ってなんでなんだろうね」

 今まで数々の学者達が考えても、答えが出なかった疑問だ。

 月夜も口に出してはみたものの、そこまで考えるつもりもないようだった。

「その理由の一端でも分かればいいんですけどね」

 雪野の事を見ながら、しみじみと語る雷太。

「ここに滞在してれば、もしかしたら何か分かるかもね」

「そうだといいですね」

 サクサクと雪を踏みしめて歩きながら会話する。

 畑や家々が広がり、本当に小規模な村という印象だ。

 すれ違う村人は皆明るく挨拶をしてくれる。

 そんな村人の口からは、よく白の名前が出てきていた。

「雪代さん、本当に村の皆から好かれてるんだね」

「良い子でしたし、可愛かったですから」

「……雷太、鼻の下伸ばしてた」

 雪野はジト目になり、辛辣に言い放つ。

「別に、そんなにではなかっただろ」

 雷太は目をそらし、所在なさげにしている。

「でも雷太君の態度の違いは一目で分かったよ」

 月夜からも指摘され、タジタジになる雷太。

「初めて会った時の雷太君を思い出したよ」

 懐かしそうに微笑みを浮かべる月夜。

「昔から、俺は一目惚れしやすいタイプなんですよ」

「一目惚れねぇ」

「……雷太はただ女の子が好きなだけ」

 ふむふむと考えるような仕草をする月夜と、ばっさり切り捨てる雪野。

「女の子が好きってのは認めます。でも全部軽い気持ちではないんですよ。なんて言ったらいいのかな、全員を本気で守りたいって思ってます」

「物凄く浮気の言い訳っぽいけど。そっか、恋とかよく分からないな」

「月夜さんは今まで気になった男子とか居ないんですか?」

 自分に向いている矢印を変えようと、雷太が話題を逸らす。

「気になった男子か」

 月夜は指を頭に当てて考える仕草を取っている。

「今、一番に思い浮かんだのは司かな。でもこれは恋愛感情ではない気がする」

「そうですね。得体の知れなさという意味ではたしかにあいつは気になる奴ですが」

 月夜の言葉に雷太は苦笑いを浮かべている。

「そういうのじゃなくて、こいつの為なら全てを投げ出せるみたいな」

「私は困っている人を助ける為なら、何でもするよ」

「そういう優しさ的なものでもなく」

 曇りない真剣な眼差しで断言する月夜に、苦笑いを深める雷太。

「なんて言うんでしょうね。その人の事を四六時中考えてしまうとか、胸が苦しくなるとか、そういう感覚なんですかね」

「難しいね」

「そう深く考えるものでもないですからね。ビビッとくるものだと俺は思ってます」

「そっか。雷太君はそのビビッとが一杯くるって事なんだね」

「その通りなんですが、そう聞くとすごい不誠実なやつみたいですね」

「……あながち間違ってもいない」

 冗談っぽく笑う雷太を、冷めた目で見る雪野。

「やっぱり、雷太君は雪野ちゃんと一番仲良しって感じだけどな」

 そんな2人の様子を見て、月夜が微笑ましそうにしている。

「まあ、雪野は付き合いも長いですし、もう半分家族みたいなもんですから」

「……私がお姉さん」

「いや、お前が上なのかよ」

「……雷太は、まだまだ子供」

「そういうのは、まともに他人と話が出来るようになってから言うんだな」

「……む」

 頬を膨らませ抗議する雪野。

「バァカ。大丈夫だよ。ちゃんとお前も守るから」

「……ん」

 雷太に頭を撫でられながらも、どこか不安を拭い去れない様子の雪野。

「そろそろ、大体1周かな。どうしよう、宿に戻る?」

 小さい村だ。気がつくと、ほぼ周り終え、村の入り口辺りで立ち止まる月夜。

 軽く散策しただけだが、特に気になる点は見つからず、問題はないように思える。

「そうですね。転移とはいえ、慣れない土地での疲れもありますし、戻って休みましょうか」

「じゃあ、戻ろうか」

 雷太の意見に特に反対も出なかったので、踵を返し、宿に向かう月夜達。

「ん?」

 振り返った一瞬、背後からの視線を感じ怪訝そうに振り向く月夜。

 だが、別段変わった様子もなく、違和感だけを覚える月夜。

「月夜さん、どうかしましたか?」

「いや、誰かに見られてるような気がしたんだけど、気のせいみたい」

「学院長が様子を見てるとかじゃないですか?」

「そうかもね」

 少し悪意のようなものを感じた気がしたのだが、気のせいだと自分に言い聞かす月夜。

 慣れない土地で敏感になっているだけなのだろう。

「雪代さんも待ってるかもしれませんし、行きましょう」

「そうだね。行こうか」

 月夜は、後ろ髪を引かれる思いを振り切り、白の待つ宿に向かった。

 

☽☽☽


 宿に着いて、中に入った瞬間、ふわりと料理の良い匂いがする。

「あ、おかえりなさい。丁度ご飯の用意も出来た所です」

 来客の気配に、カウンターからひょこっと顔を出した白に迎えられる月夜達。

「ただいま。すごく良い匂いがしてるね」

「ありがとうございます。あまり豪華な物はご用意出来てないのですが」

「そんなに気を遣わなくていいよ。食事を出してくれるだけで、十分有り難いから」

 申し訳なさそうにする白に、月夜は笑顔で返す。

「どうぞ、こちらへ。外は寒かったでしょう。温まる物をご用意しましたので」

 レストラン、と呼ぶには心許ないこぢんまりとした空間にある、テーブルに案内され座る。

 そのまま奥の方へ消えて行った白が、料理の皿を持って戻ってくる。

 目の前に出された料理からは、ミルクの甘い香りが広がり、ごろごろとした野菜や肉が食欲をそそる。

「おいしそうなシチューだね」

「冷めないうちにどうぞ」

 白のお言葉に甘え、出されたクリームシチューを口に運ぶ。

 舌の上でほくほくのじゃがいもがとろける。

「うん! すっごく美味しいよ」

 月夜は正直な感想を言う。

「せっかくのお客様なのに、質素な食事になって申し訳ないです」

 テーブルに出したシチューとパンに目を向けながら、肩を落としている白。

「そんなに気を落とさないで下さい。これで十分ですよ」

「月夜さんの言う通りです。こんなに美味しい食事を出してもらって、感謝しかないですから」

 月夜の目配せを受けて、雷太も同意して白を励ます。

「ありがとうございます」

 がつがつと料理を口にする雷太と、上品に食事をとる月夜。

 ふと気づくと、雪野の食が進んでいないようだ。

「雪野ちゃん、何か苦手な物でもあった?」

 ふるふると首を横に振る雪野。

「ああ。こいつ、度を超した猫舌なんです。熱いものは苦手でして」

「……ん。むしろ凍ってるくらいがいい」

「アハハ。珍しい感性だね」

 シチューをスプーンで掬い、何度も息を吹きかけ冷ましている雪野。

 恐る恐るスプーンに舌を伸ばしてみるが、まだ熱かったのだろう、すぐに舌を引っ込める雪野。

「すいません。熱いものが苦手な方がいる可能性を失念していました」

 恐縮そうに謝る白。

「いえ、気にしないで下さい。こいつのは常軌を逸してるので」

 冗談っぽく笑みを浮かべる雷太と、気にしなくていいという風に会釈する雪野。

 和やかな雰囲気のまま、料理に舌鼓を打つ月夜達。

 夕食をほぼ食べ終え、白はテキパキと片付けをし始める。

 月夜達は満足気にお腹をさすり、一息ついている。

「そういえば、村の雰囲気はどうでしたか?」

 キッチンに入り、お皿を洗いながら、ふと気になった事を尋ねる白。

「村の人が優しくて、とても温かい空気だったよ。皆仲良いんだね」

「狭い村ですから、皆家族のようなものですので」

「そっか。なんかそういうの良いね」

 優しい微笑みを浮かべている月夜。

「少し前までは、大白熊たちも村の一員だったのですが」

 懐かしむような、悲しむような目をしながらしみじみと呟く白。

「出来るのなら、また前みたいな関係に戻りたいものです」

「任せて、とは言えないけど。出来るだけ私達も協力するね」

 月夜の励ましに笑顔になるも、すぐに肩を落としてしまう白。

「村人同士なら何かあっても解決できるのに、動物とはそうはいかない。それほどまでに言葉の壁って、高いものなのでしょうか?」

「大丈夫ですよ。たしかに言葉の壁はあるかもしれない。でも想いがあれば絶対通じるはずですから」

 落ち込む白を、優しく励ます雷太。

「そうだね。まずは村を守るのが第一だけど、それが済んだら一緒に大白熊たちの事も考えようよ。遠征が終わった後でも、いつでも駆けつけるからさ」

 白を安心させるように、月夜も力強く頷く。

「ありがとうございます。本当に皆さんに出会えて良かったです」

 少し目に涙を浮かべながら、笑顔になる白。

「まあこういうのは縁だからね。あ、私も片付け手伝うよ」

「俺もやります」

 そのまま白の片付けを手伝う月夜と雷太。

 白が洗ったお皿を月夜が拭き、雷太はテーブルを拭いたり整えたりしている。

 雪野は一人、隅の椅子に移動しその光景を眺めていた。なんとなく虚ろな目をしながら。

「もう後は私一人で大丈夫ですから。皆さんのお部屋までご案内しますね」

 片付けが一段落した後、カウンターに行き部屋の鍵を取ってくる白。

 白から鍵を受け取り、先導してくれる白に続き、部屋まで行く月夜達。

 部屋は男女で別れており、雷太は階段を上がってすぐの部屋、月夜と雪野は2階の突き当たりの部屋だった。

「では私はこれで。何かあれば下におりますので。皆様お休みなさい」

「ありがとう。お休み」

 部屋までの案内が終わり、一礼して下がっていく白。

「忘れるところでした。皆様明日は何時くらいに朝食にしましょうか?」

 階段に足を一歩踏み出し、ハッと思い出したように尋ねてくる白。

「私は雷太君達に合わせるけど」

「そうですね。8時すぎくらいでよくないですか?」

「ん。大丈夫だよ」

「分かりました。ではその時間に準備しておきますので」

 朝食の時間も決まり、白は今度こそ下に降りていった。

「それじゃあ、今日はお疲れでした」

「お疲れ様」

 雷太はそのまま一人、部屋に入っていく。

 その後ろ姿を不安そうに見ている雪野。

「雪野。月夜さんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「……かけない」

「大丈夫か? なんならこっち来るか?」

「……大丈夫。雷太過保護」

 雷太は雷太で雪野の事は心配なのか、再三確認を取る。

 不安気だった雪野も、少し柔らかい表情になり、雷太を突っぱねる。

「そっか。ならまた明日な。良い子にするんだぞ。月夜さんもこいつの事よろしくお願いします」

「雷太君、お父さんみたいだよ」

「……ん」

 雷太の態度に、半ば呆れ気味の月夜と雪野。

「アハハ。まあ月夜さんなら、俺も安心です。お休みなさい」

「お休み」

「……お休み」

 口に出した言葉とは裏腹に、最後まで心配そうだった雷太が部屋の中に消える。

「私達も行こっか」

 そのまま自分達の部屋まで行く月夜と雪野。

 部屋は、シングルのベッドが2台丁度入るくらいのワンルーム(バス、トイレ付き)だった。

 多少狭さは感じるが、寝泊まりするのには十分だ。贅沢は言ってられない。

「雪野ちゃん、先にお風呂どうぞ。 お湯貯める?」

「……ううん。シャワーだけでいい」

 雪野はふるふると首を横にふる。

「え? いつもそうなの?」

「……ん。汗かかないから」

「そっか」

「……それに、熱いのは苦手」

 雪野はどこか悲しげな顔をしている。

「そっか。色々大変なんだね」

「……もう慣れた」

 そのまま雪野は準備をして浴室に入っていく。

 雪野がシャワーを浴びている間に、月夜は今日の事を学院長にメールで報告する。  

 報告を終えると、一息つき、さっきの雪野について考える。

 雪野はいつも寒そうにしていて、でも熱いのも苦手だと言う。

 もう慣れたと彼女は言った。それは以前は普通に生活出来ていたという事だろう。

 急に環境が変わるとはどういうものだろう。苦労してるんだろうな。

「はぁ~」

 無意識に溜息が零れる。

 今居るこの村の事、白の悲しそうな顔を笑顔に変えてあげたい。

 チームメイトの事、いつも不安そうな雪野の助けになりたいし、雷太君も普段は明るく振る舞っているが、時折見せる遠い目が気がかりだ。

 司の事だって、どれだけ遠ざけられても、助けになりたいという気持ちは変わらない。

 身近な事だけでも、困っている人は一杯いる。全部、全部助けないと。

 自分のやりたい事もあるけど、そっちは急ぎじゃないし、後回しでいいかな。

 考えが纏まらず、頭を振り気合いを入れ直す月夜。

 よし! まずは目の前の遠征から。1つ1つ集中していかないと。

 そう決意する月夜。このまま思考に耽っていると悪い想像ばかりしてしまいそうなので、窓際に行き、ボーッと夜空を眺めてみる。

 いつもいる場所と違い、夜空に燦然と煌めく星がよく見えた。

 常冬の村で空気が澄んでいるからだろうか。都会ほど街の明かりがないのもいい。

 そういえば、白が星が綺麗に見える事で有名だったと言っていたか。

 何をするでもなく、ただ美しい星空を眺めているだけの時間が何故か心地良い。

 都会の喧噪を離れ、なんて言葉を聞いた事があるが、なるほど、こういう気持ちなのかと月夜は思う。

 感慨に耽りながら、ふと思い出したのは司の事。

 司と初めて会った場所。そこに仰向けになり夜空を見ていた司。

 本人から直接聞いた訳ではないが、なぜか彼は星が好きだと思う。

 次に会った時にこの場所の事を教えてあげよう。喜んでくれなくても、司と話すネタが一つ出来る。

 そんな事を考えていると、浴室から雪野が出てくる音がする。

 そちらに目を向けると、湯上がりの余韻などないかの如く、完全装備の雪野がいた。

 モコモコの温かそうなパジャマで身を包み、首にはいつものマフラーを巻いている。

 ただいつもより頬が紅潮し、美しい白髪はボサボサになっていた。

「さすがにお風呂上がりはヘッドフォン外してるんだね」

「……ん。濡れると嫌だから」

 雪野はタオルで髪を拭いただけなのだろう。よく見ると、まだ髪が少し濡れている。

「雪野ちゃん、髪乾かして、梳かしてあげるよ」

 ふるふると首を振り、遠慮する雪野。

「せっかく綺麗な髪なんだから。手入れしないともったいないよ」

 そのまま半ば強引に、雪野を座らせ、ドライヤーをし始める月夜。

 雪野も否定こそしたものの、そこまで嫌そうな様子はない。

 一通り髪を乾かし終わると、月夜は櫛を取り出し雪野の髪を梳かし始める。

「やっぱり、柔らかくてさらさらで綺麗な髪。憧れちゃうな」

 高級なシルクを触っているような手触りの雪野の髪に感動している月夜。

 雪野は雪野で気持ちよさそうにしている。

「そういえばさ、いつもヘッドフォンで何聴いてるの?」

 雪野がいつもしているヘッドフォン、そこからは時々何かの音が漏れていた。

 いい機会だから気になっていた事を尋ねてみることにした。

「……雷太が好きなロックバンド」

「なんて言うグループ?」

「……分からない」

「そっか。音楽好きなの?」

「……ううん。ヘッドフォンは雷太がくれたから。お守り、みたいなもの」

 ロックを聴いてるとは少し意外だったが、なるほど、ヘッドフォン自体が雷太からの贈り物だと分かり納得する月夜。

「そっか。じゃあ大事な物だね」

「……ん」

 雪野にとって雷太は大きな存在なのだという事は、今までの短い付き合いでも十分に分かる。

「雪野ちゃんはさ、雷太君の事好きなの?」

「……ん、好き」

 正直聞くまでもない質問だったが、迷わずに好きと言える雪野の事を少しだけ羨ましく思う月夜。

「それはさ、愛ってやつなのかな」

「……分からないけど、雷太がいないと私は生きていけない」

 気恥ずかしい事を聞いてしまったと思い、顔を赤らめる月夜。

 しかし雪野は曇りのない瞳で断言する。

「なんだか格好良いね、雪野ちゃん」

 格好良いと言われ、首を横に振り否定する雪野。

「よし。髪梳かし終わったよ」

「……ありがとう」

「こちらこそ。それじゃあ、私もお風呂行こうかな」

 愛なんて、まだ自分とは程遠い所にあるものだと感じていた。

 雷太の一目惚れの話や、先ほどの雪野の話を聞き、同級生達が少し遠くにいるように思えて、言いようのない情けなさを感じて、逃げるように浴室に行く月夜。

 特定の人を好き、その感覚が月夜にはまだ実感がない。

 何処かモヤモヤした気持ちごと洗い流すように、シャワーを浴びる。

 考えて見れば、今自分は俗に言う青春真っ盛りなのだろうか。

 青春時代に、恋や愛などは付きもので、皆色々な悩みがある。

 そういう悩みがない事が悩み、という層も少なからずいるだろう。

 月夜は後者だが、自分だけではないはずだ。学院に帰ったら司やりんか達にも聞いてみよう。

 そのまま入浴を済ませ、持ってきたジャージに着替える。

 部屋に戻ると、雪野は布団にくるまり、スースーと寝息をたてていた。

 今日1日慣れない環境で疲れたのだろうと思い、起こさないように気をつける。

 さすがの雪野も寝る時はマフラーを外している。いつも少しだけ隠れてる顔がよく見える。

 雪野の寝顔は、月夜でも息を呑むほどに可愛かった。

 しばらく見惚れていた月夜だったが、我に返り、自らも寝ようと布団に入る。

 横になると、今日の疲れがどっとのしかかってくる。

 眠りにつく前に、ふと雪野の方に顔を向ける。

 月夜の目に入ってきた雪野は、紅い月の光に照らされて、美しくもどこか不気味な人形のようだった。

 何とも言えない不安さを感じながらも、徐々に眠気に蝕まれる月夜。

 そんな月夜の耳に廊下を人が歩く音が聞こえてきた。

「だから別に部屋を借りる必要なんてねえって」

「駄目ですよ。雪山に人を放置する訳には行きませんから」

 なんとなく聞き覚えのある声に月夜は疑問を感じる。

 確認に行こうかと思ったが、月夜は眠気に負け、意識を手放していった。 


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