遠征準備②
学院長との打ち合わせが終わり、3人は廊下を歩いていた。
「初めての遠征か。なんか緊張しちゃうね」
月夜が笑顔を作り、口を開く。
「そうですね。でも簡単そうな内容で一安心です」
「確かにね。それに雪山って事は、雪野ちゃんは得意分野かな」
「……雪は好き」
「心強いね。頼りにしてるよ」
屈託なく微笑む月夜に、少しうつむきながらも嬉しそうに頬を緩める雪野。
その光景を見て、雷太が嬉しさのあまり目を潤ませる。
「雪野が俺以外の人と普通に話せてる。良かったな」
「……雷太大袈裟。月夜はもう大丈夫」
ムッとして雷太に抗議の眼差しを向ける雪野。
「そうかそうか」
雪野の髪をわしわしと撫でる雷太。
「……ヘッドフォンが落ちる」
雪野は煩わしそうな態度を取りながらも、嬉しそうに目を細めている。
「2人は本当仲良しだね」
「付き合いが長いですから。それよりも、早く帰って準備しないと」
2人を微笑ましそうに見つめていた月夜の言葉に、雷太は恥ずかしくなったのか話題を変える。
「準備か。でも私持ってる物少ないから、すぐ終わりそうだよ」
「女の子なのに。珍しいですね」
「むしろ足りない物があったらどうしようか。司の勝手に使ったら怒るかな」
「ちょっと、なんですかその彼女っぽい台詞! 羨ましい」
何気なく出た言葉に、思いがけない圧で返され困惑する月夜。
「……同棲してるから」
「その通りだけど、言葉のチョイスに悪意を感じる」
冗談っぽい笑みを浮かべる雪野と、沈痛な面持ちの雷太。
「私としても、同棲って言われるとなんか気恥ずかしいかな」
月夜も、雪野の言葉にはにかんでいる。
そのまま3人が階段に差し掛かった時、ばったりと見知った人物に出会う。
「あれ、りんかちゃん?」
「チャオチャオ。3人揃って、差し詰め遠征の話の帰りって所かな」
「よく分かったね。りんかちゃんはどうしたの?」
月夜が気になったように、りんかはいつもの出で立ちとは少し違っていた。
と言っても、大きな荷物を抱えているくらいだったが。
「私達はもう遠征に出発だよ。全く人使いが荒いったらないよ」
冗談っぽく笑いながら、不満を口にするりんか。
「今日の今日で出発の人達もいるんだね」
「善は急げって言うしね。情報は多いに越したことはないんだよ」
ふふんと胸を張り、自慢げにするりんか。
「それより、月夜ちゃん達は何処に行くの?」
「私達は、常冬の村って所みたい」
月夜の言葉を聞き、一瞬驚いたように目を見開くりんか。
「どうかした?」
「あ、ううん。何でもないよ」
月夜はりんかの不自然な態度が気になったが、愛想笑いで逃げられてしまう。
「りんかちゃんは、常冬の村って知ってる?」
「簡単にはね。そこで何をするの?」
「魔獣から村の護衛だって」
「そうなんだ。月夜ちゃん達なら楽勝だね」
りんかは一瞬雪野に視線を送り、すぐに月夜に戻す。
「そうだといいんだけど」
「大丈夫大丈夫。初めての遠征でそんなにきつい案件は任せないって。気楽に行こう」
軽い調子で語りながら、親指を立て、安心をアピールするりんか。
それでも、月夜の不安そうな表情は拭い去れない。
「ごめんね。私そろそろ時間だから行くね。月夜ちゃん、轟君に雪野ちゃんも健闘を祈るよ」
3人に向け笑顔で敬礼して、急ぎ足で去って行くりんか。
「そうだ、月君によろしくね。それと部屋に残ってる物なら、月君のでも勝手に持ってちゃっていいと思うよ」
去って行く途中、ふと思い出したかのように振り返り、そう告げるりんか。
言い終わると、りんかは返事は待たずに、今度こそ姿を消してしまった。
「アハハ。司は来ないんだけどな」
少し困り顔で呟く月夜。
「でも、荷物の件は解決しましたね」
「さすが、自称なんでも知ってるお姉さん、だね」
りんかが本当に察していたのか、それとも適当に言った言葉が的を射ていたのかは分からない。
彼女の事なので、おそらくは察していたのだろうと月夜は感心する。
「私もあのくらい、頭が回ればいいのにな」
そうしたら、司の言うことももう少し理解出来るのかな、そんな風に考える月夜。
「月夜さんには、月夜さんの良さがありますから」
月夜は自分で思っているより暗い表情になっていたのだろう。
雷太が不器用なフォローの言葉をくれる。
「ごめんね、ありがとう」
月夜は、気恥ずかしさでうつむきがちになりながら、お礼の言葉を口にする。
「あ、いえ、それより、俺達も早く準備済ませないとですね」
頬を赤く染めた月夜に見つめられ、照れを誤魔化すように話す雷太。
「……照れてる」
そんな雷太の様子を、雪野が微笑みながら指摘する。
「でも雷太君の言う通りだし、私達も帰って準備しようか」
せわしない気もするが、明日には出発だ。
慣れない事をするのだし、早く準備を済ませ英気を養っておくのがいいだろう。
そのまま他愛ない会話をしながら、3人は帰宅していった。
☽☽☽
翌日、月夜達3人は準備を整え、学園長室に集合していた。
学院指定の鞄に荷物を纏め、それぞれ冬の装いをしている。
月夜はたまたま部屋にあった、司のだと思われる黒のダウンジャケットを羽織っている。
自分のではない為か、サイズがあってなく、ぶかぶかになっている。
雷太は、派手な赤のダウンジャケットを着込み、雪野はいつもの装備にプラスして、一目見ただけで暖かそうなモコモコで雪のように白いダウンコートを着て、ふわふわのファーのついたフードを被っている。
「雪野ちゃん、いつにも増して重装備だね」
そんな雪野の姿を見て、月夜が心配そうにしている。
「……寒いって聞いたから」
「でも、動きにくくない?」
「……大丈夫」
「心配しなくても大丈夫ですよ。こいつ冬はいつもこうなんで」
本人達が大丈夫ならそうなのだろう。
「待たせたね。準備は万端かい?」
部屋の奥から学院長が出てくる。
「依頼人に連絡して、今から送るって言ってあるからね。問題なければ早速出発といこうか」
学院長の言葉を受け、もう1度自分達の荷物を確認する。
「はい。問題ありません」
「そうかい。ではそこの魔方陣の上に乗りな」
月夜達は、部屋の中央に用意されていた魔方陣の上に、恐る恐る足を入れる。
「そんなにびびらなくても大丈夫だよ」
3人が乗ったのを確認すると、学院長が魔方陣に魔力を込める。
「それじゃ飛ばすよ。初めての遠征だ、気負いすぎず頑張るんだよ」
激励の言葉をくれる学院長。
「詳しい事は、現地で依頼人に聞きな。それと、一応は授業の一環だ。毎日活動が終わったら、簡単にメールで報告も頼むよ」
「わかりました」
「アドレスは生徒手帳に載ってるからね。もし何か不測の事態が起きたらすぐに連絡するように」
学院長の言葉が終わると同時に、足下の魔方陣が光始める。
だんだんその光は強くなり、月夜達を隠すほどに、激しくなる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
言い終わると同時、月夜達の体は光に包まれ、体が浮遊感を覚える。
あまりの眩しさに目をぎゅっと閉じる月夜達。
そのまま、光の輝きが収まった時、3人の姿は既に部屋から消えていた。
「失礼します」
月夜達がいなくなった部屋に、担任の夢が入って来る。
「行きましたか」
「行ったね」
「何事もなければいいのですけど」
「大丈夫だろ。たった3日だ。心配しすぎさね」
月夜達の事を案じてか、心配そうな夢。
「それより、そっちの案件はどうだい?」
「今すぐにという訳ではないでしょうが、警戒は必要でしょうね」
「やはりか。結界も作らないといけないというのに。やる事が多くて大変だよ」
「学院長なんですから。頑張って下さいね」
やれやれと肩を落とす学院長を、微笑みを浮かべつつも叱責する夢。
そのまま2人、意味深な会話を続けていた。
こんな文章を読んでくれて、ありがとうございます。