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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超短編ホラー

超短編ホラー17「シャッター街」

作者: 青木森羅


 私の趣味はカメラで、街の変哲のない物を撮る事。

 些細な物でありそこに住む人にとっては別段変哲のないような風景を、その日、その時、その場所でしか撮れない特別な景色だと僕は信じてシャッターを切る。

 休みの日ともなれば少し遠めの街に行き、心のままに何枚も何枚も撮り続けた。


 あの日も、そんな休日だった。



 目が覚めたその日は、連日の仕事から解放された天気のいい日だった。そして、あまり人のいない平日だというのもなお良い。

 ベットから体を起こすと早速スマートフォンの地図アプリを起動して、自分のバイクで行ける範囲にある街を探す。近場はもう行った事がある場所でお気に入りの場所もあるけど、今日は新しい場所を開拓しようと隣県の方も見る。

 そこに、珍しい名前の場所を見つけた。


「商店街?」


 短くその文字だけが表示されている。

 普通ならば「戸越」 なり、「武蔵小山」 などの地名がついたりする物だと思うのだけど、その場所にはそういうモノはなかった。

 単なる商店街。


「奇妙だな……けど」


 ひとり言をつぶやきながらも、自然と笑みが漏れてしまう。こういうあまりひと目の少なそうな所には絵になるような建物や人が待っているのを経験則として知っているからだ。


「行ってみようか」



 隣県まではいつも来ている道を風を感じながらも軽快に進んできたが、困った事に「商店街」 の近くに来るとそこへの行き方が分からず迷ってしまった。

 すでに同じ道を何度も何度も回っている。


「仕方ない」


 本当は「商店街」 まではバイクで乗っていきたかったが、こうなると徒歩で行った方がよさそうだと近くのパーキングに停めた。

 スマートフォンの地図によると方角的には北の方みたいだ。

 大きな道を外れ、地図を眺めては路地をウロウロしながらも、撮影しては今の相棒カメラが表示する写真のデータをすぐさま見返す。

 昔はフィルムで撮っていたし、そうでないとカメラではないとも思ったが、その場で確認できるのはやっぱり便利だと最近ではもっぱらこっちばかりだ。


「うーん」


 路地に入ってからも猫や鉢に植えられたホウセンカなど色々な被写体を撮っていたのだが、納得のいくような写真はまだなかった。


「ん?」


 ふとカメラの画面から目を離すと、今まで何度も行き来したのに気がつかなかった横道を見つけた。


(もしかして、ここか?)


 大人ひとりが通るのがやっとという狭さの道を通る、こういう狭い道も好みなのだけどコンクリートの塀が高すぎて周りの風景が見えないのは少し残念だった。

 それとなんだか薄暗い、昼間を過ぎた程の時刻だというのに気持ちの悪さを感じるほどの。

 けど、それも五分もしないうちに終わった。


「ここが『商店街』 ……か」


 思ったよりも大きめのアーケード街だった。天井から漏れる光はうっすらと緑に光ってる、そこを伝っている青々とした葉のせいだろう。その光は、元々は活気のある店舗であったろうシャッターを照らしている、奥の方までは見えないが視界に収まる全ての店がそうだった。


「綺麗な自然光だ。それに幻想的で……これならいいのが撮れそうだ」


 年甲斐もなく少年のように踊る気持ちを抑えた、そうしなければこのままスキップしている所だ。


「とりあえず、一枚」


 アーケードの端っこから反対側にレンズを向ける。


「どうかな?」


 画面を見ようとした私の耳にタタッと子供が走るような音が届く。おや? と、顔を上げると、路地に走って行く半そで姿の少年の背が見えた。

 急いでカメラを撮影モードに切り替える。シャッター街に元気な少年がいるのは絵になりそうだと踏んだからだ。

 ただ、一足遅かった。


「あっ、行っちゃったか……残念」


 構えたカメラを降ろして辺りを見回す。


「それにしても変わった所だな」


 まるで人の営みの時が止まったかのような……そんな印象を受ける。


「うーん……違う風景も撮りたいな」


 いろいろな構図でカメラのシャッターを切ったのだけど。さすがにシャッターとアーケードだけで無限の世界を作れるほどの腕は自分にはない。

 ちょっと先まで移動しよう、そうすれば開いている店もあるはずだ。



 なにかがおかしい。

 行けども行けども商店街の端につかない、五分ほど歩いているが進む道の先に突き当りの部分も出口も見えてこない。

 それに商店の全てのシャッターが下がっていて、いくら動かしても開かないし、声をかけても誰も出て来ないのだ。


「誰かいませんかー!」


 自分の歩く足音だけが響くアーケードは寒々しく感じ、それを和らげる為に無意識に声が出ていた。

 しかし、その声に答える人は誰もいない。


「なんだっていうんだ……」


 服のボタンをひとつ外すと、首の重みに目がいく。


「カメラ忘れてたな……」


 いつもならばあり得ない事だというのに、いまはその事すらも忘れてしまうほど一杯一杯だったのだろうか。


「そうだ……さっきの子!」


 ふと、思い出してのは路地に消えた少年の後ろ姿だった。彼が走っていた所からならば、ここから出られるのではないか?


「どこだ?」


 気持ちの焦りがそのまま歩き方に出る、時々足がもつれそうになるが無理矢理に足を出し続けた。


「あった!」


 大人ひとりがやっと通れるほどしかスペースのない路地、そこへと体を捻じりこませる。


「ハアハア……」


 路地に入った途端、あそこへはもう戻りたくないという気持ちが生まれ、いつの間にか走っていた。


(まだか……出口は……!)


 舗装されていない土がむき出しの道は思ったよりも走りにくい。子供の時はこんな事、感じもしなかったのに。

 建物の端が見えた!


「よし、出口だ! ……えっ?」


 路地を向けた先に待っていたのは、さっきのシャッター街だった。


「そんな……バカな……バカなことがあってたまるか!」


 道を走ると、また路地を見つけた。


「こっちだ」


 そう、単純な話だ。

 ただ似たような商店街が路地を挟んで二つあっただけの話、そうに違いない。ここから出られるという期待に気がはやるが、それは奥底にある不安を感じないようにしているからだろう。


「なんで」


 またシャッター街だ。



 今までいくつ路地を抜けただろうか?

 もう、その数すら覚えていない。

 覚えていたくない。


「なんでこんな事になったんだ」


 ここにはただ写真を撮りに来ただけだというのに、こんな訳の分からない状況になって……

 第一、ここはなんなんだ! いくら路地を向けても商店街だなんて、まるでホラー映画みたいじゃないか! 

 いや、本当にそうなのか。


「そんな馬鹿な事があってたまるか!」


 頭を振って、ふざけた考えを吹き飛ばす。


「こういう時は気分転換を……そうだ!」


 誰もいない道のど真ん中に座り込み、カメラのボタンを操作してこれまで撮ってきた写真を確認する。

 春、夏、秋、冬、生き物や人、そして風景。あらゆる過去が詰め込まれた宝箱。

 それを見ていると、ゆっくりとだが強張った気持ちを溶かしてくれるようだった。

 その時までは。


「あっ……」


 ここに来る直前に撮っていたホウセンカの次に画面を送る、そこにはシャッター街の写真が表示されるだった。

 しかし、実際には一番初めの写真に戻っただけだった。

 ここで撮ったはずの物がない。


「なぜだ」


 どうして!


「消してないのに」


 消えている!


「一体なにが」


 これは夢だ!


「もう嫌だ」


 帰りたい!



 ここへ来て、体感では三日ほど経った。

 飲まず食わずだというのに、空腹感や脱水症状に襲われることはなかった。ただし、意識は朦朧としている。

 地面に放り出したスマートフォンの画面をなんとなしに見ると、ここに来た日から一日と経っていない。それどころか、一秒も刻まれていないようだ。

 外に通話しようと試したが、無音しか返してくれない。

 もう、ここから動く気力すらない。



 ここへ来て……もうどのくらい経ったのか分からない。

 十日? ひと月? いや、一年だろうか?

 もう覚えていられない。



 なにかが違う。

 しかし、それが何なのか今の私には分からなかった。



 壁だ。

 向こうの端の壁が迫ってきている、しかもシャッターのようなモノに変わっている。

 ここにいてはいけないと分かっているのに、体は動かなかった。



 目の前のシャッターに自分の息がかかっているのが分かる。

 日に日に背後の壁が迫っている気配を感じる。



 壁に挟まれた頭がメキメキと異音を上げている。膝もおかしい、腕はおかしな方向に折れていようだ。

 痛みは感じるが、ただそれだけだった。



 頭の形が原形をとどめていない事を理解している。

 腕も足も体もとうに千切れた。

 私が潰れるのはいつになるのだろうか?

 早くしてほしい。



 もう、体の全てが潰れてなくなっているというのに意識だけはハッキリとしている。

 まだ壁は閉まらない。


 ピピピ……ピピピ……


 どこからか、もう潰れて壊れたはずのスマートフォンのアラームが聞こえた。

 そうだ、一分経ったら鳴るように設定していたんだった。


 ようやく一分経ったのか。


 ブチッと、潰された音がした。


新田にったさん! 聞こえますか! 先生!」


 薄く開けた目から見える景色に白い服を着た誰かが見えた。

 それと入れ替わりで、別の白い服の影が視界に入る。


「新田さん、大丈夫ですか! ここは病院ですよ!」


 びょういん?



「では、お話を聞かせて下さい」


 ここに入院してから二日後、事情を聴きに若い警察官が訪れていた。

 彼の説明によると、私は駅前のパーキングにバイクを停めるなり、アクセルをふかして正面のシャッターが降りた商店へと突っ込んだという事だった。

 ただ、そう説明をされても事故を起こした記憶のない私の中では整合性がとれていない。


「なんであんな事を?」


「分かりません」


「分からないって……そんなんじゃ困りますよ。奇跡的に怪我人も出ませんでしたし、あのお店も解体が決まっていたので免停で済んでますが、一歩間違えたら大事故でしたよ」


 警察官は手に持ったペンをこめかみに当てた。


「第一、どんな用事であそこに来たんですか?」


「それは……商店街に行きたくて」


「商店街?」


 警察官の表情が怪訝そうなものに変わった。


「なにを言ってるんですか?」


 少し怒気を含んだ声でそう言った。


「新田さんは怪我で記憶が曖昧になっているんでしょうから、あまり無理をさせないで下さい」


 私の担当である看護師の女性がそう答えた。


「そうかもしれませんね……」


 声を荒げた警察官はバツが悪そうに顔を背けて、手帳に何かを書いていた。


「あんな所に商店街なんてないんですから」



 数日の検査入院を終えて、広くはないとはいえ心が休まる自宅へと戻って来れた。奇跡的に大きなケガや後遺症もなくてよかったと、医者が言っていた。

 損害と言えばバイクはおシャカになってしまった事ぐらいだけど、免停で乗れないし、なによりもあまり乗りたいとも今は思えなかったので好都合だ。


「さてと……」


 とりあえずバックの中身を整理しよう、入院の時に使ったタオルや下着を取り出して畳み、横に置く。

 ふと、カバンに突っ込んだ手の先端に冷たい感触がある。親しんだその冷たさに気づき、急いで取り出した。

 カメラだ。

 入院中には一切、気にも留めなかったはずなのに今はそれ以外に目がいかない。

 電源のボタンを入れると、起動音と共に画面が明るくなる。

 そこに映った写真は私の記憶を激しく揺さぶった。



「やっぱり、ここまで来ていたんじゃないか」


 カメラの画面と同じ物がそこにはある、ホウセンカの花。

 警察官や医者には「頭を打ったショックで記憶の混濁が起こったんじゃないか」 などと言われたが、間違いじゃなかった。


「なら、この辺りに」


 早足で目的の場所に辿り着く。

 そこには私が迷い込んだ商店街に通じる道があったはずなのだが、そこには通路はなくただのコンクリート塀でしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラーらしく解決に到達しない、不気味さだけが立ちこめているのがいいですね! [気になる点] ×まるで人の営みの時が泊まったかのような ○まるで人の営みの時が止まったかのような [一言] 企…
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