異能者の戦い file.3
今回も私の拙い文章を読んで下さりありがとうございます。
いよいよ主人公の戦いとなります。
まだ細かい動作の説明がしつこいかもしれませんが、少しでも早く上達して、皆様に楽しんで頂けるよう精進してまいります。
それでは、今回もどうぞお楽しみ下さい。
ブランククス市内 東部
西が戦場らしからぬ静けさなら、東は正しく戦場といった様相をしている。
今、自分の居る通りの隣の通りからは絶え間なく銃声、それに混じって男達の怒号が聞こえてくる。
空には黒煙の柱が並び立つ。
砲撃で壊れた建物の土煙が口や鼻に入って咳き込み、恐慌状態で泣き叫ぶ者も居る。
道路の端には幾つかの死体が転がり、それに隠れて銃を撃つ兵士も。
敵の的にならないように地面に這い蹲り、服を土だらけにして移動する者、建物の中から銃を撃つ兵士が建物ごと爆弾で吹き飛ばされる。
死んだ兵士が道路に倒れると、少しずつ真赤な液が伝い広がっていく。
「ええい! さっきから一歩も進めていないではないか‼ こちら(東側)には最低限の防衛しかいないのではなかったのか⁉」
交差点の曲がり角に隠れた戦車から、コリンコが苛立たし気に言う。
コリンコが乗っているのは、ルーシア製のT-80UMだ。
幅2,301m、重量46tのディーゼルエンジンを積んだ中戦車、試作であるオブイェークト219AS(T-80U)を改修し、防御力と操舵性を向上させた車両。
元々高い攻撃力と機動性を持っていたT-80だが、燃費が悪く整備製、経済性も余り良く無い車両だったが、エンジンとガスタービンからディーゼルエンジンに変わり、燃費が向上している。
複雑だった機構も比較的単純になり、それだけ整備製や経済性も改善された。
武装や外観には殆ど変化は無いが、その内部はかなり異なり、もはやT-80系統とは全くの別物と言っても良い戦車となった。
「そうは言っても、待つのも戦いですので……」
とは言え所詮は道具、使う者がダメならその真価を発揮など出来はしない。
流れ弾に当たらないよう戦車の陰に隠れる凛が、半ば呆れたように顔を覗かせる。
「前進なさりたいなら、大尉殿の戦車が前進した方が良いかと。 歩兵では突破力に欠けます」
「む、それは判ってはいるのだか……」
コリンコが躊躇うのも理解は出来る。 いくら隊長とは言え、これは初陣なのだ。
戦場の経験が充分でなければ、自分の目の前を飛び交う銃弾に萎縮するのも無理は無い。
コリンコは自身の顎を右手で擦りながら、悩ましそうに唸り声を挙げている。
「早く決めて頂かないと、これ以上兵に損害が出ては――」
そこまで言って、視界の端で何人もの敵の歩兵がこちらに向って走ってくるのが映った。
「大尉殿! 敵の突撃です、機銃で迎撃を‼」
「ウォッ⁉ わ、判った! 機銃撃てい‼」
凛に言われて、コリンコは慌てて砲手に銃撃の命令を出す。
戦車の前面に付けられた7,62mm機関銃PKTが火を噴くと、こちらに走って来ていたEUの兵士が瞬く間にその場に崩れ落ちる。
敵を撃退出来たのを確認すると、凛はコリンコに前進する様に進言した。
「観てください、近付かれなければ撃破されません。 今の所は敵戦車も確認されていません。 このまま此処に留まっても何にもなりませんよ」
その間にも、敵の銃撃は止む事無く続けられる。
「…………判った、前進しよう」
そう言うとコリンコは他の車両にも前進するよう通信をする。
それを終えると、コリンコの乗るT-80UMがゆっくりと路地から発進し、通りを進んでいく。
そして、防衛の為に敵が積んだ障害物を乗り越え、戦車は敵の領域へと踏み込んで行く。
それに続き、後続の二台も障害物を越え前進していく。
コリンコの乗る戦車の後ろに就いた凛は、標的が現れるのを待ちながら、戦車に就いて行く。
周囲を警戒しながら慎重に道路を進んで行くと、コリンコが凛へと話し掛けてきた。
「桂木少尉、ここは建物が多い、敵が頭上から現れた時に我々では対処しきれないかもしれん。 ゲルマノアの連中も来ていると言うし……、もしもの時は貴殿に頼る事になる」
「承知しています。 それが私の任務ですから、私の力が及ぶ限りは大尉殿の身は御護りします」
コリンコの言葉に、凛は少しだけ表情を暗くして答えた。
『私は……、嘘を吐いた。 本当は見捨てるつもりなのに、護ると嘘を吐いた』
平然と、息でもするように。
『私は…………、嘘吐きだな』
そして、同時に心の中でコリンコやその部下に対して、自分は言葉に出来ない感情を抱いている。 今まで会った事も無かった人達だけれど、彼等の事を思うと胸が苦しくなる。
これが罪の意識? 苦しいな、逃げてしまいたくなる。
もしかしたら、その【帝国の剣先】が現れないかもしれない。
それなら、私自身が罪の意識に悩まされる事も無い。
始末は
そんな情けない、無責任な考えが頭をよぎり、すぐにそれは駄目だと心の中で首を振る。
『駄目だ、それだけは駄目だ。 例えどんな理由が在ろうと、自身が背負うべき罪を他人に背負わせるなど……。 仲間の命を背負えと言うのなら、それは私一人で背負う。 他の誰にも背負わせてやるものか』
今一度、そう心に誓って凛は腰に掛けた幅広のナイフを鞘の上からなぞる。
凛がそんな事を考えていると、再びコリンコが話してくる。
「しかし……、もし少尉が我々を護り切れないと判断したら。迷わず逃げてほしい」
「は? 逃げろ、ですか?」
予想外の言葉に聞き返すと、コリンコは真っ直ぐに凛を見つめて答える。
「中尉はまだ十六だろう。 大の大人が情けない話だが、私達は君よりもよっぽど弱い。 だから、私達は中尉に頼る場面が多い筈だ。 その君が駄目だと、そう感じたなら迷わずに逃げてほしい」
「しかし、それでは大尉殿や他の兵の皆さんが……」
凛がそう答えると、コリンコは笑って答えた。
「私達兵士は、本当なら少尉のような若者を護るのが役目なんだ。 それなのに、私達は君に護られる立場にある、情けないことだ……。 だからね、君が私達を護るなら、私達は全力で中尉を護ろう」
コリンコの言葉に、凛は戸惑っていた。
たった一人の為に数十人が犠牲に、ましてや自分の為になど、考えもしなかったから。
「ほ、他の皆さんは良いんですか⁉ そんな、私なんかの為に……」
そう言って周りを見ると、どの兵も皆一様に答えた。
「そんな事、気にしなくて良いんですよ、少尉殿」
「女の子一人助けるくらい、どうってことありませんよ」
「そうそう、目の前で子供に死なれるのは御免ですから」
笑ってそう答える兵達を観て、凛は少しの間黙って俯いていたが、突然顔を上げると力強い声で皆に答えた。
「…………なら、その時はみなさんの御墓にこう彫らせます。 『世界で一番勇敢な兵士達、美しい少女を救い此処に眠る』」
それを聴いた兵達は皆、一様に笑って答えた。
「ハハッ、そりゃ良い。 最高にカッコいいな‼」
「ええ、まるで映画に出て来る兵隊さんだ」
そんな声を聴いた凛は、僅かに表情を綻ばせる。
『ああ…………、良い人達だ。 これは、重たいな。 この人達を殺すのか、私は……』
そして、次の瞬間に凛の顔からスッと表情が消えた。
『来なさい【帝国の剣先】よ。 貴方が噂通りの相手なら、きっと気付くでしょう』
黒曜石のような瞳からは光が消え、途端に暗闇を映した様な瞳に変わる。
立居振舞いに変化は無いが、凛の周りの空気はまるで別世界のように変化する。
先程までの落ち着いた雰囲気は霧散し、気配そのものすら消失した。
鋭くも無く、しかし決して穏やかでも無い。
無機質な、人間的で無い空気を漂わせる。
だが、周りの者がその事に気付く素振りは無い。
変化が余りに自然過ぎて、誰も凛の変化を感じなかったのだ。
しかし、彼等よりも遠くからその変化を敏感に感じ取った者が一人だけ。
その少女は、凛やコリンコ達を見下ろすようにビルの屋上に立って居た。
身長は凛と同じ160前後、腰まで伸びた赤い髪は、燃え盛る炎を連想させる。
身に着けた黒い軍服や外套とは対照的に、少女の肌は透き通るように白い。
常に自信気に微笑む表情が赤く輝く頭髪と相まって妖艶な雰囲気を醸し出している。
「あの者、儂を誘っておるのか? 他の連中とは違う空気を漂わせておるわ……」
しかし、何処か年寄りくさい、というより婆くさい喋りのせいでその雰囲気も台無しだ。
そして、彼女を見たものなら美しい髪の他に、嫌でも眼につく物がもう一つ。
彼女の腰には、黒塗りの鞘に納められた大和刀が下げられている。
彼女の名は、ナタリア・ノア・シュトルムシュピリトス。 【帝国の剣先】と呼ばれるゲーニッヒラントの異能者だ。
「カカッ、暗き夜の如き若人よ。 初戦から善き相対者じゃ」
ナタリアはビルの上から凛を眺め、楽しそうにケラケラと喉を鳴らして笑う。
「良いのぉ~、ああいう輩との闘争こそ心躍ると言うもの。 カカッ! 楽しませてくれよ、連邦の兵よ‼」
勢い良く屋上から飛び降りると、ナタリアは腰の刀を抜き放ち、ビルの外壁へとその刃を突き立てる。
ガリガリと火花を発て、十数メートルは高さのある外壁に深い切り傷を刻みながら落下する。
ナタリアは最も近い戦車の上面に刃を付き立て、 まるで紙でも斬るように、ナタリアの刃は鋼鉄の車体を切り裂き、真上から一刀両断する。
そのまま戦車から飛び降り、ナタリアは地面へと華麗にタッチダウンを決める。
そのまま止まる事無く、ビルの上から見つけた獲物に、凛に向って一直線に走り出す。
それを見た兵士達は、突然の出来事に体が言う事を聞いてくれない。
少女が突然空から降って来るだけでも驚愕なのに、その少女が剣一本でビルから飛び降り、流れ作業のように戦車を破壊して見せたのだから当然だ。
少女は、まるで何事も無かったかのように着地してこちらへ向って走って来る。
ナタリアは疾走の速度を落とす事なく刀を片手から両手へと持ち替える。
体勢を低くし、刃を水平に構え凛目掛けて一気に刀を振る。
しかし、凛は微塵も焦る素振りは無い。
地面を強く蹴って空中へと飛び上がる事でナタリアの一太刀を回避する。
ナタリアは素早く刃を反し、空中の凛を刀で切り上げる。
凛は腰から黒塗りのナイフを抜き放ち、胴を回転させナイフで刀を受ける。
それによって軌道をずらされた刀は、凛を切り裂く事なく虚空をなぞる。
「カカッ! 中々やりよる‼」
大きく後ろに飛び退き、ナタリアは刀を自身の正面に構え直す。
凛もまた、着地と同時にナイフを胸の高さで逆手に構える。
そこに到ってようやく状況を理解した連邦の兵達が、ナタリアへ向って銃を構え引鉄を引こうとする。
しかし、ナタリアは周りが発砲するよりも早く、今度は周囲の兵達へと距離を詰める。
そして銃の間合いより内側に入った瞬間、ナタリアは相手を銃ごと切り裂いた。
「ッ⁉ 撃て撃て‼」
コリンコが叫ぶと同時に、他の兵達が発砲する。
しかし、標的と味方との距離が近過ぎ、誤って自身の放った銃弾が味方に当たってしまう。
ナタリアは兵士同士の間を縫うように移動し、思うように攻撃が出来ずにいる相手を一人二人と切り殺していく。
手に持った銃で防御しようとするも、ナタリアの振るう刀はまるで紙でも切るように銃ごと兵士の体を深々と切り付ける。
『強化能力者? それも干渉型ですか。 あそこまで近付かれたらもう…………。 それにしても速いですね。 それにしなやかで鋭い。 まるで風……』
凛はその様を観て、美しいと思った。
そして、次の瞬間には彼女の下へと勢い良く走り出す。
『刀をかなりの高レベルで強化しているのですか。 あれ程の技量ともなれば、刀の存在としての格付けも上がっている筈。 軽く当たるだけでも危険ですね。 ですが、刀相手での戦闘は先生から嫌という程教わっています!』
ナタリアは苛烈に、燃え盛る炎のように刃を振るう。 ならば、炎は風で掻き消してしまえ。
凛は翔ぶように駆け、十メートルは在った距離を一気に詰める。
さながら黒い風の様に。
ナイフを左手に持ち替へ、凛はナタリアの刀の間合いの更に内側へと飛び込む。
『ムッ⁉ 来たか』
ナタリアは凛から離れるため細かく後方へと移動する。
それに合わせ、凛も常に刀の間合いより内側へと入るようにする。
ナタリアはナイフを刀で防ぎつつ反撃を狙うが、連続で繰り出される攻撃の防御で手一杯だ。
しかし、凛の方もナタリアを攻め切れずにいる。
『攻撃が通らない、もっと内側に‼』
更に一歩ナタリアへと踏み込み、彼女の首元へとナイフを突く。
『これだけ近ければ‼』
殺意を持って放たれる一撃。 これで、この攻撃で終わらせると、凛はナイフを突き出す。
届くまであと僅か。 凛がその首を捉えたと思った瞬間、しかし刃はナタリアへは届かない。
ナタリアは、自身の腕をナイフの軌道上に重ね、ナイフを横に逸らしたのだ。
が、そんな事をすれば当然のように腕に深い傷を負う。
けれど、彼女の腕には傷一つない。 それどころか、彼女の黒い制服すら斬れていない。
『そんな⁉』
凛は驚きに身体を強張らせる。
その一瞬をナタリアは見逃さなかった。
体を捻り、つま先の硬い軍靴を履いた右足で、彼女は凛へと鋭い回し蹴りを放つ。
ナタリアの蹴りが脚から胴へ、二連続に物凄い勢いで繰り出される。
距離を詰めて戦っていた為に、凛はその蹴りを避けきれず、脇腹に思い切り脚が入る。
それを受けて、凛は痛みに顔を歪ませる。 口の中に血の味がして、肺の中の空気が全て吐き出されるような感覚。 一瞬にして呼吸が苦しくなる。
が、彼女は退く事はせず、その場で踏み留まる。
ここで下がれば、今度はナタリアが勢い付いて攻勢に出る。
そうなれば、彼女の蹴りをもろに受けたわたしで何処まで戦えるか判らない。
今は耐える時だ。
凛は、ナタリアの体勢が蹴りで僅かに不安定になるのと同時に踏み込み、ナタリアへと体当たりを喰らわせる。
「グアッ!」
凛の体当たりを受けて小さく呻き声を挙げ体勢を崩すも、ナタリアは刀を地面に突き立てて倒れ込むのを防ぐ。
ナタリアはその体勢のまま凛を蹴り飛ばすと、素早く体勢を直す。
『今ので倒れない⁉ 随分と根性があるのですね、素敵です!』
脇腹の痛みを耐え、凛が再び近付こうとした時、後ろからコリンコの叫び声が聴こえた。
「桂木少尉‼ 今直ぐ横に回避を‼」
その声を聴いて反射的にその場に屈むと、ニコライと残った兵士が凛の援護をすべく、一斉にナタリアへ銃撃を行う。
『ッ⁉ それは判断ミスです…………、大尉殿』
兵士達が引鉄を引き、無数の銃弾がナタリアに迫る。
「チッ! 邪魔をするで無いわ‼」
今ナタリアに攻撃しては、彼女の標的が凛からニコライ達に変化してしまう。
そう伝えようとして、凛は咄嗟にその口を閉じる。
彼女が任務の遂行の為にするべき事は、彼等を助ける事ではない。
彼女がするべき事は、彼等を国の為に見殺しにする事なのだから。
ナタリアは着ている外套の端を掴むと、その布で自身の体を隠し、舞踏会で踊るようにクルリとその身を翻す。
放たれた銃弾がナタリアの回転に合わせて靡く外套に触れると、銃弾はその布の表面を滑るように軌道をずらし、彼女の横を通り過ぎて行く。
そして、ナタリアは凛の予想通りに標的を凛からコリンコ達へと変更した。
『彼女、干渉型とは予想していましたが、想像以上にレベルが高い。 布生地で銃弾を防ぐなど、生半可な実力では無理です』
凛が思考している間も、ナタリアは一度も動きを止める事無くコリンコの乗る戦車へと接近して行く。
「馬鹿な⁉ 何を――」
戦車の前で攻撃していた兵を無造作に切り捨てると、地面を強く蹴り戦車に飛び乗る。
そして、回避する暇も無い速度の突きがコリンコの首を穿つ。
「゛エグゥ……‼」
瞬間、赤色が凛の視界に広がる。
首を突かれたコリンコの体はピクピクと痙攣し、口と喉から噴水のように大量の血液が噴出する。
それこそ、人間の体の中にはこんなにも沢山の血が入っているのかと思う程に。
首を貫通した刀に、溢れ出る血液が止め処なく流れ続けている。
今までコリンコが握っていた機銃から手が離れ、彼の体重は刀の刺さった首一点で支えられる。
コリンコの痙攣は脊髄反射では無い、激痛から来るショックによる物だ。
即死に到っていないが為に、コリンコの体は力なく、しかし苦しそうに手足がもがいている。
ナタリアが首に刺さった刀を抜くと、コリンコの体はズルリと車内へと滑り落ちた。
戦車から飛び降りると、ナタリアは戦車の側面を砲塔から無限軌道に掛けて断ち切る。
戦車は横から二つに砕け、エンジンと止めた。
そして今度は後ろに止まっている他の二台へと接近する。
余りの衝撃に放心状態だった兵士達や戦車も機関銃で応戦する。
ナタリアはそれら全てを華麗に回避し、二台の戦車を瞬く間に解体して行く。
主砲を切り落とし、装甲を引き剥がし、車体から小さな部品が彼方此方に飛び散る。
車内からは叫び声と共に金属片やオイルが噴出してくる。 そしてその内に叫び声は聴こえなくなり、金属片に混じって紅い液が流れ跳ぶ。
形や結果は如何であれ、奇しくも彼女はコリンコ達に助けられる形となった。
そんな自分を助けた人達が殺されている。
それを一人、数メートル離れた所から凛はジッと見つめる。
その場を駆け出して仲間を助ける事も、逃げ出すことも敵に攻撃をする事も無く、一瞬たりとも目を逸らさず。
『…………これで任務は達成された。 戦車も、護衛の兵士も、部隊長も、皆死んだ』
正直に言って、その事に現実味を感じない。 ついさっきまで自分と話していた人間が、今は目の前で殺されている、死んでいく。
現実味は無いが、きっとこれは現実だ。 だって、燃え盛る戦車の熱風も、鼻に付く血液の臭いも、刀を振るう女の充実した表情も、こんなにもリアルだ。
私は殺した。
私が殺した。
凛はゆっくりと立ち上がり、戦車の解体をするナタリアのことを見つめる。
『だから……、ここからは私の自由にさせてもらう‼』
凛はナタリアへと近付き、左手のナイフを勢い良く放る。
「カカッ! やっときおったか‼」
連続で繰り出される刃を刀で防ぐと、ナタリアは身を屈めて凛の攻撃を躱す。
刀の間合いへと入った凛を、ナタリアは刀を下段に構え切り付ける。
体を傾けてその一撃を躱すと、凛は右足で大きく踏み込み、刀を握るナタリアの腕に外側から自身の腕を絡めさせ、そのまま脇の下へと抱え込む。
『まずい‼ このまま押し倒すつもりか⁉』
ナタリアは急いで腕を振り解こうとするが、凛はがっちりと腕を抱えていてビクともしない。
そのままナタリアの事を押し倒してマウントを取ろうとするが、ナタリアは刀を手放し、倒れる最中に体を大きく捻って、逆に凛の上に馬乗りになる。
そのまま背中から地面に倒れた凛は、なんとか抜け出そうともがくも、ナタリアがしっかりと凛の下半身に体重を掛けていて、抜け出す事が出来ない。
「カカッ! 格闘戦なら儂も心得ておる‼」
そう言ってナタリアは、空いている右手で二度三度と拳を凛の顔へと振り下ろす。
その拳を腕で受け止めると、凛は殴る際に重心が変わって、僅かに軽くなった自身の下半身を激しく揺らす。
それによってナタリアが体勢を崩した瞬間、凛はナタリアの腕の拘束を解くと着ている軍服の襟を掴んで、柔道の巴投げの要領で思いきりに蹴り上げ、放り投げた。
「おお⁉ なにがグェ‼」
突然体が宙に浮いて、素っ頓狂な叫びをナタリアがあげるが、次の瞬間には地面に落ちて蛙が潰れたような鈍い呻き声を漏らした。
「グオオ……‼ 首から落ちたぞ超痛いんじゃが‼」
悪態を吐きながら立ち上がるナタリアに、凛は黒塗りのナイフを突き付ける。
「それは失礼。 もっとスマートに落ちてくれると思ったもので。投げられたくないなら銃で遠くから戦えば良いのですよ。 何故刀で近接戦など」
確かに、今時刀を主武装にするなど聴いた事も無い。 それこそ、兵士が皆銃弾を刀で切り落とせる位の強者だったなら話しは別だが。
武器というのは弱い者を基準に作られる。 生憎と、普通の兵士には五右衛門のような真似は出来ない。
時代は銃。 刀は骨董品扱いされる時代にナタリアが何故刀を使うのか、凛は興味を持った。
「カッコイイからじゃが?」
「…………は? カッコイイ?」
「そうじゃ、御主の言う通り今は銃を持っておらん。 それに銃はどうにも趣味に合わぬ。 あの刀は大和の職人に頼んで作らせた業物での。 御主もカッコイイと思うじゃろ?」
訳が判らない。 目の前にいる女は、いったどんな精神状態で戦っているのだ?
判らない、少しも見当が付かない。
凛がナタリアと話しての印象は、沼だった。 始めはただの莫迦かとも思ったが、それが違うのはすぐに判った。
今、自分に楽しそうに話している目の前の少女の目からは、何の行動も予測出来ない。
思考を感じはするのに、それが何か全く判らない。
殺意の様な物は感じない。
もっと他の、何か良く判らない物を観ている。 観ているという表現も不適切だ。 ナタリアは何処を見ているという訳では無く、凛の頭から脚先までの全身を俯瞰している。
近接戦において、相手の動きを正確に認識するには一点を見詰めるよりも全体を見る方が動きを捉え易い。
反撃を窺っているのは判る。 だが、そのタイミングが全く予測出来ない。 やり辛い、戦い難い。
「貴方はこの場に現れた時、真っ先に私は狙いましたね、何故です?」
自身の同様を紛らわすため、疑問を投げ掛ける。
凛の問いを聴いたナタリアは、何が楽しいのかケラケラと笑う。
まるで戦場では無く、仲の良い友人の部屋で話をしているような、凛はそんな感覚を憶える。
だがそれはただの錯覚だ。 だって此処は戦場で、この女とは初めて遭うのだから。
「なんじゃ、そんな事か。 儂は御主が気になったから仕掛けただけじゃが? 誘われていると思ったしの」
ナタリアの答えに凛は頭を抱える。
『全く……、アリス少尉にドクター、先生に加えてこの女まで、どうして私の関る女性はこんな可笑しな人が多いのでしょう……』
凛が悩まし気に溜息を吐くと、今度はナタリアの方から凛に話し掛けてくる。
「なあなあ、今度は儂からも聴いて良いかの?」
「え? あ、ああ。 構いませんよ、聴くだけなら」
「御主、何故他の者等を助けなかったのじゃ?」
ナタリアの問いに、凛は先程とは違う衝撃を受ける。
「せっかく隙を作って飛び込んで来た所を狙おうとしておったのに、御主がちっとも味方を助けに来ぬから気になっての」
「…………何の事だか判りませんね」
「カカッ! 嘘を吐いても判るぞ。 御主は儂と同じ嘘吐きの臭いをしておるからのぅ。 儂が思うに、御主は助けなかったのでは無く、助けられなかったのではないか?」
ナタリアの言葉に一瞬反応するも、凛は驚きを悟られないよう平静を装う。
「そうじゃなぁ~、私怨という感じでは無いし、上のパワーゲームにでも利用されたか?」
自分がコリンコ達を意図的に助けなかった事に気付かれていた事もそうだが、こうも簡単に此方側(連邦)の事情を把握して見せたナタリアに、凛は今度こそ素直に驚愕した。
『…………如何しましょう、何か変な汗が出て来ました。 莫迦では無いと思いましたが、とんでもない化物です』
何とか精神を落ち着かせ、額に薄っすらと汗を浮かべて答える。
「それが事実だとして、貴方に何の関係が在ると言うのです」
「お? その反応は当たりか? いやなに、少しばかり気になっただけじゃ。 惜しいのぅ。 御主が全力で戦っていたら、儂の首を取れていたやもしれんのに」
凛はその言葉にピクリと反応する。 今度は、それを隠す素振りも無い。
「勝てていたかも? 貴方は今の状況を理解しているのですか? チェックを掛けているのは私、掛けられているのは貴方です」
率直に言って、ナタリアの発言がムカ付いた。
不愉快に思った、癪に障った。
「ほう、そう思うか? なら良い事を教えてやろう。 儂は昔から大和の侍という奴が好きでのう……」
そう言ってナタリアは視線を凛から外し、道路に落ちた自身の刀へと向ける。
「侍は太刀の他にももう一本、懐刀を持つものじゃ‼」
凛がナタリアの視線に釣られて其方を観た瞬間、凛はナタリアが懐から何かを取り出すのを観た。
次の瞬間には、凛の首のすぐ傍までナタリアの腕が迫る。 その手には、キラリと光る刃が見えた。
「まずいッ、斬られる!」
瞬間、凛の全身に電撃が走る、五感の全てが加速されていく。
目の前まであと数センチの所まで迫る刃、それを上半身を後ろに逸らせ回避すると、凛はナタリアの追撃を避ける為に一旦距離を取る。
『バカな! どうして避けられる⁉』
完全な奇襲での一撃を避けられたナタリアも、僅かに動揺して後ろに下がる。
ナタリアが手に握っているのは、彼女が先程まで持っていた刀よりも小さい刀だった。
『成程、確かに銃は持っていないが他に武器を持っていないとは言っていない』
凛は鼻を鳴らして笑う。 この戦場に入って初めて笑った。
「さっき、貴方は自分を嘘吐きと言いましたね」
「んぁ? それがどうかしたのか?」
そして、凛は楽しそうに話す。 まるで仲の良い友人と会話でもするように。
「嘘吐き、というより貴方は詐欺師ですね。 まんまと騙されました」
その言葉を聴くと、ナタリアもまた楽しそうに笑って答える。
「いやなに、騙そうと思った訳では無いのじゃが。 しかしあの程度の仕込みにも気が付かぬとは。 もしや御主、大した事無いのではないか?」
そう良いながらナタリアは地面に落ちている自分の刀を拾うと、腰の鞘へと戻す。
その表情から完全に冗談だと判りきっているが、凛もそれに対抗しようと口を開く。
「何を言い出すかと思えば。 さっきの私は実力の六割も出していませんので」
「カカッ! 儂とて本気の半分も出しておらんわ」
更にそれに対抗して、ナタリアも話す。
「私も実は四割程度ですから」
「今のは少しさばを読んだ、儂は三割位かの」
「私も謙虚過ぎましたね、二割五部です」
「二割かの!」
「「…………」」
二人の間に何とも言えない沈黙が漂う。 そして、意外にもその沈黙を破ったのは凛の素直な笑い声だった。
「ハハハッ! 戦うだけが戦場かと思えば、存外楽しいじゃありませんか。 それに、まさかこんなにも速くから私と張り合える相手と出会えるとは」
自分と張り合える、少しだけ傲慢なその言葉。
彼女には、凛にはそれだけの自信があった。
大抵の人間は自分よりも弱い。 客観的に観ても、自分は強いと。
「カカッ、それは此方のセリフじゃ。 御主は冗談の通じぬ奴かと思うたが、中々に気に入った。 儂が勝てぬ相手と戦えるのにもな」
勝てぬ、つまりナタリアは自分が目前の相手に、凛に戦闘において劣っていると自分から認めた。
「……随分と素直なのですね。 私は貴方の事を自分が世界で一番だと思っているタイプなのだと思っていました」
自分の強さを認めてくれたからなのか、それとも純粋にナタリアの言葉を以外に思ったのか、凛は笑ってみせる。
「なに、相手との実力差も判らないようでは、今まで戦場で生きてはおらんさ。 という訳で、儂は死にたくないので退散させて頂きたいのじゃが」
短い間に喜んだり驚いたり忙しいけれど、今度はナタリアの言葉に混乱した。
この女は何を言っているのだろう?
兵士である私に見逃せと言っているのか?
凛は思考する、予測する、考察する、妄想する。
自力で私から逃れるのは難しいと考えたのだろう。
普通ならば敵の兵士に見逃せと言われて、そのまま素直に見逃すような奴は居ない。 止む終えない事情が無ければ、それは職務怠慢、最悪の給料泥棒としてブチ殺されるべきだ。
捕虜になるくらいなら、戦死した方が楽なのかもしれないから。
『かもしれない』というのは、私が捕虜を経験した事が無いからの表現だ。
経験は無い。 けれど、それがどんな物なのかは知っている。
昔、先生に戦場の話をされた事があった。 そして当然、捕虜として捕まった人間の話をされた事もあった。 子供にするのも如何かと思うが、先生は世界中の様々な拷問について、古代から近代まで詳細に、事細かに教えてくれた。
先生は、まだ幼かった私が話しを聞いて涙を流しても、その話を続けた。 忘れて欲しくなかったのだろう。
正直に言って、あんなのは人間のする事じゃない。
捕虜として捉えられた人間の末路は悲惨でしかない。 勿論、全ての物には例外がある。 捕虜を人道的に扱っている所もある筈だ。そんな話しは聴かないが、生憎とその逆の話ならば事欠かない。
他の奴が如何するかは知らないが、話しを聴いた時の私は、きっと自決を選ぶと思った。
彼女は如何するのだろう? 私と同じ位の年の彼女は、きっと捕虜の扱いがどんな物なのか知っている筈だ。
如何すれば良い? 私はこの女を捕虜として連れ帰るのか?
自分の軍に言うのもアレだが、連邦の捕虜に対する扱いはあまり宜しくないらしい。
如何すれば良い?
私は如何すれば良い?
二人の間に、重苦しい沈黙が続く。
連邦はもう直ぐ厳冬期、冷たく乾いた風が痛む。
今までずっと険しい顔で俯いていた凛の言葉が、その沈黙を崩す。
「…………良いでしょう、判りました」
凛の言葉を聴いたナタリアは、驚いたような顔をする。
それもそうだ、答えた本人も驚いている。 如何してそんな答えになったのだ、私は? 普通なら有り得ない。
「…………御主、本気か。 自分で言っておいて何じゃが、オカシイぞ」
ええ、そうでしょうね、そうでしょうとも。 自分でも異常と思いますよ。
けれど、別に冗談で言っている訳でも無いのです。 さて、私は何と答えるべきなのか……。
少し考えて、私は丁度良い答えを思いつく。
「別に、私はまだ若いですから。 アレです、若気の至りというやつです。 ところで貴方、名前は何と言うのです?」
「まさか戦場で敵に名前を聴かれるとは思わなんだ」
女は苦笑交じりに名乗りを挙げる。
「儂の名はナタリア・ノア・シュトルムシュピリトス。 皇帝陛下より大尉を拝命しておる。 判っておろうが、異能者じゃ」
名乗りを終えると、ナタリアは『今度はお前が名乗れ』という眼で凛を見てくる。
「では私も名乗りましょう、ナタリア。 私は凛、ルーシア連邦軍所属、桂木凛少尉。 貴方と同じ異能者。 そして、自称ですが世界で二番目に強い人間ですよ」
凛が異能者と聴いて、ナタリアは嬉しそうに眼を輝かせる。
「ほう、よもや同じ異能力者とは! やはり御主と儂は似ておるのう。 それに、二番目に強いとは、では一番は一体何処の誰じゃ?」
その問いを聴いた瞬間、今度は凛が嬉しそうに語りだす。
さっきまでの顔が嘘のように、凛の声に張りが出る。
「世界で一番強くてすごいのは私の先生です‼ 先生はすごいんですよ!」
そう言って凛は自分の師について楽しそうに話す。
まるで自分の事のように、自慢でもするかのようにその顔は輝いている。
自分の師がいかに素晴らしい人なのか、自分がどれだけ師を慕っているのか、それこそ普段の落ち着いた彼女からは考えられない位、凛は楽しそう。
その姿を見て、ナタリアは表情を緩ませる。
先程までの凶暴性の隠れた笑顔では無く、穏やかで静かな笑顔へと。
「では、いずれまた。 もしまた出会う事があれば、その時はまた御主の師について聴かせるがよいぞ!」
ナタリアは、鞘から刀を抜き放ち、抜刀によって足元の地面を下水へと切り落とす。
「成程、下水を使って移動をしているのですか。 『切り捨てるべき命と拾う命を選べ』とは。 先生も酷い事をさせますね…………」
少し前まで自分と話していたコリンコや兵士達の姿が、唐突に脳裏によぎる。
「…………ッ! ウェ‼」
瞬間、胃の辺りが締め付けられるような感覚になり、酷い吐き気が襲ってくる。
溜まらず膝を突き、凛はそのまま胃の中身を地面に吐き出しそうになる。 けれど、そんな無様な姿を晒す事を、彼女はしない。
口を押さえ、それを何とか堪えると、凛は自嘲気に、酷く弱々しく笑ってみせる。
「我ながら、か細い神経です。 自己嫌悪で戻しそうになるなんて。 やっぱり、動物を殺すのと人間とでは違いますか。 早く慣れて…………いや。 この気持ちは忘れずに居なければ。 だって、殺した私よりも、死んだ人達の方が痛かったに決まっている」
凛はヨロヨロと立ち上がる。
殺しに慣れる、それはきっと正しい事では無いだろう。 だが、正しい事が何時も良い事とは限らない。
慣れる事は、きっと悲しい事だ。 それはきっと辛い事だ。
それでも、慣れなければやってられない事だってある。 良くない事だって、必要な時もある。
いや、そもそも自己防衛のために悪徳に慣れる事は本当に悪い事なのか? 自分が殺される場面になったら、相当に特殊な状況でもない限り、相手を殺してでも生き残ろうとする筈。
それを悪い事と言う権利は誰にも無い。 人を傷付ける時、本人もまた、相手に傷付けられる覚悟が必要なのだから。
凛が歩もうとしているのは、自分を殺そうとした相手を殺し、その上自分で自分を傷付ける道だ。 きっと、それは間違っている。
人が生きたいと思う事の否定など、誰にも出来ない。
生きる為に戦った者が辛い思いをするなんて、そんなの悲し過ぎるじゃないか。
それでも…………、それでも彼女はその道を進む。 ならせめて、彼女の歩む道の先が優しく、そして幸有らん事を願おう。
だって、生きる事は何よりも素敵で、素晴らしいものであるべきだから――――。
ここまで読んで下さった皆様、ありがとう御座います。
少しグロいシーンもあったかと思いますが、如何だったでしょうか?
控えた方が良い? それとももっとえげつなくやった方が良いですか?
また、主人公と戦った今回の敵はライバルであり、
敵方の視点での主人公的な立位置になるキャラクターです。
これからも登場していくキャラクターですので、皆様に気に入ってもらえると嬉しく思います。
今回で主人公達のバトルパートは一段落です。
この先は少しお喋りの場面が多いかと思いますが、頑張って書くので、楽しんで頂けると幸いです。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。