異能者の戦い file.2
皆様、今回も私の拙い文章を読んで下さりありがとう御座います。
前回からの続き、いよいよ異能者同士の戦いとなります。
まだキャラクターの動かし方など判らない所もありますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ニコライが声を上げるのとほぼ同時、銀色の壁から無数の弾丸が放たれた。
それは、ついさっき連邦の兵達がグスタヴへ向けて撃った銃弾だった。
反された銃弾は、何処を狙うでもなく四方八方へと撒き散らされる。
まるで一枚のカーテンのように広がる銃弾は、次々と連邦兵の体を打ち抜いていく。
そして銃弾をすべて撃ち尽くすと、銀色の壁は再び形を変え最初と同じ球体へと姿を変えた。
「他愛ない。 予想はしていたが、異能力への対応はまだ幼いか」
グスタヴはその場を後にしようと、つまらなそうに身を翻した。
「待て、まだ私を仕留め損ねて居るぞ」
「………………何?」
グスタヴの背後から、突然男の声か聞こえた。
在り得ない、あの弾幕の中で生きられる訳がない。
何か得体の知れない、気味の悪い感じがする。
声の正体を確かめるべく首だけで振り向くと、そこには黒い帽子を被った黒尽くめの男が立っていた。
お気に入りの黒い帽子を更に深く被ると黒尽くめの男、ニコライは何かを探るような瞳でグスタヴを見つめる。
『この男、どうやってあの攻撃を凌いだ?』
グスタヴは自身の目の前に立つ男を、警戒した面持ちで見据える。
互いに相手の事を見つめ、緊張感のある沈黙が続いた。
「思い出したぞ。 貴様、グスタヴと言ったな」
先にその沈黙を破ったのはニコライの方だった。
「だったら何だ」
グスタヴが短く返すと、ニコライはその表情を一変させ、心底愉快そうに話し出した。
「貴様、異能者だな。 帝国の異能者でグスタヴという名前、それにその水銀の雫。 間違いない、【銀の棺】だな?」
【銀の棺】、六年前から紛争地で噂されるようになったゲーニッヒラントのとある異能者の通り名の事だ。
ユーロピアと中東とを結ぶ重要な大陸航路であるダルキアン南部で起こった小規模な紛争、その鎮圧時より語られる異能者。
「【銀の棺】か、確かに私の事をそう呼ぶ輩も居るようだが、そんな事はどうでも良い」
そう言うと、グスタヴは眼に見えて不愉快そうな顔をする。
それは、彼がこの場に現れてから始めて明確に表した表情だった。
「私は貴様等を全滅させるつもりで攻撃したのだ、私のこの『銀の乙女(Sylvia)』(」)で‼ それなのに貴様は生きている、非情に不愉快だ……‼」
成程、帝国の兵士は誇り高い。 全滅させるつもりの攻撃で生き残りが居るならば、それは自分の能力の否定に他ならない。 ニコライは内心苦笑する。
なにせ、図らずも相手の最も不快に思う事をしていたのだから。
【銀の乙女】とは、グスタヴの使用している銀色の液体金属の名前の事だ。
とはいえ、命名したのはグスタヴ本人では無く製作者であるゲルマノアの科学者なのだが。
グスタヴが怒りも露わにニコライを睨み付けるが、対照的にニコライは心の底から愉快そうにグスタヴを観ている。
そのニコライの視線が気に食わないのか、グスタヴは先程よりも一層圧の籠もった声で問い掛ける。
「好かんな、何がそんなに可笑しい」
その質問が来るのを予想していたのか、ニコライはまたしても愉快そうに答える。
「いやなに、あの有名な【銀の棺】を私が撃破すれば、中々の手柄になり私の株も上がると言う物。 貴殿には私の功績になって頂きたい」
ニコライが此処まで余裕の態度を隠さないのには、ちゃんとした理由が在る。
別に、彼が眼前の出世のチャンスに気を取られて判断力が鈍っている訳では無い。
理由は二つ、一つは相手の能力をこちらがある程度把握出来ているという事。
グスタヴとの戦闘を生還した兵士には、四肢の震えや視野狭窄など、幾つか水銀中毒の症状が見られた。
また、グスタヴが武器として使用しているあの銀の雫は、見た目から半固形の金属と推測出来る、とはいえ水銀を水銀のまま維持するのは非情に困難な為、その点に何らかの処置が施されている可能性が高い。
ニコライの言葉を聞いたグスタヴは、先程までと表情を一転させ、元の機械的な冷たい瞳に戻った。
「良いだろう、ならば私も貴様を手柄とさせて貰う。 私を殺そうというのだ、私に殺される覚悟も在るのだろう?」
「ハッ、そんな物は無いな! 貴様に殺される気など微塵も無いのでね‼」
そう言うとニコライはグスタヴに向って走り出し、その距離を一気に縮める。
グスタヴは右手を軽く振ると、背後の雫が小さく波打ち、四本の銀の鞭を作り出しそれぞれ異なる方向からニコライを攻め立てる。
それを左へ飛ぶ事で回避すると、ニコライは腰のナイフをグスタヴへと投げ付ける。
そのナイフを新たな壁を作って防御すると、グスタヴはその壁を薄く伸ばし始めた。
銀の鞭よりも更に長く薄く形成された銀の刃は、鋭い風切り音と共にニコライへと迫る。
姿勢を大きく傾けてその一撃を回避すると、ニコライは自身の胸から灰色の球体を取り出し、グスタヴへ向けて放り投げる。
『グレネードか。 この程度なら問題は無い』
グスタヴは周囲に展開させていた『銀の乙女』を自身の正面に集中させると、防壁を作ることで爆発の衝撃を防ごうとする。
しかし、グスタヴを襲ったのは爆発の衝撃では無かった。
爆弾は、銀色の防壁にぶつかると、爆発はせず代わりに白い煙幕を周囲に撒き散らした。
『煙幕とは小賢しい真似を、しかし無駄な事』
グスタヴは【銀の乙女】を、自身を囲うように展開すると、そこから無数の針を周囲に向けて一気に伸ばす。 全方位に等間隔で伸ばされた針が伸びきる。
自身を『銀の乙女』で囲んだ上での攻撃、攻守共に隙の無い攻撃。
『貴様が何処に居ようと、これで終わりだ』
隙間無く伸びた無数の銀の針を展開し、グスタヴは煙が晴れるのをジッと待つ。
暫くして視界が戻って来たのを確認すると、グスタヴ【銀の乙女】を元の球体へと戻した。
『さて、貴様はどんな死に様を見せてくれるのかな?』
しかし、先程まで余裕を見せていたグスタヴは、煙幕が晴れるとその表情を強張らせる。
本来なら無様に地面に倒れているはずのニコライの姿が何処にも無いのだ。
『馬鹿な⁉ 死体どころか血の痕すら無いだと? 避けられたか、なら奴は何処に――』
「私なら此処だ」
グスタヴは背後から突如現れたニコライに驚いて振り向こうとする。
周囲に倒れる兵士の者を拾い上げたのか、ニコライはライフルを手に持って表れた。
グスタヴが振り向くよりも早く、ニコライは手に持ったライフルの引鉄を引く。
『クソッ‼ 何時の間に背後に⁉』
グスタヴは後方に飛び退きながら【銀の乙女】を変形させ、ニコライを攻撃する。
今度は刃に変形はせず、何本もの槍を作り出して攻撃する。
しかし、依然としてニコライから余裕の表情が消える事は無い、理由は二つ。
二つ目は、相手がこちらの能力を把握出来ていないと言う事。
ニコライの体を至近距離から貫くはずだった銀の槍は、虚しく空を斬る。
今までそこにあったニコライの姿が、突然、何の前触れもなく消えたのだ。
そして、ニコライは再びグスタヴの背後現れる、何の前触れも無く。そして手に持ったライフルを腰撓めで発射する。
『なッ⁉ コイツ、【瞬間移動能力者】か‼』
グスタヴは銀の槍を薄く伸ばし、円形の小さな壁を幾つも作り出す。
その壁で銃弾を防ぎ、ライフルが弾切れになると同時に薄い壁の付いた槍を自分の周りに円状に配置し、扇風機の羽のように回転させる。
それを更に内側に転移して回避すると、グスタヴの鳩尾に膝蹴りを喰らわせる。
「グゥ‼」
ニコライの蹴りによって胸に激痛が走り、呼吸が出来なくなる。
そのまま地面に倒れたグスタヴの胸に膝を押し付けると、ニコライは何も無い空中から突然ピストルを出現させる。
『クッ……、自分以外の物も転移させられるのか』
ニコライは、勝利を確信した余裕の表情でグスタヴに話し掛ける。
「さて、私の手柄になる前に今の感想でも聴こうか?」
「良いだろう、最後のお喋りに付き合ってやる」
「ハッ、負けた身分で随分と偉そうじゃないか」
「これで勝ったと思うのは早計だ。 貴様等の部隊を強襲したのは私だけでは無い。 東西の各所では既に戦闘が発生している」
それを聴いて耳を済ませてみれば、確かに先程までは聴こえなかった銃声があちこちから聞こえて来る。
「成程、連邦は勝負に勝って戦いに負けたという訳か」
「私一人の敗北など、帝国にとっては何の痛手にもならない」
「それが異能者でも、か?」
「そうだ、貴様も同じ兵士なら判るはずだ。 だが、私はお前が異能者だと気が付かなかった」
「隠していたのでね。 個人的に、異能者同士の戦いは後出しジャンケンだというのが私の持論だ」
それを聴いたグスタヴは自嘲気味に笑う。
「そうか、私は能力を貴様に見せ過ぎたという訳か……」
「そういう事だ。 で、私の手柄になる覚悟は出来たか?」
「如何かな、なった事がないから判らぬよ」
「それもそうか。 では、さようならだ」
それを聴いたグスタヴは、先程とは打って変わって愉快そうに笑って答えた。
「ああ、さようならだ‼」
グスタヴがそう言うと同時に、ニコライの立って居た地面から細長い銀の針が幾つも飛び出した。
『なッ⁉ 私と話している間に張り巡らしていたのか⁉』
ニコライは後方に転移して回避すると、ライフルを素早くグスタヴへ向ける。
「油断したな! 今回は勝ちを譲ってやる、また会おう」
そう言うとグスタヴは【銀の乙女】を使って、この場に現れた時のように地面に穴を開けて逃走する。
グスタヴが去り、道路にポッカリと空いた穴の傍に、ニコライは一人、立ち尽くす。
「クソ‼ 調子に乗ってお喋りなんてしてるんじゃねえよオイ‼ アイツの為に何人が死んだと思ってる!」
味方の兵士を失ってまで創った絶好のチャンス、それをニコライは逃した。 自分のミスだというのは明白だ。
その場に残ったニコライは、それこそ噛み切るのではないかと思う程に、自分の人差し指に歯を立てる。
と、その時だ。 突然ニコライの胸に付いた通信機が鳴り出した。
通信機のマイクを耳に当てると、聴こえてきたのはイヴァン中尉とアリス少尉の声だった。
「私だ、どうかしたか?」
「お、やっと通じた。 如何したじゃありませんよ、此方から何度かけても出なかったんですよ」
どうやら、グスタヴとの戦闘中にもイヴァン達は何度かこちらに通信して来ていたようだ。
「すまない、こちらも少し立て込んでいたのでね」
すると、通信機の向こうでアリスとイヴァンが何か話しているのが聴こえてきた。
「中尉! 呑気に電話してる暇がアッブナ‼ 観ました⁉ 私の横を銃弾が通り過ぎましたよ! やっぱり乱戦は超楽しいですね‼」
「少尉! 少し黙って居てくれ‼」
通信機の向う側から聞こえる騒ぎ声を聞いて、ニコライは五月蝿そうに顔を顰める。
「全て聴こえているぞ、早く用件を言え」
ニコライがそう言うと、通信機の向こうからとんでもない答えが返ってきた。
「前線中央の集積所を確保しそうですけど、一応確認を取ろうと」
「…………何?」
余りの答えに、さすがにニコライも言葉を失い問い反してしまう
「アリス少尉と協力し、中央の集積所を襲撃しました。 もう少しで取れそうなのですが、あと一歩足りない感じでして。 と言うか、少尉が奇声を挙げて狂ったように銃を撃ち続けて怖いので今直ぐ来て貰えますか?」
なんと、小規模であれ敵の陣地をたった二人で制圧し、あまつさえ此方の陣地化してしまったと言うのだ。
中央には少なくとも二個中隊は敵が居た筈だ。 敵も多くない? 二個中隊という事は少なくとも三百人前後。 全ての敵と戦った訳では無いだろうが、たった二人だけで……。
「お前達は立派だな…………」
「は? いきなり何を言うかと思えば、何かありましたか?
ニコライが言うと、通信機の向こうからイヴァン中尉の訝しむような声が聞こえて来る。
「いやなに、私も事務方で戦場から離れていたのでな。 ブランクを思い知らされたよ」
「それは安心。 班長殿が無事だったようで何よりです」
ニコライは始め皮肉でも言っているのかと思ったが、どうやらそうでも無いようだ。
「とにかく、班長にも此方の応援に来て欲しいのですが。 他の兵士も集まって来ましたが、やはり指示を出す者が居ないと護り切れそうにありません」
確かに、耳を済ませれば、イヴァンの後ろからは銃声に混じって何人かの叫び声が聞こえるのが判る。
「了解した。 持ち場は他の者に任せる事になるから少し時間が掛かるが、それでも構わんな?」
「了解しました。 それまでは何とか頑張りますよ」
イヴァンはそう言って通信を切る。
行くと言ったからには急がねばなるまい。 ニコライは通信機のチャンネルを指揮所へと合わせる。
「こちらはブランククス西前線のニコライ少佐」
ニコライが通信機を鳴らすと、呼出音が鳴るよりも早く、管制官がそれに答える。
「こちら前線指揮所、了解。 少佐殿、如何なさいました?」
「これより私は味方部隊の援護に向う。 私と行動を共にする人間も含め、現在の持ち場に中隊規模での増援を送って貰いたい」
「了解しました。 到着までの時間は約二十分です。 少佐殿の援護先にも、部隊を向かわせる事が出来ますが?」
管制との会話が非常にスムーズに進む、良い事だ。
彼等が冷静さを保っていられるというのは、即ち状況が悪くない、もしくは自分達にとって有利に働いているという事。
「いや、それには及ばない。 私の現在地だけで構わない。 現在地の座標は【F・6・13】だ」
「了解、直ちに部隊を送ります。 幸運を祈ります。 以上」
通信を終えたニコライは、チラリと道路に空いた大穴へと視線を向ける。
『今回は逃がしたが、次は無い。 首を洗って待っていろ』
そう心の中で呟くと、ニコライは仲間と合流するべく走り出す
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
一つのバトルも終了し、次は主人公の戦いとなります。
本作で初めての異能バトルシーンでしたが、如何だったでしょうか?
皆様からの感想、来るか来ないか判りませんが、楽しみにしています。