東部動乱
続けて投稿です。
次話投稿の遣り方が判らず、少し苦戦しましたが何とか投稿出来そうです。
サブタイトルは変わっていますが、この話しも導入と作中の世界がどういった状況なのかを説明する話しとなっております。
それでは、この話しをよんで下さる皆様が、少しでも楽しんで頂ければ、それはもう極上の喜びです。
人暦2050年 2月21日
ロレンス大陸はこの星で最も巨大な大陸だ。
この大陸は、地政学上において唯一の大陸と言われている。
そして、其処には世界最大の国土を誇る巨大国家が存在していた。
ルーシア連邦、大陸の北部を東西に全て支配するこの国家は、石油産出量が国土と共に世界一位の巨大国家である。
豊富な資源と強大な軍事力で成長を続けたルーシア連邦が、周辺の国家との間に問題を抱えてしまうのも、当然の事であった。
特に、連邦の西に存在するEU(ユーロピア連合)とは、深刻な問題を抱えていた。
ユーロピア州の各国が、地域、経済、防衛を協力し合う大連合、それがEUである。
しかし実際は国家間の経済格差が大きく、移民や難民問題の対応、各国の防衛費の大部分を一部の国家が捻出していた。
ユーロピアの国家は国内で消費する石油の殆どをルーシア連邦から輸入していた。
そのため、ルーシア連邦が勢力を強める中で敵対心は在っても対立をする事は出来なかったのだ。
しかし、そんな状況を打開する為にEUが中東に勢力を伸ばしたのをきっかけに、ルーシア連邦はユーロピア方面への石油の輸出を規制、更に連邦も中東へと勢力をのばしていったのだ。
これらに対し、遂にEUも明確に連邦を批判、互いの対立は引き返せ無い所まで深まっていく。
EUが連邦への侵攻を目論んでいたのと同時期、EUはルーシア以外にも外交上の敵を作っていた。
それは地中海を挟んだ南方、アトラス大陸のAU(アトラス連合)である。
対連邦で資源を求めたEUは、石油を求め中東、そしてアトラスに勢力を伸ばしていた。
一方的とも言えるEUとの貿易協定も、発展途上国の多いアトラスの国家には断る事は出来なかった。
対して、中東方面の国家はEUと対等と言える協定を結んでいた。
というのも、中東の国家はその地政学的条件が、アトラス大陸とは違い過ぎたのだ。
西にEU、北にルーシア連邦、東には中華連邦が存在する中東は、どちらの側に付くか、ある程度選ぶ事が出来た。
もし一方が不平等な条件を出せば、もう一方に付くという手段があったのだ。
実際にそれをすれば、間違いなく中東は戦火に見舞われるだろうが、その可能性が在るというだけで、彼らは周辺の国家と対等に対峙してきたのだ。
その為、常に内戦の絶えない地域でも在る。
中東は、今も昔も各勢力の派閥が対立を続ける世界の最前線なのだ。
だが、アトラス大陸は違う。 貿易航路の殆どをEUに支配されているアトラスには、EU以外に選べるパートナーが居なかったのだ。
そして、その不満は膨れ上がり、遂にEUへの宣戦布告という形で爆発した。
しかし、余りに国力に差のあるAUとEUの戦争は当初、誰もがEUの圧勝を疑わなかった。
そう、AUが宣戦布告するのとほぼ同時にルーシア連邦が西側で大規模な軍事演習を行わなければ、それらの予想も的中していたのだろう。
これを事実上の敵対行動と判断したEU評議会は、直ちに連邦領へと侵攻した。
連邦の派兵に動揺したEUは、アトラス連合領アンジェリカへの上陸作戦に部分的に失敗、戦線は長期化し、EUは二方面作戦を強いられる事になった。
これを後に言う『ルーシア事変』、大戦の幕開け。
平和の終りと戦争の始まり、その象徴とされる事件である。
ルーシア連邦首都・モスコー 連邦軍参謀議会本部
ルーシア連邦軍参謀本部、その一室には勲章を幾つもぶら下げた軍人が、ワインを片手に何人も集まっていた。
「アトラスの件、どうやら巧く行った様ですな」
「ええ、彼らのEUへの敵対心は想像以上に強い、少し背中を押せば、ほらこの通り」
そう言って男が手にした新聞には、でかでかとルーシア語でこう書かれていた。
『AUがEUに対し宣戦布告、EUの部隊に損害在り、連邦の敵に立ち込める暗雲!』
太い字で勇ましく書かれた見出しを見て、軍人達は小さく笑う。
「これで我々が戦争を始めたと誹りを受けずに済みそうですな」
「その通り、我々はただ軍事演習をしていただけなのですから。 しかしあの小賢しい連合体共も運が無かったですな。 まさか、偶然にも演習の部隊が近くに配置されていたとは」
男達は互いにクスクスと笑っては、グラスに注がれたワインを口に運んでいく。
そんな中、一人の将校がグラスをテーブルに置いて話し始める。
「さて諸君、祝い酒もこの位にして、これからの話をしようではないか」
そう言ったのは、眼鏡を掛けた白髪の将校だった。
「確かに我々参謀議会の提案した作戦によって、EUは大戦を始めた。 しかし、戦いが始まればこれまで軍事行動を躊躇っていた他戦力も当然ながら行動を起こして来るだろう」
その言場を聴いた将校達は皆、一様に頷いている。
すると、その中に居た蒼い瞳の女性の将校が手を上げて前に出る。
「イワン次次長のおっしゃる通りかと。 目下、我等が相手取るのはEUと中華連邦でしょう。 バラゴベンスクでの事件以来、世論は中華連邦に対し強い敵対心を持っています。 開戦は避けられないかと」
そう、ルーシア連邦もまた、EUとは別の敵を抱えている。
中華連邦、ルーシア連邦と同じくロレンス大陸の大半を勢力圏に収める大連合である。
どちらも、近年急速に勢力を広めた為に、国境付近での小競り合いが絶えず起こりつつも、何とか衝突を抑えてきた双方だった。
が、連邦領ブラゴベンスクでの民間人同士の対立を、互いの軍が出動し鎮圧するという事件が起こった。
それだけならまだ良かった。
問題は、その事件の責任が互いに相手にあると主張した事にあった。
この事件をきっかけに、双方の世論は開戦へ向く様になった。
「イリーナ書記の言う通り、我々は中華とも闘う事になるだろう。 とは言え、我々も二面は避けたいものなのだが」
軍服の上からでも判る筋骨隆々な黒髪の将校、『グリゴリー・ブルガーコフ』が言うと、イワンが「その件について、私に考えがある」と右手を小さく挙げて発言する。
「ブルガーコフ作戦局長の言う通り、馬鹿正直に戦ってやる事は無い。 まずは西方が落ち着いてから」
ルーシア連邦は、その東西に広い国土の為に、多方面で軍を展開するのは至難の業だ。
ルーシア連邦にとって西の大敵はEUで、南の敵は中華、そこに近年、極東の皇国が力を付け、Ⅴ連合などと言う新勢力が誕生した。
しかもその背後には世界唯一の超大国、アルカディア合衆国が控えている。
もし、西で軍を展開すれば南や東が手薄になってしまう。
かと言って、東を相手取るという事は同時に複数の敵を相手にする事と変わらない。
「中華連邦には他と遊んでもらう。 極東には我々の良き友人になって頂こう」
その後、イワン参謀二次長が提案した作戦を聞いて、同席した将校達は皆、苦笑いを浮かべている。
「やれやれ、参謀次次長殿も随分と酷い事をお考えになる物ですな」
「不満かね、作戦局長殿?」
参謀次長の言場にブルガーコフは肩を竦ませて笑うと、
「まさか、しかしその作戦は政府とも協力が必要になります。 準備は進めますが、此方も些か譲歩せねばならないかと」
「構わんさ、その為の策も既に用意している。 ゆっくりと、しかし正確に戦争をして行こうじゃないか。 戦いはまだ始まったばかりだ」
そう、戦いはまだ始まったばかり。
時代が変わろうと、人が変わろうと、国が在るなら土地が在る。
相手が誰であろうと、決して連邦を滅ぼすなど出来はしない。
その寒冷なドレスに護られた心臓部を犯す事は、何人にも敵わない。
「そういえば、西部には今ニコライ少佐の班が向っている様ですが?」
誰という訳でも無く、イワン二次長に掛けられた言場に、何人かの将校が反応した。
「少佐が? 何か任務を出したのですか? 彼の部隊は次次長殿のお気に入りで参謀本部の直轄だからとまた便利使いしているので?」
ブルガーコフの言場に小さく笑うと、少し意地悪そうな顔で答えた。
「いやなに、彼にはある極秘任務を命じている。 実はさっき話した策と関係が在るのだが、西部戦線の報告書が届けば何を命じたのか判るはずだ。 楽しみにしていたまえ」
イワンの言場を聴いて、何人かは顔を綻ばせ、何人かからは作戦を遂行出来るのかと質問の声が上がる。
「問題無い。 彼は優秀だ、卓越していると言っても良い。 必ずや、最良の報告が聞けるはずだ」
イワン二次長は改めて作戦成功の音頭を取る。
「では改めて、連邦の勝利と資本主義に!」