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閑話 春

作者: 葵陽

※この作品はフィクションであり、専門用語は創作です。信じないで!


「恭子はお見合い結婚したそうです。」「さて、一番年上は何歳でしょう。」「ブーケトスもそんな感じ。」「いっしょに食事をするだけの簡単なお仕事です。」「マグロ係」「七つまでは神のうち」「店長、シフト変更してください。」「たぬきとどくだみ」「むじなとあしたば」「不思議な道具なんかより、あのあおいねこちゃんがほしいと思ったことはないか。」「職業:家政婦」「人見知りだっていいじゃない」「メンズPコート/税込13,200円」「男はどこへ消えたのか」「初乃は夢を見ない」「権助、与平、兵吾」「古井戸の底には何があり」「ギギ」「朝になれ、今すぐに」「かっこかり」の続きもとい閑話です。


お読みいただければ、幸いと存じます。

それは、壮一郎が自分の名前を認識できるようになった頃の話だ。


喃語をたくさん話せるようになったり、小さな歯が生えてささやかながらお祝いをしたり。

初乃は、末弟ながら我が子を見守るような気持ちになった。


赤ん坊というのは、泣くことでしかその意志を表すことができない。壮一郎は泣くことも、さほどしなかったものだからいかに"泣いてくれる"赤ん坊が育てる者にとって助かるかというのがとてもよく分かった。

泣かない赤ん坊が、世間にとっちゃ耳障りのない「都合の良い存在」であったとしても、親にとっては「知らない間に死んでしまうかもしれない存在」でしかない。

泣かない赤ん坊ほど、怖いものはないのだと努々忘れないでいただきたい。





季節は春、今年は一佐(かずさ)が小等部へ入学する。

一般的に比較しても一佐は他の男の子よりも、否、ひょっとすると女の子よりも小さい。公房(くぼう)さまから買っていただいた黒いランドセルも、背負っているより背負われている感が否めない。それほど一佐は小さいのだ。

誤解の無きように言うと食べさせていないわけではないが、一佐はあまりにも少食であった。まるで毒が入っているかのように、肉を食べることも忌避している。

ちなみに毒は入っていない。入れる理由がない、入手も出来ない。

肉嫌いに食べさせる調理法、キボンヌ。




ランドセルを買ってから入学式までの間、一佐は暇さえあればずっとランドセルを背負っていた。毎日嬉しそうである。

私にも経験がある、前世のだが。

私の小さな頃は赤と黒の二種しかなく、必然的に女である私は赤いランドセルで。

服や文房具は姉からのお下がりだったけれど、ランドセルだけは姉がまだ小学生だったからか私も新しいものを買ってもらえたのだ。言わずもがな、弟も黒いのを買ってもらっていた。

六年間も背負っていればいくら女の子が使っていたとしても、そりゃあボロボロになるもので。それでも、ボロボロのランドセルには愛着を抱いていた。



初乃は、一佐の勉強道具を用意する。持ち物に名前を書くことも、忘れてはならない。

ふと、ソファの上で図鑑を読んでいた日向子が初乃に話しかけた。どうも、春休みの宿題のようだ。



「あねさま、日な子はサクラが見てみたいです。」


「サ、サクラ?」


「はい!」

ニコニコと日向子は頷いた。かわいい。



サクラ科スモモ属サクラ亜属に分類される落葉広葉樹。


説明しよう、実のところ現代でいう「桜」は既に絶滅している。植物を絶滅というのが正しいかは分からないが。

だが、もはやこの目で見ることは叶わない、というわけでもない。

東銀台の商店街をまっすぐ進み、北吊の坂を上がったところに西ケ谷という公園がありその公園に"サクラ"が二本、植えられている。

その"サクラ"は鮮やかな赤だ。別段、赤色が悪いとは言わないがあの、古式ゆかしい薄桃色が馴染み深い"サクラ"だという認識がある私にとってアレは"サクラ"ではないのだ。

おまけにその"サクラ"は、ものすごく病気に強いらしい。しかもなかなか散らない。葉が生えても初夏になっても、なかなかに散らないので私はアレを"サクラ"とは呼んでいない。


余談だが、サクラにも神が宿るという。果たしてアノ赤花にも神が宿っているのだろうか。



日向子に、西ケ谷のサクラが見たいのかと聞くと頭を振って否定を表す。次いで日向子は、読んでいた図鑑のあるページを私に見せてきた。


そこに載っていたのは、十数年ぶりに見た桃色の"サクラ"だった。




「というわけなのですが。」

私は、とりあえずくぼうさまに相談をしてみた。


あくまでも、妹のかわいいお願い事だ。「もうサクラは見られない」と言ったとしても、日向子は諦めてくれるだろう。だがやはり、妹の残念がる姿は見たくないのだ。

これはどちらかというと、私のワガママとも言える。


「日向子はサクラが見たい、と。」

安楽椅子に腰をかけ、初乃の話を聞く公房。

春先とはいえ冷えるのか、膝には毛布がかかっている。


「もう見られないのは、分かっています。ですがひょっとしたらと思いご相談を、」

「ありますよ、小さくても良いなら。」

ギッ、と公房は椅子から立ち上がる。傍らにかけていた杖を手に取り、部屋の扉に手をかけた。




初乃と日向子、一佐は公房に呼ばれるまま裏庭へと足を踏み入れた。

ちなみに壮一郎は、初乃が抱っこしているので"足を"踏み入れてはいない。

雇い入れ、もとい転居の日に屋敷中を案内してもらったが裏庭へは入っていない。

理由は、危険な物がありすぎるから。庭の中を観察してみると、なるほど芝刈機や鎌、鍬などが散乱している。子供の遊び場には少々デンジャーといえる。


それでも今回、私たち姉弟(きょうだい)を裏庭へ招き入れてくれたのは出会った当初と比べて、私たちが聞き分けの良い子供だということが分かったからだろう。

日向子は私がやるなということは決してやらないし、一佐は聞き分けの良さと、臆病な性格ゆえに危険な物には自分から絶対に近づかない。壮一郎は姉たちが片時も離れず目を光らせている為そもそも危険がないし、裏庭まで彼のハイハイでいけるとは到底思えないからだ。



そして、くぼうさま自慢の裏庭にそれは鎮座していた。

確かにものは小さい。たが、そのサクラは美しく空に向かって枝を広げていた。そして、ちらほらとつぼみがある中ひとつだけ花を開かせていた。

それは当たり前のように毎年見ていた、桜だった。



盆栽の桜、なのだろうか。

裏庭の中でも比較的、日当たりの良い場所に置かれていた。


日向子は写真でも絵でもない本物の桜を見られて嬉しそうであったし、普段あまり感情の起伏が激しい方ではない一佐も心なしか目を輝かせて、小さな樹の小さな花を眺めていた。









定期更新、29作目です。


冬も冬で、おいしいお鍋が食べられますが

春が待ち遠しい。そんな今日この頃。


お読みいただきまして、ありがとうございました。

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