表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11 最後に

 最後に。

 その日誌を咥えた犬の目撃情報は、今でも時々あるのだという。証人は口をそろえて次のように言う。

 呼びかけても反応はなく、次の瞬間消えるように姿をくらましてしまう。

 そしてある時を境に、その口にはフリスビーらしきものも付属するようになったのだという。背中に、対になった玉座らしきものを見た証言もある。

 それからさらにしばらくたったある時、誰かがたまたま口にした言葉に反応があったらしい。

 一声だけ鳴き声を上げると、犬はその姿を消した。


 その女の子は不思議そうにその光景を眺めている。

 その背中ごしから徐々に近づいてくる影。

「こら。あんまり走っちゃだめだぞ。お父さんの言うこと聞かないと、遊園地連れて行かない――」

 父親の言葉に女の子は振り向いた。しかし、その子は口をパクパクと繰り返すだけで言葉がついてこない。その小さな指で懸命に示そうとするも、父親には何も伝わらない。数回やり取りをして、まともな返事をしない娘に、父親はまいったなあという表情をした。

 すると、父の背後から、

「ほら、あなた、恵理奈。早く行かないと……って、この子どうしたの?」

「父さんがが聞きたいくらいだよ」

 父親は母親のそばによると、バトンタッチと耳元で囁く。

「もう。父さんは昔から口下手なんだから」

 フッと笑みを浮かべ、女の子の前に回り込むと母親は膝をかがめて向き合った。

 不思議そうにしている二つの目と視線が交わった。

「どうしたのかな~? えりちゃん」

「……わ、わん」

わん? わんとは?

「わん? あ……もしかして、わんわん?」

 女の子は大きく頷いた。

「お犬さんがいたの?」

 女の子は反応を示さない。

 母親は振り向きかえって背後を凝視した。しかし、何も見当たらない。もう逃げたのかもしれない、と思ったのか、

「残念。お犬さん、お腹空いてたんだよきっと。どんなお犬さんだった?」

「……しろくておっきいの」

「うんうん」

「あとー」

「あとー?」

 そこで女の子は口をもぞもぞさせた。こういう時は、この子は恥ずかしいことや自信のないことを普段口にする。その経験から母親はちょっとだけ覚悟をしたが、父親はそんなことを知らない。

 あとー? 何というのだろう。


「めがあおかった」


 時が止まった。

 いい年をして本当に驚いて石になっている大人が二人も出た。

 いい年して本当に驚いて石になった大人の姿を、恵理奈は初めて見た。

「……ぱぱ、まま?」

 その女の子の言葉は魔法だった。石から人間に戻ると、母親は父親と顔を見合わせた。

 母親も自分の表情が固くなっているのに思い至る。父親はまさしくそんな表情をしていた。ややあって、そんな不思議なことがあるのか、と笑みを浮かべるのが見えた。

 いつしか、その眦に浮かんだ懐かしい笑みで、懐かしい夢を共有するかのようにして見つめ合っていた。

 それから、一呼吸の間。

「ふっ」

 破顔。

 二人分の笑い声が上がる。

 女の子にはその意味が分からない。さっきまでの呆然とした様から一変、

「あー! ずるいずるいまたふたりでわらってるー! えりにもおしえるのー!」

 二人の小皺に、更に深みが増していく。娘にポカポカぶたれるのすら心地いい。今こうして笑顔でいられるその理由。昔話。恵理奈が赤ん坊の頃から子守唄のようにして口にされた物語。

 二人は呼吸を同じくして一度頷く。

 間を図り、そして、その言葉を呟いた。


 その言葉はきっと「エリア」と聞こえたはずである。


完結……ですが、機会があれば舞台設定に関わる話(その日記)でも書こうと思っています。

その際はぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ