とても大切な人?
友人との会話から理想押し付けや勘違いからこんな話が出来ました。
とても大切な人
あなたに黙っていたことがあるの
私ね、とても大切な人がいるの
この世の中で一番大切な人
そう、あなたよりも
でもこれが私の偽らざる気持ちなの
勝手にいなくなってごめんなさい
だけど
―――――――・―――――――・―――――――
ここまで書いて手が止まった。
・・・どうしよう。続きが浮かばない。
つい鉛筆を咥えて噛んでしまった。
書きかけの紙を持ち上げて「う~ん」と唸る。
横から手が伸びてきて、その紙を奪われた。
「何を唸っているかと思えば。なんだこれ」
「なんだはないでしょ。新しい話の冒頭よ」
「ふ~ん。で、どういう話にするつもりなんだ」
「どうって、この手紙を残して女の人がいなくなるの。彼はいなくなった彼女を探しに行くっていう話」
紙を取り上げた男が私を見てきた。
「やめたら」
「へっ?」
一瞬言われた意味がわからなくて彼の顔を見つめ返した。
「だって、これだけで止まったんでしょ。ということは書きたい話じゃないわけだ」
「で、でも、もうそんなに時間が無いわけだし」
「だからって中途半端なものを出されてもこちらも困るんだけど」
彼の言い分は分かる。分かるけど締め切りは待ってくれないわけだ。他の人はほとんど出来上がっているというのに。
私が今していることは文芸部の部誌に載せるための原稿を書いていたのだ。
来週の月曜までに仕上げないと、文化祭で出品できなくなってしまうから。
最悪、私の原稿が落ちることになっても仕方がないと思うのだが、部長であるこいつが許してくれなかった。
「でも、でもね」
「でもは禁止。それよりも得意分野で書いたらどうなんだ」
じろりと彼は睨むように私を見てきた。
いや、それも書けるならとっくに書いているわよ。
「大体このタイトルじゃあ、君が書こうとしている話にそぐわない気がするな」
ほんと、やんなっちゃう。この男。人の痛い所をズバズバ衝いてくるんだから。
「じゃあ、そのタイトルにはどういう話が合うのよ」
そう私が言ったら少し天を見上げて考え込んだ。
その横顔が綺麗で、不覚にも胸がドキリと鳴った。
そうしたら何か思いついたのか私の方を見てニヤリと笑った。
「やっぱり恋愛だろう、このタイトルなら。それにお前の得意分野だ」
・・・何を言っているんだ、こいつは。
それが書けないから別路線にしようと思ったんだろうが。
そう思ってムッとした顔をしたら、もっとニヤニヤと笑いながら言ってきた。
「なあ、書くのに経験が足りないなら、俺がつき合ってやろうか」
・・・こんの、陰険S男め。黙っていれば一応イケメンなのに。
「いや、必要ないから」
私はこいつから視線を外してそう言った。別の原稿用紙を用意してもう一度机の方に向き直った。
なのに、こいつは私のそばから離れようとしなかった。
それどころか私の後ろに立ちやがりましたよ。
「なあ、これってさあー、俺への告白なわけ」
「はあ~?」
突然何を言いだす!この男は。
手に持った紙を見ながらいうけど、さっきの私の説明を聞いてなかったのか?
いなくなった女の手紙だぞ。と、いうことは別に好きな奴が出来たということなんだぞ。
どこをどうとったらあんたへの告白になるのよ。
「お前も周りくどい奴だな。こんなことをしなくてもお前の気持ちはわかっているから」
そう言って私の肩に手を置いたけど・・・。キモい。止めてくれ。
なのでその手を振り払ってやった。
「照れなくてもいいってば。今は他の奴はいないんだし。今まで書いた話も俺に向けたラブレターなんだろ」
おい。どうしてそうなる。
って、前髪を払うように手を動かしたけど・・・。
それってナルシストのポーズだよね。
どうしよう。サブいぼが出てきたんだけど。
「なあ、もういい加減つき合おうか、俺達」
「いや、無理」
私の言葉が意外だったのか、固まりやがったよ、こいつ。
と、口元に引きつった笑いを浮かべていった。
「なんか、聞き間違えたみたいなんだけど。もう一度言うぞ」
「いや、言わなくていいから」
すごくショックを受けましたって顔をしているけど、断られるとは思っていなかったのか?
「な、なんでだよ。お前の態度は分かりやすかったのに」
「あのさ、それっていつの話よ。確かに私はあんたの事を好きだったけどさ、今は何とも思っていないから」
ヨロリと一歩後ろに下がるあいつ。
「なんでだよ。なんで、そんなことを言うんだよ」
「なんでだと~」
思わず低い声が出る。そのまま後ろを振り返って睨みつけたら、また一歩あいつは離れて行った。
「あんたさ、この2年、私に何をした。厄介ごとを起こしてはその後始末を押し付けたよね。最初はあんたのことを好きだったし頼られて嬉しかったけど、あんたさ友達に私のことを便利屋って言ってたじゃん。そんなこと言われて好きでいるわけないでしょう」
「いや、それはその場の勢いというか・・・」
シドロモドロに答えるけど、私はこの耳で聞いたんだから。
「大体さ、今まで書いた話。あれだってあんたのせいで王道のべたな恋愛ものになったけど、私本当はコメディーを書きたかったんだから。それを私に恋愛ものを書けと勝手な理想を押し付けてきたんでしょ、あんたが。それから・・・」
今までのうっ憤を晴らすように、私はしばらくあいつに言い続けた。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
と、返事をしたら、ドアを開けて男の子が入ってきた。
「仁美、まだ終わらないのか」
「あっ、ごめん、慎也君。待たせちゃったね」
「もう、帰れるか」
「うん。じゃあ、部長。お先に失礼します」
そう言って立ち上がったら、あいつが弱々しい声で訊いてきた。
「そいつは?」
「彼氏だけど」
私の言葉にあいつは肩を落とした。
それを横目に見て私達は文芸部の部室を後にした。
ドアが閉まる前に慎也君が私の手を握りしめてきたのでした。
校門を出てからも手を繋いだままで私達は歩いていった。
いつものようにうちのそばの公園に寄って話をする。
・・・なのに、今日は慎也君の様子がおかしい。
私の話に相槌を打つけど、なんか元気がないみたい。
「慎也君、どうかしたの?」
「その、仁美はいいのか?俺なんかで」
「何でそう云うこというかな」
「俺はあいつみたいにカッコよくないし、口も上手くない。仁美を喜ばせることなんて言えないし」
「バカね。私は慎也君の誠実なところに惹かれたんだから」
私の言葉に真っ赤になった彼の耳元にそっと囁いた。
「大好きよ、慎也君」
彼は口をパクパクさせた後、真っ赤な顔のまま小さな声で言った。
「うん。俺も」
その慎也君の様子を見て、今なら恋愛小説が書けると思ったのでした。