カニさえ食えれば幸せなんですが
待ってくれ、まだ食べてないんだ
体が何故か動かない、目の前はどんどん真っ暗になっていく。
男は心不全で死んだ。男の表情は無念そのものであった。
一人暮らしのアパート、フローリングに倒れた男が一人。
男の最後を知るのはグツグツと鍋の中で煮込まれていくカニだけだった。
「こうして死んだ僕はこの世界に転生し、神様からもらったチートで前世の無念を晴らそうと決意したのです」
目の前で大きな鍋にズワイガニが放り込まれている。
サイズも立派でさぞ食いごたえがあるだろう。
鍋の反対側に座る友人が口を開いた。
「決意したのですじゃねえよ、お前に前世の記憶があることは認めよう。
んで神様から不思議な力を一つもらった、これも認めようじゃあねえか、でもよぉ」
「なんでカニ召喚魔法?」
男が選んだチートは全ての世界のカニを自由に召喚、使役できる魔法だった。
「良いじゃないですか。ぼく思うんですよね。なぜ人は回り道をしてしまうのか。欲望には正直な方が良い。カニが食べたいならカニを自由にできるのが一番です」
「ふつう金儲けができる能力とか最強パワーとかそういうのじゃねえのか」
「どうせ稼いだ金はカニに代わります。カネよりカニです」
上手いこといったという顔で男は茹で上がったカニを鍋から取り出した。
アツアツのまま食うには多少のコツがいる。
真剣な顔でカニを分解する男を見て友人は全てを諦めた。
どうせ今さら言っても仕方ないのだ。
「まぁ、お前にとってはそれが一番良い願いだったんだろうな」
「いや、後悔してないわけじゃないんですよ」
男は悲しそうな顔で友人を見た。
「タラバはヤドカリの仲間だから召喚できないんです」
「知らねえよ」
今日も平和に鍋は煮えてゆく。