五話 初デートは桜餅を作って
今の季節は、春。
春のお菓子と言って、わたしが一番最初に浮かぶのは、桜餅なんだよね。
もちろん、関西風の道明寺粉が使ってあって、桜の葉っぱの塩漬が巻いてある奴ですよ。
前に一度、プラスチックの葉っぱで包んである桜餅を、買って食べた事があるんですが、ただの逆おはぎのようで、風味も何も無く、美味しく無かったです。
桜餅を作るには、本物の桜の葉の塩漬が、絶対必要だと思いました。
と言う訳で、桜餅を作って、初デートに持って行きたいと思います。
実は、寮の最寄駅の駅前に、製菓材料店があって、そこに、桜の葉の塩漬が売っているのです。
時々、そのお店を覗くんだけど、色々なケーキの型とか、粉とかがあって、時間を忘れて見てしまうんだよね。
そのお店で、桜の葉の塩漬、赤の色粉、こしあんを購入。スーパーにも寄って餅米も買いました。
お姉ちゃんが言うには、本格的な桜餅は、道明寺粉を使うものらしいんだけど、餅米をレンジにかけて、半殺しにしたものでも、十分美味しいよ。と、言う事なので、わたしは、餅米を使います。
餅米一合は、前の日に洗って、水に漬けておきます。
耐熱のボウルに、ザルなどで水気を切った餅米、砂糖40g。赤の色粉は、割り箸の先にこんもりと乗るくらいの量を入れ、熱湯200gを入れます。
色粉を入れた割り箸で、よく混ぜる。
色粉が、多過ぎても、どぎついピンクになってしまうし、少な過ぎても見た目が美味しそうじゃ無くなってしまうんだよね。
端開けラップをして、レンジ強で4分かけて、ゴムべらで混ぜ、3分かけて混ぜ、もう3分かけて混ぜてから、10分以上濡れ布巾をかけて蒸らしておきます。
その間に、こしあん300gを8等分に分けて丸めておき、桜の葉の塩漬をクッキングペーパーで挟んで、水気を拭いておきます。
蒸らした餅米を、ゴムべらで、耐熱のボウルに押し付ける様にして、半殺しにします。
ちなみに、半殺しって言うのは、ご飯とお餅の中間位の状態にする事で、手の平の上に広げても、バラバラにはならないくらいかな。
半殺しにした餅米を、8等分に分けます。
手の平に水を付け、8等分に分けたものを乗せて、丸く薄く広げて、こしあんを真ん中に置いて、周りから包みこんで、キュッと合わせ目を閉じます。
最後に、水気を拭いた桜の葉で包んで、出来上がりです。
同じ様にして、残りの7個も作ります。
桜餅は、炊飯器でも作れます。
炊飯器で作る時は、砂糖と色粉はそのままの分量で、熱湯では無く、水を炊飯器のおこわの目盛りまで入れて、スイッチオンで出来ます。
餅米は、レンジで作るのと同様に、洗ってから一晩くらい水に漬けて置いてから炊いた方が柔らかく出来ます。砂糖は、炊飯器のスイッチを入れる前に入れて下さいね。
〇しもとのお弁当箱に入れて、大きめのハンカチに包んで出来上がりです。
実は、告白された次の日の土曜日に行くつもりだった初デートは、あの日の夜に帰ってから、生理が始まり、生理痛の為に延期になりました。
ほんとメールって、便利ですよね。言いにくい事でも、文章にして送る事が出来るし。
延期になったおかげで、ちょうど桜前線がやって来て、初デートは満開の桜が見れそうです。
お花見は、王子動物園に行く事になりました。
さすがに、寮にお迎えに来てもらうのは、恥ずかしかったので、ちょっぴり夢だった、駅前での待ち合わせにしてもらいました。
寮にいても、ドキドキ、ワクワクで、落ち着かなくて、つい待ち合わせの時間より、早めの時間に自転車に乗って、寮を出る。
駅の駐輪場に、自転車をとめて鍵をかけると、携帯を取り出す。
携帯の時計を見ると、まだ待ち合わせの時間まで、まだ20分もある。
どれだけ浮かれているんだろう、わたし。
でも、少しくらい浮かれても、仕方がないよね。初めてのお付き合いなんだもん。
落ち着かなくて、桜餅の入ったトートバッグを抱きしめる。
「お待たせしました。」
田渕さんが、わたしの姿を見つけて、慌てて駆け寄ってくれる。
「今着いた所だから、気にしないで下さい。まだ待ち合わせの時間になってませんし。楽しみで、少し早く着いてしまって。」
「ぼくも楽しみで、少し早く出てしまいました。」
「わたしと、一緒ですね。」
「一緒ですね。」
にっこりと、笑い合う。
駅の駐車場に、肩を並べて歩いて行って、田渕さんの車に乗って、王子動物園に向かう。
動物園に向かうまでの道路脇とか、通り過ぎた小さな公園とかの桜が満開で、嬉しくなって、はしゃいでしまう。
洋菓子一課のわたしの休みは、基本、水曜日と、土曜日か日曜日のどちらかを交互に取る事になっています。
総務課は、土日が定休日だそうです。
春休みの時期の土日だと、親子連れやカップルで、ものすごく混むみたいなので、わたしの休みに合わせて、水曜日にしました。
王子動物園は、水曜日が定休日らしいのですが、桜の季節は臨時開園されるそうなんだって。
それでも、人で一杯だったけれど、なんとか駐車場に停める事が出来ました。
今日は、本当にお天気がよくて、青空に真っ白な雲、満開の桜が、とて綺麗です。
差し出された手を繋いで、ゆっくりと歩きながら動物達を見て回りましたよ。
動物園に来たのって、小学生の時に、親に連れられて来たぐらいかも。本当に
久しぶり。
桜がよく見える所にあったベンチが空いていたので、並んで座る。
トートバッグから、桜餅を取り出す。
「桜餅なんです。よかったら、一緒に食べませんか?」
「美味しそうですね。岩城さんの手作りですか?」
照れながら、うなずく。
「こしあんは買って来たものだから、そんなに大変じゃ無いんですよ。」
「ありがたくいただきますね。」
用意していたお手拭きを渡すと、それで手を拭いてから桜餅を摘む。
「美味しいですね。」
田渕さんは、そう言って、本当に美味しそうに、食べてくれる。
嬉しい気持ちが込み上げて来て、胸が、きゅんってなる。
わたしも、自分の分のお手拭きを取り出して、桜餅を食べる。
満開の桜を眺めながら、桜餅を食べる。
目には桜の花、鼻は桜の葉の香り、舌は桜餅の味で、めいいっぱい春満喫ですね。
ベンチに並んで座って、触れ合った肩がほんわりと温かくて、安心するんだけど、ドキドキするって、何だか不思議な気持ちでいた。