表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

第六話 怒りの復讐人

 森の中の獣道を全力で駆け抜ける二頭の馬の姿があった。


「姫様! お先にお逃げ下さい! ここは自分が引き受けます!」


 そのうちの一頭を駆るサリヴァンは、速度を緩めつつ後ろを走るジルとアルトリアに叫ぶ。

 その後方には、三頭の犬のような、狼の様な獣の姿があった。


「あなたを置いて逃げるなど出来ません! 何なのですか、あの獣は!?」

狩狼ハウンド・ウルフ! 凶暴な魔法生物です!」


 狩狼ハウンド・ウルフ。狼のような姿をした魔法動物だがその体長はそれより一回り大きい。強靭な四肢と、すべてを噛み切る鋭い牙を持った森林の狩猟者は、通常十頭前後の群れを形成する。狙われたが最後、力なき者は食い尽くされる。

 その狩猟者に狙われていたサリヴァンは思考する。


(今は、姫様の安全を優先せねばならない!この老いた馬では追いつかれる。ならば!)


「ジル! 姫様を連れて早く行け! 騎士の務めを果たせ!」

「サリー! ジル、なりません!」


 アルトリアから制止の言葉が出るが、ジルはそれを無視する。ジルは、議論の余地も無ければ、するつもりもなかった。


「俺は姫様を守る、姫様の騎士! ならば、ここは……!」


 そう宣言し、サリヴァンは馬の背から飛び立つ。空中で体をひねり、後ろの三匹の狩狼に立ちふさがると、剣を抜き、構え、言った。


「俺が食い止める!」

「サリー!!」

「先に行く、死ぬなよ!」


 アルトリアとジルの乗った馬はすぐに走り去って行った。そして、サリヴァンは敵に向かい合う。狩狼は、後ろの二匹は速度を緩める中、先頭の一匹が突出しサリヴァンに近付いていく。


(強行突破するつもりか?舐められたものだよ。これでも王国最強の騎士団、最精鋭部隊の一員だった男だ。犬っころの一匹や二匹……!)


「敵じゃない!!」


 サリヴァンを飛び越えようと跳躍した狩狼は、恐ろしいほどの早さだった。森林の狩猟者の名前は伊達ではなく、これまで多くの旅人や、騎士が襲われたのだろう。

 それに対して、サリヴァンは正面から剣を振るった。


「グォ…………!?」


 一刀両断。鼻面から尻尾の先までを叩き切った。


「グゥゥルルルルルル!!」


 仲間を殺された残りの二匹が威嚇しながらもサリヴァンとの距離を計っていた。先程の一匹はサリヴァンには眼もくれず、動きも単調だった。

 しかし、この二頭は違った。獲物を見据え、冷静に距離を計っている。

 だが、サリヴァンは一歩も引かなかった。


(狩猟の基本は一撃必殺。最初の攻撃に失敗してこちらと向き合った時点で、貴様らの勝機は無くなった!)


「あとは、ジル。うまく逃げろよ」



 ジル・エンフィールドは焦っていた。

 主を逃がすために友を見捨ててきたというのに追いつめられていたからだ。


「くっ、まだいたのか……」


 サリヴァンと離れてすぐのところに、木々の開けた場所となっており湖があった。

 日の光が気持よく、小鳥の囀りの似合う美しいところであった。しかし、今は無粋な獣がその空気を汚していた。


「ジル、あきらめてはなりません」


 すでに、三頭の狩狼を切り捨てた二人であったが、馬を食い千切られ、逃げる手段を失っていた。いかにこの二人といえども、狩狼から背を向けて走り逃げ切るのは不可能であった。

 ならば、どうするか、答えは簡単だ。追うモノがいなければ逃げる必要はない。選択の余地はなかった。戦うしかなかった。

 先程、サリヴァンが残ったのはこうなるのを防ぐ為だった。狩狼は群れで狩をする。さっきの三匹が狩狼のすべてではなく、まだ隠れている奴がいると考えたのだ。

 だからこそ、サリヴァンは自ら囮になった。逃げるのが遅い獲物と早い獲物なら狙うのは前者だ。

 しかし、現実は違った。今、追い詰められているのはジルとアルトリアだった。


「姫様、狩狼は人間相手とは違います……。確実に仕留めてください」

「わかりました……」


 しかし、状況は悪かった。二人はすでに追い込まれ、あと一歩で水に浸かるところまで来ていた。

 敵は十匹、万事休すである。


「せめて、マスケットでもあれば違ってくるのですが……」


 ジルは心中で思うのだった。銃はいい、と。発する音と光は獣を威嚇するにはもってこいであった。そして、己を、味方を鼓舞する。

 ジルは、己が初めて銃を撃った時を思い出した。耳を貫く轟音。体を震わす反動。その時から彼女は銃の虜になっていた。


「ガルルルルルル……」


 狩狼が唸り声を出す。


「きます!」


 その直後、狩狼は動く。動いたのは二匹だ。左右に飛び跳ねながら距離を詰めてくる。強靭な四肢から繰り出される跳躍力は人間の比ではない。力も強く、組みつかれれば反撃の暇なくかみ殺される。


「近付かれる瞬間を狙う!」


 幸い、狩狼の皮膚は柔らかい。どこを切っても剣は通じる。しかし、その生命力は高い。一撃で致命傷を与えなければ、反撃を受ける。


(右、左、来た。ここだ。ここで斬る)


 ジルは、跳躍してきた狩狼の行く先から、己の身を外す。首が彼女を追跡するが、空中で行先は変えられない。すれ違いざま、右側に来た狼に剣を下から上に切り上げる。刃が狩狼の首と体を離す。


(まだだ、二匹目)


 一匹目の攻撃をかわした先には二匹目が飛びかかってきていた。

 するとジルは、切り上げて上段に来ていた剣を振り下ろす。右足を踏み出す。重心は前に。タイミングは完璧だった。


「これでぇぇぇえええ!!」


 狩狼の牙が、ジルに届くことはなかった。右上から振りかざした剣が、狩狼の顔を斜めに斬り裂く。


(まだだ。三匹目、今度は左から来る。仕方ない!)


 振り下ろし、両手に持った剣を左手に持つ。左に迫る狼に下段から投げる。

 剣は狩狼の口に吸い込まれ、狼を串刺しにする。

 しかし、得物が失われた。


(っく、四匹目。やるしかない)


 正面、二匹目の後ろから飛びかかってくるのは四匹目だ。腰の短剣を抜き逆手に持つ。

 狩狼がジルの目前に迫る。牙の一本一本を数えられる距離だ。

 ジルは狩狼の上顎と下顎を掴む。


「ガグググ!! グアアア!!」


 掴んだ瞬間、体を屈め、重心を下に落とす。飛びかかってきた狩狼の勢いを利用して振り上げ、後ろの水面に叩きつける。

 水深は浅いため、水底に叩きつけられる。ダメージは少ない。立ち上がる前に追い打ちをかける。


「くたばれ! ……ぐっ!? しまっ!!」


 逆手に持った短剣を振りかざす前に、飛んできた五匹目に背中から飛びかかられた。


(しまった。気を取られすぎた!)


「グルガガガ!!」


 そのまま組み伏せられ、水面に転がる。万事休すであった。短剣を突き刺そうとするが、腕をおさえこまれる。


「ジル! そんな! くっ……!」


 狩狼の口が大きく開かれ、涎が垂れる。


(やられる……こんなところで……!)


「サリー……!」


 もはやこれまで、と追い詰められたその時だった。


「やめろ!」


 一喝。

 狩狼の動きが、止まる。飼いならすことのできない狩猟者の動きが、止まった。ただの一言で。


「サリー……?」


 視界の先、二人の人影が見える。


(違う。サリーじゃない。誰だ?)


 ジルが組み敷かれ、今まさに食いつかれようとした時、二人の乱入者によって遮られた。

 二人組はマントを羽織り、顔をフードで隠している。


「サリー……?」


 ジルはそう呟くが、違うことはすぐに分かった。

 そして、もう一つおかしなことに気付いた。ジルは、狩狼の生態に詳しい訳ではなかったが、こんな凶暴な生き物が、言葉一つで従うはずがないのは明らかだった。


「おい、なぜやめさせた?」


 フードの一人が、もう一人に言っている。男の声だった。


「姫以外は殺せと命ぜられただろう?」

「黙れ、あの女は殺さない。殺すのは男だけだ」


 もう一人も男のようだ。こちらの男は腰に剣を提げている。ジルは考えた、この二人は誰か?と。


(まさか、追手か!?)


 考えられないことではない。今の口ぶりから考える限りそうなのだろう。


「第二王女アルトリア、一緒に来てもらおうか」


 剣を提げた男がそう言った。


「言うまでも無く、分かっていると思うが……。断ればどうなるだろうな?」


 男の脅しはアルトリアの予想のうちだった。


「姫様! なりません! 自分に構わずお逃げ下さい!」

「黙っていろ、ジル!」


 男がジルの名を口にした。

 アルトリアとジルはそれに違和感を覚える。


「わたしを知っているのか?」


 ジルのその言葉に、男は口元を歪ませながら答える。


「よーく、知っているさ。お前も、あいつも」


 その口ぶりに、ジルは眼を見開き、あり得ないといった表情をする。


「いや、まさか……そんなはず……」


 男は、ジルに向かってゆっくりと歩を進めながら言う。


「その、まさかだとしたら?」

「おい、いい加減にしろ!」


 とうとう痺れを切らしたのか、もう一人の男が駆け寄ってきた。


「さっさとそいつを殺して姫を連れていくぞ!」

「黙れ! 俺様の邪魔をするな!」


 腰に剣を提げた方の男は、制止してきた手を振りほどいた。


「貴様ぁ! 貴様がこうしてここにいられるのは、我らのおかげであるのを忘れたのか!?」

「分かっているさ!あんたら教団のおかげだってな!」


 アルトリアは、男の言葉の中に、引っかかるものがあるのを感じた。


(教団……何かの組織の名前?)


「貴様……! もういい、やれ!狩狼!」


 とうとう、制止を無視して男が指示を飛ばした。


「ジル!!」

「グルゥゥゥア―――――ッ!?」


 狩狼がジルに噛みつこうとしたその瞬間、森の中、木々の狭間から短剣が二本飛んできた。

 その二本は狩狼の頭と喉元に命中し、狩狼は倒れる。

 唐突に起きたそれに、誰よりも早く反応したのは剣を提げた男だった。


「来たか! サリヴァン・カルヴァートォォォ!!」

「うおぉぉぉおおお!!」


 短剣が飛んできた方向から、サリヴァンが剣を構え駆けてくる。サリヴァンの服は、所々破れており、その顔には真新しい切り傷があった。

 サリヴァンは、一直線に剣を持った方の男に斬りかかる。が、男の剣に受け止められる。


「あの狩狼を突破してきたか! なんて奴だ!」


 もう一人の男が驚きの声を上げる。

 そう、サリヴァンは三匹の狩狼を斬り伏せた後、すぐにアルトリアたちを追いかけた。

 しかし、行く道には十匹近い狩狼が立ちふさがって来た。

 そのとき確信した。これは、狩狼のやり方じゃないと。誰かが裏で操っていると。

 サリヴァンは、なんとか狩狼を突破し追いついたが、ギリギリであった。


「当たり前だ! あれくらい突破してもらわないとな! こいつは俺が殺すんだから!」


 その口ぶりに、サリヴァンは己を知る敵であることが分かった。


「邪魔するんじゃねぇぞ!」


 剣を持った男が、もう一人に言った。


「ならば、わたしはこの女騎士を!」


 もう一人の男は、服の袖から取り出した短剣を持つと、ジルに飛び掛かった。


「させません!」


 すかさず、アルトリアがジルと男の間に入る。その隙に、ジルも立ち上がり残った狩狼に立ち向かう。


「ハハハ! 死ねぇぇぇえええ!!」


 一方、サリヴァンと競り合いをしていた男が力を込めてくる。負けじとサリヴァンも対抗する。

 その時、サリヴァンは男の剣に見覚えがあることに気付いた。


「せぁぁあああ!!」


 男はさらに力を入れ、サリヴァンを押し込む。

 それに対してサリヴァンは、力を流し、距離を取ることを狙う。バックステップで離れようとするも、男は食いついてくる。


「逃がすかぁ!」


 一歩二歩三歩、と下がったと頃で跳躍する。

 しかし、動きを読まれたのか男も同時に続く。


「こいつ!」

「お前の動きは知っている!」


 再び、競り合いになる。だが、男の力に押されてしまう。男の力は異常であった。あたかも、化け物かのように。


「どうした? そんなものか!?」


 再び、男の剣が眼前に迫る。

 その時、サリヴァンの脳裏に、友と過ごした時の光景が蘇ってきた。


『やるな、サリー!』

『お前こそ!』


 学校の中庭で、一緒に剣の稽古をした時。


『その剣、どうしたんだ?』

『卒業祝いだって。家宝なんだ、俺に任せるって!』


 卒業の時、親から譲り受けた剣を見せてもらった時。


 その剣の名は“ガラティーン”。

 そして、持ち主はサリヴァンのかつての友。


「ジェラルド……! 生きていたのか!!」


 サリヴァンがその名を口にする。かつて、共に時を過ごし、競い合い、そして


「やっと気づいたか!そうだよ、俺は……俺様の名は」


 己が殺した男。


「ジェラルド・マルヴィナ・テオボルト・ガウェイン・ブレイスフォード! 地獄から帰って来たぜ! おまえを殺しに!」



 一方そのころ。首都ロンデニオン王城、城門前にて。

 ロンデニオンに住む民衆たちが、城門前の広場に集められていた。重大発表があるという触れ込みであった。

 その民衆の中には、“眠れる獅子亭”店主ヴァレンシュタインの姿があった。


「すげぇ人だな。町中の人間が集められているだけはあるな」


 ヴァレンシュタインは集められた人の数に、感嘆のため息を吐く。


「静まれい! 第三王子殿下から、諸君に発表がある!」


 響き渡るほどの声に集められたすべての人々は口をつぐむ。


「わたしは、アルビオン王国第三王子モルドレッド・モルゴース・ジェームズ・ルキウス・カストゥス・オブ・アルビオンである。王国臣民たちよ、わたしは諸君に知らせなければならないことがある。わが父、ジェームズ王が第一王子ヘンリーの手にかかり身罷られた!」


 その瞬間、国民に衝撃が走った。


「何だって? 国王陛下が!?」

「こんなときに陛下が……」

「この国はどうなってしまうんだ?」


 王国内で内乱が発生しているのは周知のこと、その状況にて王が死んだという知らせは、民衆に動揺を与えた。


「第一王子ヘンリーは、わたしが密かに見張らせていた騎士によって誅殺した! また、第二王女アルトリアが副騎士団長オーガスタスを殺し、現在逃亡中である! 我々は、第二王女アルトリアが何らかの事情を知っているものとみて、現在捜索中である!」


 またも、衝撃的な発表に民衆は混乱する。アルトリア姫はその容姿や、時々街へ出向き民の声を聞く活動を行っているため民衆から人気がある。


「現在、王国で発生している内乱、そして今回の暗殺事件! この二つには何者かの陰謀の可能性がある。わたしは、反乱軍と一時休戦し真の敵を、倒すべき敵を見極め、討つ! そのためにわたしは……」


 ヴァレンシュタインは、モルドレッドの言を信用していなかった。

 この状況で一番怪しいのは反乱軍であるのに、なぜそれと休戦するのか。そんなことはみんな判り切ったことであった。

 しかし、モルドレッドは続ける。モルドレッドは、信じてもらうつもりなど始めからなかった。


「アルビオン王国の新王として即位することを、ここに宣言する!」


 ただ、そうするための表向きの理由が欲しかっただけなのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ