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第五話 若騎士の過去

 王都ロンデニオンを離れたサリヴァンたちは、脱出の際に奪った馬に跨り、夜の林に入っていた。

 サリヴァンが先頭を走り、ジルの馬がその後ろを進んでいた。アルトリアはジルの馬に相乗りしていた。


「ここまでくれば、一先ずは安心でしょう。今日は、ここで夜を明かしましょう」


 サリヴァンは馬をとめ、背から飛び降りながら後ろについてきていた二人に話しかける。

 奪えた馬は痩せて年老いた馬だった。これでは長距離を長い時間走るのは無理だった。これからも適度な休憩が必要になるだろう。


「こんな薄気味悪いところで夜を明かすのですか?」


アルトリアは周囲を見渡すと、怪訝そうな表情をして言った。

 周囲は薄気味悪く、唯一の光の月明かりは木々に阻まれて十分には届いていない。


「夜の闇が我らを隠してくれます。さぁ、座ってください。まずは、なにか食べましょう」


 適当な大きさの石や丸太を転がし、腰かけにする。アルトリアは石を手で払ってから座った。ジルもそれに続く。

 サリヴァンは背中から降ろした背嚢から、食料を取りだした。固焼きパン、干し肉、チーズなどだ。パンを一つずつ配りチーズをちぎり手渡す。粗悪な肉を使ったであろう干し肉は固いので、ナイフで小さく削っていく。


「どうぞ、殿下」

「ありがとう」


 一瞬、嬉しそうな顔を見せたものの。手渡されたパンの固さに気が付き笑みはすぐに消えた。


「ジル」

「すまない」


 対してジルは、そういうものだとわかっているためか、さして反応はない。

 それを見たアルトリアは不思議そうな顔をして言った。


「我が騎士よ」

「何でしょうか?」


 アルトリアがパンを指差す。


「このパンがこんなに固いのは、お金がなくて安いものしか買えなかったからですか?それとも売れ残りを仕方なく買ったのですか?」


 サリヴァンは吹き出しそうになる。アルトリアが、かつての己ととまったく同じことを言っていたためだ。王族であるアルトリアが、固焼きパンというものを知らないのも無理はない。


「どちらも違いますよ殿下。自分はあえてそのパンを買いました」

「なぜ、このような固いパンを?」


 純粋な疑問だろう。

 わからぬことを知ろうとする。その為には、たとえ恥だろうと誰かに質問するのがよい。


「水気のないパンは日持ちするんですよ。旅に出るときは腐りにくい食べ物が重要なのです」

「なるほど。だから、固いパンと干し肉、チーズなのですね」

「その通りです」


 ジルが笑いを噛み締めながら二人のやり取りを観察している。

 それを見てサリヴァンは思った。


(ジル、お前も同じことを言っていたのを俺は覚えているぞ)

「さぁ、いただきましょう」


 夕餉から時間はかなりたって空腹を覚えていた三人は、一斉にパンにかぶり付く。

 しかし、予想以上に固かった。


「固いですね……」

「固いパンは、水に浸したり、湯で炊いて粥にしたりするんですがね」


 アルトリアが信じられないようなモノを見る眼でサリヴァンを見る。


「私をからかっているのですか?」


 眼を細め、ふくれっ面で言ってくるその姿は、年相応の可愛らしさが出ていた。


「滅相もない。事実ですよ」

「なら、これを炊いて粥にしましょう」

「残念ながら、鍋がありません」


 残念そうな顔でサリヴァンを見ても、鍋が出てくるはずもなかった。


「ならせめて、火であぶれば多少はマシに」

「これだけ明るい夜ですと、煙で敵に見つかるでしょうな」


 今度は恨めしそうに睨みつける。


「仕方ありませんね……はぐっ!」


 観念したのか、アルトリアはパンにかぶりついた。


「……ぅ……ケホッケホッ!……み、水を!」


 何とか噛み切ったパンを咀嚼していたアルトリアだったが、どうやら喉に引っかかったようだ。


「ジル、革袋を!」

「わかった」


 ジルの背嚢から葡萄酒の入った革袋が取りだされ、サリヴァンに投げ渡される。


「さ、殿下こちらを」

「んぐ……んぐ……!?」


 葡萄酒を口に含んだ瞬間、アルトリアが眼を見開いた。安く粗悪な葡萄酒に驚いたのだった。アルトリアが普段口にしているような上等な葡萄酒とは暮部ものになるはずもない。どろどろの葡萄酒で、何とかパンを流し込んだアルトリアが苦しそうに呟いた。


「この葡萄酒……腐ってませんか?」

「「くくく……ふふ……」」


 その言葉に、サリヴァンとジルガとうとう笑いを抑えきれず、漏れ出てしまう。


「私をからかってますね!」

「「あっはっはっはっははははは!!」」


 アルトリアの言葉がとどめとなり、二人はとうとう口に出してしまう。


「もう、知りません!」

「くふふ……申し訳ありません、殿下……昔の自分を見ているようで……つい」

「まったく。信じられません!それが主に対する態度ですか!不敬です!」


 アルトリアの新たな一面を垣間見ながら、楽しく食事を終えた三人は、今後について相談するのだった。


「これから、どこを目指すのです?」


 まず第一に出たのはこの質問だった。これは、今後の王国の行く末さえも左右することになる。

 それについて、サリヴァンは思案する。

 裏切った王室親衛騎士団の話では、国王の暗殺を企てていた。国王は現在、反乱軍討伐に出ており城を離れている。そして、その護衛には騎士団長アンドレア・バントックが付いていた。


(あの人ならば確実に陛下を葬るだろう)


 もはや、国王の死亡はほぼ確実だとサリヴァンは結論をだす。


(陛下が死んだと仮定して考えてみよう)


 その場合、王室派勢力は次の旗印を据える必要があった。王位継承権の順番に人物を並べると、候補は次の通りとなる。

一位.第一王子。

二位.第一王女。

三位.第二王子。

四位.第三王子。

五位.第二王女。

となる。

 ここで、第一王子殿下は陛下と行動を共にしていたので、おそらく捕まったか、殺されているとする。第二王女であるアルトリアを除く三人の王族も、仮に脱出が叶わず捕まっていたのだとしたら、アルトリアこそが最後の希望になる。


(何としてでも姫様は守り切れねばならない。)


 となれば、王室派貴族の誰かの手を借りるのが上策だ。

地方の、国王に代わる代官である貴族には徴兵権があり、自身の軍隊を持っているからだ。

 しかし、現在王室派は旗色が悪く、裏切りが相次いでいた。この状況の中で、敵と味方を見極め、誰の所に逃げ込むかを決めねばならない。


(情報が圧倒的に不足している)


 今現在、誰が敵で、誰が味方かも分からない。

 しかし、サリヴァンには一つだけ絶対に大丈夫だと確信できるところがあった。


「向かうところは決まっています。カルヴァート公爵領へいきます」


 カルヴァート家はサリヴァンの実家である。現当主、エレイン・カルヴァートは王家を裏切るような恥知らずではないと信じていた。


(もし、仮に裏切っていたら、俺が粛清して当主を継ぐだけのこと)


「お前の実家か……確かに、それなら信頼できる。ここからもそれほどは離れていない」

「カルヴァート家は王室の遠縁。これ以上のところはないでしょう」


 これで目的地は決まったが、問題はそこまで無事にたどり着けるかになる。首都ロンデニオンから追手はすぐに来るだろう。サリヴァン達の乗っている駄馬などよりも、早い馬を用意出来るはず。翼竜ワイバーンだって使える者もいるだろう。


(街道をそのまま進んでいくのは命取りか)


「まずは、西へ。エルフ自治領の境にある妖精の森へ。深い森は空からの追手から、我らを隠してくれます。また、エルフ領付近ならば、大規模な部隊は近付いてこないかと」


 同時に、必要以上にエルフ領に近付くのも得策ではないとサリヴァンは考えた。


「森を通るということは遠回りになります。食糧はすぐに底を尽きるでしょう……」

「仕方ありません。いざというときは、木の根をかじり、泥水をすするまでです。」


 先程まで固焼きパンに苦戦して、安物の葡萄酒で吹き出しそうになった者の台詞とは思えない頼もしさだった。


「では、今日はもう休みましょう。と、言いたいところですが」


 サリヴァンの言葉に、アルトリアが少し強張った。


「城から脱出する際、我らを攻撃した黒い魔法士メイジ。あれが何者なのか殿下はご存知なのでは?」


 サリヴァンがそういうと、ジルもアルトリアに顔を向ける。

 二人ともずっと気になっていたことだった。あんな魔法は知らない。それを使っているのが一体誰なのか?と


「そうですね、あなたたちには話しておきましょう。あの魔法と、その使用者について」


 そう言って、アルトリアは空を見上げる。


「最初は、今回の企ては第二王子リチャードの企てではないかと考えていました」


 リチャード・オブ・アルビオン。アルビオン王家第二王子であり、第二夫人の子である。野心家と言われ武勇に優れる第一王子を敵視しており、自身は魔法術に長けている。陰湿な性格であり、自身の敵となるものには容赦なく、マスケット等の非魔法兵器に関心を寄せるアルトリアを目の敵にしていた。


(あまり、良い噂を聞くことはないがなかなか頭が切れるらしいな。国王陛下相手にチェスで全勝しているとか)


 そのような人物のためか、サリヴァンはアルトリアが第二王子の名前を出したことに対して疑問を持たなかった。


「しかし、真相は違いました。私たちの翼竜を打ち抜いたのはその弟。第三王子モルドレッドです」


 第三王子モルドレッド・モルゴース・ジェームズ・ルキウス・カストゥス・オブ・アルビオン。第二王子リチャードの実の弟ではあるが、その性格は非常に温厚な人物であり、同時に何かに長けているよう能力もなく、凡庸な人物であるとサリヴァンは記憶していた。


(一度拝見した時の印象では、気弱なお坊ちゃんと言ったところか。不敬だが。だが、姫様に接する態度は非常に冷たいのは確かである。しかし、あの方が……)


 リチャードとは違い、モルドレッドの名が出たことには疑問を禁じ得ないサリヴァンであった。


「それは、真ですか?何かの見間違いでは?」


 ジルもまた、サリヴァンと同様であったのか、アルトリアに確認をする。


「間違いありません。あの意匠の外套、背格好、兄上に間違いありません。そして、あの魔法。以前兄上が見ていた魔術書に載っているのを見た事があります。あれは、闇の魔法の類です」


 闇の魔法。

 そもそも、魔法とは使用者が、自身の持つ魔法力を使って自然の理に干渉、またはその力を発生させる術である。使用するには一定の魔法力と、それを制御する力、干渉する際の触媒が必要となる。自然の理を使う魔法は、戦争において非常に有効な攻撃方法である。

 魔法の精度には、自身の修練によって向上することのできる限界と、先天的な才能によって決められた限界があるといわれている。魔法には向き、不向きがあり、すべての人間が戦争で使用できる領域に到達できる訳ではないのが欠点である。また、修練にも長い期間が必要であり、育成が難しいのも短所である。

 その中で、闇の魔法とは、自然の理に干渉するどころか、それを捻じ曲げ歪める術だと言われている。また、闇の魔法には代償が必要であるとも言われており、禁忌の術として国際的にも忌避されていた。王国では、研究の対象とすることも厳禁であり、詳しいことはよく知られていない。


「あの第三王子殿下が、そのような魔法を……。しかし、翼竜を一撃で打ち抜くあの威力を見せられると……」

「私も信じられません。虫も殺さぬ兄上がこのような愚かなことを……。ともかく、今は無事に逃げ切り、情報を集めることが先決でしょう……」


 しばしの沈黙が訪れる。


「ふぁ……」


 それを破ったのはアルトリアの欠伸であった。


「もうお休み下さい。今日はいろいろありましたからお疲れでしょう。ジル、ローブを」

「どうぞ、殿下」


 ジルからローブを受け取ったアルトリアは、それに包まると横になった。


「先に休みます。あなたたちもすぐに休みなさい…………すぅ……すぅ……」


 アルトリアは横になると、すぐに寝息を立て始めた。


「やはり、疲れていたのだろう」


 そういって、ジルはアルトリアの髪に触れ、撫で始める。


「無理もない。あれだけいろいろあったのだからな。お前も疲れているだろう。先に休め、交替のときに起こす」

「お前こそ先に休め。わたしは大丈夫だ」


 すると、ジルは革袋の葡萄酒を少し飲むと立ち上がり、ローブをサリヴァンに投げ渡した。


「すまん。では、先に休む」


 天幕もない野宿であったが、疲労のたまっていたサリヴァンはすぐに寝入った。



 数時間後。仮眠をとった二人がアルトリアを起こした。

 二人が交代で寝ずの番をしていたのを知ったアルトリアは、なぜ自分に教えてくれなかったのか!?騎士に働かせて、自分だけ悠々と眠ることなど出来ない!と怒ったが、二人は毅然とした態度で諭した。

 いざというときは、アルトリア一人で逃げねばならないことを。その時のため体力は残しておく必要があることを。

 その後、まだ夜も明けきらぬうちに三人は出発した。この日は、追手に見つかることも無く進む事が出来た。日も沈みきったところでひとまずの寝床を決め食事を取るのだった。


 その席で、話題は騎士学校の話になっていた。


「王立騎士学校は、かつてアルビオン初代国王ルキウス陛下に仕えた騎士の一人が開いたといわれています」


 アルトリアが、二人のことを知りたいと言ったのがきっかけとなり説明することになったのだった。


「王国十二騎士のことですね」


 アルビオン王国には十二騎士物語というものがある。広く知られた冒険譚であり、貴族の子供たちはその物語を読んで騎士を志す事が多い。そういうサリヴァンもその一人に該当する。長い歴史の中で、名前も忘れ去られた騎士たちだが、王国に尽くしたその意志は今も受け継がれてきていた。


「そうです。俺が入学した時はまだ十歳でした。そのとき、俺は二人の友を得ました。」


 今この場にいるジルがその一人だった。


「俺たち三人は良いライバルでした。常に三人で成績を競いあい、互いを高めあったのです」

「わたしは、射撃術と弓術以外でサリーに勝ったことは一度もありませんでしたがね」


 自嘲気味につぶやくジルだった。


「そんな俺でも、一度も勝てなかった相手がいますがね」

「それに、サリーは女性からとてもモテたんですよ。騎士学校に奉公に来ていた侍女や、女学生。はては、同じ街の魔法学校の生徒まで」

「そうなのですか?」

「そうです!」


 二人とも非常に楽しそうに話している。

 それを見て、サリヴァンは思った。


(なぜ、女というのは恋愛がらみの話が好きなのだろう?)


「ただ、すべて振っていたようですがね」

「なんと!我が騎士よ。あなたは……男色なのですか?」

「殿下!そんな言葉どこで覚えたのですか!?」


 アルトリアから意外な言葉が出てきたため、サリヴァンは驚きの言葉を上げる。


「ふふふ、冗談です。それと、その堅苦しい言い方は、殿下はやめなさい」

「はっ!殿下、いえ、姫様!ならば、自分のことはサリーと、親しいものは皆そう呼びます」

「良いでしょう、サリー。なんだか、女性の名前みたいですね」


 サリヴァンは痛いところを突かれた。


「恐縮です」


 以前、それで一悶着あったのだが、それは今は関係ない。


「騎士学校を卒業する時、我ら三人に王室親衛騎士団ロイヤルガードから誘いがありました。騎士候補生として入団しないかと」


 そこまで語ったところでジルから制止が入った。

 ここから先を話すのは、サリヴァンには辛いものがあった。だが、知っておいてもらったほうがいいとも思っていたため、それを察したジルが代わりを買って出たのだろう。


「わたしたち三人は大いに喜びしました。とくにここにいない三人目、ジェラルド・ブレイスフォードが得にです」


 その名を聞いた時、楽しそうに話を聞いていたアルトリアの笑顔が消えさった。


「ジェラルドは、騎士学校創設以来、最高の生徒と言われていました。騎士学校を首席で卒業した彼は、騎士団も大いに期待していました。そもそも、わたしとサリーは彼の引き立て役で入団したという意味合いが強いでしょう。ジェラルドに競い合う相手を用意して、さらに成長させようとしたのです。しかし、現実は違った」


 そこまでいってジルは葡萄酒で喉を潤す。


「型にはまった騎士学校の授業と違い、騎士団の訓練と実戦は別物でした。ジェラルドは、まったく戦果をあげることが出来ず、逆に引き立て役だったサリーは、実戦で次々と手柄を立てて、とうとう聖騎士隊パラディン・グングニールの末席に加えられることになりました。そして、あの事件が起きたのです」


 ジェラルド・ブレイスフォードが他国のテロ組織とつながり、反乱計画を企てていたのだ。その計画を事前に察知した聖騎士隊が、組織鎮圧のために出動した。サリヴァンはジェラルドと親友であるため作戦から外されたが、彼はそれを無視して現場に向かった。

 サリヴァンは確かめたかったのだ。信じたくなかったのだ、ジェラルドがそんなことをするはずないと。

 しかし、サリヴァンはジェラルドを止められず、しかも殺さずに確保せよと命令が出ていたのに彼を殺してしまう。結果、命令違反により処分されるところを、アルトリアが自身の親衛隊に左遷させるように動いてくれたのだった。


「そして、現在に至るわけですね」

「そういうことです」


 その後、気分もすっかり沈んでしまったこともあり、三人は会話を切り上げた。長めの休息の後、真夜中のうちに出発し、昼頃には妖精の森まで来ていた。そこから先は、森ということもあり時間がかかった。

 そして、三人は森の中で敵と遭遇したのだった。



 時は少し戻り、三人がロンデニオンから脱出した後の王城内。

 第三王子モルドレッドは城内の一室に部下を集めていた。相変わらず、椅子に腰かけたまま両足を机の上で組んでいる。


「グロリアーナ。もう一度言ってくれないか?今、なんと言った?」


 第三王子親衛隊隊長グロリアーナ・ブラックソーンは狼狽していた。

 若くして、親衛隊隊長まで登りつめた彼女は優秀だった。男性隊員からも女性隊員からも憧れの眼差しを向けられるほどの美貌の持ち主でもあり、実力に裏打ちされた確かな自信を持つ騎士だった。

 しかし、第三王子モルドレッドの前では、恐怖に怯えるしかできなかった。それは、部屋に集まっている他の騎士も同じである。


「は……はい!殿下!実は……」

「違うな、間違っているよグロリアーナ。次は無い」


 部屋中を恐怖が支配する。歴戦の騎士が、全員恐怖に顔を歪める。


「はい陛下……!申し訳ありません!」


 そう、陛下と。モルドレッドは自分をそう呼ばせている。

 もう、ジェームズ王はこの世に居なかった。


「落ちた翼竜の近くを捜索しましたが、第二王女の姿はありませんでした……おそらく、逃走したのかと……。北門で門番が縛り付けられているのを発見しました」


 報告を聞いたモルドレッドは手に持った杖をグロリアーナ卿に突きつける。


「ひっ……お許し下さい陛下!……どうか、お慈悲を……」


 ミスリルメイルの女騎士は、怯え懇願する。


「何を勘違いしている、グロリアーナ?我が騎士よ。僕は君に褒美を与えようとしているのだよ」


 きょとんとした表情でモルドレッドを見る。その姿に、普段の颯爽とした様は見られない。


「よく知らせてくれた、我が騎士よ。優秀な君のことだ、すでに追手は手配しているのだろう?」

「もちろんです!陛下!もちろんです!」


 全員が安堵の表情を見せる。まるで、高価な美術品に触れるかのように慎重だった。


「よくやった、グロリアーナ。アルトリアを逃がしたのはオーガスタスの失敗だ。君はそれを取り戻そうとよくやっている。諸君も、よくやっている。たとえ、城内の制圧にとまどって、他の王族を逃がしそうになり、追撃隊の編成が遅れたとしても、諸君はよくやっているよ」


 再び室内の全員に戦慄が走った。

 ある者は、体中の水分が出ているのではないかというほどの汗を流し、ある者は血がすべて抜け出たのではないかと思うほど顔を青くしている。


「奴らはカルヴァート領に向かうだろう。妖精の森で、教団の使いとスケアクロウが探し物をしていたはずだ。あの者らに連絡を」

「はい、陛下!すぐに!」


 モルドレッドは椅子から音を立てて立ち上がるとこう言った。


「僕は諸君を。諸君の忠義を信頼している。僕の信頼を裏切らないでくれ、以上だ」

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