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第四話 伝説との邂逅

 翼竜から投げ出されたサリヴァンは、地上に向け落下する最中。彼の脳裏には昔の思い出が巡っていた。走馬灯というやつだ。

 幼き日、両親と過ごした屋敷の事。生まれたばかりの妹を初めて見たとき。騎士学校に入学し、友と出会った時のこと。卒業後、王室親衛騎士団に入団したこと。聖騎士隊パラディン・グングニールでの出来事。忌々しい事件。

 そして、最後に見たのは。


(誰だ?)


 それは、美しい少女の姿だった。新緑の森の中、木々の開けた場所の綺麗な湖に、その少女は立っていた。湖面に反射した日の光が、少女の黄金色の髪を照らしている。一本一本が上等なシルクのように輝きを放ち、腰まで伸びた長い髪に服の袖から見せる白い肌が美しい。


(綺麗だ)


率直な感想である。

 サリヴァンがその少女に声をかけようとしたその時、彼の視界が暗転する。


「サリー!サリー!」


 自信を呼ぶ声が耳に入り、サリヴァンの意識は現実に戻る。


「俺は……」


 翼竜から放り出された彼は、奇跡的にも生きていたのだ。


「何を呆けている!逃げるぞ!」

「私の魔法で、落下の衝撃を緩めました!行きましょう!」


 アルトリアの言葉を聞き、ようやく朦朧としていた感覚が戻ってくる。

 そう、地面にぶつかろうとしていたとき、アルトリアは魔法を使い上昇気流を起こし、落下速度を緩めていたのだった。


(触媒なしであの力……このお方は天才か)


 そう思いつつ、サリヴァンは指示を出した。


「大通りへ!北門から市外へ出ます」


 王都ロンデニオンは、王城を中心に城下町が広がっており、その城下町を囲むように市壁が築かれている、所謂城塞都市であった。市壁の外には、堀があり跳ね橋または、石橋を使って外部と行き来するのだった。町に入るには、入門税を支払う必要があり、商人や旅人、市民に関係なくその荷は検められる。

 王都であるロンデニオンでは当然ながら、テロには警戒しなければならない。

城門を簡単に行き来できるのは、身分の保障された人間のみであった。たとえば、羊飼い、兵士、王室関係者等である。

 普段ならばこの堅牢な守りに安心できるところではあるが、現状では少々厄介であった。

 現在は夜も更けており、門は固く閉じられていた。仮に、門番たちが反乱に加担してないにしたとして、流石に返り血に塗れた第二王女を引き連れた騎士二人をすんなり通してくれるはずもなかった。


「ジル、姫様を頼む!」

「どこへ行く気だ!?」

「食料の確保だ!」


 何をするにしても、腹が減っては何も出来ないのは明らかである。

 これから、どこへ行くにしてもしばらく旅になるだろうと予測したサリヴァンは、その支度をする必要があると考えたのだった。



 ロンデニオンの大通りに面した一軒の酒場があった。“眠れる獅子亭”という名のその酒場は、元傭兵の主人が怪我を境に引退し開いた店である。四階建ての建物で、二階より上では木賃宿になっていた。木賃宿とは、燃料代程度もしくは相応の宿賃で宿泊できる安宿のことである。

 基本、食事は持ち込んだ食材を金を払い料理してもらうのが木賃宿の原則である。しかし“眠れる獅子亭”では、一階が深夜まで営業している酒場となっており、この安宿に泊まる宿泊客は基本的にそこで食事を行う。傭兵上がりの親父の豪快な料理は、食べ応え抜群でしかも安いということで、街の住人からも好評であった。


「ぎゃははははは!!」

「酒を~かっ食らい~!!肉に~嚙り付く~!いよっと!」


 本日もまた、夜もふけっているというのに、街の男たちが集まり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎであった。

 中には、昔の傭兵仲間と思われる厳つい男たちの姿もあった。騒がしい他の客たちに眉をひそめつつも、静かに酒を飲んでいる。荒くれ者の山賊崩れの多い傭兵たちにとって珍しい姿ではあったが、それには理由がある。

 この店の親父は、傭兵時代“荒獅子”の異名を取るほどの猛者であった。その彼が眼を光らせている限り、この店では揉め事は起きることはない。

 今夜もまた、騒々しくも陽気な空気が、酒場を包んでいた。

 そんな酒場に、一人の珍客が飛び込んできた。サリヴァン・カルヴァートである。


「ん……?」


主人は、長年戦場で培ってきた観察眼をもってサリヴァンを見た。


(見ない顔だな。歳は二十三、四といったところか。体つきも悪くない、よく鍛えられている。だが、これは……)


 酒場では、突然の客の来店により、水を打ったかのように静かになっていた。無理もない、返り血のついた騎士が乱入してきたのだから。


「……何か?」


 主人は、いつもと変わらぬ調子でサリヴァンに尋ねた。その視線は、サリヴァンの値踏みを続けている。


(栗色の髪に金色の瞳。顔立ちも悪くない。娘がこの前連れてきたどこの馬の骨とも知れないボンクラに比べればトカゲとドラゴン位の差がある。ところどころ傷のある顔だが、おそらく激戦を生き抜いてきた証なのだろう。なかなか見どころのある若者だ。それに、この軍服の意匠は王室親衛騎士団ロイヤルガードのもの。王国最強の騎士団所属とは、なかなかのエリートと言える)


 そんなことを考えている主人に対し、サリヴァンは言った。


「行き成りで済まないが、食料を売ってくれ。日持ちをするものを三人分、なるべく多めに頼む」


 いきなりの言葉に、主人は面食らっていた。この店は酒場であって、商店ではないのだから当然であった。


「それから、葡萄酒も。革袋も持ってないから売ってくれ。それから、大きめの背嚢と、ローブを三着頼む」


 いよいよ、食い物関連ですらなかった。


「おい、兄ちゃん!あんまりふざけてんじゃねぇぞ!」


 それを見ていた傭兵の一人が、騎士に食ってかかる。普段ならば、親父を恐れて黙っているところであったが、酒も入り機が高揚しているのもあり飛び出てきていたのだった。


「すまない、馬鹿なことを言っていると思うがこちらも緊急なんだ。金なら払う」


 そう言って、サリヴァンは懐から金貨を二枚取りだした。先ほど要求したものすべてを含めても、余裕でお釣りが出る金額だった。

 また、このような酒場で金貨がでるなど滅多にないことである。街の住人たちも金貨を使った買い物など、そうそうあることではない。

 そんな金貨を、こうも簡単にしかも二枚放り出したサリヴァンの行動は、彼らを必要以上に刺激した。そもそも、こんな安宿に騎士が入ってくるなど、冷やかし以外の何に見えようか?客たちは次々立ち上がり、サリヴァンを罵倒した。


「なんだその態度は!騎士がそんなに偉いか!」

「金貨なんか見せびらかしやがって!俺たちを見下してんのか!?」


 酒が入っていることもあり、彼らも興奮していた。


「帰れ!」

「そうだ!帰れ!」


 次々とヤジが飛びだし、ついには食器を投げる客が出だした。見かねた親父がやめさそうとすると、それより早くサリヴァンが一喝した。


「黙れ」


 ただ一言、そういっただけで店内は静まり返る。

 親父や、一部の傭兵たちは感じ取っていた。騎士の発する殺気を。強い感情は、それを発する者の魔法力により、空間の魔法力に干渉することがある。戦場に出るための訓練をしたことがあるものは、この気を感じ取る術を身につける者が多い。

 親父たちは感じたのだ。騎士の気の強さ、魔法力の大きさを。それを感じた主人は、サリヴァンに言った。


「若いの。しばし待て」


 すると、主人はサリヴァンの注文にあったものを素早く取りそろえた。


「これでいいか?」

「すまない。助かる」


 カウンターに出された品を見て、サリヴァンは礼を言った。


「なかなかやるなお前。気に入ったよ」


 滅多に笑みを見せることのない主人の顔が綻んだ。


「そちらこそ。名のある戦士であったとお見受けする」


 こいつ、この街でこの親父を知らないとは。といった雰囲気が客の間に漂う。


「はっはっは!ヴァレンシュタインだ!ちょっとは名の知れた傭兵だったんだが、知らんか?」


 かつて、神聖ヴァイマル帝国で大きな戦争があった。帝国とそれに反発した周辺国が争った戦争は三十年ほど散発的な武力衝突が続いた。その戦争では多くの傭兵が徴用され戦っていた。

 そんな中、一人の優秀な傭兵隊長がいた。地方の小貴族出身の彼は、時のヴァイマル帝国皇帝に気に入られ、多くの傭兵たちを率いて戦果をあげていった。一時は十万人近い傭兵を率いた事もあったという。剣を握れば“荒獅子”、指揮棒を取れば“傭兵王”とまで言われた男である。

 その名はアルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタイン。今は、小汚い宿屋の店主である。


「なんと。あの傭兵王かこれは失礼しました。まさか、こんな小さな店を経営しているとは思いませんでしたよ」


 サリヴァンの言葉に周囲が戦慄する中、ヴァレンシュタインは一人大笑いしていた。


「うわっはっはっはっは!はっきりとモノを言うやつだ!ますます気に入ったぞ!小僧!名前は?」

「サリヴァン・カルヴァートです」

「いい名だな!急いでいるんだろう?ひきとめて悪かったな」


 そのやり取りを、周囲の客たちは不思議そうに見ていた。


「またこんどゆっくり店に来てくれ!娘を紹介する!」

「「「なんだとぉ!!」」」


 ヴァレンシュタインのその発言に、黙っていた客たちが叫んだ。


「おやっさん!まさか!」

「二度と来るんじゃねぇ!」

「殺すぞこら!」


 罵詈雑言をあびせられ、サリヴァンは思案する。


(この反応から察するに、よほどの器量良しか)


 受け取った荷物を持ち、サリヴァンは店を飛び出していった。その姿を見送った後、ヴァレンシュタインはカウンターに置かれた金貨を手に取る。


「この前のボンクラと違い。あれなら娘に相応しい……」


 そう呟き、金貨をカウンターの上でクルクル回した。



 なんとか旅装を整えることができたサリヴァン達であったが、越えるべき壁が残っている。

 文字通りの壁が。


「どうした?なんだか楽しそうだが?」


 門付近で、合流した二人は、少し浮かれていたサリヴァンをいぶかしんでいた。


「いや、ちょっと。伝説に出会ってな」

「伝説とは、なんですか?」

「なんでもありません姫様」


 気を引き締めて、サリヴァンは門に目をやった。

(さて、どうしたものか。門は固く閉ざされており、通るのは不可能だ。こじ開けるなど無理である。ならば、兵士の使用する小さな通用門を利用するしかない。しかし、そこは詰所の中から鍵を盗む必要があるが……)


 詰所には常に兵士が駐在している。


「八人か。制圧できない数ではないな」


 サリヴァンたちは近くの物陰から、詰所の様子を窺っていた。


「しかし、サリー。あの数では、警鐘を鳴らされる。面倒なことになるぞ」


 ジルはそういうと、少し考えた後にこう言った。


「わたしが何とか注意を惹き付ける。サリーは姫様と共に隙をついて仕留めてくれ」


 ジルが立ち上がり、前に進もうとする。


「まて、どうするつもりだ?」

「こうするんだ」


 すると、ジルは城内で兵士の注意を惹くときのように軍服の胸元をはだけさせた。


「何をするのですか!はしたない!」


 アルトリアはジルのその姿を見ると顔を真っ赤にして怒り始めた。箱入り娘らしい反応であった。

 続けてサリヴァンも言う。


「またか、この変態」

「人を露出狂みたいに言うな!」

「違うのか?」

「違うわ!これしか方法がないし、効果的だからだ!だろ?」


 若干、照れくさそうに怒るジルであったが、その言には納得できるモノがあった。情熱的な赤い髪色の美人が、扇情的な恰好をしていれば注目を惹くだろう。

とくに胸に。

 あの大きな胸に。そうだろう、あの谷間は反則だろう。見てしまう。惹かれてしまう。男とは馬鹿な生き物であり、それを突いた策であった。


「わかった。まかせた」


 ジルは右手をヒラヒラさせ、詰所に向けて歩き出そうとした。すると、サリヴァンは自身の隣に立つ、アルトリアの顔が少し険しいことに気付いた。


「私も行きます」


 サリヴァンとジルの動きが止まった。


「今、なんと?」

「私も、行きます」


 二人は思考する。どこへ行く気だ?と。

 そして、言った。


「「いけません姫様!何をおっしゃるのですか!」」


 二人の否定の言葉が同調する。


「一人でやるより効果的です」

「そうかもしれませんが……」

「では、問題ありませんね」


 というと、姫様も着ている服の胸元をはだけさせる。


「一国の姫君が!婚前に柔肌を晒すなど!」

「私は、ここに住まう民を見捨てて逃げ出すのです!これくらい、罰として丁度いいくらいです。行きますよ」

「は、はっ……!」


 そういって歩き出すアルトリアの背を見送りながらサリヴァンは心の中で告解する。


(おぉ、陛下。無力なわたしをお許しください!姫様の愚行を止めることが叶いませんでした!神よ、精霊神樹ユグドラシルよ!お許しを!おろかなわたしをお許しを!)


 神と王に向かい何故か懺悔を始めた騎士を尻目に詰所に近づく二人。

 これから、兵士たちは眼にするのだろう。

 天国と地獄。美しい女神アルトリアと怒れる悪魔サリヴァンを。

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