最終話 終わりと始まり
サリヴァンがアンドレアとの死闘を繰り広げていた一方、ジル率いる銃兵隊は凄惨な戦を繰り広げていた。
モルドレッド軍、騎兵隊の他、歩兵を合わせて三千を超える死体が、その眼前に転がっていたのだ。
「これまでだ……兵を引け! これ以上は無駄死にでしかない……!」
ジルは、目の前の光景を見てそう言った。
銃兵隊の斉射は計六回。約八千の鉛玉が放たれたことになる。
それによってモルドレッド軍の前衛は全滅していた。
後ろに控える正規兵は約千、そして本陣の護る近衛が千。残りの五千強が帝国傭兵だが、その傭兵たちはすでに逃亡の気配を見せていた。
そして、この現状にモルドレッドは命令を下した。
「全軍、戦闘を停止せよ。もはやこれまで」
騎兵隊が壊滅したときに見せた狼狽した姿は消え失せ、堂々とした振る舞いでそう宣言した。
「陛下! まだ兵は残っています! まだ戦えます!」
敗北を認めたモルドレッドに、グロリアーナが食い下がった。
しかし、モルドレッドはそれを制した。
「これ以上は無駄死にでしかない。僕は負けたのだよ、グロリアーナ」
「陛下……」
「アルトリア。僕を超えたお前なら、この国を導けるだろう」
モルドレッドは、そういうと、手にした杖を置いた。
モルドレッド軍は、戦闘停止命令をすぐに実施し武装を解除した。
王国の内乱を終結させた戦は、戦闘開始から一時間足らずでその幕を閉じた。
そして、拘束されたモルドレッドら有力者がアルトリアの前に引き出される。
その場にはサリヴァン含めて同盟軍の諸将が集まっていた。
「モルドレッド。あなたの罪は重い」
アルトリアは、淡々とした調子で語る。
「あなたは、自身が権力をめぐるため己の父を手に掛けました。他にも大勢の者が命を落としました。あなたの、その高邁な野望のために。ですが、その野望もここまでです」
アルトリアは、そういうとモルドレッドたちを下がらせようとした。
だが、モルドレッドの発した言葉でそれを撤回する。
「僕の野望は砕けたが、僕の願いは成就するだろう」
「その、願いとは?」
「この国が強くなることさ」
そういうと、モルドレッドは、捕虜の身とは思えぬほど堂々と語る。
「この国は強くならなければならない。そのために、僕はこの手を血に染め、魔道を歩もうとした」
「そこまでする理由は何なのです? 父を殺し、民を苦しめようとしてまで為そうとした理由は!?」
「いずれ、わかるさ」
アルトリアがモルドレッドに詰め寄るが、それでも真意は口にしなかった。
「アルトリア、僕の妹よ。お前の正道を阻むものはもはやない。保守派の貴族も、この僕もだ。あとはお前の好きなようにやれ。正道を歩め、アルトリア」
そういうと、モルドレッドはその口を閉じた。
モルドレッドの言葉をサリヴァンは考えを巡らす。
(虜囚となったのにこの堂々とした振る舞い。おそらく、語った内容は本心なのだろう。だとすれば、そこまでの覚悟を差せた要因は何だ? この国が強くならねばならない理由は? 何が起きるというのだ、この国に?)
サリヴァンの心中の疑問は、この場の全員の共通の疑問であった。
だが、モルドレッドは語らない。
「兄上には、まだお聞きしたいことがあります。ですが、それは王都へと戻った後にしましょう」
そういって、アルトリアが今度こそモルドレッドを下がらせようとした。
その時だった。
『来るぞ』
サリヴァンの心中で、ヴィヴィアンが言った。
次の瞬間、モルドレッドとアルトリアの間の空間が歪み始めた。
「これは!?」
アルトリアが驚きの声を上げると同時に、ジルとサミュエルがアルトリアをその歪みから引き離し盾となった。
そして、サリヴァンはアロンダイトを構えると歪みに相対する。
歪みは次第に大きくなり、魔力を噴出し始めた。
黒い、闇の魔力を。
「ククク。なんて格好だ。モルドレッド陛下」
その魔力の中から、サリヴァンは聞き覚えのある声が聞こえた。
「まさか、ジェラルド!!」
そう、サリヴァンのかつての友であり、闇に堕ちた騎士。
ジェラルド・ブレイスフォードである。
「スケアクロウか」
モルドレッドは、淡々とした調子で言った。
そして、闇の魔力の中からジェラルドの腕が伸びるとモルドレッドを掴み、闇に引きずり込んだ。
「陛下!」
それを見たグロリアーナが闇の中に自ら飛び込んだ。
「なに!? ジェラルド、貴様!!」
「ククク。来い、サリヴァン! 決着をつけるぞ!」
ジェラルドの言葉を聞いたサリヴァンは、躊躇いなく闇に飛び込んだ。
『お主! 何を!?』
ヴィヴィアンの驚きの声を無視し、サリヴァンは闇に入り込んだ。
その様子を見ていたジルが叫ぶ。
「サリー!」
そして、闇が収縮し始める。
その時、シルフィアーナが動いた。
「騎士様、わたしも!」
制止しようとするアテネの手を振り切り、シルフィアーナも闇に飛び込んだ。
直後、闇は消え去った。
「我が騎士よ……。無事の帰還を命じます」
虚空に向かって、アルトリアは呟いた。
そして、闇に飛び込んだサリヴァンらは、トワイフォード平原より西に進んだ妖精の森に転移していた。
放り出されたサリヴァンが着地し、周囲を見渡す。
「ここは、乙女の湖か……」
サリヴァンが呟いた直後、シルフィアーナがサリヴァンの上の空中に放り出される。
「え、きゃあ!!」
「おっと!」
サリヴァンは放り出されたシルフィアーナを受け止める。
「あ、ありがとうございます。騎士様……」
「なんでついてきた……?」
サリヴァンはシルフィアーナを咎めようとした直後、少し離れた場所で膨大な魔力があふれるのを感じ取った。
「下がっていろ」
シルフィアーナをおろし、自身の後ろに隠す。
そして、視線を魔力の反応があった方に向けた。
「ククク。来たな、サリヴァン」
そこには、強力な闇の加護を纏ったジェラルドの姿があった。
以前、エルフ領で戦った時よりも、その禍々しさは増していた。
『闇を取り込んだか』
「どういうことだ?」
『闇を制したのじゃよ』
ヴィヴィアンとサリヴァンが語り合う。
すると、ジェラルドは言った。
「サリヴァン。俺様の力はお前を超えた。お前を倒し、ジルを己のものとする!」
ジェラルドは、ガラティーンを抜くと構えた。
それに対し、サリヴァンもアロンダイトを顕現させ、向かい合う。
「それを決めるのは俺ではない。本人の意思だろう。だが、お前との因縁はここで断つ」
「騎士様!」
「手出しはしないでくれ。俺はあくまで騎士として奴と戦う」
そう言われ、シルフィアーナは下がる。
心配そうな表情で、祈るように両手を組んでいる。
『一つ、お主に問う』
「なんだ?」
『あ奴を救えるかもしれん、と言ったらお主はどうする?』
ヴィヴィアンの突然のその言葉に、サリヴァンは目を見開いて驚いた。
「方法があるのか!?」
『落ち着け。問題は、お主に力次第よ』
「俺の力……? どうすればいい!?」
『だから落ち着け』
ヴィヴィアンの言葉に、興奮とも焦りともいえる表情を見せるサリヴァンに、しびれを切らしたのかジェラルドが動いた。
「随分と余裕だな! あ!?」
ガラティーンの一撃が、サリヴァンを襲う。
「くっ!?」
かろうじて、それを弾いたサリヴァンだったが、次の攻撃の余裕をジェラルドに与えてしまう。
「まだまだ、いくぜぇ!!」
ガラティーンの刃が闇色に光る。
斬撃が次々と繰り出される。
魔力の光が軌跡を描き、周囲を闇に染め始める。
「ぐ……この!!」
対して、サリヴァンは防戦を強いられる。
『よいか、しかと聞け。お主はあの時よりも強くなり、そして妾の魔力を従えつつある。じゃが、そのお主をもってしても難しいことだえ』
「どう、すればいい!!」
ジェラルドの攻撃を凌ぎつつ、サリヴァンはヴィヴィアンの言葉に耳を傾ける。
『アロンダイトの力を引き出す』
「なに?」
ガラティーンを弾いた瞬間、サリヴァンの視線はアロンダイトに向けられる。
銀色の剣身に魔力を纏ったミスリルの聖剣。
その剣に秘められた力のすべてを、サリヴァンは引き出し切れていなかった。
『アロンダイトを含め、聖剣にはそれぞれ固有の力を持っておる』
「つまり、アロンダイトの力がジェラルドを救えるかも知れないのか!」
『その通りよ。アロンダイトの力それは……』
サリヴァンが、ようやくジェラルドを押しのけ、距離を離した。
そして、ヴィヴィアンは言う。
『繋がりを断ち切る力、それこそがアロンダイトの本領』
ヴィヴィアンのその言葉に、サリヴァンは疑問を禁じ得なかった。
「繋がり……?」
『そうだえ。あらゆるものとものの繋がりを切り離すことができる。たとえば、妾とお主の契約も、斬ろうと思えば斬れる』
「つまり、物理的な繋がりではなく、目に見えない概念的なものを切れるということか?」
『そのとおりよ』
サリヴァンは、それを聞き思考を巡らせる。
(概念を斬る。繋がりを断ち切る。その力を用いてジェラルドを救うには!!)
「闇の魔力との繋がりを斬る!!」
『いけ、湖の騎士を継ぐものよ。その力を見せるは今ぞ』
サリヴァンの決意に、アロンダイトは応えた。
銀に輝く剣身に、煌びやかな紋様が浮き上がったのだ。
『心を乱すな。常に清廉であれ』
魔力の光が、青白く輝く。
義椀から溢れる水精霊の魔力が、サリヴァンの体を包み込む。
「サリヴァン! いいぞ、殺し甲斐がある!」
「騎士様……!!」
サリヴァンの視界が、その眼に映る世界が変わる。
「見える。すべてのジェラルドの魔力の繋がりが」
サリヴァンがアロンダイトを構えた。
それに対して、ジェラルドは闇の加護をガラティーンに纏わせた。
「お前を倒す!」
「お前を救う!」
二人の騎士が向かい合い、そして、動く。
「サリヴァァァァン!!」
「ジェラルドォォォォ!!」
二人の姿が、一瞬消える。
高速の始動は二人の姿があたかも消えたように見せた。
だが、どれだけ速くなろうと、お互いの動きは二人には見えていた。
「ハァァァァアア!!」
ジェラルドのガラティーンが振るわれる。
だが、軌跡を描くその斬撃はサリヴァンには届かない。
それは、サリヴァンがアロンダイトの本領を発揮した為であった。
「断ち切れ、アロンダイト!」
アロンダイトの刃が、刃のみが魔力に変わる。
魔力の刃がガラティーンを斬る。
だが、対象に物理的な損傷はない。
斬ったのは、ガラティーンとジェラルドの魔力的繋がりである。
「な、に……?」
ガラティーンを包んでいた闇の魔力が消え去り、銀色に輝くミスリルの刃が姿を現した。
そして、サリヴァンはアロンダイトを振り上げ、ジェラルドを見る。。
「ジェラルド、これで!!」
「サリヴァン!!」
二人の視線が交差する。
それを見守るシルフィアーナが息を飲み、呟く。
「騎士様……」
アロンダイトが一層の輝きを見せる。
『やれ! サリヴァン!! じゃが、斬りすぎるな。魔力を完全に引き離すのは逆に危険じゃ!』
そして、アロンダイトが振り下ろされる。
「断ち切れ! アロンダイト!!」
ジェラルドはガラティーンを突き出し、盾とするが魔力の刃はそれをすり抜ける。
そして、刃はジェラルドを斬った。
「ぐっ……!? サリー……」
直後、ジェラルドを包む闇の魔力が霧散する。
ジェラルドは意識を失い、その場に倒れこんだ。
「ジェラルド!!」
サリヴァンは、倒れたジェラルドを抱き起し、呼吸を確認する。
『うむ。どうやら、うまくいったようじゃの』
ジェラルドは生きていた。
ただ、彼を蝕む魔力を断ち切った反動で、気を失っていた。
「騎士様!」
シルフィアーナがサリヴァンに駆け寄る。
その姿を見て、サリヴァンは安堵した。
(なぜだろうな。こう、落ち着くのは)
直後、サリヴァンを纏う魔力が引いていく。
すると、左の義椀が砕け散った。
それを見たシルフィアーナは心配そうにサリヴァンの手を握る。
「大丈夫ですか!? どこか、お怪我は……」
「いや、問題ない。高純度の魔力に耐えきれなかっただけだろう」
二人は、ジェラルドを地に寝かせると周囲を見た。
「そういえば、モルドレッドの姿がない」
「呼んだか、湖の騎士よ」
サリヴァンがその名を口にした直後、空間の歪みが現れそこからモルドレッドとグロリアーナが姿を現した。
「モルドレッド……!」
「そう睨むな。僕に戦う意思はない」
そういうモルドレッドの手には、いつの間に取り戻したのか取り上げられた杖が握られていた。
「スケアクロウ。起きろ」
モルドレッドが一言そういうと、倒れていたジェラルドが起き上った。
「ジェラルド……!」
「サリー……」
立ち上がったジェラルドは、ガラティーンを拾い上げると鞘に納めてこちらに投げよこした。
「何を……?」
「俺にはそれを持つ資格はない。よりふさわしい者に渡してくれ」
そういうと、ジェラルドはモルドレッドに近づいた。
「行きましょうか」
「そうだな」
それを聞いたサリヴァンが制止する。
「待て! このまま行かせるわけにはいかない!」
アロンダイトを突き付け、そういうが、二人は止まらなかった。
「そういう訳にはいかない。ここで死ぬわけにはいかないんだ」
「何を言うか、あなたは自身の罪を償わなければならない!」
「すべてが終わった時にそうしよう。それまでは、どこまで堕ちようと、僕は死ねない」
モルドレッドの決意は固かった。
だが、サリヴァンも譲れぬものはあった。
「サリヴァン卿。アルトリアを支えてやってくれ。我が妹の正道を支えてやってくれ。悪行は僕が引き受ける。だから、いつか来たる災厄まで、妹とこの国を頼む」
そういうと、モルドレッドの周りの空間が歪み始めた。
『転移魔法じゃな』
このままでは、モルドレッドを逃してしまう。
だが、サリヴァンは先ほどのモルドレッドの言葉を聞き、動けずにいた。
「我が騎士、グロリアーナよ。もはや、僕たちの主従関係はここまでだ」
「陛下……!」
「僕がこれから歩む魔道に付き合う必要は無い。お前の好きにせよ」
そう言われたグロリアーナであったが、彼女の心は決まっていた。
「わたしは、どこまでもあなたについていきます」
「いいだろう。では、来るがいい」
三人は歪みの中に入ると、そのまま消え去った。
残されたのは、サリヴァンとシルフィアーナだけであった。
「騎士様」
「シルフィアーナ」
二人は、お互いの名を呼び合う。
「終わったのですね」
「いや、これからが始まりだ。この国を変えていかねばならない」
サリヴァンは思い浮かべる。
アルトリアの目指す国を。
多種族が手を取り合い、国のために、民の安寧のために働く姿を。
「それに、探したい人が居るんだろ?」
サリヴァンは、わざとらしくシルフィアーナに問うた。
そして、シルフィアーナは答えた。
「もう、見つかりましたから」
それを聞いたサリヴァンはシルフィアーナの目を見据えていった。
「そうだな」
「そうです」
二人は、どちらからともなく手を取り合った。
「待たせたか?」
「全然」
それ以上の言葉は、二人には必要なかった。
二人の唇が重なる。
吐息のかかるほど近づいた二人は、お互いの鼓動が高鳴るのを感じた。
「好きだ。昔の君も、今のシルフィも」
「わたしも好きです。昔のあなたも、今の騎士様も」
二人は、寄り添いあい湖に視線を向けた。
そこには、二人を祝福するかのように佇む水精霊が、ヴィヴィアンの姿があった。
『くふふ。ようやくか』
そして、二人は手を取り合ったままその場を後にした。
これから二人は、アルビオン王国のためともに戦いを続けていく。
二人には、これからも多くの試練が待ち受けている。
だがそれは、まだ先の話である。
聖騎士物語~美姫と精霊と湖の騎士~、これにて閉幕。




