第三十四話 最後の決戦
いよいよ、王国の未来を決すべく、両軍は動き始めた。
双方、持ち得るだけの兵力、物資を集めた現状最大戦力による一大決戦である。
大軍は、粛々と前進しいよいよ目的の地へと入ろうとしていた。
決戦の地はトワイフォード平原。
後の歴史に、王国の指導者を決定的にし、軍政を大きく変えた戦いとして刻まれることになる、トワイフォード会戦の始まりであった。
「いよいよですね」
平原で構築中の同盟軍陣地にて、アルトリアはそう呟いた。
それに対して、サリヴァンは言う。
「これが、内乱の終わりとなり、新しき王国の始まりとなるのです」
「そうですね」
サリヴァンは、心中でこれまでのことを思い出す。
王城内での王室親衛騎士団の裏切りに端を発し、ジェラルドの襲撃、エルフ領防衛、グラスゴーの戦い。
城を身一つで追われたアルトリアが、ここまで来たことに、サリヴァンは感慨深く思っていた。
「準備の方はどうですか?」
「はっ、すでに陣の構築は先発隊によって半ば完了しておりました。間もなく、完了するかと」
アルトリアは、頷くと言った。
「では、始めましょう。サミュエル卿に連絡を」
「承知しました」
アルトリアは、動き出す。
モルドレッドを打ち破り、新しき世を作るために。
一方、同盟軍から十数キロほど離れたモルドレッド軍では。
布陣を完了し、決戦に備えるモルドレッドに、物見の兵からの報告が入っていた。
「その情報は正しいのか!?」
焦り気味にそう言ったのはモルドレッドの騎士、グロリアーナである。
彼女は、斥候の言が信用できなかったのだ。
「は、はい! アルトリア軍は、川を背にして陣を敷いております!」
背水の陣。
古来より、水を背にして戦うことは下策中の下策と言われている。
川の中では、兵士の身動きが大きく制限されるからだ。
すなわち、川を背にするということは容易に撤退できなくなるということであり、最悪の場合全滅もあり得るのだ。
「なぜそのような!? アルトリア姫が兵法を知らぬはずはないだろうに!」
不可解なアルトリアの行動に、理解に苦しむグロリアーナに対して、モルドレッド軍の諸将は楽観的な意見を述べた。
「いやいや、本当に兵法を知らぬのかも」
「緒戦はまだ小娘、それも仕方ありません」
アルトリアを侮る者たちがいる中、騎士団長アンドレアはアルトリアの真意を考えていた。
そのアンドレアの真剣な様子を見たモルドレッドが言う。
「アンドレア、貴様の意見を言ってみよ」
「はっ、陛下。では、僭越ながら」
アンドレアは、陣内に広げられた地図に目を落とし、語り始めた。
「敵は、この川が大きく曲がった内側に陣取っております。それにより、敵は後方と右翼、左翼の中ほどを川に囲まれる形となります。おそらく、ここに意味があるのかと」
「ほう。その、意味とは?」
「我が軍の主力は騎兵隊です。平原では、騎馬の機動力を存分に発揮でき、それは敵にとっては脅威です。だからこそ、敵は自らの退路を断つと同時に、我らの騎兵隊が回り込むのを防ごうとしているのかと」
それを聞いた諸将は、納得の声を上げた。
だが、モルドレッドはまだ納得しきったようではなかった。
「本当にそれだけか?」
「なにか、気になることでも?」
「うむ。もう一度斥候を放て。次はもっと広範囲に」
モルドレッドの命を聞き、将の一人が指示を出すべく陣を後にした。
そして、モルドレッドは語り始めた。
「遺憾だが、現状追い詰められているのは我らだ。我らには時がない。この戦、時を駆ければ敵の援軍が襲来する。対して我らはもはやこれ以上は無い。なんとしてもこの戦でアルトリアを討ち取れ」
モルドレッドの言葉に諸将は頷く。
それを見たモルドレッドは、彼らに陣から下がるよう命じた。
陣内に残ったのは、モルドレッド、アンドレア、グロリアーナのみであった。
「さて、どうするかな」
モルドレッドは立ち上がると、二人の騎士に語り始めた。
「野戦において、騎兵隊を多数要する我が軍が有利。いかに敵が騎兵隊の迂回を阻止しようと騎兵の力が死ぬわけではない」
「で、ありますな。騎兵隊二千の突破力なら、正面からぶつかっても敵に打撃を与えることが可能です」
二人は思案する。
アルトリアがそれを踏まえて野戦を挑んできた以上、勝算があってのこと。
勝つだけならば籠城策を取ればいい。だが、それは今後を考えると上策とは言えない。
それは、モルドレッドも承知していた。
アルトリアならば、必ず野戦で来ると。
だからこそ、千載一遇、乾坤一擲の好機なのだ。
ここで、アルトリアを討ち取る、ないし捕えることができれば、もはや抵抗する者はいなくなるのだ。
「騎兵隊を無力化するならば、乱戦に持ち込むしかないですな」
アンドレアの言葉に、モルドレッドは答える。
「そうだ。問題はどうやって乱戦に持ち込むのかだが」
アルトリアが正面から向かってくるはずはなかった。
そんなことをすれば、近づく前に騎馬突撃を受けるからだ。
ならば、迂回するのかといえばそれもない。
「同盟軍の主力は歩兵。我らの陣の周囲は平原、回り込もうにも丸見えだ」
「奇襲も不可能。ならば、ほかに取れる策といえば」
そこで、これまで口を閉じていたグロリアーナが言葉を発した。
「我々を挟み込む。ということは無いでしょうか?」
「いや、この平原では挟み撃ちも難しい」
だが、それはアンドレアによって否定される。
「たとえ、別働隊が出ようとも、我らの騎兵隊ならば敵が位置につく前にそれを捉えられる」
その後も、話し合いは平行線をたどり、その日は大きな動きはなかった。
戦局が動いたのはその翌日のことであった。
モルドレッド軍諸将が集まり、方策を話し合っていたときのことである。
伝令の兵士が、陣内に駆け込んできたのだ。
「ほ、報告します! ここより後方の砦が、同盟軍によって陥落しました!」
その報告に、陣内はどよめく。
「いつの間に回り込んだ!?」
「これでは、ロンデニオンへと退路は断たれた!」
「このままでは挟み撃ちにあうぞ!」
グロリアーナの危惧したことが起こったのだ。
慌てる諸将に対し、モルドレッドは言った。
「うろたえるな!」
モルドレッドの一括に、諸将は押し黙った。
それを見て、モルドレッドは笑みを浮かべながら言う。
「アルトリアめ、下策を取ったな。愚か、なんと愚かな奴か」
「へ、陛下……?」
「敵は、我らの退路を断ち、挟み込んだつもりかもしれんが、それは否だ! もとより、我らに後退の文字は無し!」
モルドレッドは、高らかにそういうと、地図を見下ろし続けた。
「敵は決して多くない兵力を分けた。おそらく、敵の狙いは挟み撃ちだ。別働隊が退路を断ち、我らがうろたえている隙に一気に距離を詰め、混戦に持ち込む腹積もりだろう」
「は、はぁ」
「敵は、別働隊の露見を避けるために背水の陣で我らの注目を集めたのだ」
「な、なるほど」
諸将から納得の声が上がった。
すると、一人の将がモルドレッドに言う。
「ならば、我らも兵を分けて敵を向かい討つのですか? すでに、敵の狙いが知れた以上、このまま座している必要は……」
だが、モルドレッドはそれを否定した。
「否、敵が兵を分けたからと言って二正面作戦を取るのは下策の極み。ここは、全軍をもってアルトリア本隊に突撃する」
モルドレッドの言葉にアンドレアが補足した。
「敵が兵を分けたことで、本隊の兵の数は我らの全軍より大きく劣る。この優位を生かし、別働隊が我らに追いつく前にアルトリア姫を抑えるのだ」
「その通りだ。全軍、出陣する!!」
モルドレッドが宣言する。
いよいよ、両軍の激突が近づきつつあった。
モルドレッド軍の動きは速かった。
すぐさま陣を引き払い、全軍をもってアルトリア本隊に向けて前進した。
移動中、モルドレッドは心中で語る。
(この戦は、僕とアルトリアの力比べだ。勝った方が優秀な指導者。優秀な方がこの国を導く。だからこそ、僕は全力を尽くす)
モルドレッド軍は、アルトリア本隊との遭遇が予想される地点を過ぎた。
だが、一向にその姿を確認することは出来なかった。
「どういうことだ? アルトリアは動いていないのか?」
不思議に思うモルドレッドに、グロリアーナが息を切らせて報告に来た。
「陛下! 偵察の竜騎士が戻りました! アルトリア本隊は、川際の陣から動いておりません!」
「なに?」
モルドレッドは思案する。
(どういうことだ? アルトリアの狙いは挟み撃ちではなかったのか? ならば、なぜ兵を分けた?)
困惑するモルドレッドに、アンドレアは言った。
「これは、誘い込まれましたな」
「なんだと!?」
「敵の狙いは、初めからこれだったのでしょう。我らを自身の有利な場所に誘い込む」
「馬鹿な!? 敵が陣を張っているのは死地だぞ! そこに誘い込む必要がどこにあるのだ!?」
理解に苦しむモルドレッドは考えを巡らした。
(我々には時がない。そして、帰る場所もない。ここで敵に背を向ければ、無防備な背中を晒すことになる)
モルドレッド軍の進退は窮まっていた。
もはや、彼らに選択肢はなかった。
「この戦に勝つにはアルトリアを破るしかない! もはや、我らに後退は無い! 突き進め!!」
そして、モルドレッドは決断を下した。
それが、アルトリアの狙いであることを承知でモルドレッド軍は、アルトリア本隊に向け進軍を再開した。
そして、両軍がかろうじて互いを視界に収める位置まで近づくと、進軍は一時止まった。
それを小高い場所に設けられた本陣からアルトリアは見ていた。
その傍らにはサリヴァンの姿があった。
「やはり、来たか。姫様、ここまでは想定通りです」
サリヴァンの言葉に、アルトリアは頷くと言った。
「モルドレッドが決戦を挑まなければならなくなった時点で、彼に取れる選択肢は大きく減っていました。そのような状態での戦は無謀の極み」
アルトリアは、モルドレッドの行動を容易く予想できた。
もはや、勝敗は戦う前から決していたようなモノだったのだ。
「陣の構築も完了しております。あとは、待つだけです」
「そのようですね」
アルトリア本隊が、川に囲まれた地に陣を張ったのは大きな理由があった。
それは、モルドレッドの指摘した迂回を封じるためである。
これにより、モルドレッド軍は正面からの戦いを強いられることになる。
そして、アルトリアは敵の突撃方向に大量の銃兵を配置し、さらにそれを守るために土塁や坊柵を築いて野戦陣地を構築したのだ。
「ジルに伝令を、敵は十分に引き付け殲滅するように、と」
伝令の兵士が走る。
前衛の銃兵約四千を指揮するのはジルであった。
四千のマスケットの集中運用。
その火力は、想像を絶するモノであろう。
「我が騎士よ」
「ここに」
アルトリアは、サリヴァンを自身のそばに寄せると言った。
「この戦いは、これまでの王国の戦術を覆します。騎士の率いる騎兵隊を、これまで雑兵の武器として不遇の地位にあったマスケットで撃滅するのです」
思えば、これまでの戦いで大きな役割を担ってきたのは常にマスケットであった。
その力を、アルトリアは実感していたのだ。
「大陸でも、騎士はその姿を消しつつあります。そして、この戦に勝利すれば、王国の騎士もその存在を否定されます」
アルトリアの言葉に、サリヴァンは答えた。
「騎士が、なぜ騎士と呼ばれているか姫様は理解しておられますか?」
アルトリアは、サリヴァンの言葉に真剣な表情で聴き入った。
「騎士は、剣を握る者か? 槍をとる者か? 馬を駆る者か? 否、それだけでは騎士にあらず。騎士とは、その生き様。騎士道を歩む者を、騎士と呼ぶのです。たとえ、時代が移り変わり、剣が、弓が、槍が、銃が不要となろうとも、騎士道の精神を持つ限りその者は騎士なのです」
サリヴァンは、アルトリアに跪くと言った。
「我が騎士道は不滅にして不変。我が忠義は、アルトリア様に捧げております」
「サリー……」
それを聞いたアルトリアは、自身の異名を振り返り言った。
「騎士姫などと呼ばれた私ですが、私ごときが騎士を名乗るのはおこがましかったようです」
二人が、騎士のあり方について語っていると。戦場の空気がにわかに変わるのを感じた。
「いよいよです」
「ええ。終わらせましょう、この内乱を。そして、始めるのです。新たな世を」
アルトリアは、その歩を進める。
全軍を見渡せる位置まで行くと、腰の剣を抜き宣言する。
「王国の未来を巡るこの内乱、いよいよ終わらせるときが来ました! 悪逆なるモルドレッドを打ち破り、我らの手で王国を導くのです! 全軍! 槍を持ち、銃を構えよ! 我とともに、王国に輝かしい未来を!!」
アルトリアの言葉は、同盟軍兵士を大いに鼓舞した。
そして、陣内のいたるところから声が上がる。
「王国に未来を!」
「アルトリア様に勝利を!」
「アルトリア様に勝利を!」
「勝利を!」
「勝利を!」
アルトリアの言葉に同盟軍が沸き立つ一方、モルドレッドもまた、全軍の中心で兵を鼓舞していた。
「王国の興廃この一戦にあり! 我らの勝利をもって、王国に繁栄をもたらさん! 剣を抜け勇者たちよ! 我らには不敗の王国騎士がついている! 我らの正義を、敵に見せつるのだ! 全軍突撃せよ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
「国王陛下ばんざぁぁぁぁい!!」
「モルドレッド様ばんざぁぁぁぁい!!」
モルドレッドの大号令が発せられる。
先陣に配置された騎兵隊が、一斉に走り出す。
その後ろを残りの歩兵が続いた。
馬が、人が大地を踏みしめ地鳴りのように響く。
鎧の鳴らす金属音が、兵士の上げる鬨の声が、戦場にこだまする。
いよいよ、王国の内乱は、開幕以来最大の戦をもって終結しようとしていた。




