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第三十二話 王国の趨勢

 モルドレッド軍を撃退したグラスゴーでは、戦勝の宴が開催されていた。

 本城前の広場で行われた宴には大勢が参加している。

 将も、兵も、民も関係なく、多くの人が騒ぎ、楽しんだ。

 そこには、人間族、エルフ族、ドワーフ族という種族の境界は消え去っていた。


「ははは!!」

「この耳長ぁ! もっと飲め! がはは!」


 その喧騒を離れた場所から眺めるのは、今回の戦いの功労者の一人である、サリヴァンとシルフィアーナである。


「この光景、姫様にお見せしたいものだ」


 サリヴァンは、種族の垣根を超えて共に騒ぐその様を見て、感慨深く言った。

 それを聞いたシルフィアーナは微笑みを浮かべている。


「アルトリア様の目指す国は、このような光景が広がっているのでしょうか?」

「ああ、そうだ」


 二人は、月光に照らされた城壁の上で、静かに杯を傾けていた。

 会話は、今後の話に発展する。


「グラスゴーを守り切ったことで、スコットランドのモルドレッド派の多くは降伏するだろう。そうなれば、残るはロンデニオンとアイルランド島だが」


 そこで、サリヴァンは葡萄酒をあおると、さらに続けた。


「スコットランドを抑えたことで、アイルランド島のモルドレッド派は完全に孤立する。そして、ブリテン島の力関係は完全に逆転する。そうなれば、アイルランドのモルドレッド派もいずれは降伏するだろう」


 サリヴァンの言葉に、シルフィアーナが確かめるように言った。


「つまり、このままいけばモルドレッドは戦うことなく敗北する、ということでしょうか?」

「ああ、このままならばな」


 サリヴァンは、考えを巡らせる。

 スコットランドの兵力、バーミンガムの兵力、ロンデニオンの兵力、そしてそれぞれの距離、情勢を含めて、推察する。

 そして、導かれた答えを語る。


「俺がモルドレッドならば、このまま座して敗北を待つことはしない。こうなった以上、残った兵力を集め、決戦を挑む」


 現状、同盟軍がスコットランドのすべてを得たわけではなかった。

 グラスゴー攻略を狙うモルドレッド軍を破ったことで、すこったランドの情勢が同盟軍側に有利になっただけに過ぎないのだ。

 それでも、このままいけば近いうちにスコットランドを制することは出来るのだが、それには少々の時間が必要だった。


「今ならば、同盟軍とモルドレッド軍の兵力は拮抗、いや、動員できる兵数だけならばモルドレッド軍の方が上だ。決戦を仕掛けるのはここしかない」


 決戦。

 王国の覇権を決する戦い。

 その勝者が王国の未来を担うことになる。

 王城を追われ、身一つで逃げ出したアルトリアらは、とうとうここまで来たのだった。

 二人の間に緊張が走る。


「…………」

「…………」


 しばしの無言の後、サリヴァンが口を開いた。


「シルフィアーナは、この戦いが終わったら、どうするんだ? 何か、やりたい事とかは?」


 突然の質問に、シルフィアーナは少し考えると言った。


「騎士様はどうされるのですか?」


 自身の発した質問が、己に返されたサリヴァンは、少々考えたのちに語った。


「これまでと変わらないな。王国のため、姫様のために、忠を尽くすのみ」


 サリヴァンの、どこまでも騎士らしいその答えにシルフィアーナは好感を持った。

 ぶれることなく、ただただ真っ直ぐに騎士道を示す彼のその生き様を、シルフィアーナは好ましく思った。


「騎士様らしいですね。……わたしは、その」


 サリヴァンは、シルフィアーナが少し迷いを見せたのを感じ取った。

 シルフィアーナは迷っていた。

 これを、サリヴァンに伝えてよいものかと。

 だが、意を決した彼女は語るのだった。


「探したい人が居るのです」


 彼女は、遠く過ぎ去った日の出来事を思い出す。

 かつて、彼女と友好を深めた名も知らぬ少年のことを。


「わたしには、将来を誓い合った人が居るのです」


 それを聞いたサリヴァンの動きが、思考が止まる。

 そして、シルフィアーナは懐かしむように、思い出すように、やさしい声音で語った。


「それは、わたしがまだ幼かった日のことです。わたしには名も知らない友人が居ました」


 その声を聴き、サリヴァンは己の記憶に眠るモノがあることに気付く。

 それを掘り起こすべく、シルフィアーナの言葉に聞き入った。


「出会いのきっかけすら思い出せませんが、一つだけ克明に記憶していることがあります」


 サリヴァンが息を飲む。

 シルフィアーナもまた、緊張した面持ちで最後の言葉を告げた。


「乙女の湖で、水精霊の前で結婚を誓い合ったこと」


 サリヴァンの、疑念は確信に変わる。

 この、エルフの少女、シルフィアーナこそが自分のかつての思い人であることに。

 そして、サリヴァンのそのはっとした表情を見たシルフィアーナも確信する。


(やっぱり、騎士様が)


 シルフィアーナは、グラスゴーの戦いの前にサリヴァンの姿を見た時のことを思い出していた。


(あの時、騎士様は、騎士様の契約された精霊と話をされていました)


 その姿を見たシルフィアーナは、既視感を覚えていた。

 サリヴァンと、その精霊に。


(よかったです。うれしい)


 それは、サリヴァンに対しての言葉だった。

 誠実で清廉だった少年は、今でも変わらず真面目で、高潔で立派な騎士になっていたのだから。

 だが、シルフィアーナもサリヴァンも口にはしなかった。

 お互いに気付いているというのに、どちらもそれについて言おうとはしなかった。

 その様子を見ていたヴィヴィアンは思うのだった。


『くふふ。面白い二人よ』


 二人は、そのまましばらく黙って杯を傾け続け、酒に酔って乱入してきたジル達が来るまで、言葉を交わすことは無かった。




 グラスゴーの戦いから数日後、ロンデニオン王城の玉座の間にて。

 煌びやかな細工と、荘厳な意匠の玉座の間にはモルドレッド派の有力者が集まっていた。

 その中の一人、王室親衛騎士団副団長グロリアーナ・ブラックソーンは恐怖していた。

 彼女は、たった今グラスゴー攻略軍の敗走を主君であるモルドレッドに知らせたのである。

 知らせを聞いたモルドレッドのまぶたが閉じる。

 玉座に腰かけ、まるで眠っているかのように穏やかな表情であるが、それが逆にグロリアーナを戦慄させた。


「わが騎士、グロリアーナ。それは、真か?」


 モルドレッドの、冷たい切り裂くような声音が、グロリアーナに突き刺さる。

 彼女の肩が僅かに震える。


「は、はい……真に御座います、陛下」


 それをモルドレッドは、瞳を閉じたままモルドレッドは逡巡した。

 敵と自軍の戦力比、今後の戦況の推移、物資糧食の貯蓄量。

 あらゆる要素を絡め、モルドレッドは決断する。


「兵を集めよ」


 目を見開き立ち上がると、跪くグロリアーナに命令を下す。


「決戦だ。集められるだけの兵を集めよ。アンドレアが戻り、準備が整い次第すぐに出陣する。もちろん、この僕もだ」


 堂々としたその振る舞いに、居並ぶ諸将の不安は払拭した。

 もはや、開戦当時の優位性を失ったモルドレッド軍の士気は大いに低下していた。

 しかし、モルドレッドのその風格あふれる振る舞いに、彼らは望みを見た。

 モルドレッドは、グロリアーナを残し諸将に退室を命じる。


「陛下……」


 諸将が退室したのち、グロリアーナはモルドレッドから先ほどの覇気が抜けたのを見た。

 グロリアーナの不安げな声に対し、モルドレッドは言った。


「やはり、こうなったか」


 モルドレッドは、こうなることを、アルトリアが己を超えるであろうことを予見していたのだ。

 あの日、アルトリアを王城からのがした時から。


「アルトリアはやはり優秀だった。あの劣勢を跳ね除け、ここまで来たのだからな」


 そして、モルドレッドは玉座に腰かける。

 力なく座るその姿に、グロリアーナは困惑した。


「陛下、まだ勝敗が決したわけではありません!」

「その通りだ、だが次の戦いで決まる」


 モルドレッドは語る。


「たとえ、ここで破れようとも、僕を破ったアルトリアが国を導くことになる。それは、この国が強い国へと生まれ変わることを意味する」


 モルドレッドは、己が王国の改革を誓った日のことを思い出し、言った。


「この国が生き残るには強くなるしかない。だから、たとえ魔道に堕ちようと、どんな手を使ってでもこの国を改革すると僕は誓った。この国のため、僕はこの手を血に染めよう。妹であろうと手に掛けよう。すでに父を殺した身だ。なんのことはないさ」


 モルドレッドは決する。己の覚悟を。

 それを感じ取ったグロリアーナは再び跪くと言った。


「わたしは、どこまでも陛下についていきます」


 グロリアーナの覚悟を、モルドレッドは汲み取った。


「いいだろう、我が騎士よ。ならば付いて来い。このまま、アルトリアを葬り覇道を進むか、それとも戦に破れ、汚名を被りながらも国のために魔道を進むか。すべてはもうすぐ決まる」


(そうだとも。たとへこの身を堕とそうとも、それでもまだやるべきことはあるのだ)


 モルドレッドは、心中で語る。なぜ、そこまでしても国を変えなければならないのかを。


(そうでなければ、この国は、この世界は……滅びる)


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