第三十話 心を攻める
攻城戦において、重要なのは味方の士気を保つことである。
そびえ立つ城壁は、それを攻める兵士の心を挫く。
城壁は、ただ敵を阻むためのモノではない。
時には敵の心を攻めるのだ。
サミュエルの策は、その敵の心を攻めることも念頭に置かれていた。
モルドレッド軍の大半は傭兵である。
数々の戦場を駆け抜け、経験を積んだ屈強な傭兵とはいえ、その本質は単純である。
金で雇われ、忠誠心を持たない傭兵は、その心を攻めることで簡単に崩れる。
サミュエルは、まず、敵軍の出鼻を挫いた。
城門内に突入した兵士を悉く壊滅させ、さらにそれに多くのマスケットを用いたことで発する音がマスケットの脅威を知る帝国傭兵の心を攻めたのだ。
「そこから先は早いものだよ。城壁内への突入が下策とわかった敵軍に出来るのは、後退しかない。だが、突入した部隊が戻らず、さらに後退命令が出たとなれば傭兵たちは揺らぐ」
そこに畳みかけるように現れた別働隊は、傭兵たちに危機感を与えた。
「もし、あの別働隊がほかの都市からの援軍だったら、もし、続々と援軍がここに向かっているとしたら、可能性だけでも人は恐怖する」
傭兵たちの士気は大いに下がり、さらに命の危険が迫る。
「そこへの止めはサリヴァン卿の部隊だ。一気呵成と出撃してきた敵に、傭兵たちは確信する。負けているのは自分たちだと」
結果、傭兵たちの独断行動を産み、モルドレッド軍は崩壊を始めたのだった。
「さぁ、傭兵はもはや敵ではない。あとは正規兵を減らせるだけ減らせば、この地での戦いは、このスコットランド地方での勝利はこちらのものだ」
不敵に笑うサミュエルの眼下に、城門を飛び出すサリヴァン隊の姿があった。
その先頭を行くのは馬を駆り、ミスリルメイルに身を包むサリヴァンである。
その後ろ姿を見送り、サミュエルは更なる追撃部隊を編成すべく、城壁を後にした。
城門を飛び出したサリヴァン隊は一心不乱にモルドレッド軍を目指す。
後退命令、傭兵の離脱、同盟軍の反撃にあったモルドレッド軍本隊の隊列は乱れていた。
サリヴァン達が兵力的に不利であろうと、勝機は十分にある。
「突撃せよ! 敵軍を壊滅させる!」
サリヴァンは、モルドレッド軍本隊に迫る。
そこには、騎士団長アンドレアが控えているはずであり、彼がいる限りモルドレッド軍が立ち直る可能性があったのだ。
だからこそ、アンドレアを打ち取るか、アンドレアを抑えている隙に本隊に壊滅的な打撃を与える必要があった。
「来たか……」
押し迫るサリヴァンをアンドレアは見た。
アンドレアは、馬を降りると聖騎士隊の面々に言った。
「我らはこれより敵を迎撃する! 敵軍を抑え、味方の撤退時間を稼ぐのだ!」
「はっ!!」
聖騎士隊は、次々とミスリル剣を抜き、アンドレアの前に並んだ。
「我らが敵を抑えている間に、貴様は味方をまとめ上げ撤退せよ。この損害ならばまだ、再起は叶う」
アンドレアは、副官にそういうと、聖騎士隊とともに敵に向けて進み始めた。
そして、その腰に提げた聖剣“アスカロン”を抜き、天に掲げると言った。
「我ら、不敗の王室親衛騎士団!」
アンドレアの宣言に、騎士たちが続く。
『我ら、不敗の王室親衛騎士団!!』
剣を持ち、盾を構える。
王国内外にその名を轟かせた王室親衛騎士団の、出陣である。
その姿を見たモルドレッド軍の兵士は、劣勢を忘れ、彼らの勝利を願った。
それを見たアンドレアは更に歩を進める。
サリヴァン隊に追い立てられ、敗走するモルドレッド軍兵士でさえ、道を譲る。
そして、その視界にサリヴァン隊を捉える。
「我らの行く道を阻む者には、死あるのみ! 敵を打ち破れ、突撃ぃぃぃぃ!!」
『うおぉぉぉぉ――――!!』
迫りくるサリヴァン隊に向け、王室親衛騎士団の騎士たちが走る。
それに対しサリヴァンは、駆ける馬上で指示を出す。
「聖騎士隊は特務隊が相手をする! 他の者は敵を迂回し、両翼より突撃せよ!」
サリヴァンの指示通り、サリヴァン隊は三つに分かれた。
中央を行くのはサリヴァン直轄の対聖騎士隊を担う者たち。
その両翼はモルドレッド軍本隊を目指す部隊だ。
この動きに対して、アンドレアは思案する。
(隊を三つに分けたか。ならば、こちらは各個撃破を狙うのみ)
「我らは中央の隊を迎え撃つぞ! 本隊は後退しつつ、我らが敵を打ち払うまでもたせよ!」
アンドレアは、隊を分けることはせず、あくまでサリヴァン隊を狙った。
そして、いよいよ両軍が衝突する。
まず、サリヴァン隊の騎馬が騎士たちにぶつかった。
それに対して、騎士たちは盾の防護魔法を展開し迎えた。
「ぐっ――――うわぁぁ!!」
魔法壁にぶつかった騎馬は倒れ、兵士が振り落される。
その中、先頭を駆けていたサリヴァンは聖騎士隊の強固な守りを打ち破っていた。
「進め進め! 進めぇぇぇぇ!!」
守りを打ち破った個所から、サリヴァンは隊列を崩しに掛かる。
サリヴァンの作った突破口を、屈強なドワーフ兵が押し広げる。
「うぉらぁぁぁぁ!!」
「どりゃああああ!!」
小さな体躯で大斧を振り回すドワーフの戦闘法は、凄まじいの一言であった。
ミスリル鎧こそ破れないものの、敵の騎士たちを吹き飛ばし地に転がす。
「せいやぁぁああ!!」
仰向けとなり、無防備なミスリルのない関節部のチェインメイルを晒した騎士に、大斧の一撃が入る。
「くっ……よくも!!」
仲間を殺された騎士が、ドワーフに斬りかかった。
ミスリル剣の一撃は、ドワーフの体を容易く切断する。
しかし、切られたドワーフはただ、斬られるだけではなかった。
「がっはっは! 捕まえたぞ!」
己の体の中ほどまで剣が食い込んでいるというのに、ドワーフは無理やり自身を斬った騎士を引き寄せた。
「う、うわ!」
そして、その体を抑え込むと、味方に言った。
「さぁ! やれい!」
「うおりゃああああ!!」
身動きの取れぬ騎士の兜に、渾身の一撃が放たれる。
大斧の一撃は、騎士の首を兜ごと引き千切った。
そして、騎士の体を抑えていたドワーフは首なしの騎士とともに大地に伏せた。
ドワーフの奮戦により、モルドレッド軍の隊列が切り開かれる。
そこを進むのは、ジル率いるマスケット小隊十名であった。
「先に進んだサリヴァンを援護するぞ! 進め進め!」
乱戦の中、ジルはサリヴァンの背を見つけた。
サリヴァンの騎馬は切り伏せられており、転がっている。
「サリー、今行くぞ!」
ジルがサリヴァンへ近づく中、当のサリヴァンは自身とともに突入した、サミュエルの部下の騎士二名とともに戦っていた。
「ふっ――!」
サリヴァンは、斬りかかって来る聖騎士隊の騎士をカウンターで切り伏せていた。
すでに複数名の騎士を打ち取っており、その姿に敵はたじろいでいた。
「強い……!」
ジェラルドとの二度の死闘を経て、サリヴァンの能力は飛躍的な向上を果たしていた。
(敵の剣戟が見える……!)
聖騎士隊は、王国騎士の精鋭中の精鋭が所属する部隊だ。
所属する騎士すべてが、並の使い手ではない。サリヴァン自身も、かつては聖騎士隊に所属していたとは言え、その実力は特別抜きんでているわけではなかった。
確かに、最年少で聖騎士隊に所属し秀才とも呼ばれていたが、経験豊富な騎士たちを圧倒するほどではない。
だが、サリヴァンは一度臨死を体験し、精霊の加護を得たことで、その才覚を更に輝かせた。
今、サリヴァンは王国最強の騎士に近づきつつあった。
その実力も、その騎士道も、王国最高に近づきつつあった。
そして、いよいよ王国最強の騎士と相見える。
「アンドレア団長!!」
サリヴァンは、かつての師の名を叫ぶ。
視線の先に、騎士団長アンドレアの姿があった。
その表情は、重苦しく悲嘆に暮れているようにも見えた。
「サリヴァン」
アンドレアの、低く野太い声が戦場に響く。
決して大きな声量ではなかったが、空気を震わせる様な力ある声は、サリヴァンの耳に届いた。
それを聞いたサリヴァンが、アンドレアの下へと駆ける。
それを阻止せんと、聖騎士隊の面々が立ちはだかるが、アンドレアがそれを制した。
「手出し無用」
アンドレアに制止された騎士たちが下がる。
その間を、サリヴァンは駆け抜ける。
そして、手にしたミスリル剣を途中で地に刺し捨てると、言った。
「アロンダイト――――!!」
直後、サリヴァンの右手に魔力の光が集まる。
剣の形を取ったそれは、大きな光を放つとその組成をミスリルへと変化させた。
輝く銀色の聖剣が、サリヴァンの手中に顕現する。
それを見たアンドレアが、自身の聖剣であるアスカロンを構えた。
「ハァァァッ!!」
「ふんっ――――!!」
銀の剣身が交差した。
剣が打ち合い、魔力の光が明滅する。
二振りの聖剣から発せられた魔力が周囲の空間を震わし、それを受けた周りを囲む騎士たちが後退った。
「団長!!」
「サリヴァン!!」
お互いに剣を押し合い、一歩下がる。
だが、すぐさま次の攻撃に移る。
アンドレアの横薙ぎを、サリヴァンは屈んで避けた。
立ち上がると同時に、剣を刺突する。
空気を穿つその一撃は、アンドレアの頭を狙ったものだ。
「ふっ!!」
剣は兜の端を掠り、火花が散る。
直後、アンドレアが手首をひねると、斜めにアスカロンを振り落す。
サリヴァンは体を翻し、アンドレアを中心に円を描くように回り込む。
「これで!」
二回目の刺突は、振るわれたアスカロンに弾かれた。
その反動を利用し、サリヴァンは距離を取った。
二人の間合いが離れると、サリヴァンは静かに語り始めた。
「アンドレア団長、なぜ王家に弓引くような真似を!?」
サリヴァンは、王城でアンドレアの反逆を知って以来、抱え続けた疑問をぶつけた。
アンドレアは、遠くを見るような目をすると、答えた。
「すべては、この国のため」
その、達観したかのような言い方に、サリヴァンは疑問を抑えきれなかった。
(このような急激な改革をせねばならぬ理由とは何だ? 何がこの人を決心させたんだ?)
だがサリヴァンは、その疑問を口にすることは無かった。
その答えを聞いたところで、彼の気持ちが変わることは無いからだ。
(いや、たとえどのような理由があろうと、こうなった以上俺のやるべきことは一つ!)
「姫様のために、立ちふさがる敵を斬るのみ!」
「わしも同じよ、立ちふさがる敵は屠るのみ!」
サリヴァンとアンドレア。
二人の騎士の道は、二人の主の道はすでに決しているのだ。
あとは、生き残った方が、国を治めるのみ。
もはや、話し合い、和解で終わることではないのだ。
二人の騎士にこれ以上の言葉は不要だった。




