第二十四話 強敵と秘策
「それで、リラウィニカ殿は何故ここにいらっしゃったので?」
困った様子をしたゴライアスが訊ねる。
「なに、今後の方策を話し合うと聞いたのでな。吾がおるほうが手間も省けよう?」
「で、ありますな……」
リラウィニカの言葉に得心したゴライアスが言う。
「では、リラウィニカ殿も交えて今後の方策の話に移りましょう」
困惑していた面々であったが、ゴライアスがそういったこともあり軍議に戻る。
「先ほどの説明からこちらが考えた方策ですが、敵が増援と合流する前にこれを叩こうと考えています」
これを聞いたジルが心の内で思索する。
(なるほど、わたしたちの増援が加わったことで敵との兵力差はほぼなくなった。しかし、敵には援軍が近づいている。ならば、敵の増援が合流する前に眼前の敵を叩こうというのか。だが……)
ここまで考えを巡らせたところでジルは言葉を発した。
「それは得策ではない。我々が野戦を挑んだとしても、敵と我々の兵力はほぼ互角だ。これでは双方痛み分け、ないしは増援到着まで時を稼がれて終わるだけだ」
「ジルの言うとおりだな」
サリヴァンもそれに同調する。
「しかし、このまま何もしなければ敵は援軍と合流してしまいます。そうなっては、もはやこちらが打って出ることなどできなくなります」
「しかし、だからと言って無策で野戦を挑むのはあまりに愚かだ。ここは、籠城策をとったうえで、スコットランドの別の同盟軍からの援軍を要請すべきだろう」
籠城戦において、防衛側が敵を撃退する方法は限られている。自力で敵を撃破するか、援軍を待つかである。通常、後者が常套手段であり上策である。
「この地方では、各地で同盟軍とモルドレッド軍がにらみ合いを続けており、膠着状態に陥っています。動こうにも動けないでしょう」
「そうなのか……」
だとすれば、ほかの地方からの援軍に頼りたいところであるが、そんな余裕はどこにもなかった。サリヴァン達ですら、何とか捻出された兵を率いてきているのだ。期待はできない。
「この都市には大量のマスケットの用意があります。魔導兵器もです。これらの火力をもって挑めば……!」
サリヴァンとゴライアスの議論が白熱しかけたところで、
「少し、いいでしょうか?」
それまで黙していたサミュエルが言葉を発した。
「方策を決める前に、明らかにしておきたいことがあります」
その言葉に、全員の注目が集まる。
「それは、この戦の勝利条件です。それを明らかにするには、まず敵を知ることが必要です」
サミュエルの言葉に、この面々の中で一番疑問に感じたのはシルフィアーナであった。
「敵を、知る?」
(どういうことでしょうか? 敵の数や指揮官以外に知るべきこととは何でしょうか?)
「サリヴァン卿、なぜ敵軍はこのグラスゴーに兵を差し向けたのでしょうか?」
「それは、この地を敵が欲したためでは?」
「半分正解と言えるでしょう。サリヴァン卿、あなたなら少し考えればわかるはずだ。エルフ領での戦いの際、モルドレッドの意図と戦略を読み切り、それを逆手に取ったほどの知略の持ち主ならば……」
サミュエルの、自身を試すかのような言葉を聞き、サリヴァンは考えを巡らす。
(なぜ敵がこの地に兵を差し向けた……か。それはもちろんこの地とミスリルを欲したからだろう。だが、それだけでは不十分なのか?ならば、改めて現状を整理しよう。現在、モルドレッドと同盟軍は各地で戦端が開かれている。このスコットランドもそうだ、戦線は膠着状態で援軍は期待できない。さて、この状態で敵がなぜグラスゴーに兵を差し向けたかだ)
そこまで考えたところであることに気付いた。
「戦線がにらみ合いで膠着状態なのは敵も承知しているはずだ。ならば、なぜそちらに援軍を向かわせるのではなく、このグラスゴーに敵は来ているのか?それも、高々五千程度。この地は捨て置き、まずはスコットランド各地でにらみ合っている自軍を援護し、兵力をまとめたうえでこのグラスゴーを囲めばいいはず。それでもあえてこの地に兵をむけたのは……このグラスゴーの同盟軍の動きを封じるためか!」
「その通りです」
サリヴァンの言葉を聞き、皆が納得したように頷く。
すると、サミュエルが言葉を続けた。
「敵も恐れていたのです。このグラスゴーの部隊が他の地への援軍に向かうのを。そのため、この地にくぎ付けにするために兵を差し向けたのでしょう」
「となると、一つ疑問が生じるぞ。敵の援軍だ」
二人の説明を聞いていたジルが言った。
「敵は、すでにグラスゴーの部隊をその場にとどめるという目的は達成している。そのうえで、なぜまた五千にも満たない援軍を差し向ける?合わせても一万弱、その程度でこの都市を落とすのは不可能ではないか?」
今度は、それを聞いたシルフィアーナが手を挙げ発言した。
「なぜ、不可能なのでしょうか?敵は私たちの倍以上の兵力があります。それでも不可能なのでしょうか?」
シルフィアーナらエルフは実戦経験がない、城攻めの経験などあるはずがなかった。
すると、サリヴァンが説明をした。
「攻城戦で取れる作戦というのは限られている。防衛側も、攻撃側もな。城を制圧する方法は極端に言えば二つだ。自力で落とすか、降伏させるかだ」
その説明を真剣な様子で聞き入るシルフィアーナに、サリヴァンは少々気恥ずかしさを覚えるも、説明を続けた。
「まず、自力で落とす方法、強攻だが。トレビシェットや火砲等の攻城兵器や坑道作戦を実施して城兵、城壁を損傷させ乗り込んだりすることだ。だが、これは攻撃側にも大きな損害が出るため、下策と言える。二つ目は降伏させる方法だが、城内の将兵に調略を仕掛けたり、兵糧攻めにしてさせたりする開城方法だ。これは攻撃側に被害が出ないため上策だ。しかし、現状モルドレッド軍にはこのどちらも実施できん」
「それは、なぜですか?」
「まず、強攻だが。通常、城攻めは防御側の三倍の戦力をもってして攻めるものだ。だが、敵はせいぜい一万。この数では被害が大きすぎる。兵糧攻めにしてもそうだ、陸側を抑えてもグラスゴーには港がある。海上封鎖をしていない以上、兵糧を調達する手段はある。現に俺たちも海から来たからな」
「なるほどぉ」
感心した様子のシルフィアーナを見て、少し安心したサリヴァンだったが、先ほど生じた新たな疑問を思い出した。
「そうだ。この街を落とせないのになぜ増援を?」
それに対し、サミュエルは言った。
「それは、この街を落とすための策があるからでしょう」
その一見言葉遊びのような説明に、サミュエル以外の全員が首をかしげる。
「では、説明しましょうか。敵の策を。これで、いろいろ合点がいき、見えてきますよ。我々の勝利条件も。敵に対する方策もね」
そして、サミュエルの説明が始まった。
それを聞いた皆の反応はそれぞれ違ったものだったが、誰もそれを否定するものはいなかった。
「――――ということです。敵はこの策を持ってして攻めてくるでしょう」
サミュエルの語った内容は物的証拠こそないものの、すべての事象の辻褄はあっており、説得力は大いにあった。
「ならば、我々はどうする?その策を阻んだところで状況は悪くはならないが、好転はせんぞ」
そういったジルの言葉に、サミュエルではなくサリヴァンが答えた。
「そうだ。ここで、我々の勝利条件につながるんだ。敵の策を防いだだけでは我々の勝利にはならない。我々が満たすべき勝利条件はこうだ。敵軍に痛撃を与え、敗走させることだ。そうすれば、各地で膠着状態となっている戦線が動く。モルドレッド軍の旗色悪しと思った者たちが寝返ってくることも考えられる。だからこそ、敵に損害を与える必要がある。そう、痛撃を。そのためには……」
そこで、サリヴァンはサミュエルを見た。二人は互いを見てうなずき合うと、同時に答えた。
『敵の策を逆手に取る』
そして、二人は詳しい説明をした。それを聞いた全員が青い顔をした。ジルやゴライアスなどは反対するも、二人の説得の前に沈黙した。
「詳細は詰める必要がありますが、この手ならば敵を撃滅できる」
「なんという大胆な。だが、成功すれば戦局は一気にこちらに傾く!」
アテネが興奮気味にそういった。
「だが、この策を完遂して敵に壊滅的打撃を与えるには奴らが邪魔になる」
サリヴァンの言葉にジルが言った。
「聖騎士隊とアンドレア団長か……」
「そうだ、この策が成れば。敵は撤退せざるを得なくなる。その時、我々の追撃を阻むのは騎士団長たちだ。すなわち、ミスリル騎士との対決は避けられんだろう」
ミスリル騎士。
王国騎士の精鋭中の精鋭のみ身に着けることの許されるミスリル鎧を纏った騎士である。今日まで、王国が列強と肩を並べ、権能を維持できたのはミスリルがあったればこそ。
その王国最強の存在との正面対決は、この戦いでは避けられないものとなった。
サリヴァンらも、先のエルフ領の戦いでミスリル武具を鹵獲し、使用できる状態に仕立て直していたものの、その数は敵には及ばなかった。
「騎士団長に聖騎士隊か。無策で挑んでかなうはずはない。何か、勝算はないのか?」
ジルがそういうとサミュエルはサリヴァンを見ながら言った。
「期待できそうなのは一人ですが」
サリヴァンは、先の戦いで聖剣を振るい、敵のジェラルドと渡り合っていた。
ミスリルを敗れるのはミスリルのみ。ならば、彼らの期待が聖剣を持つサリヴァンに向けられるのは当然であった。
「いいだろう。俺も王国騎士だ。騎士道に外れ、簒奪者に組した恥知らずどもの相手、引き受けよう。だが、俺一人ではそのすべてを相手するのは無理だ」
そのサリヴァンの言葉に、全員が困り果てていると、これまでろくに話し合いに参加していなかったリラウィニカがようやく言葉を発した。
「ふっふっふ。ミスリル騎士を破る方法。この吾が貴様らに授けてやろう」
そういって、不敵な笑みを浮かべたリラウィニカの姿は、サリヴァンらの瞳にはその背格好とは対照的に頼もしく映っていた。




