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第二話 孤高の先覚者

 サリヴァンとジルは王城内を駆けていた。


「はぁっ……! はぁっ、……はぁっ!」


 息を切らせるほどに速く、ただ速く駆け抜ける二人は道中で倒れていた騎士や使用人すら無視して走っていた。

 その胸中にはある決意があった。


(一刻でも速く。何としても、守らねばならない。王家に仕え、王家に尽くし、王家の為に戦う。それこそ王室親衛騎士団ロイヤルガードの務め。務めを忘れた愚か者共に殿下を殺らせはしない!)


「殿下……! 殿下……! 姫殿下……!」


 いくつかの階層を抜けた先に、ようやく目的地が見える。城内でも一際豪奢で高貴な雰囲気を漂わせるその部屋の前は、無残にも荒らされていた。


 サリヴァンは、蝶番を壊された扉のない入り口から室内に駆け込む。


「姫様ぁ!!」


 サリヴァンの視界に飛び込んできたのは紅。血が飛び散り、室内は紅く染め上げられていた。

 死屍累々と横たわる騎士の死体に、彼は戦慄を覚える。ここが、一国の王女の寝室だという事実は吹き飛ばされる。

 そんな中、この部屋の主は割れた窓際にたち、悠然と構えていた。月明かりに照らされたその姿は、部屋の惨状とは対照的に神々しく、美しかった。


「姫様……ご無事で……」


 安堵と畏れの狭間、絞り出すような声で口に出す。


「遅かったですね、我が騎士サリヴァン・カルヴァート。安心しなさい、客人はわたくしがしかともてなしましたよ」


 凛とした声で、本当に客人をもてなしていたかのように語る。彼女こそ、サリヴァンの主であり、“騎士姫”の異名を取る人物、アルビオン王国第二王女アルトリア姫であった。

 アルトリアは、月明かりのようにやさしく輝く白い髪をかきあげながら語る。


「我が騎士、サリヴァン・カルヴァート、聞かせなさい。この招かれざる客人達は、私の目が節穴でないなら、我が王家に忠節を誓う騎士たちのはず、なぜこのようなことを?」


 心の奥底まで見透かすような空色の瞳に見つめられ、サリヴァンは萎縮した。


(このお方の前ではいつもこうだ……)


 サリヴァンは、何か特別な罪を犯した訳では無いのに、己がやましい人間だと錯覚してしまう感覚に陥った。彼は、彼女以上に清廉潔白な人物を知らなかった。


「は……はいっ、姫様! いえ、殿下! 報告いたします。真に遺憾ながら……謀反であります、王室親衛騎士団が裏切りました……! 陛下のお命を狙っております!」

「そうですか」


 特段、驚いた様子を見せずそう返答するアルトリアである。まるで、最初から知っていたかのようでもあった。


「この王城内で、国家に仇なす者たちが暗躍していると噂を耳にし、それとなく調べていたのですが……。まさか、こんなに早く動きだし、それも王室親衛騎士団が関わっているとは思いませんでした」


「殿下はご存じだったのですか!? ならば、わたしに教えていただければ殿下が襲われぬよう、お守りできたというのに!」


 主の予想外の発言に、サリヴァンは驚きの声を上げた


「卑怯者の十人や二十人、私の敵ではありません。それに、私には敵が多い。あなたが本当に信頼に足る人物か見極める必要がありました。その様子ですと、心配は杞憂だったようですがね」


 アルトリアは慈愛に満ちた微笑みをサリヴァンに向けた。それに対して、サリヴァンはただただ恐縮した。


「それより、まさか本当に王室親衛騎士団が裏切るとは思いませんでした。この者たちがここにこうして居るのを見ていると、私は彼らを過大評価していたようです。私もまだまだですね」


 どこまでが真意かわからぬ彼女の物言いに、サリヴァンは困惑していた。


「さて、これからどうしましょうか? 王室親衛騎士団が寝返ったということは、背後にはそれなりの人間が動いているのでしょう。城内は敵だらけと考えるのが妥当ですね」


 たった今まで、命を狙われていたとは思えないほど堂々と、そして悠然と佇み、まるで旅行の計画でも練るかのように今後の行動を思案するアルトリアに、サリヴァンは若干の頼もしさと、一抹の不安を抱える。


「はっ……。こうなってしまった以上、どこかに身を隠すほかないでしょう……。まずは、一刻も早く城内からの脱出を……ここに留まっていては危険です……!」

「つまり、あなたはこの私に逃げろと」


 空色の瞳が、彼を見据える。


「臣下に裏切られ、命を狙われ、全てを見捨てて逃げよと?」


 淡々と、事実を並べていく。

 言葉に出されたそれらが彼の胸に突き刺さる。確かに、このままなにもせず、ただ逃げればアルトリアの命は助かるかもしれない。

 だが、同時に彼女が逃げたことで今度は別の命が奪われるかもしれなかった。

 このまま、本当に彼女を逃がすべきなのか?

 彼女を臆病者にするのか?

 仮に残ったとして我々に何ができる?

 何を成せる?

 逃亡、降伏、反撃、討死。サリヴァンの頭の中を様々な可能性が駆け巡る。


「逃げることはできません。今、何もせずに逃げれば王家の威信は地に落ちます。少なくとも一矢は報いねばなりません」

「しかし、それで殿下に万が一のことがあれば、連中の思うつぼです。殿下は生きねばなりません!」


 はっきりと、強い口調でサリヴァンは言った。

 彼の胸中には、ある算段ができていた。


(もしこのまま王族全員が敵の手に落ちれば王室派の勢力は旗印を失い瓦解する。逆にいえば、王族の誰か一人でも生き残ればそのお方を旗印に据えることができ、大義名分も得られる。)


 それらを踏まえて彼は言った。


「今は御身の安全をお考えください!」


 それを聞いたアルトリアは何かを決意したかのような顔をし言った。


「わかりました」


 そして、冷静にとんでもないことを言い放つ。


「ならば、こうしましょう。今回の企ての首謀者の首を取り、一矢報いることにします。そのうえで脱出しましょう」


 無茶苦茶だった。敵は王国最強の精鋭騎士団。現在、騎士団長は国王とともに戦場に出ており、城の防衛責任者は副団長であった。

 副団長オーガスタス・リッチモンドは騎士団長の腹心であり、彼に心酔していた。ならば、王城内で裏切り者の指揮を執っているのはオーガスタスである可能性は高い。


(副団長実力は俺のような若造を凌ぐ。加えてこちらの戦力は……)


 あまりに無謀な行いであった。

 サリヴァンは、アルトリアに何とか思いとどまるよう反対する。


「何をおっしゃいますか! 犬死するだけです!」


 だが、アルトリアの決意は揺るがなかった。


「この城には、私の兄と姉がいます。おそらく、敵につかまっているでしょう。それを何もせず見捨てては王家として、否、人としての恥。助け出すことは叶わぬとも、裏切り者を誅して逃げ出すきっかけ位は作りたいのです」


 それを聞き、サリヴァンは感動を禁じ得なかった。


(このお方は……。第一王女殿下はともかく、三人の兄上からは冷遇されているというのに、このような……。なんと寛大な……。)


「お考えは立派ですが……我々だけでは……。」

「安心しなさい。私に考えがあります」


 それは、簡単なことではないことは明らかであった。アルトリアには敵が多く味方が少ない。打てる手は限られていたのだ。


「サリー、下の階が騒がしい。早くしたほうが良さそうだ」


 周辺を警戒していたジルが戻ってくる。焦りの表情から状況が緊迫して要ることが察せられた。


「殿下、時間がありません。お考えがあるのならお聞かせください」

「良いでしょう。ですが」


 アルトリアは、そこで言葉を区切ると、ジルに向き合い言った。


「その前に、確認しておきたいことがあります。ジル・エンフィールド卿、貴公は私の騎士ではありません。」

「はっ……。……わたしをご存じで?」

「ええ、よく知っていますよ」


 アルトリアは自身との面識の有無に関係なく、王室親衛騎士団、侍女、従僕、料理人、庭師等々、使用人の名前すら把握していた。


(おそらく、王族の中で使用人の名前を覚えているのは殿下位の者だろう)


「ジル・エンフィールド卿、あなたにはあなたの所属する隊があります。私に付き従うということは彼らを敵に回す可能性もあります」


 実際、王室親衛騎士団のなかにも企てに参加していない者がいる可能性はあった。

 しかし、騎士団長が今回の企てに加担している以上、大多数の騎士は寝返っていると考えられた。アルトリアの指摘は、ジルの所属する隊がどちらかは言い切れない以上想定されることだ。


「あなたは、もし彼らと敵対することになったとき、彼らを切れますか?かつての仲間を、友を」


 アルトリアの言葉にジル以上に動揺したのはサリヴァンであった。


(仲間殺し……)


 ジルは、アルトリアの問いに堂々と答える。


「我が剣は王室のために。アルビオン騎士の務めを忘れた者は、たとえ親であろうと容赦しません。我が忠義は、アルトリア様に捧げます!」


 ジルは膝をつき、頭を垂れ剣を差し出す。


「よくぞ言いました。略式ではありますが、あなたを我が騎士として認めましょう」


 そう言うと、アルトリアは受け取った剣をジルの肩を右肩、左肩と順番に置いていく。

 その様子に、サリヴァンは自らの騎士叙勲式を思い出していた。騎士の叙勲は使える主君、または騎士見習いのときに使えた騎士によって行われる。彼は、騎士団長アンドレア・バントック卿から叙勲を受けていたのだ。その相手は今、敵となった。


「では、教えましょう。私の考えを」


 アルトリアは、不敵な笑みをこぼし、嬉々として語り始めた。まるで、いたずらの算段を離すかのように楽しそうであった。その姿に、頼もしさを覚えるサリヴァンとジルであった。さぞ、自身のある策があるのだろうと思い、安堵の表情を浮かべる二人はアルトリアの策を聞く、すると、二人の顔がどんどん青ざめていった。


「以上が私の作戦です」

「な……」

「…………」


 二人は思わず絶句しかけるが、絞り出すように言った。


「無茶苦茶です……」

「ジルの言うとおりです……。危険すぎます……!」

「反論は聞きません。あなた達の能力なら不可能ではありません」


 だが、アルトリアは一歩も引かなかった。




 王城内の一室にて、今回の企ての首謀者達が集まっていた。副団長オーガスタスを筆頭に、第三および第四騎士小隊、第二王子および第三王子親衛隊の各隊長である。その中に一人、騎士らしからぬ煌びやかな装飾を施された杖を携える魔法師メイジらしき若者が居た。


「オーガスタス、首尾を聞こう」

「はっ」


 魔法師の若者は、明らかにこの居並ぶ中で最も高齢で、もっとも階級の高いオーガスタス卿を呼び捨てる。


「第二王女を襲撃した部隊は全滅しました。他の王族は捕えました。が、騒ぎに気付いた一部の騎士と使用人たちが抵抗しておりますが……間もなく鎮圧できます」

「ふむ……」


 右手にもった杖で肩を叩き、左手であごに触れる。椅子に腰かけたまま、両足を机の上で組んでおり、とても品があるような格好ではない。


「やはり、手こずるか……国王のほうはどうか?」

「予定ではそろそろかと。報告が来るのはまだ先です」

「不安要素は少ない、こちらよりはな。アンドレアは優秀だよ、心配する必要はない。オーガスタス、僕は君にも期待しているのだよ」


 そう言われ、オーガスタス卿は恐縮する。額には脂汗が浮かび、日ごろの威厳は見る影もない。


「ご期待に添えるよう全力を尽くします!」

「そうしてくれ。アルトリアを逃せば面倒なことになる。まぁ、あいつの事だ。このまま何もせず逃げ出すとは思えん。必ず捕えよ」

「「「はい!!」」」


 その場にいた全員が同時に、敬礼をもって答える。


「今回の企ては予定より急なものだった。その状態で諸君らはよくやっている。たとえ、重要人物を取り逃がし、予定より進捗が遅れていても……諸君らはよくやっている」


 その場にいた歴戦の騎士たちが全員、息をのむ。呑まれているのだ、この魔法師の殺気に。


「これ以上の遅れはない。僕はそう思っている、諸君を信頼している」


 ドンと、わざと音を立て、椅子から飛び降りる。そのまま騎士たちの中心へと歩を進める。


「僕の信頼を裏切らないでくれ、以上だ」

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