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憑神探偵  作者: 104
『死亡宣告』編
4/40

終:結末乃始

それから数日が経過した、ある日。

本日の授業も全て終わり、未夜は帰路につく為靴を履き変えていた。

行方不明になっている姉の事で気分を沈ませていないかと気を使ってくれている仲のいい友達数人が、私の下校についてくる。


「でさ、アケミって告られたらしくて――」


「マジ?! でもさぁ――」


他愛もない会話を交わしつつ校門を出ようとすると……

そこには見知った顔が立っていた。

クチャクチャとガムを噛みつつ、態度悪そうに腕組みなんかしながら。


(あ……あれは?!)


未夜は友達に「ちょっとごめん!」と一声かけると、犬崎の方へ駆けていく。


「犬崎さん!」


声をかけられ、未夜の存在に気付いた犬崎は片手をヒラヒラと振ってみせた。


「ど、どうしたんですか、こんな所で!」


まさか姉が見つかったのでは、という期待が未夜の胸を過ぎる。


「あぁ、それなんだがな。実は……」


「……実は……?」


「ちょっとした収入が入ったんで、お前に飯オゴってやろうかと思ってさ。いやー、まさか千円で確変大当り引くなんてな」


がくっ……


ものすごい落胆を感じる未夜。さらに。


「えー、未夜いつの間に……」


「彼氏出来たなんて聞いてないしー……」


少し離れた場所で未夜の友達の声がする。しかも何やら誤解している様子。


「と、とりあえず、ここから離れましょう犬崎さん! 一刻も早く! 逃げる様にっ!」


「ん? お、おぅ……ってか、そんなに引っ張るなよ、いてててっ!!」


未夜は犬崎の腕を強引に、しかも思いきり引っ張りながら学校を後にした。


「――ってか何で勝手に学校に来ちゃうんですかっ!」


犬崎に連れて来られた飲食店。そこで食事をしながら未夜が叫んだ。


「腐っても探偵でしょ?! 事前連絡は基本なんじゃないんですか?! 報告! 連絡! 相談!」


「腐っ……それはどういう」


「それにっ! なんですか、この店は! 小さいラーメン屋! しかもオゴりが1杯250円のしょうゆラーメンって! あ、替え玉ください!」


「替え玉するのかよ?!」


「そんな事よりっ!」


水を一気飲みして、テーブルにコップをたたき付ける様に置いて未夜は尋ねる。


「姉は……見つかったんですか……?」


その言葉に犬崎は、ポケットからガムを1枚取り出し、口に放り込んでから答えた。


「近い内に犯人は捕まる」


「ほ、本当ですか?!」


「あぁ。だがとりあえず今は、俺に付き合え」


犬崎が次に向かった先、それはゲーセンだった。

UFOキャッチャーの景品である猫のぬいぐるみが欲しいと未夜が言い出し、挑戦する犬崎。しかし……


「犬崎さんって、ゲームセンスないですよね」


先程から20回以上挑戦しているが、元の位置から微動だにしていない景品を眺めつつ、未夜が呟く。


「んだとっ?! じゃあオマエやってみろよ! 絶対にコレ引っ付いて取れなくなってんだ!」


今にも店員に掴みかからんばかりの犬崎を尻目に未夜がクレーンを動かす。

鈎爪は猫の頭をがっしりと掴み、そして……


――ふわり――


……浮いた。ぬいぐるみはそのまま取り出し口まで空中移動し、


「んなバカなッッ?!!」


犬崎の絶叫が店内に響き渡った。


――その後も2人はボーリング、カラオケと行く先々で遊びまくり、気がつけば時刻はすっかり遅くなっていた。


「うわ、もうこんな時間ですね。遊び過ぎちゃいました」


夜道をスキップしながら未夜が言う。


「そうだな。こんな時間か」


犬崎が時計を眺めつつ、うーんと唸っている。


「未夜。オマエって今実家離れて、学校が用意した全寮制のアパートに住んでいるのに間違いないよな?」


「そうですよ? どうかしました?」


「よし。じゃあ今から行くぞ」


「行くって、どこへ?」


「決まってんだろ、オマエの部屋だ。ホラ、さっさとしろ」


……


…………


その言葉を聞いた瞬間、未夜は……


「えぇええええぇえぇええッッッッ??!!!!!」


大絶叫したのだった。


未夜の住む寮は男性の出入りを禁止している。夜23時を越えての入寮はできず、どちらかでも破ってしまえばレポート提出、最悪停学になる。

そんな寮の近くに、犬崎と未夜は到着した。


「部屋は何階のどこだ?」


「あの部屋、ですけど……」


3階建ての最上階。そこに未夜の部屋があった。


「でもここ、セキュリティだけは異様な位に気合い入ってて、学生か一部の関係者以外は扉が開かない仕組みになってますよ?」


「大丈夫だ、問題ない。オマエは普通に寮に戻り、部屋で待機していろ」


何が大丈夫で、一体どうするつもりか気になった未夜だが……とりあえず犬崎の言われるがまま、寮の入口に備えつけられた機械に学生証をスキャンさせ、扉を開ける。


(扉壊して入るとか、そんな感じの事するんじゃ……)


不安を募らせながら自分の部屋に戻った未夜が、お気に入りの小さなソファーに座ろうとした時。


――ゴンゴンッ――


不意に窓から音がした。カーテンを閉めているので外の様子までは分からない。


(……風、かな?)


――ドンドンドンッ――


しかし物音は続いている。

まさかと思い、未夜がゆっくりと窓のカーテンを開けてみる。するとそこには……

窓の外、片手人さし指の力だけでアパート天井からぶら下がる犬崎の姿。


「嘘?!!」


事態が全く把握出来ていない未夜。そして犬崎は、


「さっさと窓の鍵を開けやがれ! 誰かに今の姿を見られたらどうすんだッ!」


と、小声で叫んでいる。


(え? ちょっと待って? よく考えて? 私の部屋は3階で犬崎さんは窓の外。外から上ってこれる階段なんてないし……え? なんで犬崎さんがいるの?)


「早くしろっつってんだろ、コラーッ!!」


未夜が窓を開けてあげると、犬崎は靴を脱ぎ部屋の中へ降り立った。


「ふぅん、意外と綺麗にしてんじゃねぇか」


遠慮という言葉はどこへやら。犬崎はゴソゴソと未夜の部屋を荒らし回る。


「ちょっ! 何やってんですか! 勝手に引き出しを開けないでくださいっ! それにさっき何げにひどい事言ってませんでした?! 意外に綺麗とかっ」


未夜は犬崎の首を掴み、「いいから静かに座っててくださいっ!」と怒鳴る。

渋々、といった感じで未夜のお気に入りのソファに座り、足を投げ出す犬崎。実にふてぶてしい態度だ。


「今、お茶入れますから……」


「お茶いらね。ジュースない? 甘いヤツ」


「……はいはい……」


(自分の部屋なのに。なんでこんなに疲れているんだろ……)


市販のオレンジジュースをコップに注ぎつつ、未夜は思った。


(……っていうか今私、部屋に男の人を入れてる……)


時刻は夜。部屋には若い男女2人きり。そう考えると未夜の心拍数が跳ね上がった。


(初めて男性とこんな時間まで2人きりで……! これって……このシチュエーションって、もしかして……ッ!?)


顔面がボッと真っ赤に染まる未夜。


(ないないッ! あはは、馬鹿な事考えてるな、私)


お盆に2人分のジュースを置き、少し離れたリビングまで持っていこうとする。


(でも……もし私、犬崎さんに襲われたら……抵抗出来るかな……)


考えたらダメだと未夜は何度かブンブンと頭を振ると、努めて冷静に振る舞う様、深呼吸をして……犬崎の元へ。


「じッ、ジゥス入れれまりたッッ!!」


大失敗である。

気付けば、微かにお盆を持つ手が震えていた。

首の辺りまで真っ赤になっているのに未夜自身も気付いている。

ドキドキと先程から心臓の音がうるさい。

真っ直ぐ犬崎の顔が見られない。


(意識するなッ!! 意識するな私ッ!!)


ぐっと力を込め、軽く息をはいて……顔をあげる未夜。すると……


「……え?」


そこには、ソファーの上で大の字になって、すぅすぅと寝息を立てている犬崎の姿。

それを見ながら、口をパクパクさせる未夜。


(な、な、な……何寝ちゃってんのよ、こいつッ!)


寝ている犬崎の頭をポカンと叩くと、犬崎は一瞬呻いてみせた。


(……ま、いっか)


残念のような、ホッとしたような、不思議な感じだった。

持ってきたジュースを一口飲み、頬杖をつきながら犬崎の寝顔を見る。


(……子供みたい)


未夜はしばらくの間、その寝顔を見つめながら、微笑んでいた。


――それから数時間が経過した頃。


「………………」


真っ暗な部屋で犬崎は急に起き上がり、辺りを窺う。

少し離れた位置にベッドがあり、そこから小さな寝息が聞こえてくる。

そのベッドに近づくと、犬崎は寝息を立てている人物の体を揺すった。


「おい。起きろ、おい」


「――う………うぅ……ん?」


軽く呻き、うっすらと目を開ける未夜。そして……驚く。


「……っちょっ!? な、な、何ですか犬崎さん?!」


「静かにしろ」


犬崎は未夜の口元を手で抑える。余りの突然の出来事に動揺隠せない未夜。


「来るぞ」


……次の瞬間……


バチンッ……ザザザザザザザ……!


突如、何も触れていないはずのテレビの電源が入る。


「……え……?」


そして、テレビの画面の中の砂嵐の映像が真っ白の画面に切り替わる。そこから……

『如月 未夜』の名前が浮かび上がった。


「け、けけけ、けん……犬崎さんッ! こ……ここ、これ……まさか!!」


未夜の表情が、みるみる青冷めていく。


「し、しし、死亡宣告ッ!! わ……私の……な、名前がッ!!」


涙を流し、震えあがる未夜。犬崎はそんな彼女の手を握った。


「……!」


「安心しろ、未夜。オマエを殺させたりしねぇ。俺が護ってやる」


「け……犬崎さん……ッ」


犬崎は死亡宣告が映し出されているテレビを蹴り飛ばす。

ドガンッ! という派手な音を立て、テレビの画面は破壊。床へ転がる。


「犬崎さ――」


未夜が再び犬崎を見ると、犬崎は目を閉じ、その場に佇んでいた。

真剣な犬崎の表情に未夜はその場を動けない。言葉を発せない。


……その時。


――キシキシッ――


「――――ッ!! そこか!!」


『何か』を捉えた犬崎はおもむろに窓を開けると、窓の外に向かって跳躍。壁を蹴り二段ジャンプを行い、華麗に寮の屋上へと降り立つ。恐るべき身体能力だ。


「――――ッ!!?」


誰もいないはずの屋上。しかしそうではなかった。

突如飛来した犬崎の姿を目で捉え、動揺してみせる人物が1人。


「オマエだな? 【死亡宣告】を作りあげた……張本人」


不敵な笑みを浮かべる犬崎。その犬崎から逃れようと背を向ける謎の人物。しかし――


「――ッなッ……ッ?!」


犬崎が恐るべき速度で相手の正面に立つ。あまりの現実離れしたスピードに、思わず声をあげる謎の人物。


「おいおい、人の話は最後まで聞くもんだぜ」


「……けっ、犬崎さんッ!」


遅れて未夜も到着したようだ。息を切らせて、屋上に姿を現す。


「…………くッ……!!」


謎の人物は犬崎と未夜を交互に睨みつけ、舌打ちをしてみせた。


「……あ、あなたは……!!」


屋上にいた相手は、青いツナギの服を身に纏い、同色無地の帽子を目深に被っていた。しかしその者が誰であるのか、ここにいる者達には一目瞭然。


「その格好……清掃業者や修理業者にでもなりすまして侵入したのか。フン、用意のいい事だな」


「……くっ……ぅうッ!」


「け、犬崎さん……これって」


「そういう事さ。今回の死亡宣告事件……その犯人は――


テメェだ、渡部健吾!」


「……は……ははっ……」


渡部健吾は口端を歪めながら呟いた。


「な、何をバカな事を、い、言っているのかな? ぼ、僕は偶然っ! たまたまっ! ここを通りかかってッ!」


「おぃおぃおぃ、勘弁してくれよ。オマエは偶然たまたまで、男子禁制の女子寮の屋上にいるのか? だったらその手に持ってる機械は何だ?」


渡部健吾の右手には、トランシーバーのような機械が握られていた。


「こッ、これは……ッ」


「受信機だろ? 盗聴器のさ。設置場所も検討がついてる。どうだ? まだ言い逃れするつもりか?」


「ば、バカなッ……ちがッ……い、いやッ! 確かにこれは盗聴器だッ! だがそれはッ! 彼女をストーカーの魔の手から救い出そうとッ……!」


あまりの下手な言い訳に呆れ顔の犬崎。


「自分の手をしっかり見ろ。それこそ、彼女を脅かす魔の手なんだよ」


「……ぐ……ぐぐッ……!」


「渡部さん……どうして……どうしてこんな……」


「うぅ……! ぐ……! ぐ……き……キ……!」


「……?」


俯く渡部の身体が微かに震え、そして歯ぎしりの様な音がしたかと思った……

次の瞬間。


「クキケケケカキキクケケケケケケーーッッ!!」


突如、目の前の犬崎に向かって襲いかかる渡部。

その片手には、懐に忍ばせておいたのだろう、サバイバルナイフ。


「クケカカカカーーッ!」


その刃は、犬崎の顔面を真っ直線に捉えていた。


「犬崎さんッッ!!!!」


「……フン、遅いな。止まって見えるぞ」


犬崎は凄まじい速度でナイフを持った渡部の腕を掴む。


ギリギリギリッ――ボキンッ!


「ッ?!! ……ぐッ! がぁああぁああッッッ?!!」


掴んだその手に力を込めと、みるみる渡部の腕から血管が浮き出し、そして鈍い音が辺りに響く!


「バカなッ?! お、折れッ!? う、ううう嘘だろ?! そんな――」


次の瞬間、犬崎は渡部の折れた腕を引っ張ってみせる。いとも簡単に体勢を崩す渡部の腹部に、犬崎の蹴りが炸裂。


「――――ごッッ!!!?」


渡部の身体は軽々と宙を浮き、10m以上先のフェンスへぶつかる。


「ご……ふ……ッッ!!」


吐血しながら、その場へ崩れ落ちる渡部。


「きさ……ま……は……!?」


そう呟き、奴はがっくりと頭を垂れて気を失う。


「け、犬崎さん……貴方は、一体……」


質問を代弁する未夜。それもそのはずだろう。

犬崎の髪が一瞬にして白……否、輝きを放つ銀髪へと変わっていたのだから。

振り返り、未夜を真っすぐ見つめる瞳は……燃える様な紅眼。


「チッ……見せるつもりはなかったんだが、血が滾っちまった」


ボリボリと頭をかいてみせる犬崎の爪は、いつの間にか長く、鋭く延びていた。


「俺の身体の中には何だか訳のわかんねぇ神様ってのがいるのさ。

憑神(ツキガミ)】ってんだが……」


当の本人である犬崎も詳しい事は分かっていないらしく、説明が非常にあやふやだ。


「その憑神の名前がまた、長ったらしいんだ。

【瞬天動星大御神臥怨吏竜(シュンテンドウセイオオミカミ フェンリル)】

……まぁ、犬だか狼だかの神様さ。別に覚えなくていいぞ」


「おおかみ……フェンリル……?」


未夜は未だ、驚きを隠せないでいた。


「……っと、ここまでか」


その時、犬崎の髪が元の黒色に戻る。

それだけではない。瞳も、爪も全て最初に会ったままの姿へと変わった。


「未夜、ぼけっとすんな。さっさと警察を呼べ」


「ふ、ふぇ?! 警察……あ! 警察! は、はいっ」


放心状態から我に返り、未夜は警察へと連絡をしてこの場に来てもらう事にした。


――そして30分後。

一連の事情を未夜が警察に説明し、渡部はそのまま連行される事となった。

当の犬崎は、「警察と関わりたくない」と告げて足早にこの場を去っていた。

その逃げ足の早さは流石と言えるものだったが、未夜はもう驚く事はしなかった。


――更に数日後、冷たい部屋の一室。

その中央には、上から白いシーツをかけられたストレッチャーのような台が置かれており、それを囲う様に未夜と、数人の男性が立っていた。


「よろしいですか?」


男の一人が未夜を見つめながら呟く。それを聞いた未夜は、無言でコクリと頷いた。


「では、ご確認下さい」


男がそっとシーツをめくり上げる。その下から現れたのは……


女性の、死体だった。


鼻につく臭いが途端に室内に蔓延し、男達は思わず顔をしかめる。

しかし未夜だけは、しっかりと下唇を噛みながらその女性を見下ろしていた。

土気色に変わった肌、両肩、両腿の先には[あるべきはずの物]が無かった。

未夜はしばらくその場から動かず……そしておもむろに男性達に向かって告げる。


「間違いありません……ありがとうございます」


――警察署から出てきた未夜を待ち受けていたのは、犬崎だった。


「あは。どうしたんです? 警察とは関わりたくないんじゃないんですか?」


「……フン」


未夜の言葉に鼻で返事をする犬崎。


「別れは告げたか?」


未夜の横をついて歩きながら犬崎は尋ねる。


「そう、ですね。お姉ちゃんの分まで、しっかり親孝行するから心配しないでねって、伝えました」


「そうか」


「それにしても」


未夜は疑問だった事を聞いてみる事にした。


「どうやって渡部さんが犯人だと分かったんですか?」


「渡部が犯人だっつー証拠はなかった。だが、都市伝説を装ってる事は気づいてたからな。犯人を探すより、犯人のほうからやって来させるほうが手っ取り早いと考えただけだ」


「どこで気づいたんですか? 私には、さっぱり……」


「匂いだ。お前の姉ちゃんの部屋に描かれた血文字だが、血の匂いなどしなかった。おそらくペンキか何かだろう」


(匂い……さすがは犬の事だけはあるなぁ。……あれ? 狼だっけ?)


「あと、部屋がめちゃくちゃになってた時……あるモノがないと思ってたんだ」


「あるモノ?」


「姉ちゃんが部屋を荒らす際に使った……凶器だ」


「あ、そういえば」


「女1人の力で、あれだけ部屋をめちゃくちゃにするとしたら至難の業だ。時間をかければ不可能でもないが、隣の住人などはその物音を聞いていない。つまり1日かけずに犯人は部屋を荒らした事になる」


「そうですよね。恐怖で部屋を荒らすくらいなら、さっさと部屋から逃げたほうが早いし……アリバイ工作みたいなものですか。でも、お姉ちゃんが凶器を持ってどこかに行ったとは考えなかったんですか?」


「凶器持って逃げたとなればそれこそ何者に追われてたと考えられる。幽霊に凶器が通用するとは、普通の奴なら思わねぇ」


「渡部からしてみれば、今回の死亡宣告は自分の犯行や凶器などを隠す、いい材料になったってワケさ。ただ少しやりすぎた、追い詰められるプレッシャーに勝てずボロが出た……って事だな」


「探偵を呼び、お姉ちゃん失踪の調査をしている事を知り、焦ったんでしょうね」


「テレビ局の帰り際に、オマエに頼んでいた事があっただろ?」


「ええ、あれって何だったんですか?


" 明日の朝まで部屋に戻るな "


友達の家に泊めてもらったんですけど」


「渡部が何か仕掛けてくると思ったんだ。そして案の定、奴は盗聴器を仕掛け、未夜の部屋のテレビに細工をした。ある時間になると録画を再生されるテレビ……操作の効かないリモコンやボタン……」


「――あっ、あの時の!」


「そうだ。恐怖を煽れば未夜は退くと思ったのさ」


「それでも、もし私が退かなかったら……?」


「オマエも行方不明者の仲間入りだっただろうな」


その言葉を聞き、未夜の背筋に冷たいモノが走った。


「まぁ、オマエの身に何かあっちゃいけないからな。だから余計に部屋に戻るなっつってたんだ」


「――――えっ」


一瞬ドキッとする未夜。

犬崎はガムを口に放り込みながら言葉を続ける。


「オマエがいなくなったら……誰が今回の報酬を払うんだって話だ。今月、ガス代や電気代が止められそうで――」


――どげしっ


話の途中で未夜の蹴りが犬崎の尻にクリーンヒットする。


「っでぇな! 何すんだ!」


「うっさい、バカ!」


頬を膨らませながら、小さく呟く未夜。


「……でも、犬崎さんには感謝してます。ありがとうございました」


深々と頭を下げる未夜と目線を反らす犬崎。


「話にも出ましたけど、報酬を払わなきゃですね」


「あぁ。タンマリと払ってもらうぜ、と言いたいトコだが」


「?」


「……まぁ、オマエにも随分協力してもらったっつーか……だから半額でいい」


「本当にいいんですか?」


「あぁ。その代わり……」


「???」


犬崎はクンクンと鼻を動かし、ビシッと前方を指差す。

その先には「営業中」と書かれたラーメン屋台。


「ハラ減ってんだ。オゴれ」


その言葉に未夜はキョトンとしていたが……その内、笑顔を作りながら


「替え玉は無しですよ?」


と、言ったのだった。

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