終:結末乃始
目前の男、柏崎と対峙する犬崎。
大きな包丁が微かに震えているのが分かった。
奴が仲間である女性を殺したのだろうか?
(杉沢村の犯人が憑いているという可能性もあるが……)
操られている、というよりも怯えている感じに思えた。
「意識はハッキリしてるのか? そんなモンで俺を殺す事は出来ねぇ、やめとけ」
一歩近づくと、相手は一歩後退をしてみせる。
そして何やらブツブツと呟いている様子。
「――を――も――」
「あ? なんだって?」
聞き耳をたててみる。するとやっと相手の言っている言葉が理解出来た。
「千鶴を……よくも……!」
千鶴……? 一体何の事だろうか?
犬崎は頭を巡らせてみて何かを思いつき、後ろを振り返る。
「……そうか。この女は、千鶴って言うのか」
「お、オマエが殺したんだッ!!!」
どうも言っている意味がよく分からないが、ここは弁解しておいた方がいいだろうと犬崎は考える。
「ちょっと待て、俺はこの女性を捜索に来たんだ。殺したのは俺じゃない。……オマエ、柏崎だろ?」
「な、なにを言ってるんだ、オマエはッ!!」
「………………?」
相手が混乱しているせいだろうか? どうも要領をえない。
「俺はオマエの事も捜索に来たんだ。堀に頼まれて――」
「そ、捜索……? さ、さっきから何を意味の分からない事ばかりッ! オマエもどうせ奴等の仲間なんだろう?!」
「……仲間? おい、それは」
「俺は元々『千鶴と2人きりで』ここにやってきたんだ! 堀とか柏崎とか、一体誰の事を言っている?!」
……2人きりで訪れた? 堀の事も知らない……?
それは……つまり……
「――ッ! おい!! オマエの名前は、何ていうんだ?!」
「なっ、なんだいきなり?!……【西畑】だが……それが一体どうしたと――」
「――しまった!!! 未夜達が……危ないッ!!!」
つまりは、こういう事だ。
堀と名乗った、あの男が言っていた事は全て嘘だったのである。
事情を柏崎(実際の名は西畑)から聞いてみると……
殺害された女性、千鶴と夜空をみる為にドライブへ出掛け、この杉沢村へ迷い込んでしまったらしい。
帰り道が分からなくなり、村にいた男……堀と武田に声をかけた瞬間――
突如、暴行を加えられそうになったと言う。
西畑は彼女を守る為に、武田に負傷をおわす事は出来たが、それが限界だった。
「一旦体勢を整える為とはいえ、その場から逃げ出したせいで……千鶴は……!」
涙を零しながら、しかし走る速度は変えない。
「……向こうとしても仲間が倒れてしまったので、一旦体勢を整えた後にオマエを探しだすつもりだったんだろう。そして、その途中に俺達と出会った……」
出会った時の彼女の怯えた表情は、そういった理由があったのかと犬崎は理解する。思い返してみれば彼女は悲鳴以外、何も言葉を口にしていなかった。
「くそッ! こんなチンケな罠に引っかかるとは!」
悔やんでも仕方がない。今は一刻も早く未夜達のいる廃墟へ戻る事が先決だ。
(忍がいるから、大丈夫とは思うが……無事でいろよ、未夜……!!)
――時は遡り場面は代わり。
未夜と忍は犬崎達を送り出した後、時間を持て余していたので話をする事にした。
そうする事で恐怖感が少し安らぐのではないかという未夜の思惑である。
「……この人、大丈夫かな。さっきから全然起きないけど」
「脈拍正常、顔色も少しずつだが良くなってきているので問題はないかと」
「犬崎さん達の事も心配だな……悪霊に襲われたりとか……」
「その点においても、奴の実力は本物なので問題はないかと」
「……そっか……」
そして沈黙。なんだか会話が続かない。
「えっと……忍ちゃんは普段、休みの日とかって何をしてるの?」
「剣の鍛錬をしています」
「鍛錬? それだけ? ショッピングとかTVを見たりとかはしないの?」
「買い出しには行きます。TVは見ない、新聞は読みますが」
「それじゃつまんないよ! せっかく女子高生してるのに、もったいない!」
「も、もったいない……?」
未夜の勢いに、忍が若干たじろぐ。
「もちろん、その鍛錬ってのも大切な事だと思うよ? でも青春を謳歌しなきゃ! もっと可愛い格好するとか!」
「せ、青春? 可愛い格好?」
忍は改めて自分の格好を眺めてみる。ジーパンにTシャツ、ジャケットを羽織っている姿は似合っているものの、女性らしさがない。
「今度一緒に買い物へ行こうよ! コーディネートしてあげる! そして美味しいモノ食べよっ」
「わ、分かりました。機会があれば是非……」
「本当?! 約束だよ?!」
満面の笑みを浮かべる未夜に、忍はコクリと頷く。
「忍ちゃんは綺麗な顔してるんだから! スタイルもいいし! 本気を出したら、すぐに彼氏とか出来ちゃうかもなぁ」
「かっ、彼氏ッ?!!」
一瞬、忍の脳裏に1人の男が思い浮かぶ。同様に未夜の脳裏にも忍と同じ人物が思い浮かんだが……2人は大きく頭を左右に振り、その『目つきの悪いガムばかり食っている男』の顔を消し飛ばす。
「あははは、か、彼氏とかは、やっぱりイキナリすぎるね!」
「そ、その通り。やはり生涯の夫となる者は、父のような立派な男でないと……」
「「あはははは…………はぁ…………」」
2人で笑い合った後、深い溜め息をつく。
「でも本当に、大丈夫かなぁ犬崎さん」
未夜が再び犬崎の安否を心配した、その時――
「――ッく……ここは……?!」
先程まで横になっていた男が突然目を覚ます。
「……あの野郎、どこに……」
後頭部を押さえながら、周囲を見渡して現状を確認する男。
「――あ! 気がつきました? よかった、心配したんですよ」
「……なんだ、オマエは」
「私達は、堀さんの知り合いというか。本当に知り合ったばかりですけど」
「……堀? 奴はどこにいるんだ?」
「別のお友達を探しにいってます。女性の方も姿を消しちゃってて……」
「アイツ等を追ってんのか……くそッ! あの野郎! タダじゃすまさねぇ!」
「おい、オマエ」
割り込むように、忍が口を挟む。
「倒れているのを介抱した私達に対して、礼の1つ言えないのか。見下げた奴だ」
「……あん? なんだテメーは」
「し、忍ちゃん……」
睨みあう男と忍。
「男かと思ったら女なのかよ。紛らわしいヤツだぜ。まぁいい……礼だと? ククッ、そうだな。今なら誰もいねぇし」
男は立ち上がると、拳をコキコキと鳴らしながら2人に近づく。
「たぁっぷり、お礼してあげなきゃなぁ! その身体によぉ! クククク……」
「……下衆が」
「おおっと、抵抗すんじゃねーぞ。一生残る傷をつけられたくなかったらな」
そういうと男は懐の中からバタフライナイフを取り出し、威嚇を行う。
「一生残る傷だと? フッ、面白い。やってみるがいい」
忍は刀を持ったまま立ち上がり、男と対峙する。
布都御魂は鞘から出されていない。
「ケッ、バカな奴だ。少し痛い目見なきゃ、言う事も聞けねぇのかよッ!」
男はナイフを振りかざしながら忍との距離を狭める。
「忍ちゃんッ!!!」
未夜の悲鳴が廃墟内へ木霊した――けれども、全ては杞憂に終わる。
忍はノーモーションから突きを繰り出し、相手のナイフだけを弾き飛ばす!
「えっ?」
余りにも一瞬で、何が起こったのか分からない様子の男。
更に流れるような動きで鞘を反転させ、そのまま男の鳩尾に一撃を喰らわせる。
「――ごっ、はぁ……!!」
その間、僅か1秒足らず。
男は、そのまま床に這いつくばるような形で平伏してしまう。
「フン、最初からそうして頭を下げていれば痛い目をみずに済んだものを」
見下しながら、忍は冷ややかにそう告げた。
「すごいすごい! 何何、今の! 必殺技ってヤツなの?!」
興奮する未夜に忍は後ずさりつつ「あ、いや。そんなものではないが」と答える。
鷹倉の剣技は基本的に名称が存在しない。全ての技は一撃必殺であるべしという教えから、技名を相手に覚えられる時点で、その技は未完成であるのだ。
「えー、名前つけようよ! その方が絶対カッコいいって!」
「か、カッコいい……?」
「そう! "鬼○り"とか"ア○ン流刀殺法"とか"九○龍閃"とか!」
どうやら未夜は、ジ○ンプ愛読者らしい。
「自分の好きなモノを必殺技の名前にするとかいいよね!」
「か、考えておきます」
そんな話をしていると、叩き伏せた男がゆっくりと起き上がった。
「……く、そぉ……! ナメやがって……!」
そして懐から、また新たなナイフを取り出す。
犬崎が前述したが、この土地は不思議な霊気が蔓延している為に感覚を狂わせる。
普段なら相手の殺気を感じ取り反応出来る忍だが、今回に限っては後方から襲い来る男の魔手に気付いていない。
「――ッ! 忍ちゃんッ!!!」
――犬崎へと場面を戻そう。
やっと廃墟が見えてきて、犬崎の走るペースは上がる。
「未夜ッ! 忍ッ!」
玄関扉を開けて室内へ入った瞬間、犬崎の傍を何かが通り過ぎていく。そして……
――ドガンッッッ!!!
特大の炸裂音が鼓膜に響いた。
「な、なんだ?!」
地面に転がったモノを確認してみると……
それは泡を噴いて白目を剥く、武田の姿。
更によく見ると、胸元にバッチリと小さな靴跡が見える。
(…………まさか…………)
ひとまず倒れている武田の事は放っておき廃墟の奥まで向かうと、驚きの表情のまま膠着している忍の姿。そして右足を大きく突き出し、立ち尽くす未夜が見えた。
「……オマエ……何してんだよ……」
犬崎が尋ねると、未夜は慌てた様子を見せる。
「えっ!? け、犬崎さん?! あの、そのっ! いきなり、その人が刃物持って忍ちゃんに襲いかかってきて! 私、無我夢中でキックを……そしたら、ピューッて飛んでいって……!」
(……成程、ケット・シーの力か……)
摩擦熱からか、未夜の履いている靴からは濛々と煙を噴いていた。
未夜の履いている靴は、普通の代物ではない。
ケット・シーという猫妖精が憑依している、いわば魔道具である。靴の能力で、未夜は常人では逆立ちしても辿りつけない領域の跳躍を行う事も可能。
更には、このような破壊力のある蹴りを繰り出す事も……
(可能だったな、そういえば)
溜め息を漏らしながら、犬崎は「やれやれ」と呟く。
何はともあれ、2人が無事でよかった。
そんな安堵の表情が顔に出ていたのだろうか?
「あれ? もしかして犬崎さん、心配してくれたんですか?」
未夜がニヤニヤとしながら、犬崎に近寄る。
「……オマエの心配なんざ、するワケがないだろ。それより……」
「なんですか?」
「お子様のくせに、黒い下着なんかつけてんじゃねぇよ」
「……? ――――ッッ!!!」
一瞬何を言っているのか分からなかった未夜だが、すぐに言葉の意味を理解してスカートを押さえる。
「な、な、な……! 何見てるんですか!! スケベ! 変態!!」
「はぁ?! 何言ってんだ! 誰が好んでオマエのパンツなんか見るかっつの! テメーが大股広げて蹴りなんかすっからだろ!」
「バカ! 最低! どエロ!!」
「この……! おい、忍! オマエからも、なんとか言って――」
目線を移すと、忍は体育座りをしたまま、部屋の隅で小さくなっていた。
「一生の不覚……油断したとはいえ、守るべき相手に守られるとは……」
ブツブツと何かを呟いているようだったが、犬崎は無視する。
「……ったく……どいつもこいつも……」
尚も未夜から責め立てられつつ、犬崎は眉間を軽くつまんでみせたのだった。




