序:事乃始
『――深夜番組や臨時放送には、気をつけたほうがいい。
中には意味不明な映像やテロップが紛れているものがあり
それを見たが最後、あなたは
殺されてしまうから――――』
……ザー……ザザー……
全ての番組が終了し、TVから砂嵐の様な画面が映し出されている。
「……う……んん……」
彼女は目を覚まし、辺りを見回してみる。
自分の部屋、点けっぱなしの照明……時計の時刻はAM4時を半分以上過ぎていた。
「……いっけない……課題やってて……いつの間にか寝ちゃってたんだ……?」
今日の大学講義は朝からだった事に彼女は気付く。
(シャワー、どうしようかな……朝浴びようか……)
そんな事を考えていた矢先、部屋に異変が起こった。
…………バツンッ!
「……ッ?!」
突如部屋の照明が落ち、辺りが闇に包まれたのだ。
「……え? な、何? 停電?!」
しかし、その予想が外れている事に彼女はすぐに気付く。
(なんでテレビの電源だけ、ついているの……?)
テレビの画面から、光が放たれている。
そして、その内容は変わらず砂嵐のまま……
そのはずだった。
「……なに……これ……?」
突如、テレビの画面が砂嵐から切り替えられる。
テレビの映像は非常に画質が悪く、見えにくかった。
それでも目を凝らしてみてみると……
(……どこ……? ここ……)
白と黒の2種類しかない色彩。
高い頂から見下ろす町というより村という印象を強く受ける風景。
そして画面切り替わり……
能面を被った大勢の人間が立ち尽くす光景。
耳を澄ますと、画面のノイズに紛れて、何かを喋っている様だ。
(ワケわかんない……さっきから、コレ何の番組?)
突然画面は真っ白になり、画面下から名前が上がってきた。
小声で、無機質に、その浮かび上がる名前を読み上げていく声。
(キモチ悪い……早く切ろう、こんな番組……)
そう感じた私がリモコンを手にした時――
「――え?」
再び有り得ない事態が起こり、私は手を止める。
(……これ……アキちゃん……?)
羅列されている文字の中、友人である【宍戸 亜紀】の名前を見つけた。
(何かの当選発表? それとも番組制作を手伝ったとか? そんな話聞いていないけど……)
数分ほど番組を見続けていた時。なんと浮かび上がる名前の中に……
私の名前を発見する。
「な……何で私の名前が? 同姓同名?」
一瞬それも考えたが、名前の後にはその人物の住んでいる地域まで表示されていた。
……そう、私の住んでいる場所が……ハッキリと……
「ワケわかんない……何よ、これ……ッ!」
浮かび上がる名前は先程から繰り返し流されている。男女、地域問わず様々で関連性がまるでない様に感じる。
そして画面の名前が2周目を通過した時、再び画面が切り替わる。
突如オルゴールから流れる様な、もの悲しい音楽が流れてきた。
そしてテレビ画面上から血の様な赤い液体が流れ落ちてきて、
数分後には画面は真っ赤に染まった。
(嫌……何……? 寒気がする……ッ!)
しかし彼女は画面から目が離せない。
そのまま食い入る様に赤い画面を見つめていた……その時。
画面から男とも女とも言えない、気味の悪い肉声が呟いた。
『――今回ノ死亡者ハ以上でス
ソレでハ、皆さン
おヤすミナサイ――』
テレビの画面は、そこでブチリと途切れたが……
彼女はしばらく、その場から動けないでいた。
――数日後。
緊張した面持ちの女子高生が、ある汚い雑居ビルの扉の前に立っていた。
もうかれこれ10分以上、扉を叩くべきか悩み立ち尽くしている。
(せっかくここまで来たんだし……勇気を出さなくちゃ……!)
深呼吸をした後、彼女は意を決して扉に一歩近寄る!
次の瞬間
――バタン!! ゴツッ!!!
「――――ッッ!!!」
突如前触れなく開け放たれた扉に、彼女は顔面を強打する!
声なき悲鳴をあげ、彼女は顔面を抑えながら、その場にうずくまる。
「……オマエ、そこでさっきから何してんだ?」
頭上高くから声がした。
涙目ながら見上げてみると、そこにはクチャクチャと何かを噛み締めている目つきの悪い男性が1人立っていて……
これが彼女と【犬崎 快刀】の出会いだった。
「……………………」
事務所の中に通された彼女は、現在ソファーに座っている。
部屋は本棚に囲まれ、床は飲み物や雑誌、食べ終わった弁当などが散乱している。
ソファーの正面には大きな机が置かれており、現在は彼女を出迎えた(?)目付きの悪い男が椅子に座り机の上に足を放り出して、偉そうに座っている。
(ここ……暴力団事務所とかじゃないよね……来るトコ私、間違えた……?)
彼女の不安がピークに達していると、男が声をかけてきた。
「……アンタ、何?」
アンタこそなんなんだと思ったが、口には出せない。
「消費者金融から催促に来たとしては、随分若く見えるな。その制服はコスプレか?」
「ち、違いますッ!!」
制服を着てきたせいか、あらぬ誤解を受けていた様だ。
「あの、ここって確か……探偵……事務所ですよね……?」
恐る恐る聞いてみる。すると男は、アッサリ答えた。
「おう。ここは【犬崎探偵事務所】そして俺がここの所長、犬崎快刀だ」
男の言葉に彼女は、顔を引きつってみせた。
「んん?! 何だ、もしかしてオマエ……依頼人か?!」
途端に目をキラキラさせる犬崎。
「え……あの、いや、その」
「なんだよ、そうだったのかよ! だったら早く言えっつんだ。そうか依頼人かぁ!」
嬉しそうにしている犬崎を尻目に、彼女の怪訝な気持ちは色濃くなるばかり。
「依頼するって事は、若くても親から小遣いとか結構貰ってんだろ? ちょっとさぁ、依頼とは別に金貸してくんないか? 今月ピンチなんだよ、頼むぜ」
「…………」
犬崎の突拍子もつかない言葉に、彼女はもはや呆れて物も言えなかった。
一瞬帰ろうかとも考えたが……
(いや……私には時間がない。今はワラにもすがりたい気持ちなんだから……)
そう考え直し、犬崎に依頼の話をする事にした。
「えっと……犬崎さん。貴方の噂を聞いて、こちらに伺いました。依頼を頼みたいんです、よろしくお願いします」
そういって頭を深々下げると、犬崎は眉根を寄せて神妙な顔をしてみせた。
「とりあえず、アンタの名前は?」
犬崎が尋ねると、彼女は少し焦った様子で答えた。
「あ、遅くなりました。私、【如月 未夜】と言います」
ぺこりと頭を下げる未夜。
しかし犬崎は、それを無視してジロジロと未夜の容姿を眺めていた。
「な……何ですか……?」
「アンタ、その制服。有名なお嬢様学校の」
「お嬢様学校……周りはそんな言い方しますね……」
思わずニヤつく犬崎。
(金持ちのお嬢か……こりゃ、タンマリふんだくれそうだな)
「どうか……しました?」
未夜が恐る恐る尋ねるので犬崎は「何でもねぇ。こっちの話だ」と取り繕う。
「んで、依頼内容を教えてもらえねぇか?」
「……あ、はい……」
未夜は俯き、ゆっくりと話し始めた。
「依頼というのは、私の姉、弥生を探してほしいんです……」
「ふんふん……」
犬崎は引き出しからメモ帳を取り出し、サラサラと未夜の言葉を書いていく。
「いわゆる尋ね人か。……で? 姉ちゃんは、いつからいなくなったんだ?」
「3日位前です」
「3日……姉ちゃんは何歳だ?」
「20歳です」
「ハタチ? そんな年頃の女だったら3日くらい家を空ける事もあんだろう?」
「違うんです!!」
未夜が力一杯に否定する。
その勢いに、犬崎は一瞬気圧された。
「偉く断言するじゃねぇか。姉ちゃんが誘拐されたっていう証拠でもあんのか?」
俺が尋ねると、未夜は俯きながら少しずつ話し始める。
「証拠……というより……あれは普通じゃない……普通じゃないんです……」
そう語る未夜の体は、何かを思い出したのか、カタカタと小刻みに震えていた。
「普通じゃない? 何が、どう普通じゃないんだ?」
「言葉では……ちょっと……」
「警察には知らせたんだろ?」
「もちろんです。ただ本腰を入れて捜査してくれなくて……また何かあれば連絡をしてくれと」
そんな事だろうなと犬崎は思った。警察はいざと言う時ほど役には立たない。その何かあった時に警察は何をしてくれるというのだろうか? 何かあった後では遅いというのに。
(まぁ、だから俺みたいな稼業が生き残っていけるんだがな)
犬崎は、ぷぅっと口から風船を膨らませながら天井を仰ぐ。
先程からクチャクチャと何を食べているのかと思いきや、それはガムだったようだ。
「姉ちゃんと最後に連絡取ったのは、いつだ?」
「2日前です……」
「どんな話の内容だったか覚えているか?」
「はい……あの時、姉から電話が入ったんです。姉は大学に通い始めてから一人暮らしをしていまして」
「よくお嬢様の一人暮らしを親は許可したな。それで?」
「電話がかかってきたのは朝方近い時刻でした……私はその時間、熟睡していて姉の電話に気付かなかったんですが」
「ですが?」
「携帯の留守録に……姉の声が入っていたんです……」
「……ほぅ」
「これがその、携帯電話です」
未夜が取り出した可愛いらしく装飾された携帯。
その留守録を聞いた瞬間、犬崎の背中に冷たい戦慄が走り抜けた。
携帯の留守録を再生させる未夜。
すると、ザリザリと耳障りな音と共に……鬼気迫った女の声が聞こえ始めた。
『……未夜……未夜ァッ……! 助け……助け、て……ッ!!』
この声の主が、未夜の姉で間違いないだろう。
『私……私ッ! 殺されッ……殺されちゃうよッ!! ……やだ……ッ! やだッ!! 死にたく……死にたくないぃッッ!!!』
録音を聞いている最中、未夜は耳を塞ぎ、目を頑なに閉じる。
『……テレッ……ビ……! ……来るッ! やだ……ッ! お母、さん! お父さ、ん! 未夜ッ! 助け……助け…ッ――――』
急にここで音声が途切れた。
(……これで終わりか?)
犬崎がそう思っていた時――
『ギャアァアアアアアァアアアアアッッッ!!!!!』
突如、未夜の姉の悲鳴が携帯から響き渡った。
「……なるほど。確かに普通じゃねぇな」
犬崎は携帯を閉じると、未夜に「もう終わったぞ」と告げてから渡した。
「姉ちゃんに彼氏はいるのか?」
「は、はい……一度家に連れてきた事があって、同じ大学に通う人だと聞いています」
「そうか」
犬崎はガムを噛みながら、ボソリと呟いた。
「多々気になる点はある。確認してみなきゃいけねぇな……」
「そ、それじゃあ……!」
未夜の表情が、ぱぁっと明るくなる。
「如月未夜っつったな……いいだろう。この依頼……引き受ける」
「あ、ありがとうございます!」
「まずは姉ちゃんが通っていた大学に向かうぞ。ついてこい」
犬崎は立ち上がり、ガムを膨らませながら呟く。
「……おもしろくなってきやがった……」
パチンとガムが弾け、そこから覗く犬崎の表情は、不敵な笑みを浮かべていた。