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憑神探偵  作者: 104
『自殺音階』編
19/40

終:結末乃始

次の日の夕方。

未夜は犬崎に呼び出され、美恵子の通う音大に向かって走っていた。学校から一旦自宅に戻り、服を着替えて電車に乗り音大へ。既にヘトヘトである。


「はぁ、はぁっ……もうっ……! なんだって言うのよ……!」


やっと昨日の部室へ到着し、呼吸が元に戻るのを待ってから扉をノックする。


「おう、開いてるぞ」


犬崎の声が聞こえてきた。未夜は「失礼します」と一言告げて扉を開けた。すると、我がもの顔で椅子に仰け反る犬崎と、未夜に向けて頭を下げてみせる美恵子の姿が。


「適当に座っとけ」


自分の部屋のような言いぐさだなと若干呆れる未夜だったが、いつもの事だと自分に言い聞かせ、言われるがまま美恵子の隣に座る。


「……で、どうしたんですか? 昨日の捜査の続きでもするんですか?」


そう尋ねると、犬崎は小馬鹿にしたような顔を未夜に向けた。


「オマエには昨日言ってただろうがよ。もう忘れたのか?」


「昨日? 一体、何の話を――あっ!」


そこまで言って、未夜は思い出す。


「事件の真相!」


「そういう事だ。無事にレコードの謎も解明出来たしな」


犬崎はレコードを指の上で回して見せる。


「解明……ですか?」


美恵子が尋ねた。


「昨日も言った事だがな、このレコードをオマエ等が持ち帰った事から今回の事件が起こり始めた。という事は、レコード自体も事件に何らかの関わりを持っていると考えるのは妥当だろう?」


「呪いではなく、ですか?」


「今回は、その線はなかった。とはいえ、タチの悪さは呪いと何ら変わらねェけどな」


『今回は』という言葉が未夜には気にかかった。それは言いかえれば、呪いは確かに存在するという意味でもある。狼の神様に憑かれた人間が目の前にいるのだ。呪いがあっても不思議ではない。


「では、次々と起こった自殺の理由とは、なんなのですか?」


犬崎はガムを包み紙に包んでゴミ箱に投げ捨てると、重々しく告げた。


「――――暗示だ」


「……暗示?」


首を傾げてみせる未夜と美恵子。


「音っつーのは、時として物凄い力を発揮する場合がある。例えば、関東のとある某沿線発車ベルは自殺の引き金になっていたと言う。特に今回の曲……暗い日曜日に関しては、その最たる物と言っていいだろう。周波数分析をさせてみたが、結果として人を暗示にかけるのに、これほど適した楽曲はないという結論が出た」


「……そんな……」


美恵子が青ざめる。隣にいる未夜は、そんな美恵子の手を握りながら更に尋ねた。


「一体、何の暗示がかけられているんですか?」


それこそが、今回の事件の真相と言える。

未夜は昨日から犬崎の話を多少なりとも聞いていたので、既に検討はついていたが、それでも尋ねなければならないと感じた。そして、その答えは正に考えていた通りの最悪のモノだった。つまり……


『身の回りの人間を自殺に見せかけて、殺せ』


「この暗示の最大のキモは、特定の人間にのみ暗示がかかるという所にある」


「どういう意味ですか?」


「万人に通用するようにしたら『殺す対象』がいなくなるからだ。……もっと簡単に言ってやろう。この暗示をかけた奴は『いつでも人間を殺す事が出来るのに敢えてしていない』……つまり、殺人を楽しんでやがるのさ」


「そんな……そんな……! 一体誰が、そんな暗示を!」


美恵子は涙を浮かべていた。犬崎は冷静に、淡々と告げる。


「暗示をかけた人間が誰かまでは分からねェ。それは最近の事かもしれねェし、この暗い日曜日が完成した当時の事かもしれん。だが……」


「…………?」


「今回の事件の引き金、その犯人ならば……検討がつく」


「――――ッッ!!!」


「だ、誰なんですか?!」


立ち上がり、犬崎に問い詰める美恵子。


「まぁ待て。そう思って俺がその犯人を


" ここに来るように、呼び出している "」


「…………えっ……?」


一瞬、部屋に静寂が訪れる。


「……ここに、ですか……?」


「ああ。そのほうがオマエらも納得するだろうと――」


――その時。


……コンコンッ……


この部屋の扉を叩く音が、聞こえた。


――ガチャリ……


扉が開く。そして、現れた人物は……


「――あれ? 美恵子……それに昨日の……」


雨木だ。彼は犬崎達を見つけると、怪訝そうな表情をしてみせる。


「犬崎さん、もしかして……」


「…………」


未夜の言葉に犬崎は答えない。さらに……


――コンコンッ


「えっ?!」


再び、扉を叩かれた音が。

状況を知らない雨木と、全てを理解している犬崎以外の2人に緊張が走る。


「Hello~。……あれ? どうしたんでスカ? 私の顔に何かついてるカナ?」


……ガレットが顔を覗かせた。これは一体、どういう事なのか。


「なんで、2人……?」


「どういう事ですか、犬崎さん……!」


未夜達が考えられた事は2つ。

1つは雨木、ガレットの " どちらかが犯人 " という事。つまり、犯人ではないもう1人は完全なるイレギュラー……偶然この場に鉢合わせただけの人間。


そして、もう1つが…… " どちらも犯人 " だという事。雨木とガレットが共犯だったとして、2人で自殺に見立て、殺人を行っていたのだとすれば……


ゾワリと、未夜の背筋に冷たいモノが走る。そして、その予感は……美恵子の脳裏にもよぎられていた。


「おいおい、何か勘違いしてんじゃねーのか?」


犬崎が軽い溜め息をつきながら、未夜と美恵子に言った。


「ここは元々、コイツらが溜まり場にしていたんだ。呼んでもいねーのに現れるなんて、予想できる範囲じゃねーか」


「呼んで……いない?」


「だが、都合がいい。今回の事件に関わっている人間が一堂に会したワケだ。今回の事件の犯人を紹介するには、まさにうってつけだな」


「事件の犯人……? あなたは、一体何を――」


「あぁ、説明は事が全て明らかになった後で、美恵子にでも聞いてくれや。やっとお出ましになったみたいだからな。


さっきから、そこにいるんだろ? 出てこいよ……犯人ッ!!」


犬崎の言葉を合図に、扉の陰から犯人が姿を現す……!


「そんな……嘘……!」


「この人が、犯人……?」


姿を現した人物、それは……


「……大滝……先生……」


美恵子達の顧問を受け持っている男性教員の姿だった。


「呼び出されて来てみたんだが……一体、何の話だ?」


事態を把握出来ていない大滝は動揺している様子。


「バカな! 大滝先生が武丸を殺した犯人だというのか?!」


「武丸を……殺す? おい雨木、お前は何を言って――」


「説明してやる」


犬崎は立ち上がり、暗い日曜日を手にしてレコードプレーヤーへ向かう。


「ひっかかっていたのは、これだ」


犬崎が取り出したのは、合宿で全員が記念撮影をした時の写真。


「この写真が、一体なんなんですか?」


「4人が同じフレームに収まっているんだぞ、未夜。

一体『誰が写真撮影をした』っていうんだ?」


「…………あぁああッ?!!」


カメラは武丸が直前に購入したインスタントカメラ。もちろん三脚やタイマー撮影などない。さらに合宿で使用した小屋は、美恵子達以外の人間はいなかった。


つまり、 " いた " のだ。


美恵子達以外……もう1人、この合宿に参加をしている人物が。

そして、合宿の事を知っていて尚且つ、参加をしてもおかしくない人物は――


顧問である、大滝に他ならない。


「思い出した……! 昨日、犬崎さんが美恵子さんに最後尋ねていた事って……」


「そう。もう1人の参加者、大滝に関しての事だ」


「………………」


静まり返る室内。

全員の目線は、大滝に向けられる。


「そんな……なんで……大滝先生……」


美恵子は泣き出してしまった。それを支えるガレット。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 何を言っているんだ?! 話が見えてこないんだが……俺が武丸を殺した? 何を言っているんだ?! アイツは自殺をして――」


「何かと言いたい事はあるだろうが、とりあえず――」


犬崎の行動に、大滝はビクリと身体を震わせた。本能か、それとも……


「聴いてもらおうか。暗い日曜日をな」


レコードに針を落とし、最初のメロディが流れた瞬間、大滝の身体に異変が起こる。

大きく仰け反り、時折ビクビクと痙攣を起こしているのだ。


「アンタの不運も分かるぜ。自分自身が殺人を犯していた事など、トランス状態になっている以上、分かっていなかっただろうからな。だが」


大滝は仰け反った姿勢から一気に俯く体勢へ移行すると、正気を失った白い眼を正面に向ける。


「これ以上、被害者を増やす訳にもいかないんでな。勘弁してくれや」


「ガァアアァアアッッ!!!」


大滝は一番傍にいた犬崎に飛びかかると、犬崎の喉元を両手で押さえる。


「ガァッ!! ガァッ!! ガァッ!! ガァァアッッ!!!」


「犬崎さんッッ!!!」


ギリギリと大滝の手に力がこもり、それを目の当たりにした未夜が悲鳴を上げる。

しかし、当の犬崎は、涼しい顔をしたままだ。


「ガァッ?! ――ガッ! ……ガアァアアァアアッッ!!!」


犬崎は掴んだままの大滝の腕に力を込める。するとミシミシという骨が軋む音が部屋に響き渡った。


「あ、あれは……犬崎さんは一体、どうなって……!」


美恵子は今、何が起こっているのか分からず困惑している。


「大丈夫。犬崎さんに任せておけば、大丈夫です……!」


しかし未夜は、落ち着いた口調で呟く。


「ガァッ!! ガァッ!! ガァッ!!!」


犬崎の腕を引き離そうとする大滝だが、全く通用しない。


「少し眠ってろ」


銀髪、そして灼眼と豹変した犬崎は、パッと両手を離してみせると――ガラ空きになった大滝の胴体に、鋭いショートアッパーを炸裂。ズンッ、という重い音が響き、大滝の体躯はフワリと空中に浮かぶと、そのまま地面に落下。床に崩れ、動かなくなってしまった。


「加減ってのは難しいモンだな。骨はイッてないかもしれねーが、当分飯が喉に通らないだろうぜ」


意識を失っている大滝を部屋の隅に寝かせ、犬崎は「もったいないが、仕方ねぇ」

と呟いてプレーヤーからレコードを取り出す。鋭利な刃物のような爪をビッと縦に動かすと、いとも簡単にレコードが真っ二つに割れてしまった。床に落ちたその残骸を目にして「あぁ……! く、黒い日曜日が……」と雨木が小さく声を上げる。


「こんなモンを、この世に残しておいたらいけねぇ。オマエもプロの音楽家になろうと思ってんだったら、コレを超える楽曲を作ってやるくらいの気概を持ってみせろ」


「……うぅ……」


ガックリと項垂れる雨木に美恵子は近寄り、優しくその肩を抱きしめた。


「これでよかったんだよ……きっと、あの世の武丸君も喜んでいるはずだから……」


そう呟く美恵子、雨木、ガレットの瞳には……それぞれの涙が、零れていた。


「本当に、ありがとうございました」


事件は無事に解決し、3人は犬崎と未夜に感謝をこめて頭を下げる。


「大滝先生が目覚めたら、私達の口から今回の真相を話そうと思います」


「ああ、そうしてくれ」


「僕も……今回の事で目が覚めました。美恵子と同じ舞台に立てるように、もう一度頑張ってみようと思います」


「そうしろ。腐っているよか、よっぽどその方がいい」


「私も、ずっと祖国に帰るのを皆に黙っていてごめンネ……向こうに行っても、音楽は続けるから、また一緒に演奏しよウネ!」


「もちろんよ、ガレット」


「必ず会いに行くからな」


美恵子達は、そう言うと3人で堅い握手をかわした。

プロの世界に足を踏み入れる者。それを追う者。国を離れる者。

それぞれの道は違えども、目指す先は変わらない。

幾通りの道も、一歩ずつでも進んでいけば、いつか必ず交わる事だろう。

いつか、必ず――


――数日後。

届けられた成功報酬を手に、犬崎は満面の笑顔を作っていた。


「うっししし! 何はともあれ、事件は解決して金も手に入ったし! これを元手に一勝負して、更に倍に――」


そんな事を呟いていた次の瞬間。横からヒュッと手が伸びてきて、報酬が入った包みを奪い取られてしまう。


「――んなッ?! 何しやがんだ、未夜!」


「何って、貸していたお金を回収させて頂くだけです」


「ちょっ! ちょっと待て!」


「これが私に借金をしていたお金で……これは先日立て替えておいたお金。これが電気代で光熱費で金融会社さんから借りてたお金を差し引いて――」


「ぅおいッ! なんで金融会社から借りてる金額まで網羅してんだオマエはッ!?」


「そして最後に、これが『美味いモンでも食わしてやる』と約束していた食費代っと。ハイ、お返ししますね」


再び戻ってきた封筒の中身には、100円そこそこしか残っていなかった。


「ガム代しか残ってねーぞ!」


「ガム代も残ってて良かったじゃないですか」


「……この……アマッ……!」


「さぁさぁ、約束通り美味しいモノを食べにいきましょう! 犬崎さんのオゴリですから、遠慮しないで下さいね」


「誰が遠慮するか、ボケェ!」


絡められた腕に引っ張られつつ、犬崎はボソリと呟いた。


「……バイトしようかな……とほほ……」

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