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憑神探偵  作者: 104
『分身娑婆』編
15/40

転:嵐乃始

「――マジでムカつく! あの野郎!」


自宅の玄関をくぐるなり、ヒカルは靴を放り投げて自室へと向かう。

廊下を進んでいる途中、襖が開いて、そこからヒカルの母親が姿を現した。


「あ……か、帰ってきたのね。お帰りなさい。御飯は……」


「……………………」


母親の言葉を無視し、ヒカルは自室の中へと入った。

これが、日常。

もう1年近く、母親とまともに会話をしていない。

ヒカルは真っ暗な部屋の中、カバンを叩きつけるとベッドに寝転んだ。


(どいつも、こいつも! ムカつく! ムカつく! ムカつく! ムカつく!)


小学校低学年の頃。

ヒカルの父親は、突然2人の前から消えた。

置き手紙が置かれており、文面には一言「疲れた」とだけ書かれていた。

父の事を心底愛していた母にとって、その失踪は大きな影響を及ぼした。

毎晩酒に溺れ、涙を流す母。

口癖のように、ヒカルに向かって「あなたは私を裏切らないで」と聞いてきた。

ヒカルは幼いながら思ったのだ。「私がこの人の支えにならなければ」と。

甲斐あってか、少しずつ母は改善されていった。

それがヒカルにしてみれば、何より……嬉しかった。


中学3年になった時の事、母親に彼氏が出来た。

金を持っているだけで、品性の欠片もない男だった。

母を弄んでいる事もすぐに分かった。なので何度もヒカルは男と別れる事を勧めた。


「あの人がいないとダメなの……捨てられたくないの……」


ヒカルは、悟った。

この人は、相手が私でなくてもいいのだと。

男に寄りかからなければ生きていけない、愚かな……寂しい女。それが自分の母。

いつも人の顔色を窺って、どんな仕打ちをされても媚びを売り続ける自分の母……

その血が、私の中に入っているのだと思うと堪らなく嫌だった。


その日を境に、ヒカルは変わった。

弱い人間が蹂躙され、淘汰される世界なら……私は強い人間になる。

母親のようには、ならない。

そう誓ったのだ。


ある日、クラスで母親そっくりの女を見つけた。

山城理沙。

いつも人の顔色を窺い、オドオドとしている女。無性にハラが立った。

リサの母親が学校にまで迎えに来た事もあった。

品のよさそうな母親……きっと愛されているのだろう。


――許せなかった。

弱い人間のくせに。

イジメられる立場のくせに。

生意気だ。許せない。


次の日から、ヒカルのイジメはエスカレートしていく。

こっくりさんにしても、そうだ。

呪われるべきは私じゃない、リサなのだ。

あんな奴は死んでしまえばいい。

いっそ、せいせいする。私の目の前から消えて無くなれ!

私は呪われない……それは、何故か?

私は強い人間だから。奴等とは違うから。


(何が呪いだ……アリサの奴、くだらねェ! アイツも一回、シメてやろうか……)


真っ暗な天井を眺めながら、そんな事を考えていると……


ジクッ……!


「―――痛ッ?!」


背中に、火傷のような痛みが走った。

どこかで打ってしまったのだろうか?

ヒカルは上着を脱ぎ、部屋に置かれた全身鏡で自分の背中を確認してみる。

すると、そこには――


「な……なによ、これッ!」


無数の痣があった。

幾筋もの赤紫の線が背中に引かれ、更にそれは蠢いているように見える。


「な……なんなんだよ、コレェエエッッ!!!!!」


バリバリと背中を掻き毟る。激しい痛みが広がったが、構わず掻き続けた。


「ザケんなッ!! 消えろッ! 消えろ消えろ消えろ消えろ!」


ズンッ! と、突然ヒカルの背中が重くなる。

まるで、何かに覆いかぶされたような感覚……


(うぅうううッ!! まさか……まさか……ッ! なんで私なんだ! 私は奴等とは違うんだぞッ! 呪われるべきは、奴らだろッ!!)


あまりの重さと痛みで、立っていられない。

ハァハァと呼吸が荒くなり、全身から冷たい汗が噴き出る。


(ザケんな……! ザケんな……ッ!)


耳元で、何やら声が聞こえた。

不気味な女の声が。


(幻聴だ! 何も聞こえない! 何も……ッ!!)


しかし声は、どんどん大きくなっている。

どんどん……どんどん……


『―――人ヲ 呪エバ


   穴 フタツ―――


 ―――地獄ヘ


   地獄へオイデ―――

    

地獄ヘ地獄地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ地獄ヘ―――』


――ぶちぶちぶちぶちッ!


何やら、得体の知れない音が聞こえて……


――ばつんッ!!!


ヒカルの背中の一部が、弾け飛ぶ。


「ああぁぁあああッッ!!!」


ばつん! ばつん! ばつん! ばつん! ばつん! ばつん !ばつん!


次々と、背中が弾け飛ぶ。

肉片をまき散らせながら。

床を血で染めながら。


「あぁあぁッ! 痛いッ! 痛い痛い痛い! 助けッ!! 助けてェエッッ!!!」


涙を流し、命乞いをするヒカル。

視界が白けていく中、彼女は窓の外に立つ人影を見た。


真黒なシルエットに赤い瞳。

その手には、威圧感を放つ細長い " 何か " を携えている。


(あ……あく、ま……)


直感的に、そう思った。

目の前にいる存在が、こっくりさんとは到底思えない。

むしろ、それよりも禍々しい。


『――愚かしき人間よ

此れ以上、陋習な様を曝け出すべきではない。

逝くがいい、黄壌の地へ

その御霊、我が引き取ろう』


美しい男の顔をしていた。

意識が刈り取られてしまいそうな香りがした。

その瞳は、虫のように無機質で……冷たい。


『……さらばだ』


――AM8:00

いつまでも起きてこないヒカルを心配した母親が、恐る恐る部屋を開けると……


娘は床に寝そべり、息絶えていた。


苦悶の表情をしていたが、外傷はまるでなく死因は分からず終い。

事件とも繋がらないという事で、本件は迷宮入りとなった。


「急死というのは、そんなモノですよ」


警察は、そんな事を言っていたが、母親は当然、納得出来なかった。

愛する娘の養育費、そして学費を捻出する為に奔放した日々。

決して綺麗なお金とは言えなかったが、それでも娘の為ならばと歯を食いしばってきた日々。それらが全て、気泡に消えた。


――3日後。

母親は前触れもなく引っ越してしまった。

近所の人間に何も告げる事なく、夜逃げ同然に。

学校側も配慮し、「池田さんはご家庭の都合で転校されました」とだけ報告。

警察は不安に思い、その後何度か母親の行方を捜索したが……


現在に至るまで、その母親は発見されていない。




 『分身娑婆』編  完

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