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憑神探偵  作者: 104
『分身娑婆』編
12/40

序:事乃始

ジュウジュウと、事務所に肉の焼けるイイ匂いが充満する。

俺は床に転がった状態のまま、匂いの元である台所へ目を向けていた。

腹はグーグーと鳴り続けているし、口端から溢れ出るヨダレが先ほどから床を濡らしている。


「もうちょっとで出来るから、我慢して下さいっ」


ぴょこんと台所から顔を出したのは【如月(キサラギ) 未夜(ミヤ)】。

ひょんな事が縁で、何かと俺の事務所を尋ねてくる女子高生だ。


「未夜……俺はもうダメだ……俺が死んだら墓を建てて丁重に弔ってくれ……」


「なんで私が犬崎さんのお墓を建てなきゃいけないんですか」


あぁ……ダメだ。こうして話している間にも意識が遠のいて、


「出来ましたよ~。未夜ちゃん特製の野菜炒めですっ」


ガバッ!!


俺は瞬時に立ち上がり、テーブルに置かれた野菜炒めにがっついた!


「がふがつもぐもぐッ!!!」


「いただきますもなし!?」


むぅっ?! これは、なかなかの美味! 未夜のくせに、やりやがる!

もぐもぐ……ん? すまない、紹介が遅れてしまった。

もぐもぐ……俺の名は……【犬崎(ケンザキ) 快刀(カイト)

探偵業を営んでもぐもぐがつがつ。




――コンコンコン。


その時、扉を叩く音が聞こえてきた。


「犬崎さん、誰か来たみたいですよ?」


「もぐもぐがつがつッ!!」


「この人は、本当にもうっ!」


溜め息をつき、未夜は玄関扉へと向かった。


「はぁい、どちら様ですか?」


扉を開けると、そこには1人の少女が俯きながら立っていた。


「えっと、何か御用ですか?」


未夜が優しい口調で尋ねる。すると少女は「えっと……あの」などと言いながら、しばらくモジモジしていたが、やっと要件を告げた。


「あの……ここで、探偵さんを雇えると聞いて来たんですけど」


「探偵さん? 探偵さんって言うと――」


未夜は振り返り、犬崎をチラリと覗き見る。


「あそこで必死になって野菜炒めを頬張っている人の事?」


「あ、あの……おそらく……」


「がつがつもぐもぐッ!!」


「犬崎さん、お客様みたいなんですけど……犬崎さん?」


「けぷっ……何? 客だぁ?」


「ちょ……! 犬崎さん?! 野菜炒めが! 全部無くなっているんですけど?!」


「なんだ、このガキは。まさか、コイツが客なんて言うんじゃねーだろうなぁ?」


「あ……あの……えっと」


「犬崎さん! 私の野菜炒めがありません! 全部!」


「さっきからウルサイぞ未夜! 野菜炒めが無くなるのは自然の摂理だろうが!」


「そんな森羅万象、聞いた事ないッ! なんで私のまで食べるんですか!」


「あ……あの……えっと」


「あ? まだいたのか、ガキ。とっとと帰れ帰れ!」


「何て事言うんですか! わざわざ来てくれたんだから、話だけでも聞いてあげればいいじゃないですか! ……ごめんね、今お茶を出すから。入って入って」


「あ……す、すみません。お邪魔します」


「おいっ、勝手に入れるんじゃねーよ! おいっ!!」


――それから10分後。

机に足を投げる形で、ふんぞり返りながら爪楊枝をシーハーしている犬崎と、そんな犬崎を横目でチラチラと確認しつつ行儀よくソファに座っているリサ。

たまに目が合うと、慌てて顔を背けている。怯え、それは誰が見ても明白だった。


「お待たせ。ごめんね、何もなくて。オレンジジュースでいい?」


玄関扉から現れた未夜は、そう言って机に缶ジュースを置く。


「あ……す、すいません」


「何もなくて悪かったな」


「本当に何もないです! わざわざコンビニまで買いに行ったんですからね?!」


「未夜、俺が頼んだガムは?」


「……! っとに、もう!!」


未夜は買ってきたガムを思い切り投げつけたが、それを犬崎は容易くキャッチする。


「お金! これ、レシートですっ!」


「それで? 何の用でやってきたんだ、ガキ」


「お・か・ねッ!!」


「あの、えっと……依頼をしようと、思って」


未夜は「ツケておきますからね!」と言って自分の手帳に記入を始めた。


「依頼って、えっと……名前は何ていうの?」


「あ、すみません! 私……【山城(ヤマシロ) 理沙(リサ)】って言います」


「リサちゃんね。いくつ?」


「あ……15歳、です」


「って言うと中学3年生よね? この依頼って、お母さんに頼まれたとか?」


「いえ、私が1人で」


「話になんねーなっ!」


犬崎はガムを1枚口に放り込むと、そう言った。


「おいガキ。大人の世界ってのは、何をするでも金がかかるんだよ。分かるか? タダじゃ何もしてくんねーの!」


「そんな言い方……困って尋ねて来たっていうのに」


「ケッ!」と、吐き捨てる犬崎に、リサは尋ねた。


「あの……いくらくらい、かかるんですか……?」


「金か? そうだな、スタートに20万! 成功報酬で解決後に更に10万! 計30万! それぐらいは必要だな」


「……30万……」


「母親に頼みこめ。無駄だろうがな。金を用意出来たら話を聞いてやる」


するとリサは、カバンから預金通帳を取り出した。


「ん? これ、見ていいの?」


未夜が尋ねると、リサはコクリと頷いた。


「話聞いてなかったのか? ガキの小遣いで、どうにかなる金額じゃ――」


「け、犬崎さん!」


未夜は通帳を犬崎に向けて開いてみせた。常人では到底見えない距離なのだが犬崎には見える。見えてしまう。


「あん? ……じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……」


通帳には、なんと50万円という数字が並んでいた。


「すごい! お金持ちなの?」


「い、いえ。小さい時から、お年玉とか……ずっと貯めてて」


「要件を聞こうか」


「犬崎さん?!」


いつの間にか未夜の隣に座り込む犬崎。その目は爛々に輝いている。


「お金によって態度が変わるなんて……サイテーですね」


「何を言ってる、未夜! 俺は純粋に困っている少女を助けたいだけだ!」


「あーそーですか」


「それで、何を依頼したいんだ?」


犬崎が尋ねると、リサは顔色を沈ませながら呟いた。


「こんな事、探偵さんに頼むのは、間違っていると思うんですけど……お願いします……このままだと、私……悪霊に、殺されちゃう……!」


「悪霊に殺される……? それって一体……」


未夜が訊ねると、リサは事情を話し始めた。

皆で『こっくりさん』を行った事。その結果、悪霊に憑かれてしまった事。


「なんで、そんな事をしようと思ったの?」


「それは……あの……」


聞き出した話を整理すると、以下の通り。


仲間内でリーダー格の【池田 ヒカル】が、ある日提案をしてきた。

「進路を決めるのが面倒くさい。未来の自分に会って、将来私が何になっているのか知りたい」と。

未来の自分に会う方法、それは思いつかなかったが、昔ヒカルが母親から聞いた都市伝説の話を思い出した。それが『こっくりさん』だ。

こっくりさんは何でも知っている。だから呼び出して尋ねてみようと言い出し……


「そして問題が発生してしまった、と」


呆れた表情で、犬崎が溜息をもらす。


「こっくりさん……かなり有名なオカルトですね」


「呼び名は地方や国によって様々ある。『御狐様』『分身娑婆(ブンシンサバ)』『エンジェル様』等々」


「昔から存在しているんですか?」


「120年以上前、明治の時代にアメリカ人クルーが日本に伝承させたと言われている。起源は明らかにされていないが15世紀のヨーロッパでは既に、こっくりさんの前身『テーブル・ターニング』を行っていたという記述がある。元々の『狐狗狸』が訛って、こっくりになったとかな」


「へぇ~!」


「それより、その『こっくりさん』が原因で何が起きたっつーんだ? オマエは教室で怪奇な現象にあったかも知れないが、俺に依頼をよこすまで悩むってのは、どうも腑に落ちねぇ」


「………………」


リサは泣きそうな表情をしてみせ、犬崎や未夜に背を向け、ゆっくり上着を脱ぐ。


「りりり、リサさん?!」


動揺してみせる未夜。だが、すぐに険しい表情となる。


「……これは……」


リサの背中が、大きくミミズ腫れになっていた。実に痛々しい。


「ひどい……!」


「こっくりさんを終えて……その晩から日に日に、こんな風に……」


未夜は見ていられなくなって、リサに上着をかけてあげた。


「これって犬崎さん、こっくりさんの呪いって事ですか……?」


「……………………」


「それだけじゃないんです」


「まだ他に何かあるの?」


微かに震えながら、リサは話し始める。


「一緒に、こっくりさんを行った友達の……梶君が……

帰り途中に『地獄へおいで』って……不気味な女性の声を聞いたらしいです……」


「それって……こっくりさんの……怨霊の、声……?!」


「決定的なのは……参加した男子生徒で、馬場君っていたんですが……彼が、こっくりさんの紙を焼却する役目だったんです。途中まで梶君と一緒に帰っていたらしいんですけど、2人が別れた後……


馬場君……大型のトラックに轢かれて……死んでしまったんです……」


「なるほどな。話をまとめると、こっくりさんに参加した仲間の内、1人は交通事故で死に、1人は『地獄へおいで』という声を聞き、そしてオマエは身体に異変が起こったと言うわけか。残る2人は何も起きてないのか?」


「アリサは、その日を境に学校に来てなくて……電話をかけても出てくれません……

ヒカルは特に……何も変わってないっていうか……」


犬崎は噛んでいたガムを捨てると、ソファから立ち上がった。


「とりあえず、他の奴からも話を聞かなければ進まねぇ。奴等の友達と言うのなら、自宅の場所くらい知っているだろ?」


「そ、それじゃ……引き受けてくれるんですね?!」


「ま、やるだけの事はやってやる。この依頼、引き受けた」


犬崎は、ポキポキと拳を鳴らしながら呟く。


「……おもしろくなってきやがった」

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