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憑神探偵  作者: 104
『兇怖写真』編
10/40

転:嵐乃始

真相解明から数時間後、事態は緊急を要していた。

手術室へとステージを移した後、全く手を休める事なく動かし続け、ようやく最終局面を迎えようとしていた。


「アアァアアッッ!!!!」


患者の声が手術室に響き渡り、秋山の頬から一滴の汗が流れる。


「頑張って! もう少し!」


傍にいる看護師達も、懸命に妊婦を励ましていた。


「もうすぐ……! もうすぐだ! 頑張れ!!」


「グウゥウウウッッ!!!!」


手術台がギシギシと悲鳴をあげる。手すりを掴んだ患者の手は、血管が浮かび上がり、その顔は汗に濡れていた。


「いいぞ! 頭が出てきた!」


「あとちょっとよ! 赤ちゃんの為にも、頑張って!!」


「アァッ!! ァアッ!! アアアァアアア!!!!」


次の瞬間


――ゃぁ……ほぎゃぁ……!


小さな産声が聞こえた。


「よし……! よく頑張った。元気な女の子だぞ」


秋山の言葉を聞き、母となったその女性は憔悴しきっているにも関わらず、微笑んでみせた。この世にまた1つ、新しい命が生まれたのだ。


「お疲れ様でした、先生」


手術に参加した看護師達が、秋山に向かって声をかける。


「ああ、お疲れ。皆よく頑張ってくれた」


その時、秋山は「これが最後の言葉になるんだな」と考えていた。

だからそれ以上は何も告げず手術室を後にする。

手袋を投げ捨て、洗面台で顔を洗っていると警察官が2人ほど入ってきた。


「秋山先生ですね? お疲れの所を悪いのですが、署へ同行お願いします」


「……わかりました」


あの日の夜、新生児室の横を通り過ぎようとした時に秋山の運命は狂った。

生まれて間もない憂の妹が、泣き叫んでいる姿が見えたのだ。

一瞬、看護師を呼ぼうと考えたが、泣き止ます事くらいなら自分でも出来ると考え、誰も呼ばない事を選択した。

正直、新生児室に入るなど初めての事だった。無菌服などを着用している最中、手袋がない事に気づいた。しかし自分が訪れるのを催促するかのように泣き続ける赤ん坊を秋山は放ってはおけず、そのまま手袋をつけないで新生児室に入った。

どこか具合でも悪いのかと思ったが、そうではない様子。仕方ないので抱いて黙らせようと考えた時、悲劇は起こる。

赤ん坊を抱きかかえた瞬間、秋山の足に不思議な違和感を感じた。

なんだろうと、その足を秋山が覗うと……

右足が、まるで鋭利な刃物でバッサリ切られたかのように途切れていたのだ。


「――――――!!!!」


声にもならない悲鳴をあげ、その場に転倒する秋山。そして、この部屋に赤ん坊と自分以外の人者がいる事に気付く。


そこにいたのは、1人の女だった。


女は整った顔立ちと均整の取れた身体をしていたが、その首には不自然にも荒縄がかかっており、片手には、大きな鎌を携えている。

こいつは普通じゃないと秋山が思った瞬間、女は床に転がった憂の妹を掴み、高々と持ち上げ、そして一気に床へ叩きつけた。


「――――――!!!?」


秋山の体は指一本動かず、ただその女の残酷な行為を眺める事しか出来ない。

女は去り際、秋山の耳元でこう囁く。


『貴方は悪夢を見ている……とても恐ろしい夢を……だから私が解放してあげる』


女の身体は、えもいえぬ甘美かつ妖艶な香りに包まれていた。

それを嗅いでいると瞼が重くなり……ついには意識が途切れてしまう。

自分の身体に何か異物が入ってくる感触がしたが、それも気にならなかった。


――目が覚めると、そこは元の真っ暗な新生児室だった。

時刻を見ると、全くといっていい程時間が経過していない事に気づく。

すべて夢だったのか? そう考える秋山だったが、意識が途切れる前と明らかに違うモノがそこにあった。

床に転がり、血を流している憂の妹の姿。


「――――?!!!」


あまりの出来事に慌てふためく秋山。そして思った。

自分の不注意で赤ん坊を床に落としてしまい、殺してしまったのだ、と。

夢に出てきた女が赤ん坊を殺したなど、あるわけないのだから。

……そして思いついたのだ。隠ぺいする方法を。


今考えたら、なんとバカな事をしてしまったのだろうと思う。素直に自首すればよかったのだ。

父親の重圧と母親の期待に押し潰されそうになりながら、休みもなく働き続けた日々……きっと疲れていたのだろう。だからあんな夢をみて……そしてこんな事に。


警察官に連行され、病院を去ろうとした時「すみません! ちょっと待ってください!!」という女性の声が聞こえてきた。


「宮田さん……」


それは先ほど手術を終えたばかりの女性だった。

宮田は、生まれたばかりの子供を抱えている。


「安静にしておかなければ駄目じゃないですか!」


「ですが、一言お礼が言いたくて……先生には、本当に感謝をしていて……ありがとうございました」


宮田はそう告げると、深々と秋山に向かって頭を下げた。

そこで秋山は初めて、今まで自分のやってきた事が報われたと感じた。


(お礼を言いたいのは、こっちの方だ……)


警察官は、そんな秋山達に気をつかい、2人きりにさせてくれた。


「先生、最後に私の子供を抱いてあげてください。お願いします」


「僕で……いいんですか?」


「もちろんです。お願いします」


秋山は「分かりました」と告げて、そっと優しく赤ん坊を抱き締める。小さな温もりが秋山の腕に伝わっていく。

秋山は赤ん坊の顔を覗こうと、顔を近づけてみた。すると……


(――――?!)


先程まで普通だった赤ん坊の顔が、ぐちゃぐちゃに変型していたのだ。

真っ赤な両目に睨み付けられながら、小さな口が、ある言葉を告げる。



「  今度  ハ  


            落ト ス  ナ ヨ  」



「うッ………


ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」



――真っ暗な病院の屋上に、2つの人影が見えた。

1つは大きな鎌を持つ美しい女。1つは刀を携えた美しい男。

その影は、眼下で半狂乱になり暴れている男の姿を目で追っていた。


「人間って、本当におもしろいわね」


「……愚かだ」


暴れていた男は、2人の警察官に羽交い絞めにされる。


「遊びが過ぎたな……次の獲物を探すぞ【イシュタム】」


「分かっているわ【タナトス】」


羽交い絞めながら男は警官の拳銃を奪うと、それを自分のこめかみに押し当て、引き金を引く。


乾いた銃弾の音色が……夜の静寂を切り裂いたのだった。




『兇怖写真』編  完

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