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五日目・平坦カテゴリ

 インターハイ第四ステージとなる五日目は、諏訪から松本を抜けて国道19号線を通り、初日のスタート地点でもあった長野市を再び目指す、全長およそ100キロのロングコースだ。

 一応区分としては平坦カテゴリとされているコースなのだけど、スタート直後からいきなり登りが始まり、15キロの地点にある塩尻峠はなんと一級山岳として設定されている。

 そこから峠を下って松本市を抜け、45キロ地点、安曇野市に中間スプリントポイント。

 そして、うねるように伸びる犀川に沿って走るテクニカルな区間を抜け、長野市内の平坦一直線な幹線道路がゴールとなる。

 序盤にいきなり襲いかかってくる容赦無用の一級山岳を除けば、スタートからゴールまでの間に標高差三百メートルを下るという、一日目にもやや近いコース設定と言えるだろう。

 最初の山岳でいかに遅れず、且つ体力を残しておくか、というのが、ポイント賞を狙うスプリンター達の勝負を決める重要な点となる。

 総合優勝を狙う選手達にとっては、タイム差を付けられないよう注意しつつ、場合によっては攻めに出る作戦も必要となるかもしれない。だけどそんなことが起きたとすれば、展開が荒れるのは必至だ。

 そして何よりも、この五日目が、大変なレースになる要素として。

 今日は今年のインターハイで初となる、雨の一日だった。


「うぅ、つらいなぁ……」

 スタートしてすぐさま、わたしはそう呟いていた。顔に張り付く雨粒を掌で掬うようにして落とす。アイウェアに水滴が付けば、視界が遮られて危ない。ワイパーでも付いてたら便利かなと思ったけど、まぁそんなもんあるはずもないし。

 ロードレースというのは、誰が決めたセオリーなのかは分からないけど、とにかく悪い意味での全天候型スポーツであり、雨が降ろうと雪が降ろうと、どんな天気だろうと中止になったりしない。道が埋まるぐらいの雪でようやく中止――というかコース設定の変更があったりするけど、とにかくそれぐらいにタフな、こういう言い方はヘンかもしれないけど、とてもじゃないけど女子高生がやるのに向いた競技ではないのだ。

 わたしを含め現在走っている選手達はみんな、長袖のレインウェアを着て走っている。レース用のものなので、普通の雨合羽よりずっと身体にフィットする作りで、だけど一応防水性能はしっかり機能する物だ。

 ただ、服の内側で滲んだ汗ばかりはどうしようもない。

 水を吸って肌に張り付く髪の毛同様、不快感を誘うものではあったけど、わたしは走ることに集中することでそれらを無視するよう努めていた。

 雨は早朝から降り始め、予報では今日の夜中まで降り続くとのことだった。止むのは期待できないだろう。

 休息地の諏訪にはおっきな神社もあったことだし、勝利祈願以外に晴天祈願もしてくれば良かったかな、なんてことを考える。ただ、レースの途中で降り始めるとか、そういう最悪の事態が避けられたのは不幸中の幸いかもしれない。雨の降り始めは路面が滑りやすく、ウェアの用意が遅れれば体温は一気に奪われ身体が動かなくなる。

「それに比べたらこのぐらい……このぐらい……」

 自分を奮起させようとしたのだけど、どうにも上手く行かない。こういう悪条件なレースの時、他の人達はどうやってメンタル面でのケアをしているのだろう。例えば――

 ちらりと、視線を前方に向ける。雨粒で霞む視界の中、先頭を引く鷹島学院のジャージが見えた。

 昨日のタイムトライアルで天衣さんが総合一位となった為、一日目に続き、鷹島学院はまたしても集団のペースコントロールをしている。隊列の四番手、鷹島の最後尾には、アルカンシェルからイエロージャージへとお色直しした天衣さんがいた。

 《神速のファンタズマゴリア》は、大会の協賛企業が事前に用意してあったという黄色のレインウェアやヘルメットを着用している。そのあたりは、流石スター選手と言うことだろう。他の人では、いくらなんでもジャージ以外に専用装備を用意して貰えたりはしない。

 天衣さんのそういう待遇に、九央さんあたりはまた皮肉の一つも言いそうではあるけどね。

「失敬なこと考えてるねぇ、鳥海くん。わたしはそんなに人間小っちゃいかな?」

 いきなり横から話し掛けられて、わたしは短く悲鳴を上げた。周りの人の視線が一気にこちらに集まるのを感じつつ、その中でも一つ、とびきり危険な視線を向けてきている先を、わたしは見やる。

「……九央さん」

 昇仙高校の九央静寂さん。総合リーダーのイエロージャージは手放してしまったものの、二日目のゴールで獲得した山岳リーダーのジャージを身に纏っているのがこの人だ。白地に赤い水玉という、黄色一色のリーダージャージよりある意味派手な衣装――但し今、はレインウェアに隠れて全く見えないけど。

 集団内でポジションを上げてきたらしい九央さんに対して、わたしのすぐ後ろにいた彼方さんが話し掛ける。

「やはり沈黙のままやり過ごしたりはせんか、静寂」

「まぁ、イエロージャージに比べたら劣るものの、この山岳(みずたま)ジャージだってなかなかの着心地だからね。易々と譲る気にはなれないな」

 そう言った九央さんは、アシストをペースアップさせて、更に集団前方を目指していった。道は早速、一級山岳の塩尻峠に向けて傾斜を始めている。降雨と相まって、速度を上げるのも楽じゃないだろうけど、それでも昇仙のアシストはぐんぐんと加速していった。

 わたし達御弓の中で最先頭に位置していたむつほちゃんに対して、彼方さんの指示が飛ぶ。

「結橋、我々も前方へ行くぞ。頼む」

「了解。……部長、山岳賞狙うんですか?」

 山岳賞争いに絡みたがるむつほちゃんがそう聞くけど、彼方さんは首を横に振った。

「違う。だが山岳での中切れが怖いからな。何かあっても鷹島をすぐ捉えられる位置を確保しておきたい」

「なるほどねー。以降は、朝のミーティング通りでいーですかねー?」

「うむ、変更は無い」

 今朝のミーティングで聞かされた内容を思い出して、わたしは緊張に身体を強張らせた。あの作戦通りにレースを進めるというのであれば。

 今日の御弓高校は、序盤から大きな賭をしなくてはいけないということだ。


 元々わたし達が位置取っていたのがかなり前寄りだったので、先頭付近に来ることはさして難しくなかった。登り勾配が始まって、更にはまだアタックした選手も出てないので、移動はスムーズに出来た……のだけど、それはわたし達以外のチームにも同じことが簡単にできたということであり。

「うわ……豪華な顔触れ」

 わたしはそう呟いた。

 メイン集団の先頭には鷹島学院。そして九央さんの昇仙高校、嘉神さんの尾鷲学園、更には高知・天王寺高校、福島・郡馬高校、大分・山波大附属高校、新潟・國志高校と、総合上位勢がオールスター状態で集合している。

「いや、少し違うな、鳥海くん」

 またしてもわたしの考えを読んだらしい九央さんが指摘してくる。

「これから始まるのは総合争いじゃなく、山岳争いさ」

 そしてその言葉を最後に、九央さんはアシスト一人と共に、いきなりアタックを開始した!

 山岳ポイントのラインまでは、あと七キロ(看板が出てた)。残りの距離を一気に走りきって、ポイントを上乗せする気だ。

「ぬるく狡いことを考えよるわ、昇仙め。スプリンターだった頃の考え方がまだ抜けておらんのではないかのう」

 やけに古風――と言って良いのかどうかよく分からないけど――な口調が横から聞こえてきて、わたしはそちらを見やる。

 喋り方に不釣り合いな、小柄な体躯。身長が低い、という次元ではなく、高校生レースの会場でありながら、どこからどう見ても小学生にしか見えない少女がそこにいた。身長は……たぶん、120センチあるか無いか。一日目の途中で初めてその姿を見たときには、何で小学生がレースに参加してるんだろうと、そりゃあ大層驚いたものだけど、何よりわたしがびっくりしたのは、そんな小っちゃな女の子が、チームメイトの人達とは別デザインの、見覚えのある赤いジャージを着ていたことにある。即ち、地方大会のチャンピオンジャージだ。

 中国四国地方大会で優勝した、ゼッケン71番、天王寺高校三年生、子隠(こがくし)(はこ)さん。

 《ロマンシング幼女》と呼ばれるその強豪選手が、実際に喋っているところを見るのは初めてだけど。ぶっ飛んだ容姿と同様、口調もまた常識からかけ離れている。

「山で儂らを置いて先行なぞ、今年はもう許すはずもなかろうに。そうは思わんか、尾鷲の」

 子隠さんはすぐ近くにいた、顔見知りらしい嘉神さんに話し掛けている。雨水を吸い込んでしっとりと濡れたマフラーを指先で弄りつつ、嘉神さんが答える。

「同感だね。ウチも筺も、今年はもう後がない。だったらここは――」

「押さえるしかない。そうでしょ?」

 嘉神さんの台詞を先回りして割り込んできたのは、更に別の選手。

 キリッと鋭い、全身が抜き身の刃みたいな印象の、黒髪ロングヘアーの女性だ。

 ゼッケン番号は11番。嘉神さん同様、彼方さんより若い番号を持っていて、そしてまたしても嘉神さん同様、真っ赤なチャンピオンジャージを身に纏っている。

 去年のインターハイ総合二位を獲得した郡馬高校で、エースの座を引き継いだ三年生、《歌う不屈》安槌(あづち)歌絵(かえ)さん。今年の東北大会の覇者である。

 山岳に特化した三人のチャンピオンジャージ着用者が、揃いも揃って発射態勢となっていた。恐るべき構図だ。二日目の終盤も、こんな感じになっていたんだろうか。

 それぞれが集団先頭を陣取りつつあるかたちになって、子隠さんは天衣さんに言う。

「鷹島の。悪いが儂らは行くぞ。まさかここで無粋な真似はすまいな?」

「アンタ達が野暮なことしないってんなら、アタシもそれに従うさ。ま、とは言え、一人ついて行かせるぐらいは許してくれるだろうね?」

「ふん、出来るものならの。誰が来るのじゃ? 儂らのグループについてこられそうなのと言えば、そこの《神速のフェニックス》(チャンピオンジャージ)くらいか? 水玉ジャージも欲するならば、相手になるぞ」

「小鳥はアタシの傍に置いておく。この後で他に仕事があるかもしれないからね。アンタ達についていくぐらい、鷹島(うち)のモンなら誰にだって可能な話さね」

「ぬかしよるわ。そうやって、大切なアシストを一人失っても儂は知らんぞ」

 不敵に笑い、子隠さんは自分のアシスト達に集団に残るよう指示を出していた。いや、子隠さんだけじゃない。嘉神さんも安槌さんも、みんなアシストは一旦温存させて、単身この山岳を登り切るつもりだ。エース同士の、プライドを賭けた死闘になるだろう。

 《ロマンシング幼女》は告げる。

「天衣椿。(なれ)を下すのは明日の最終ステージじゃ。まずは今日この山で、九央静寂から山岳賞を奪い取る」

 天衣さんは答えなかった。ただ、子隠さんと同じように、不敵な笑みを浮かべただけだ。

 そして、アタックの追走はすぐさま始まった。子隠さん、嘉神さん、安槌さん、といったチャンピオンジャージ着用者に、更に他のチームからも山岳エース達が加わって、五人の追走グループが形成される――いや、違った。

「りく、行ってきな」

 天衣さんの短い指示を受けて、鷹島学院の選手が一人、集団から抜け出していく。その人の姿も、これまでのレース中に何度か目にしたことがあった。お姫様カットの黒髪で眼鏡を掛けた、如何にも日本美人という感じの、とても可愛らしい選手(間違い無く年上だろうけど)。

 ゼッケン3番、《月に村正(ムーン・チェイサー)四月朔日(つぼみ)りく。

 強者揃いの鷹島学院で、エースクライマーとまで呼ばれる人だ。山岳ポイントで暫定二位の鳳さんを温存して四月朔日さんを出したということは、やっぱり鷹島は山岳賞に全くこだわりが無いってことだね。

 総勢六人となった追走集団は、本格的に登りが始まった山岳セクションで、冗談みたいな加速をして一気にこちらを突き放していった。エース達が集結しているからだろう、とても登りとは思えない、それこそ平坦で行われたみたいな勢いでのアタックだった。

「彼方さん、わたし達はいいんですか?」

「ああ。顔触れに若干予想外なのが混じっているが、基本的にはオーダー通りに行く」

 彼方さんはそう言った。

 この、山岳セクションでのアタックは、ある程度予想の範疇だった。

 山岳ポイントが欲しい選手達は、集団を飛び出して走り出すだろうけど、塩尻峠を越えた後、そのまま逃げ続けたりはしない。何せ今日は大会中最長距離の、超ロングコースなのである(女子高生にこんなコースを走らせようと考えた人は本当にドSだと思う)。

 天衣さんや彼方さんみたいに、山岳争いに加わっていない総合上位勢にとって一番怖いのは、山岳争いの集団がそのまま逃げてしまうことだろうけど、峠を越えても距離はまだ八十キロ以上残っているし、この後はクライマーの人達に逃げ切れる地形じゃない。

 だからとりあえず山岳争いに関しては他の総合勢は容認し、峠を越えた後で合流することになるだろう。集団をコントロールしている天衣さんも、そうなることが分かっているから、敢えて子隠さん達を行かせたのだ。いざというときの保険として、四月朔日さんを追走集団に送り込んだ上で。

 そんな風に思考している間に、路面の傾斜はどんどん酷くなりつつあった。

 この一級山岳指定の塩尻峠は十キロに満たない僅かな距離で、標高差二百メートルを登り切るという急坂である。登り坂の総距離も標高差も、第二ステージの時とは比べるべくも無いのだけど、短いが故の急な斜度が、一級指定を受けるに至った理由であることは間違い無い。

 自転車ごと、後ろにひっくり返っちゃいそうな坂だ。

 ちらりと後ろを向けば、坂の下の方で、速くも遅れた選手、というかチームが出つつあった。たぶんスプリンター系チームだろう。

 そして。

「水晶さん!」

 わたしは思わず叫んでいた。

 彼方さんの後ろを走っていたはずの水晶さんも、この急激な斜面で速度を出せず、遅れ始めている。チーム御弓から、既に十メートル近く離れていた。

 わたしの呼びかけに、水晶さんは何も答えなかった。この雨の中で、背中のポケットから取り出した補給食(バータイプのチョコレート菓子だ)をもくもくと食べている。

「水晶さん……っ!」

 雨の日に片手運転は危ないですよとか、チョコレートがぐちゃくちゃになっちゃいますよとか、色々と言いたいことはあったのだけど、頭の中で渦巻く想い達の中から、一番短い言葉を選択する。

「水晶さん、頑張って下さいねっ!」

 その言葉に、水晶さんは無表情ながらも頷いて答えてくれた。


 登りが苦手な水晶さんは、序盤で置いていく。

 それがチーム御弓、というか彼方さんが立案した作戦だった。

 塩尻峠を越えた後の平坦区間では、水晶さんの体力と牽引力が重要になってくる可能性は高いのだけど、その水晶さんを待っていては他のライバルに追いつくことができなくなってしまうかもしれない。

 その為、登りでは敢えて水晶さんを置いていき、後でどうにか追いついてきて貰おうということである。

 最初にそれを聞いたとき、そんなことをしちゃって本当に大丈夫なんですかと聞いたわたしだけど、彼方さんと水晶さんの二人は結構自信ありげだった。

「水晶は下りが得意だからな。それにいざとなれば、後続集団の力を借りて戻ってくることも可能なはずだ。だから問題なのは、最初の峠で水晶がどの程度まで体力を消耗してしまうか、というところにある」

 彼方さんの言葉を思い出しつつ、わたしは峠の下の方、坂道に苦戦して遅れている集団を見やる。スプリンター系チームが固まっているあの集団内には、当然ながら暫定スプリントリーダーの田鎖鉄輪さんや、それを倒す機会を虎視眈々と狙っている選手が大勢いる。彼女達はこの峠を終えた後で、中間スプリントラインまでに集団内に復帰しなくてはいけない。だからこそ、山岳後の追走はかなり必死になる。そこに乗っかってくれば、わたし達と合流することも難しくないだろう、ということだ。

 水晶さんにはそうやって、是非とも戻ってきて貰うとして……今の問題は、わたし達がいるこの集団だ。

 一時的な停戦協定が結ばれているような状態とは言え、それは決して絶対的なものではないし、自由に走ろうとする選手も出てくるだろう。

 そうなった時、彼方さんを護ったり、或いは敵の追撃に向かうため、わたしとむつほちゃんがいる。

 雨粒を払いのけながら、彼方さんはすぐ前を走るむつほちゃんに対して口を開いた。

「……すまないな、結橋。お前も本当は、あの山岳争いに加わりたいだろうが」

「別に構いやしませんよ。部長が勝つためには、ここでオレがワガママ言ってたら駄目ってことぐらい、分かってますしね。山岳争いの牽制に関しちゃ、鷹島があんな強力なクライマーを出してくれた時点でオレの仕事は無くなったんだから、せーぜー集団(こっち)に集中しますよ」

 素っ気なく、そう答えるむつほちゃん。口調や表情などに変化はなかったけど、わたしは嬉しかった。

 入部当初、実力を隠している風だったり、なかなか心を開いてくれなかったむつほちゃんだけど、今こうして、チームプレイのために尽力してくれている。

 正確に言えば、むつほちゃんは元々チームプレイの出来る選手ではあったけど、今は今まで以上に、チームのために力を使ってくれている気がするのだ。それが嬉しい。

 混戦になったときにむつほちゃんの使う、走行ルート選択技術は非常に役立つため、戦力的にもとっても頼りになる存在だ。これできっと、何があっても大丈夫。

 短く会話を終えたむつほちゃんは、再び前を向いて走ることに集中する。集団は形を崩してきていて、現在のむつほちゃんは雨の中で前を引っ張っている状態なのだから、当たり前と言えるかもしれない。

 ちらりと後ろを向くと、彼方さんが複雑そうな表情を浮かべていた。

 物事が上手く運んでいるのに、それに納得できない――そんな様子だった。


 雨と激坂に苦しめられたものの、追加でアタックを行うような選手は出てこなかった。集団は概ね平穏に、争うことなく峠道を越えていく。

 審判バイクが伝えてくる情報によれば、山岳賞争いの結果は尾鷲学園の嘉神芯紅さんが勝利を収めたとのことだった。僅差で敗れた子隠さんが二位通過。九央さんは安槌さんにも敗れての四位通過。

 ポイントで言うなら嘉神さんと九央さんが並んだかたちだけど、この場合、現在総合順位で上に付けている九央さんが、一応山岳リーダーの座をギリギリで守りきった、ということになる。

 山岳セクションを登り切った際のタイム差だけで言えば、嘉神さんや子隠さん、それに安槌さんの強さは九央さんを上回っているようだけど……第二ステージで一位を獲得しているのが大きいようだ。

「山岳争いは、明日までどうなるか分からんな」

 とは、彼方さんの弁。最終ステージは今日以上に過酷な超級山岳設定のコースであり、総合も山岳も、どちらも大きく動いた上で決着が付くことになる。

 それはそれとして、わたしは目の前の光景に戦慄きつつ、彼方さんに言った。

「でも今は……この状況をどうするか、ですよね?」

「うむ、そうだな。まったく、か弱い女子高生にこんなコースを走らせるものではないな。夕映、結橋、二人とも怪我だけはしないよう細心の注意を払え」

 彼方さんの指示に、わたしもむつほちゃんも頷いた。

 改めて前方を見やる。そこにあるのは、塩尻峠の下り坂だ。ここまで、かなり必死に登ってきた分を一気に下るかのような、長い長い下り坂。前半の登りと比べたら傾斜は緩いんだけど、その分、距離が長い。

 スタート直後で体力がある状態とはいえ、雨の中で一級山岳を登ることはやはりかなりの苦行だったらしく、集団の人数はかなり絞り込まれている。今残っているのは、総合上位校が殆どであり、数で言えば、全体の半分いるかどうか、といったぐらいだ。

 そして目の前に広がるのは、降り注いだ雨水が河のように流れていくロングダウンヒル。

 正直、こんな状態の道でレースをするとか、もう正気の沙汰じゃないんだけど、だからといってここで自転車を降りて、坂の途中にあったラーメン屋で熱々のラーメンを注文する、というわけにもいかない(その魅力はとても強かったけど)。

 鷹島学院が先頭になって、集団は川を下る……じゃなかった、坂を下る。

 やはりレース中とはいえ、落車の危険性を減らすためだろう、ダウンヒルの速度はかなりゆったりとしたものだった。まあ、集団での下りは速度が落ちやすいし、雨が降ってたら尚更だよね。

「雨のお陰で、水晶が追いついてくる可能性が増したかもしれんな」

 彼方さんはそう言う。確かに、登りの後で上手く集団を抜け出せれば、単独でこの坂道を下ってくることが出来る。この雨の中であれば、ダウンヒルに関しては単独の方が絶対に有利になるはずなので、水晶さんも余計な体力を使うことなく、わたし達に追いついてこられるかもしれない。

 勿論それは可能性の話であり、そうならないケースだって充分有り得る。嫌な想像だけど、わたし達や水晶さん、誰が落車したっておかしくないぐらいに難易度の高いコースなのだから。

 慎重に下りを走り終えた直後、山岳争いをしていた集団を捕まえた。無言の停戦協定があったからだろう。山岳後にまだアタックをした人もいなかったみたいだ。

 国道19号線に入り、広い幹線道路を抜けていく。新しい道路なのか、路面の舗装がとても綺麗だった。真新しいアスファルトは水捌けも良いらしく、塩尻峠の下りに比べて圧倒的に走りやすい。それを言えばあの下り坂より走りにくい場所を探す方が大変かもしれないけど。

 道幅が広く、真っ平らで、ずっと一直線に伸びていくこの道。前も後ろも見通しがよく、振り向けばかなり遠くの方まで見渡せた。……水晶さんだけでなく、他の選手の陰もまだ見えてこない。落車とかそういったトラブルに見舞われてないことを、祈るしかできない自分がもどかしかった。


 後続が追いついてきたのは、そこからもう暫くしてからのことだった。

 全体の半数以上が遅れている状態だけど、まず追いついてきたのは、数名疎らにだ。その中に水晶さんはいなかった。

 焦るわたしの心がしっかり安心できたのは、更にもう少ししてから。二十人ちょっとの集団が追いついてきた中に、水晶さんの姿があった。

 そしてその時点で、戦況を把握する。追いついてきた集団の中には、亜叶さん率いる鶴崎女子や、その他スプリンター系チームの人達が多く混ざっている。

 中間スプリントまでの距離を考えると、ここからペースが上がる可能性もあった。

「……いや、でも、幌見沢の人達がいない……?」

 集団後方を見やって確認するけど、スプリント勝負の場面において華々しい戦果を上げてきた、濃緑色のジャージの姿は見当たらなかった。まだ遅れているということだろうか。

「幌見沢はかなり遅れているわ。田鎖鉄輪が、あの峠道に苦しめられている」

 辺りを警戒しているわたしに、水晶さんはそう教えてくれる。ちなみに水晶さんはやはりあの一級山岳に相当苦戦したようで、御弓のみんなから補給食を分けて貰っていた。……サコッシュを受け取れる補給所まで、まだもう少し距離がある。それまでもってくれるといいんだけど。

 現時点でスプリント賞のトップに立つ田鎖さんが遅れているということは、この後の中間スプリント争いはどうなるのだろうか?

 わたしの脳裏を、そんな疑問がよぎる。

 レース中、上位選手にトラブルなどがあった時というのは、なるべくペースを落として待つのがマナーとされている。だけど今日のこの場合、田鎖さんはパンクなどのやむを得ないトラブルで遅れたわけではない。だとすると――

 疑問はすぐさま氷解することになる。

 比較的早めに山を乗り越えられたスプリンターが合流して、大体五~六十人ぐらいにまで人数を増やしたメイン集団の、その速度が明らかに上がっていた。あともう少し、思考に割く時間が長かったら、後ろの選手と接触事故を起こしてしまっていたかもしれない。

「彼方さん、むつほちゃん、水晶さんっ! みんなわたしの後ろに!」

 わたしは即断で、御弓の先頭に立つことを選択した。エースの彼方さんは当然として、山岳セクションでチームの前を引き続けたむつほちゃんや、追いついてきたばかりで回復しきっていない水晶さん。チームのみんなを護るのは、今はわたしの役目だ。

 他のチームに送れないよう、集団内での速度を調整する。異様、と言っても差し支えないような、驚くべきハイペースだった。

 集団をコントロールしているのは鷹島学院のはずだけど、天衣さん達は、いったいどうしてこんなにもペースアップをしようとしているんだろうか。

「こんなに速くしちゃったら、ついてこられなくなる人だっているんじゃないの?」

 口から出た疑問に、答えが返ってくる。

「そうやってついてこられない人間を振り落とすのが目的なんだろうしね」

 声の出所はわたしのすぐ右隣だった。いつの間にここに来たのか、集団前寄りに、巌本高校がいる。但し、エースである綺堂さんを除けば、あとはセカンドナンバーを付けたアシストの人が一人だけという状態だ。

「……綺堂さん、他のチームメイトは?」

「一人は第二ステージの山で脱落した。もう一人はさっきの坂道で遅れちゃったから、その後どうなったかは知らないや」

 仲間の脱落を、楽しそうに笑顔で話す綺堂さん。その黒々しい表情を見て、わたしは昨日の第三ステージを思い返していた。彼方さんや天衣さんに匹敵する、驚異的なタイムトライアルの速度。個人の身体能力で言えば、チャンピオンジャージを身に纏うエースクラスと比べても遜色ない。

「ま、ここまでは取り敢えず風音(かざね)さんが生き残ってくれたし、その後のことに関しては、またその時になってから決めるって感じかな」

 風音さん、というのは、今現在綺堂さんの前を走る、巌本高校最後のアシストのことだろう。綺堂さんは続けた。

「それにしても、なかなかやってくれるよね。このタイミングで加速とはさ。レースをよく知ってる奴の手際だと思うよ」

「……鷹島学院のことを褒めてるの?」

 珍しいことを言うんだな、って感心したわたしだけど、綺堂さんは戯けて首を傾げるだけだった。

「鷹島? 何処だいそれは。わたしはそんな弱小校の名前なんか知らないよ」

「え……?」

「やっぱり初心者だよねぇ、鳥海さんって。レース中の状況ってのは、目まぐるしく入れ替わって、何が起こるか分からないものなんだ。集団っていう鳥籠の中で、自分のいる場所は平穏なんだと信じ切ってる馬鹿ほどみっともない奴はいない。わたしの言っている意味、理解できているかな?」

 ……綺堂さんに言われて、自分自身が馬鹿だったことを悟る。それまでしっかり見ていなかったけど、ここへ来てようやく、わたしは前の様子をちゃんと確認した。

 いつの間にだったのか分からないけど、先頭を引くチームが交替していた。鷹島学院から、熊本の天艸女子に。

 綺堂さんが言う。

「金銅さん……だっけ。《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》とか呼ばれて、どの程度のものかと思ったけど。なかなか面白い真似をしてくれるね」

 厳密には、先頭を引くのは天艸女子だけではなかった。他にも、先程追いついてきたスプリンター系チームのアシスト選手数人が、交替交替で先頭を引いて、集団のペースをぐいぐいと上げていっている。

 加速のタイミングを察知しきれなかった、対応しきれなかった選手達が、どんどん千切れて遅れ始めていた。せっかく人数を増やしたメイン集団は、またしても真ん中ぐらいで中切れを起こし、崩壊しようとしている。

 速度的にはまだそんな絶望するようなものではないのだけど、それでも一度離されてしまうと、そこから追いつくのは結構難しい。少なくとも、前を走る相手を上回る速度を出し続けなければ、永久に追いつけないのだから。

 それと、後続が合流して一旦ペースが落ち着いていたという油断を狙われたから、というのもあるだろう。中間スプリントに向けて脚を溜める、というのがセオリーの場面で、敢えてのペースアップ。つまりこの状況を作り出した人というのは、こうなるずっと前の段階から、予測と準備をしていたということだ。

 天艸女子と、その他数校のチーム。

 たぶんこの状況下で考えているのは、幌見沢農業が追いついてこないよう、更に引き離すこと。そして、集団内にいた他のスプリンターをふるい落とすことだろう。

 今のハイペースについていくのが大変で、わたし自身、後ろの方まで注意を巡らせる余裕が無い。なのでこの集団内に誰がいるのかがよく分からないのが現状だ。

 高速巡航のまま暫く走り続けていると、次第にペースに身体が慣れてくる。辺りを確認する余裕も出てきたのだけど……。

「総合上位校の中では、歌絵と筺の二人が見当たらん。後ろに取り残されたらしいな」

 彼方さんが、苦々しくそう呟いていた。

「そんな……それじゃああの二人は、総合争いから外れる、ってことですか?」

「それは何とも言えんな。今日のレースはまだあと半分以上も残っているのだ。後ろも必死になって追走してくるだろう。何が起こるかは分からんよ。それより……」

 彼方さんは前方を見やって、怪訝そうに言う。

「一チームによる牽引ではなく、数チームが連携している、という今の状態がどうにも奇妙だ。あの中で音頭を取っているのが金銅曜だったとして、他の連中はどうして奴に協力している?」

「みんな田鎖さんが怖いから、今の内に引き離しておきたいっていうことで利害が一致したんじゃないんですか?」

 チーム間を超えた協調体制というのは、ロードレースにおける基本である。

 だけど、彼方さんの疑念は払拭されないらしかった。

「それにしては体制を整えるのがあまりにもスムーズすぎる。プロでもないのに、事前の打ち合わせも無しにこうまで上手くいくものか?」

「うちも同感だね、かなちゃん」

 言葉を合わせてきたのは、先程山岳で一位通過をした嘉神さんだった。わたし達みたいに通常ペースで登ったわけではなく、他の強豪と戦いながらの登坂だったからだろう。未だに疲労は抜けきっていないらしく、声もまだ少し弱い。

「芯紅、お前、アシストは……」

「ああ。今のスピードアップで、一人遅れた。うちの為に、最後尾のチームカーまでボトルを取りに行っていたんだ。丁度そのタイミングでペースが上がったから、戻ってこられなかった」

 そう説明する嘉神さんの声は苦々しい。山岳に特化した脚質の嘉神さんにとって、この平坦ロングステージというのは、アシストによるサポートが必須のはずだ。そのアシストを失うというのは、非常に大きなダメージだろう。

「それより、この後だ。この状況を作り上げたのが本当に金銅曜なら、攻撃の手はまだ終わらない。うちやかなちゃんを引き離すために、更に次の手を打ってくる可能性が高いよ」

「……まだこの集団には天衣椿を筆頭に、総合上位勢が多くいるぞ。筺と歌絵は後方に取り残されてしまったようだが、それ以外は全員残っている。それをどうにかする手があるということか?」

 懸念を募らせる彼方さん達。その会話が安心して行えるように、わたしは周囲の警戒に努めていた。何かあれば即座に対応する。そうでなければ、彼方さんまで敵の罠で遅れてしまうかもしれない。それは避けねばならなかった。

「……まったく。揃いも揃って情けない連中だな。《風のカナタ》も《密林のレッドマフラー》も、二つ名が泣いているよ」

 わたしの警戒心が最大級に反応したのは、そんな台詞が聞こえてきたからだった。もう散々聞き慣れた、黒い声。

 綺堂さんは自身のアシストの前に出て、告げてくる。

「敵の策がどうとか、そんな細かいことにこだわっているようじゃまだまだね。折角のこの状況。今ここで攻めに出ない奴は、女じゃあないぜ」

 そう言って、綺堂さんはアタックを開始する!

 ……総合三位が、中間スプリント地点も近いこの状況で単独アタック!?

 驚いたのはわたしだけではなかった。彼方さんも嘉神さんも、同様にかなり驚いていたらしい。だけど流石にエースクラスの人達がわたしなんかと違うのは、驚くのと同時に、すぐさま対策を打っていたことだ。

 彼方さんが叫んだ。

「水晶!」

 その呼びかけに応えるように、御弓の隊列最後尾にいた水晶さんが、彼方さんのすぐ隣までポジションを上げる。彼方さんは水晶さんの背中にポンと手を置いて、

「山はきつかっただろうが、行けるか」

「勿論」

「よし、では仕事だ。補給地点より前ですまないが、頼むぞ」

「了解」

 その短いやり取りだけで、お互いに全てを理解し合ったらしい。わたしはてっきり、水晶さんが御弓の先頭に立って、チームで追走を仕掛けるのかと思ったけど。

 水晶さんはスプリントさながらの体勢で一気に加速し、逃げを打った綺堂さんを追い掛けていく。

 それとほぼ同じタイミングで、他のチームからもアタック潰しのために選手が飛び出していった。これまで集団のペースアップを図っていた、スプリンター系チームも例外ではない。

 但しその顔触れが、各校エーススプリンターばかりなことにはちょっと驚いた。鷹島からもゼッケン4番、《幻想の悪魔(マジック・ドライブ)》由良那美さんが出撃している。

 ポイント賞争いの上位に付けている選手ばかりが集まって、もの凄い豪華なトレインが形成されていた。そのまま、凄まじい加速で綺堂さんを追撃しにかかる。

 ……でも確かに、気が付けば中間スプリントポイントの計測地点まであと十キロを切っている状態なのだ。アシスト選手がアタック潰しをしに行った結果、ポイントを獲得してしまったのではチームとして大失敗になる。そう考えたエーススプリンター達は、自らの手で綺堂さんのアタックを妨害しつつ、更にはそのままポイント争いをしてしまおうということだったのだろう。

 スプリント争いの勃発によって、ペースの落ちたメイン集団。わたしはその中で、周囲の顔触れを確認する。アタックに選手を送り込んだチームが殆どの中、尾鷲学園と天艸女子の二チームは、特に動きを見せていなかった。

 尾鷲学園は、嘉神さんのアシストを最優先とするため、集団に残ったんだと思う。

 じゃあ、天艸女子はどういった考えで、動かなかったんだろうか?

 さっきまであんなに威勢良く集団の速度を底上げして、他チームのふるい落としをしたぐらいだというのに。綺堂さんのアタックには興味を示さないって、どうにも矛盾というか、違和感がある。

 ロードレースのセオリーとして、アタックに一人でも選手を送り込んだチームは集団の引きに参加しなくて良い、というものがある。なので現在メイン集団の先頭は、引き続き天艸女子が行っている。鷹島学院も当初はペースコントロールに参加しようとしていたんだけど、天艸側がそれを拒んだ形だ。

 彼方さんも、それについては天艸を、っていうか金銅さんの行動をかなり訝しんでいた。同じ疑念を抱いているらしい嘉神さんに話し掛けている。

「……《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》は、いったい何が狙いだと思う?」

「さてね。けどまさかこれだけ引っ掻き回しといて、実は何も考えてませんでした、ってこともないでしょ。あの子なら、その辺見抜いているかもしれないけど……まぁうちらには教えてくれないだろうしなぁ」

 嘆息した嘉神さんが、その言葉と共に視線を向けた先。

 集団内でじっと先頭付近を見据える、《天魔の視線(インサイト・テラー)》九央静寂さんの姿があった。


       ◆


「十五人。思ったより絞り込まれたね」

 逃げ集団が形成され、ある程度の距離を走ってから。

 先頭で僅かに脚を緩めた綺堂硯が呟いたのは、そんな一言だった。それに釣られたわけではないが、久瀬水晶は周囲を見渡して、アタックに参加した選手を確認する。

(エース級のスプリンターは八人。私自身をカウントすれば九人、ということになる)

 綺堂硯や由良那美は、実力はともかく、エーススプリンターのカウントでは対象外だろう。そして、残る選手はここにいる誰かしらのアシストである。

 状況が更に変化するより先に、分析しておくことを怠らない。体内に蓄えた糖分は、本来であれば肉体の駆動に全て費やしたいところではあったが、状況判断を誤れば全てが無駄になってしまう。それは避けねばならなかった。

(残り七キロ。このメンバーで中間スプリントを越えるのはもうほぼ確定。大体の人はポイント狙いでしょうけど、やはり分からないのは綺堂硯の目的)

 由良那美は自分と同じく、総合上位である綺堂硯のマークのためにここへ来ている。それは分かり易かった。

 だが肝心の、綺堂硯の目的がいまいち掴めない。総合上位が、平坦ステージのゴールまで残り五十キロという地点でアタックすることに意味はあるのだろうか?

「敵の考えが理解できない、という顔ね。久瀬水晶」

 隣から聞こえてきた声に反応して、水晶は首を向けた。雨粒を払いのけつつ、鷹島学院の由良那美がうんざりとした口調で言葉を続けてくる。

「確かに非効率的で、成功率の低いアタックよ。でも、あの子は現在、それを半ば成功させつつある」

「……本当にこのまま逃げ切るつもりだと?」

「そうなんじゃないか、っていう可能性の話よ」

「無理だわ。中間スプリントが終われば、スプリンター達は一度仕事を終えてアシストと合流したがる。集団に追いつかれてしまえば、何の意味も無い」

「一人で逃げようとしていたとしたら?」

 那美のその一言に、水晶は言葉を呑んだ。考えていなかったわけではない。だが、あまりに可能性の低い話だったため、脳内の隅に追いやっていただけだ。

 那美は続ける。

「昨日のタイムトライアル。貴女の所の風咲彼方や、ウチの椿に匹敵するタイムトライアル能力を持つ一年生なんて、わたしは今まで見たことがなかった。でもあの独走能力があれば、ここから先の五十キロで個人タイムトライアルをやることも不可能ではないのかもしれない」

 第三ステージの結果によって、それまで謎のベールに包まれていた綺堂硯の能力の一端が明らかになっていた。確かにあれだけの力があれば、このまま走りきることも、あながち無謀とは言い難い。そしてそれが成功すれば、この平坦カテゴリのステージで、総合順位が一気に引っ繰り返るかもしれなかった。

「にゃはははは~、水晶ちゃんも那美ちゃんも、色々考えること多くて大変そうだねぇ~」

 会話を中断させて入り込んできたのは、亜叶観廊の間延びした声だった。アシストに引き連れられて、集団の横から徐々にポジションを上げてきている。

「そんな状況下で申し訳ないんだけどわたしはポイントが欲しいだけだからぁ、このへんでバイバイだよぉ~」

 鶴崎女子のアシストの加速は既に始まっていた。雨粒に立ち向かっていくような勇敢さでもって、ぐんぐんと速度を上げてこちらから離れていく。

 中間ポイントまで残り五キロのゲートを潜る。良い頃合いだと、水晶は胸中でだけそう賛辞を送った。今日のレース自体はまだまだ続く。最後の平坦ゴールのポイントも同様に狙うつもりであるなら、このぐらいの距離からの発射は、《距離無制限(ロード・セイバー)》の体力のことを考えても丁度良い。

(田鎖鉄輪がいない今、亜叶観廊(かのじょ)はスプリント賞に最も近い選手の一人だものね)

 逃げ集団の人数と、後ろとの時間差を考えれば、少なくとも今日の中間ポイントはもう確実に残らないのだということは、馬鹿でも分かる。遅れた幌見沢農業には申し訳ないと思うが、だからといって待ってやることは出来そうになかった。

 飛び出した鶴崎女子をチェックするため、一人の選手が追う。少しずつ人数の減っていく集団の様子は、葉を一枚一枚めくっていくキャベツを連想させた。最後には、何も残らない。

 集団内で由良那美にだけは唯一、特別な動きが見られなかった。それはそうだ。彼女は、スプリントポイントの争いには興味が無い。綺堂硯の動向にさえ気を配っていれば、それでいいのだから。

(……私はどうだろうか?)

 そんな疑問が胸中に浮かぶ。

 御弓高校の久瀬水晶。エース風咲彼方の脅威となるであろう驚異の新人、綺堂硯をチェックするためにここへ来た自分の立場は、詰まるところ《幻想の悪魔(マジック・ドライブ)》とよく似ている。違いを挙げるとすれば、それは自分は現在、ポイント争いにおいて上位にいるということだ。

(でも、大事なのは彼方の勝利であって、私のポイント賞ではない)

 《スーパー・ソニック・スピード・スプリンター》が常に保持しているグリーンジャージを、どうしても獲得しなくてはいけないとか、そういうわけでもないのだ。無論、欲しくないわけではないし、可能であれば一度ぐらいはあのジャージに袖を通して走ってみたいと、そう思うが。

(夕映なら、どう思うだろう)

 明るい笑顔を持った、後輩の少女。実力も才能も備えてはいるが、レース経験の浅さから、初日はセオリーを無視して中間ポイント獲得のために奮戦してくれた。

 彼方のアシストでしかなかった自分がポイント上位にいるのは、夕映のお陰と言える。彼女の献身的なアシストと、何よりあの明るくめげない性格があったからこそ、だ。

 この状況で、もしあっさりとポイントを諦めるようであれば――

(後で、夕映に叱られるかもしれないわね)

 そこまで思案したところで、水晶は微苦笑を漏らした。どうして笑ったのかは、自分でもよく分からなかったが。

 ジャージの腰ポケットから、残っていた補給食を取り出し、急いで口へ運ぶ。念のために残しておこうかと思っていた物だが、構うまい。どうせ中間スプリントラインを過ぎてすぐの所に、補給地点がある。部の後輩達が、そこに待機しているはずだった。

(そういえば今日のサコッシュの中身は何かしら)

 メニューを気にしつつ、咀嚼したパワーバーをボトル内のドリンクで一気に流し込んでいると、綺堂硯がこちらに話し掛けてきた。彼女はポイント争い自体に介入するつもりは無いらしく、いつの間にか先頭からも外れ、脚を緩めている。

「……今更になって、慌ててのエネルギー摂取。どうかしたんですか?」

「別に。スプリントで戦うのだから、エネルギーは多い方が良いでしょう」

「へぇ。久瀬さんはポイントに興味なんて無いんだろうなって思ってましたけど。違うんですね。ていうか今の久瀬さんの立場なら、ポイント争いで無駄に体力を消耗するより、後ろの風咲彼方の為に、総合三位のわたしを抑え続ける方が大事だと思うんですけど」

「その仕事を放棄するつもりはない。でも、獲れるポイントを獲り逃すようなことがあると――かわいい後輩が、後できっと残念がる」

 あの夕映ががっかりする様子というのは、できれば見たくないものだった。だから、走るのだ。

 こちらの言葉を聞いた綺堂硯は、薄く笑みを作った。これまでも何度か見た、邪悪な笑顔。

「かわいい後輩って言うと……鳥海さんの方かな? 結橋さんも鳥海さんもどっちも別にかわいくなんてないと思うけど、そういうことを言いそうなのはどっちかって言うと鳥海さんのように思えるし。……ふぅん」

 独り言を呟いていた綺堂硯がハンドルを握り直し、そして告げる。

「少し、気が変わっちゃったかな」

 黒い雰囲気(オーラ)を纏う闇の少女はそう前置きしてから、冷たい声音で続ける。

「わたしが相手をしてあげますよ。久瀬水晶さん」

 スプリントラインまで、残り三キロ。


 アシストを切り離して更に加速し、独走を続ける《距離無制限(ロード・セイバー)》。それを追うスプリンター達の中で、スペイン人留学生リタ・バレーラが単独の追い上げを開始した。

 これまでのステージでも感じていたことだが、彼女はとにかく、初速から最高速になるまでの加速に掛かる時間が、怖ろしく短い。走り出して、こちらが瞬き一つする程度の時間で既にトップスピードに達しているのである。それがロードレースの本場である欧州仕込みの技術なのかどうかは分からないが、ともあれそんな刹那の加速を使われてしまうと、チェックに入ろうとしても到底間に合わない。リタ・バレーラとの距離は、ほんの一瞬で一気に開いてしまった。

 脅威は前方だけではなかった。殆どのチームがアシストを使い切り、エーススプリンター達が鎬を削る中、余裕そうな表情でそれらについてくる一年生、綺堂硯がいる。

 黒いジャージを鎧のように纏う彼女の実力は、一年生としてはあまりに規格外だと言えた。年齢を加味した完成度で言えば、《神速のファンタズマゴリア》天衣椿にすら匹敵するかもしれない。

 逃げ集団を引っ張っているスプリンターの速度に不満を抱いたらしい選手が一人、先頭に躍り出る。茨城の《ツインストーム・スプリントドラゴン》、竜伎硝子だ。彼女がドロップハンドルの下部を握り込んだ瞬間、集団の速度が更に引き上げられていくような感覚に襲われる。それが錯覚かどうかを脳が判断する暇もなく、水晶は上体を伏せて空気抵抗を軽減させることに集中した。

 強制的に上がっていく速度に、付いてこられない選手が徐々に出始める。千切れて遅れるスプリンター達を横目で見やりつつ、水晶は残りそうな敵を見定めた。

 《幻想の悪魔(マジック・ドライブ)》は遅れていない。流石は鷹島学院でレギュラーを務めるパンチャーだ。積極的にこの争いに参加することはないだろうが、ついてこないということもないだろう。

 石川の《真空白刃斬り(エア・エアー)》や青森の《還ってきた怪物(ウルトラ・ジャック)》といった選手達も、まだまだ充分に脚を残していそうである。

 前方では、リタ・バレーラが《距離無制限(ロード・セイバー)》を捕まえていた。付き位置(ツキイチ)を嫌って僅かに蛇行した《距離無制限(ロード・セイバー)》が、その失策を悟るのと、ほぼ同時。

 一直線で拓けたラインを駆け抜けていく影があった。ゼッケン191番、京都・四条大宮高校のエーススプリンター右京(うきょう)左織(さおり)

 驚愕だったのは、すぐ後ろにいたはずの自分が、その力強い加速に置いて行かれたことだ。風除けがいなくなることで復活した空気抵抗が、猛烈な勢いで全身を襲ってくる。

 舌打ち一つして、リタ・バレーラが追走しようとしたが、既にトップスピードに達してしまっている彼女では、これ以上の加速は出来ないようだった。

 リタ・バレーラの走行ラインに入ってしまわないよう気を配りつつ、水晶は全力で走ることを肉体に命じていた。握り潰すぐらいの気持ちでドロップハンドルを掴み、クランクを蹴りつける。

 先頭に出た右京左織との距離は、徐々にではあるが縮まりつつあった。或いはそれは、トランス状態の脳が見せる幻だったかもしれないが。但し事実がどうであれ、ラインまでの残りの距離が足りないことも、水晶はしっかりと理解していた。

 そして脳内に残されたリソースの最後の一つが、後方から動かないままの綺堂硯に向けられる。

 中間スプリントで宣戦布告をしてきた割には、不気味な沈黙を続けたままの彼女。

 その沈黙が意味することは分からなかったが、水晶はその時点で、綺堂硯という要素を脳の外へと押しやった。

 気の紛れは脚を鈍らせる。実力が拮抗した敵がこれだけの人数揃っている状況では、僅かなマイナス要素が勝敗を決しかねない。

 トップスピードのまま、視界の中で中間スプリントラインが近付いてくる。

 右京左織が一位でラインを通過していくのを、水晶は他のスプリンター達と共に、後ろから目にすることになった。


       ◆


 メイン集団の中はにわかに騒然としつつあった。

 審判車から掲示された、中間スプリント地点の通過順位が広まっているからだ。集団の前方から後方へと、情報が波のように広がって、雨音に負けないぐらいの騒々しさが沸き上がっていく。

「か、彼方さんっ! 水晶さんが四位です! っていうか!」

 水晶さんの敗北がショックで話題の軸がブレかけたので、わたしは自らそれを修正する。改めて、言い直した。現状、たぶん一番重要な話。

「中間スプリントが決まったのに、前の人達が戻ってくる気配が無いんですけど!」

「ああ。逃げ切りを企む奴がいる、ということだな」

 奴、というか、もう完全に綺堂さんのことだろう。逃げ集団の中で、総合上位に付けているのは綺堂さんしかない。強いて言えば鷹島の由良那美さんって人が結構上の方だけど、エースではないし。

 わたしは今更ながら、序盤の山岳争いと、今のスプリント争い、どうしてその両方とも天衣さんが鳳さんを集団に残したか、というのがしっかりと理解できていた。抑えのためとは言えエースクラスの選手が逃げの中にいたら、それを信用できない人も出てくる。それによる状況の『乱れ』みたいなものを、天衣さんは警戒していたんだろう(実際の所は、四月朔日さんもエースに匹敵する実力者ではあるんだけど、リザルト上は鳳さんの方が上ということになる)。

 セオリーとして理解はしていたけど、実感は出来ていなかった。

 走ってみないと分からないことって沢山あるね。

 ――そしてそれは置いといて。

「彼方さん、これってこの集団全体でペース上げて、前を掴まえに行った方が良くないですか? 綺堂さんを逃がさないように」

「統率が取れるならそれが理想だが、コントロールできるチームは限られてくるだろうな。……いっそ御弓(われわれ)だけや、或いは少数精鋭の数チームで抜け出して先行する方が、むしろ勝率が上がるか?」

 言葉の後半は、小声の独り言に化けていた。わたしはそれ以上口を挟まずに、次の指示を待つことにする。御弓のリーダーは彼方さんだ。わたしは、いや、先を走っている水晶さんだって、すぐ後ろにいるむつほちゃんだって、みんな、彼方さんの為に走っている。

「どちらにしても、まずは集団の頭を押さえたいな。結橋、先導を頼めるか」

 彼方さんはそう言って、むつほちゃんの方へと視線を送る。何処を通ればいいのか分からないような集団内でポジションを上げるのであれば、むつほちゃんは誰よりも頼りになる。むつほちゃんに、走行ルートを選別して道を切り拓いて貰えば――

「すいませんが、それは出来ない相談ですねー、部長」

 という、むつほちゃんの声が聞こえた。

 一瞬以上の間、その言葉の意味が理解できず、わたしはそれこそ脳が固まっていたのではないかと思う。情報量過多でフリーズ寸前なわたしの脳に、更に衝撃的な言葉が送り込まれてくる。

「部長より優先して運ばなきゃいけねー相手がいるんで、オレ、そっちに行くことにしますわ」

 その言葉を聞きつつ、わたしはむつほちゃんの方ではなく、全く別のものを見ていた。集団から外れた位置で、一直線の綺麗なトレインが新しく出来上がっている。人数は……七人。その中で同じジャージを着ているのは三人だった。当たり前だけど、見覚えのあるデザイン。それは、天艸女子のものだった。

 そしてその急遽出来上がったトレインの最後尾に位置するのは、九州チャンピオンジャージを着た金銅曜さん――《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》。

 わたしは振り向いて声を上げた。

「彼方さんより優先する相手って、ひょっとして金銅さんのこと!?」

「ああ、そのとーりだぜ。悪いなー、鳥海」

 全っ然悪びれた様子のないむつほちゃんは嘆息一つ、気怠げに会話を打ち切った。わたしたちから顔を背けて……というか、ただ単に前を向く。

 そして呟いた。

「――魔弾(まだん)

 スプリントのような前傾姿勢になったむつほちゃんが、急激な加速で移動する。

 驚くべきは速度そのものよりも、移動の仕方だった。他の選手達の、車体の隙間をすり抜けるようにして、無理矢理ポジションを変えていく。

 それは普段むつほちゃんが見せる、最適なルートを選択して走るという走行技術の延長線上にあるような、言ってしまえば上位互換みたいな走り方だ。狭い隙間に針金を無理矢理通すみたいにして、際どいラインに自分の車体をねじ込みつつ走っていく。

 他の選手が道を譲ってくれたわけでもないのに、むつほちゃんは集団の外に脱出し、金銅さんの隊列に参加していた。

 むつほちゃんが加わり、最後尾に金銅さんを据えた八人。

 天艸女子のアシスト達が懸命にペダルを回し、彼女たちは一気に加速していく。

「むつほちゃん……」

 呆然と、名前を呼ぶ。姿すら見えなくなるぐらいに開いた距離で、声が聞こえるなんて思っていなかったけど。

 わたしは為す術もなく、むつほちゃんの名前を呼ぶぐらいしか出来ない。

「むつほちゃん……」

 今のは間違い無く、今までむつほちゃんがわたし達に隠し続けてきていた、正真正銘彼女の奥の手ということだろう。

 今現在集団の密度は結構なものになってきているので、これまで見せていたむつほちゃんの走りでは、流石にあんな風に無理矢理通ることはできなかったはずだ。

 けど今の、むつほちゃんが『魔弾』と呼んだ走行方は、それを可能にした。

 普通だったら走れないような細くて狭い隙間を、通れる道として認識して。

「むつほちゃん……」

 打ち解けてきたから、チームのために私情を抑えて尽くしてくれているのだ、なんて。

 そんなことを考えていたわたしの気持ちを否定するみたいに、むつほちゃんはごくあっさりと、ここで奥の手を披露した。

 列の並びからしてたぶん、《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》金銅曜さんをアシストするために。

「むつほちゃんっっっ!」

 思考も感情も制御できず、わたしはとにかく、そうやって叫ぶことしかできなかった。


       ◆


 中間スプリントの攻防で崩れた隊列は、すぐさま元に戻りつつあった。トップクラスの選手であればある程、集団でいることのメリットを知っている。披露した脚を効率よく休めてゴールに備えるには、ほんの数十秒前まで敵であった相手とも協力することが大切だ。

 一列棒状、オーソドックスな並びになった集団の中で、一際愉快そうに笑う者がいる。

 黒いジャージの、綺堂硯。

「いやぁ、爆笑でしたよ久瀬さん。ホントに、もう最高」

「……何か、面白いことでもあったの?」

「わたしの宣戦布告を信じ込んで、マジになって走ってる時もずっと後ろ気にしてたでしょ? 信じちゃいました? わたしが、現在総合三位のこのわたしが、第四ステージの中間スプリントなんかでいきなり本気出して走るとか、そんなあり得ない話を信じちゃったんですよね? だから大爆笑だって言ってるんですよ」

 比喩でなく、腹を抱えて笑い出しそうな様子の綺堂硯に、水晶は告げる。

「私を挑発することに何か意味があったとは思えない」

「ありませんよー。ありませんけど、ちょっと面白いかな、って思いまして。だって考えてもみて下さいよ。わたし今日の時点で、スプリントポイントなんて一回も取ってないんですよ? それなのに久瀬さんの目標を邪魔するためだけに、いちいちここで脚を使うわけないじゃないですか。バトル漫画じゃないんですから。それを信じちゃってチラチラチラチラ後ろを気にしているんですから。久瀬さん、人が良すぎますよね。魔除けの壺とか買わされないよう、気を付けて下さいね。あ、今風に言うと、事故を起こしたっていう親戚からの電話とか信用しないで下さいね、ですかね」

「あなたが何をしようと、別に結果は変わらなかったと思うわ。一位通過の右京左織は優れたスプリンターだった。たぶん、私よりも」

 事実、綺堂硯の存在が無かったとしても、自分では最後のあの加速について行くことは出来なかっただろう。畢竟、今回の勝者に影響があったとは思えない。

「……久瀬さんてそうやって、現実をありのままに全て受け入れちゃうタイプですか? 嫌だなー、そういうの。どんな状況下でもどんな相手にでも、常に勝ちを掴もうっていう気持ちを持てないんじゃ、人として落第ですよ」

「あなた、関東大会や第二ステージでは実力を隠していたじゃない」

 綺堂硯の言っていることが理解できず、水晶はそう言った。だが硯は大げさなモーションで首を振り、

「何のことだか忘れちゃいましたねー。ホラわたし、忘れっぽいから。アルツハイマーなのかなー」

 ケラケラと笑いながら、硯は楽しそうに語ることを止めない。

「何のことだかさっぱり分かりませんけど、ちょっぴり話してみるとですね。わたしにとって最大の鬼門は第二ステージの山岳セクションだったんですよ。あそこであんまり張り切りすぎると、後が続かないし、要注意人物としてマークされると体力を一気に削られる怖れもあった。わたしのアシスト達は揃いも揃って、話にならないぐらいのカス揃いですからね。わたし自身の実力は隠したままで、他の有力勢には極力、差を付けられないようにして二日目を乗り切る。それが理想でした。そしてわたしの日頃の行いが良いからなのか、現実は理想にかなり近い形になって大成功、と」

 綺堂硯の浮かべた邪悪な笑みを見て、水晶はあの大規模落車と、その後のエース達の選択を思い返していた。自分自身はすぐに遅れてしまったので直接見たわけではないが、山岳に強い選手達だけで集団を形成し、《天魔の視線(インサイト・テラー)》九央静寂の独走を防ぐべく結託したという。

 九央静寂という仮想敵が設定されたことで、綺堂硯は自身の存在感を薄めることができたのだろう。あの落車自体は流石に偶然の産物だっただろうが、それを自らの利益とするために動いたのだ。

「……よく考えているわね」

「ありがとうございます。久瀬さんももう少し、脳に糖分送ってあげた方がいいですよ。おっぱい大きくすることと身体動かすことだけにエネルギー使ってたんじゃ、勿体ない。ロードレースっていうのは戦略戦術がとっても重要なスポーツなんですから」

「戦略や戦術が重要でないスポーツなんて、そうそう無いと思うけど」

「おやおや、これは揚げ足を取られてしまいましたね。人格最悪だなー、久瀬さん」

 と、それまで先頭を引っ張っていた選手の一人が後ろへと回っていった。話ながら、それなりの距離を走っていたらしい。丁度順番で、綺堂硯が先頭になる。

 アタックを警戒して身構えようとしたが、それ自体は徒労に終わった。硯は大して速度を上げるわけでもなく、片手を上げる大仰な仕草と共に、

「久瀬さんの人柄が最低最悪だから、みんな徐々に付いてきてくれなくなりつつありますよ?」

「……? いったい何を――」

 言いかけて、水晶はすぐさま後ろを見やる。最大で十五人いたはずの逃げ集団は、中間スプリントを終えて分裂しつつあった。先頭の綺堂硯、次いで久瀬水晶(自分だ)、そして由良那美。その三人を残し、あとの選手は徐々にペダルに込める力を弱めつつある。

 理由はすぐさま知れた。

 スプリンター達はポイント獲得のために走っていたのであって、この真っ黒な少女をチェックするためではない。それは自分と由良那美の役割だ。

 今日のゴールまで残り四十キロ程。後ろが追いついてきてくれるなら、より脚を休めた状態で最後に臨みたいはずだった。審判車が告げてくるタイム差を見る限り、最も怖ろしい田鎖鉄輪はまだ追いついてこない。

 メイン集団内のアシスト達と合流できれば、速度を上げて幌見沢を更に引き離しつつ、エースは脚を溜められる。

 だから迷っているのだ。このままこのエース級の選手だけで逃げ続けるのと、後方のアシストと合流するのと、どちらの勝率が高いのかで。

 綺堂硯がいなければ、彼女達は迷わずアシストに追いつかせることを選択していただろう。だが、このまま逃げ続ける選手がいる限り、平坦ゴールのボーナスポイントは奪われてしまうかもしれない。そして無論のこと、無理をして綺堂硯と逃げ続けた結果後続に掴まえられてしまえば、最後に戦う力は残らず走り損という可能性もある。

 正直、そんな風にスプリンターとしてポイントを欲してジレンマに悶えられる身分が、羨ましくないわけではなかった。 

 久瀬水晶はスプリンターだ。獲れるものであるなら、ポイントだって欲しいと思う。

(だけど、彼方のためにも、そう言ってはいられない)

 脳裏をかすめた欲は一瞬で消えた。

 自分と彼方の二人は、このインターハイのために一年間、努力を積み重ねてきたのだ。それを、一時の気の迷いで無駄にするわけにはいかない。告げる。

「後ろがどうなろうと、わたしはあなたのマークを続けるだけよ」

「……なるほど、風咲彼方との友情ですね。そちらの由良さんも同じような考えみたいですし。羨ましいなぁ、わたしにもそんな友達がいれば良かったのに」

 肩を落とす仕草をする綺堂硯。だがそんな動作も、感情が伴っていなければ滑稽に映るだけだった。

 彼女はすぐさま顔を上げ、

「ま、友達なんていたところで、誰がエースを担当するかで揉めたりした結果すぐに仲が悪くなるから、結局邪魔になるだけなんですけどね」

 真っ黒な笑顔で、そう言った。更に後ろを示し、

「少なくとも、ここにいる人達とは友達になれそうにありませんね。みんな、離れていっちゃいますから」

 その言葉の意味するところがすぐには理解できず、水晶は一瞬戸惑ったが。はっとして後ろを見やる。つい今し方まで、ほんの少しだけ距離を空けつつも、こちらについてきていたスプリンター達。それが一気に遠のきつつあった。

 先頭に残されたのは、自分と由良那美、そして綺堂硯の三人だった。

 勝ち誇るように、硯が言う。

「疲労したか、諦めたか、挫折したか、絶望したか、戦略的撤退か。それとももっと大きく、これが運命なのか。どれかは分かりませんが……まぁとにかくみんないなくなっちゃって」

 彼女の様子は、何故だか楽しそうだった。雨足が弱くなったわけでもないのに、これまでよりも随分、楽になったようにも見える。

「三人っていう少数で走るのも、なかなか面白そうではありますよね――バトル漫画みたいで。そうは思いませんか? 久瀬水晶さん、由良那美さん?」

 彼女の問いかけに、答える者はいなかった。


       ◆


 平坦で頼みの水晶さんをアタックに出し、混戦で頼みのむつほちゃんがまさかの裏切りをするという事態で、御弓高校は崩壊の危機に瀕していた。

 彼方さんに残されたアシストは、現在わたし一人だ。何も出来ない、何の特技も持たないわたし一人。戦士と魔法使いが離脱して、パーティには勇者と見習いだけが残されてしまった。

 他チームからどうやってか選手を引き抜いた金銅さんの混合チームは、わたし達のいる集団から既に三十秒以上のタイム差を作りつつあった。選手は大まかに分けて、四つの集団に分割された、という感じだ。

 水晶さんや綺堂さんのいる、スプリンターメインの逃げ集団。

 そこから約三分遅れで追う、金銅さんが編成した混合チームによる第一集団。

 そこから約三十秒遅れで追うわたし達がいる、総合狙いの選手が最も多くいる第二集団(さっきまで第一集団だった)。

 そして更に一分ちょっと遅れている、第三集団。

 第三集団は幌見沢の人達が引っ張っているはずだ。だけど追われるこっちも結構頑張って走っているので、タイム差は徐々にしか縮まっていない。もしこのペースが続くようであれば、今日のレースで幌見沢の人達が追いついてくるのは、難しいかもしれなかった。

 ましてや今さっき、金銅さんが他チームの選手を引き抜いて、不意打ちのアタックを仕掛けたばかりなのだ。逃げを潰そうと、そして奪われたチームメイトを取り返そうと、どのチームも躍起になっている。後ろを待つ余裕なんて、どのチームにも無い。

 それにしてもむつほちゃんはどうして、わたし達を見捨てて、金銅さんの味方をしたりしたんだろうか。わたし達には内緒にしていた特技を使用してまで金銅さんを助けることに、いったいどんなメリットがあって……?

「やられたようだねぇ、彼方」

 堂々巡りの思考に入りかけていたわたしの意識を引き戻してくれたのは、隣から聞こえた声だった。見やれば、鷹島学院のアシストに連れられた、天衣椿さんがいる。

 黄色で統一されたウェアは、集団内の何処にいても目立つ。明るい光に照らされて目が眩むときのような錯覚に陥りつつ、わたしは頭を振って顔に付いた雨水を吹き飛ばした。……勢いが良すぎたのか、ちょっとだけくらくらする。

 わたしがそんな、ちょっとお馬鹿なことをやっている横で、彼方さんと天衣さんは会話を始めていた。

「やられたとはどれのことだ? 綺堂硯に逃げられたことか。それとも、金銅曜に結橋を拐かされたことか」

「どっちもだろうよ。ま、綺堂硯に逃げられたってのはアタシんトコも同じさね。那美が抑えに出て、それでもまだ止められてないってのは正直かなり驚かされた。今年のインターハイで、ベスト3に入るぐらいの衝撃だったね」

 天衣さんの決める一位と二位の衝撃というのが気になったけど、それはとりあえず置いておいて、わたしは二人の会話に割って入った。二人に質問を投げ掛ける。

「むつほちゃん、どうしてあんなことしたんでしょうか……。金銅さんと元々知り合いだったとかなんですか?」

「いや、おそらくは違うだろう。そんな素振りは無かった。チームを裏切って金銅(ヤツ)に寝返ったのが結橋一人だけだったらその可能性も考えるが、他にも何人かいただろう。だからおそらく、会話による交渉の類ではないか、と思うが……」

「良い読みしてるよ、彼方。アンタが正解だ」

 天衣さんがそう言う。前置きの代わりなのか、ボトルの中身を一口喉に流し込んでから、

「さっき静寂に聞いた。どうも《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》ってのは、大会初日から、色んな選手に声を掛けて回っていたようじゃないか」

「声を掛けてって、もしかして……」

 思い当たる節があり、わたしは呼吸を詰まらせた。

 インターハイの一日目。金銅さんから、ナンパ紛いの声掛けをされたこと思い出す。あの時、金銅さんは何て言ってたっけ。そう、確か、相談に乗るとか何とか……

「鳥海ちゃんもあいつの『勧誘』を受けていたのかい? 聞いた話じゃどうも、金銅曜ってのはそうやって他人の悩みに付け込んで、相手の要求を叶える手伝いをする代わりに、自分のアシストをさせる、ってことをしているらしい」

「……でもそれって、普通だったらそんな提案を呑む人なんかいないんじゃないですか?」

「そうでもないさ。総合狙いのライバル相手じゃあ確かに上手くいかないケースが殆どだろうが、目的の違うチーム同士なら利害が一致することだって充分ある」

 天衣さんのその言葉を聞いて、わたしは悟る。

 ロードレースにおいて、敵チームとの協調体制を取ることは戦略の基本だ。

 普通はセオリーに則って自然と協調するものだけど、事前に詳細な内容を取り決める『交渉』をしておけば。

「普通のレースセオリーでは不自然なことも起こり得る……ってこと?」

 誰に話し掛けるでもなく、わたしは自然とそう呟いていた。

 山岳セクション終了後、スプリンター系のチームに先駆けて、集団のペースを上げた天艸女子。

 アレが、スプリンター系チームとの交渉の結果だったとすれば、行動の不自然さにも説明が付く。田鎖鉄輪さんを引き離しておきたいと考えた人が金銅さんとの交渉に応じて、契約していた。だからポイントに興味の無いはずの天艸女子が、集団のペースアップに尽力したのだろう。見返りはおそらく、総合争いで自分のアシストをすること。そうだとすればおそらくその契約を交わした人は、さっき逃げ出したエース級スプリンター達の中にいる可能性が高い。

「でも、むつほちゃんは……?」

 それがわたしには分からない。むつほちゃんと交渉する材料はいったい何だったんだろう。いや、交渉材料自体はすぐ分かる。綺堂さんだ。だけど、どんな話の運びでむつほちゃんを取り込んだっていうんだろうか。

「簡単な話だろう。何故なら、現状で結橋と金銅の目的は一致しているのだから」

 わたしの短い独り言から、考えを汲み取ってくれたらしい彼方さんが、そう言ってくれる。

「結橋も金銅も、先行している綺堂硯を捕らえたい。だからこそお互いに協力する、というただそれだけを持ちかけたのだろう」

「そんな、それだけのことで……?」

「実際にはもう少し詳細な契約内容ではないかと思うが、大筋はそこにあるだろう。結橋と綺堂の間にどんな確執があるのかわたしは知らない。だが、それはおそらくわたし達が考えているよりずっと深く、暗いものだ。だからきっと、理屈ではないのだと思う」

 その台詞の後で、彼方さんは大きく嘆息した。弱々しく、呼吸と共に言葉を吐き出す。

「わたしは部長失格かもしれんな」

「彼方さん……?」

「結橋の抱える悩みについては何となく気付いていたが、それをどうにかすることはできなかった。いや、わたしが下手に手を出すべきではないと思ったんだ。結橋がいずれ、わたしのことを頼ってきてくれるならば、その時に手を尽くすべきだと。だが結橋はそんなわたしではなく、金銅曜の方を選んだ。多少無理をしてでも、わたしは結橋ともう少し、コミュニケーションを取っておくべきだったのかもしれない」

「そんなことないです!」

 わたしは自然と、声量を上げていた。彼方さんがびっくりした顔でわたしの方を見る。だけどそれに構わず、わたしは叫ぶように言った。

「わたしは、金銅さんのやり方があんまり好きじゃないです。人の弱みに付け込むみたいで。金銅さんがどんな言葉を使ったのかは分かりませんけど、他人の心の中にずかずか入っていけるような人を、わたしは正しいとは思いません」

 たぶんだけどむつほちゃんの心の悩みは、むつほちゃん自身で解決しなくちゃいけないものだったはずだ。その助けを、むつほちゃん自身が望んだのであればともかく、金銅さんの行為は、道に迷っている人に邪道のショートカットを教えているような感じがして、どうしても正しいと思えない。

 だってそれは。

 むつほちゃんが自分で見つけた道ではないのだから。

 だからわたしは、むつほちゃんがそれまで立っていた場所まで、連れ戻したいと思っていた。

 もしそれで、むつほちゃんが悩み苦しむ時間が長引くことになったとしても。それでもそうしたい。

 わたしの言葉を最後まで聞いてくれた彼方さんは、一度、長い息を吐き出した。

 さっきの嘆息とは違う、体内に残った弱気を外へ押し出すような、力強い呼吸だ。

「そうか。そうだな。……ならばまずは、この集団の力を最大限利用して、前に追いつくことにしよう――夕映」

「は、はいっ!」

 いきなり名前を呼ばれて、わたしは若干裏返った声を上げる。

「《異質なる世界樹(ミステリアス・マーメイド)》の作り上げた逃げ集団を破壊するぞ。前に上がってくれ」

 わたしは頷き、どうにか今の集団の前の方まで上がっていった。別にむつほちゃんみたいに魔弾を使ったわけでもないのだけど(ていうか使えないけど)、不思議とみんなが道を譲ってくれるみたいにして、思っていたよりずっとあっさりと、先頭まで来られた。前に誰もいなくなることで空気抵抗が一気に強くなる。あとこれは気のせいかもしれないけど、顔を叩く雨粒の勢いも強くなったように思えた。

 そして同じタイミングでこの先頭に来たのは、わたしだけではなかったことに気付く。それと同時に、どうして周りの人達が道を譲ってくれたのかも、すぐさま知れた。

 山岳争い。

 スプリント争い。

 更には金銅さんの勧誘によってもたらされた混乱と。

 色々なことが起こって形の崩れていた集団だったけど。そもそも今日のメイン集団の、本来の支配者は誰だったのか。

 それをわたしは、今更になって思い出す。王者の声を聞きながら。

「この集団は改めて、鷹島学院(アタシたち)でコントロールする。鳥海ちゃんにも手伝って貰うから、気張って走りなよ」

 天衣椿さんの、不敵な笑み。

 鷹島学院のアシストの人達と一緒に、わたしは集団先頭に立つことになった。


「まずは天艸女子を捕まえねばならん。頼むぞ、夕映」

「はい!」

 元気よく応え、わたしは鷹島の人達の前に出た。流石は優勝候補の名門、鷹島学院だ。超天才的なオールラウンダーである鳳さんだけでなく、クライマーであるはずの四月朔日さんまで、平坦であっても相当速い。かなり引き上げられた今のペースを維持して先頭を走るのは正直大変だったけど、ハンドルを握る手に力を込めて、わたしはペダルを回す。

 金銅さんと彼方さんのタイム差は、昨日までで一分三十秒。綺堂さんとのタイム差は一分七秒。

 やはりどうにか追いつかなくては、明日の最終ステージに大きな影響が出てしまう。

 わたしが考える理想としては、今日彼方さんが天衣さんを抑えてリーダージャージを手に入れて、数秒でもアドバンテージを持ったまま、明日の戦い、最後の山に臨みたいところなんだけど……。

「しかしそう上手くいかないのがレースの常だ。覚えておくと良いよ、鳥海くん」

 聞こえてきた言葉に、わたしはそちらを見やった。集団の先頭付近にいつの間にか、見覚えのある顔が増えている。

「九央さん……!」

「前に追いつきたいのはわたしも一緒でね。鷹島と御弓の強力な連合軍と比べてしまうと些か微力かとは思うが、昇仙高校(われわれ)も力を貸そう」

「いりません、って言える状況じゃないですけど……彼方さん?」

 振り向いて、彼方さんと天衣さんを見やる。二人は了承の首肯を送ってくれた。とりあえずは休戦し、力を合わせようということらしい。

 九央さん個人に対しては色々と複雑な思いがあるけど、先頭交替をしてくれる人が増えるのは正直ありがたかった。このハイペースを維持したまま走り続けていけばわたしは、終盤の勝負所で彼方さんをアシストすることが出来なくなってしまうかもしれない。

 昇仙高校の人に先頭を替わって貰って、一旦後ろに下がる。丁度すぐ近くに、九央さんがいた。

「……そう毛嫌いするなよ、鳥海くん。君は確かにわたしと走るのは嫌なようだが、わたしだって本来であれば、天衣や風咲と手を組みたくなんてないんだよ」

「そうやって他人の心を覗き見てくるから、嫌になるんです」

「仕方ないじゃないか。わたしのこの特技というか眼力は、目を開けている限りはそうなってしまうものなんだから。見えちゃうものは止められない。君だって、息を止めるとか出来ないだろ?」

「そりゃそうかもしれませんけど……」

 たぶん、その常時発動型とも言うべき特技によって、御弓と鷹島が連携を取ろうとしていることを読み取ったのだろう。九央さんは第二ステージでもそうやって、わたし達の作戦を盗み見ることで、一度はリーダージャージすら手にしたのだ。

「しかしわたしのこのスキルも、あながち悪いものではないと、そう考えることはできないかな? だって天衣に、金銅曜の企みを教えてやったのはわたしなんだぜ」

「……それだけ、九央さんも必死ってことですよね? 金銅さん一人にタイム差つけられちゃったら大変だから」

「賢い子だねぇ、鳥海くん。今日もハナマルをあげようか」

「遠慮します」

 ぷいっ、と、わたしは九央さんから顔を背けた。

 朝、出走前に確認した九央さんの現在タイムを思い出す。今日までの時点で、彼方さんとは三十五秒差。最終日の山のことを考えると、出来れば最後まで一緒に行きたいとは思わない。

 九央さんが山にも強いことは、二日目に嫌ってほど実感している。

「酷いこと考えるねぇ、君。わたしだけトレインから振り落とそうとしてないかい?」

「まぁ……ぶっちゃけ、いなくなってくれればいいのになーとは」

「残酷だよねぇ、鳥海くん。わたしを蹴り倒して無理矢理落車させようとしてるだろ」

「読み取った思考を改竄しないで下さい!」

 御弓、鷹島、昇仙の三校によるペースコントロールで、わたし達の集団はかなりの速度を維持して走行を続けていた。どこまで続くか分からない協調関係。打算で出来上がったこの形は、いずれ崩れることになる。だけど出来ることなら、そうなるより先に、まずは前を走る金銅さんの集団を捕まえておきたかった。

 先頭交替のローテーションがわたしに回ってきたところで、前方に選手達の後ろ姿が見えた。

「追いついた!」

「いや、違う」

 その言葉を発したのは、少し後ろにいる九央さんだった。眼を細めて、前の人達を見ている。……前方集団とはまだかなり距離がある。今になってようやく、人の形がしっかり判別できるようになってきたぐらいに離れているというのに、何か分かるんだろうか?

「わたしの視力は両眼とも、裸眼で2.5だ。だから見えるんだよ。あれは天艸女子の集団じゃない。……へぇ、《距離無制限(ロード・セイバー)》がいるね。なるほど、わたし達追走集団に対して、敗走集団、って感じかな」

 あっさりと、酷いことを言っている九央さん。

 徐々に距離の詰まっていく前の人達が、何に敗れたのかは簡単に分かる。一人を除けば他の人達はスプリント勝負で敗れて、そしておそらく、金銅さんの混合トレインに全員揃って追い抜かれた、ということだろう。確かに敗れてはいるけど……。

 スプリンター達は更にもがいて逃げようというような素振りもなく、あっさりこちらと合流した。この雨の中、既に中間スプリントで一戦交えてきた人達だ。疲労は大きいだろう。ポイント争いに絡む選手は、今日のゴールまでに体力を回復させなくてはいけない。

 ……って、あれ?

「水晶さんがいない?」

 合流してきたスプリンター達の中には、水晶さんの姿が見当たらなかった。そのことを訝しんだわたしの疑問に、丁度すぐ近くにいた亜叶さんが答えてくれた。

「水晶ちゃんなら~、あの真っ黒い一年生と一緒に先頭走ってるよ~。にゃはは~、たぶん総合狙いのかなちゃんの為に、どうにかして抑えようとしてるんだよね~」

「水晶さんが!?」

 じゃあ、先頭では今、水晶さんと綺堂さんが一騎討ち状態で走り続けてるってこと?

「由良那美も見当たらないな、椿」

 わたしの後ろで、彼方さんが天衣さんに話し掛けている。言われてから気付いたのだけど、よくよく考えてみれば綺堂さんを抑える為にアシストを出したのはわたし達御弓高校だけではなかった。鷹島学院も《幻想の悪魔(マジック・ドライブ)》由良さんをチェックに出しているのだ。でもその由良さんがここにいないってことは……水晶さんと一緒に、綺堂さんのマークを続けているってことだろうか。

 天衣さんは小さく頷いて、

「那美と水晶の二人が抑えに回っているなら、今はそれを信じるだけだろう。アタシ達の問題は……差し当たって、もう一人の問題児の方かねぇ」

 天衣さんの言葉に、わたしは少しだけ身体を強張らせた。

 審判バイクが提示する前とのタイム差は十五秒まで縮まっている。

 既に、道の先には天艸女子の組むトレインの最後尾が、小さく見えるようになっていた。


 三校合同による集団牽引は、ぐんぐんと速度を増していた。総合争いに加わってくるようなチームが更にアシストを出してきたことが、速度アップの主な要因だ。嘉神さんの尾鷲学園も、アシストを一人失ったというのに引きに加わっている。

 この状況下で何もせず、ライバル達に引きを任せたまま最後に勝利を掠め取っていくというのは、ロードレースではあまり評価されないことだ。だからこそ、他の人達もアシストを提供しているのだろう。それが結果として、集団の速度を底上げする結果に繋がった。

 金銅さん、そして綺堂さんという共通敵のお陰と言えるかもしれない。

 さほども走らないうちに、わたし達の連合集団は金銅さんの集団を捕捉する。

「ま、あの集団にいる連中なんて、殆どは下位チームから引き抜かれてきた連中ばっかりだからね。本当に速い選手だけで構成された集団から、逃げ切れるもんじゃない」

 とは、九央さんの弁だ。金銅さん達の逃げ集団を吸収することで、全体の形がまた若干変化していく。

 先頭では、逃げ切りを狙って走る綺堂さんと、それをマークしている水晶さん、由良さん。

 そんな綺堂さんを追うわたし達、二分三十秒遅れの第一集団。

 そして未だ追いついてこない、幌見沢農業が引っ張ってると思われる第二集団。

 と、大まかに分けてこの三つ。

 ……それにしてもこの第一集団、色々な思惑が渦巻いててちょっと雰囲気怖いなぁ。

 彼方さんを始めとして、総合狙いのエース達。この人達はそれぞれ、ライバルとのタイム差を覆す、或いは引き離しつつ、更には先頭の綺堂さんをどうにか捕まえたい。

 そしてそれと同じ集団内に、ポイント賞狙いの亜叶さんやリタ・バレーラさんなどの、スプリンター勢もいる。彼女たちの正直な気持ちとしては、幌見沢の田鎖さんが追いついてくるより先に、ゴールしちゃいたいって感じじゃないだろうか。

 色んな人の考えがうねるようにして蠢いて、それが集団の形を作っているように思えた。人の意思は、わたし達の自転車を前に進めてくれる大切なものだ。けど、それ以外にも様々なことをもたらすものでもある。

 捻れて絡んで混ざり合っていく、色んな人達の思念の中で、わたしは一つの意思を探そうと足掻いていた。但し、目には見えない意思といった曖昧なものじゃなく、合流した集団内の中にいる、実体を伴った姿を探す。

 目的は、すぐに達成された。叫ぶ。

「むつほちゃん!」

 御弓高校のチームジャージを着た結橋むつほちゃんは、わたしに名前を呼ばれて、一度こちらを振り向いた。感情の読み取れない平坦な瞳でわたしを一瞥し――そして、すぐに視線を逸らす。安全のために前を向いたというより、敢えてわたしを無視したかのように見えた。

 再度むつほちゃんの名前を呼びつつ、わたしはそちらへと移動する。むつほちゃんみたいに魔弾が使えなくても、どうにか他の人に進路を譲って貰うことで、そちらへ辿り着いた。

 むつほちゃんは、金銅さんのすぐ前を位置取って、アシストさながらのポジションで走っていた。元々、金銅さんが引き抜いてきた選手達は下位チームの人達だからだろうか、総合狙いやポイント賞狙いで引き上げられていくこの集団の速度に、ついてこられなくなりつつある。その中でむつほちゃんだけは、遅れるわけでもなく、前を引くのをやめるわけでもなく、金銅さんのアシストを続けているらしい。

 但し、余裕そうな様子は一切無く、苦しいけど仕方なく前を引いてる、って感じだ。

 わたしが横に並ぶのを見てから、むつほちゃんはすぐ後ろの金銅さんに口を開く。

「金銅さん、もー一回アタックを仕掛けるぜー。ついてきてくれ」

「……させないよ、むつほちゃん」

 こちらを無視しようとしたむつほちゃんに対して、わたしは強く言い放った。そこでむつほちゃんはようやく、わたしの方をちゃんと見てくれる。

 むつほちゃんの目は、わたしが知っているものとは全く違っていた。

 気怠げで、皮肉げで、だけどしっかり友達のことを気遣ってくれる優しさを秘めていた、むつほちゃんの瞳。それが今は、とても濁って見える。

「おいおい鳥海ー、邪魔する気かよー。オレ達、同じチームじゃねーけど、同じチームじゃねーか」

「……確かに今のわたし達は、同じチームじゃないよね。でも、だからこそ、むつほちゃんには、わたし達のチームに帰ってきて貰うんだ」

「無駄だよ、夕映ちゃん」

 わたしとむつほちゃんの会話に、金銅さんの声が挟み込まれた。

「今のむつほちゃんは、ボクのアシストなんだから。何を言ったって届かない」

「あなたの言葉が、むつほちゃんを惑わせたからでしょう!?」

 しれっと語る金銅さんが許せなくて、わたしは思わず、声を荒げていた。溜まっていた怒りが、我慢しきれず溢れ出す。けど、金銅さんは小さく嗤うだけだった。

「彼女は心の奥底に、闇を抱えていたんだよ。それは君達御弓の人間と一緒にいたままじゃ決して外に出すことは出来ない、暗くて、深い闇だ」

「……気付いてなかったわけじゃないです。むつほちゃんはたぶん、綺堂さんに対しての憎しみの感情があるみたいだったから」

 昨年起きたという、中学時代のむつほちゃんと綺堂さんとの、確執の原因になった事故――或いは、事件。同じ部活で一緒にロードをやっていた人は、綺堂さんの引き起こした事故で両脚を失ったという。

 その後もロードを続けていた綺堂さんの姿を見て以来、むつほちゃんはストレスを溜め続けていた。そしてそれ以上に、憎しみも、沢山。

「ボクはただ、彼女の心の中にある闇を解放してあげただけさ。付け込んだ、ともとれるかな? でも御弓にいたままじゃ、むつほちゃんの願いは達成できない。彼女はずっと、そうやって矛盾に苦しめられていたんだ。第一ステージで一目見ただけで、ボクはそれを看破した。《天魔の視線(インサイト・テラー)》ほど完璧にはいかなくても、女の子を見る眼はあるつもりなんだよ、ボクは」

「むつほちゃんの願いって――」

「聞かなくても分かるだろう? 綺堂硯に勝つことだよ。勿論本人だって、そんなことをしたって大した意味がないことは分かってる。あの真っ黒な子に勝利したところで、旧友の失われた両脚も、自身の顔の傷痕も、元通りになったりはしない。でもね、人間ってのはそれで納得して諦められるほど、合理的な生き物じゃないんだよ。だから、ボクが彼女の手伝いをしてあげたんだ」

 ボクは良いことをしたんだよ、と笑顔で語る金銅さんが、わたしは許せなかった。

 確かに、御弓は彼方さんをエースにして、総合優勝を狙うチームだ。むつほちゃんがエースでない以上は、勝手な行動がとれない。それこそが、むつほちゃんの中で矛盾となっていたんだろう。

 ロードレースにおけるチームワークの重要性をしっかり理解しているからこそ、むつほちゃんはその矛盾に、より苦しめられていたんだと思う。

 ……けどそれって、むつほちゃんが自分の感情を殺してまで、わたし達と同じ目標の為に頑張ってくれていたってことでもあるんじゃないだろうか。

 チームのために、仲間のために。

「そう思ってくれていたむつほちゃんが、そんなあっさり金銅さんなんかの口車に乗るはずがない。そうでしょう、むつほちゃん?」

 わたしは言葉と共にむつほちゃんを見やった。だけど、さっきまで普通に会話をしていたはずのむつほちゃんはわたしの声を無視して、こちらを見ないようにしていた。

「むつほちゃん?」

「無駄だよ、夕映ちゃん」

 金銅さんは不敵な笑みと共に、言う。

「結橋むつほちゃんにとって、ボクとの契約不履行は即ち、自身の願いが達成されないことでもある。仲間を裏切ってまで、綺堂硯を倒すと決めたこの子なんだよ。むつほちゃん、綺堂硯に勝つためなら、今更夕映ちゃんの言葉に揺らいだりしちゃ駄目だよ」

 金銅さんの言葉の後半は、むつほちゃんに向けられたものだったけど。

 わたしはその台詞を遮るようにして言った。

「そんなことありません……」

「うん?」

「あなたの言ってることを、わたしは認めない!」

 感情に任せて、わたしは併走するむつほちゃんの腕を掴んだ。叫ぶために開いた口に雨粒が入り込んでくる。だけどそんなことには構わず、わたしは続けた。

「むつほちゃんの――馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 走り続けて水分の不足している状態で、大声を出すのはつらかったけど。

 わたしは叫ばずにはいられなかった。

 怒りに任せて声を出さずにはいられなかった。

「甘い言葉で誘惑してきた金銅さんは、言ってくれなかったかもしれないけどね、むつほちゃん。わたしは言うよ。むつほちゃんに嫌われるかもしれないけど、それはすっごく嫌なことだし悲しいことだけど、でも、わたしは思った通りに言う」

 掴んだ腕が、ぴくりと震えたような気がした。わたしは一度深呼吸をしてから、

「今のむつほちゃんの実力で、綺堂さんに勝てるわけないじゃん!」

 大音声できっぱりと断言したわたしの言葉に――むつほちゃんだけでなく、場の空気全てが凍り付いた。そして。

「……鳥海ー」

 ややあってから口を開いたむつほちゃんが、

「もーいっぺん言ってみろ!」

 完全ブチ切れ状態でそう叫んだ。



「何度だって言ってあげるよ! むつほちゃんのバーカ! 昨日綺堂さんが出したタイム見たでしょ!? あんなの、今のむつほちゃんがどんだけ背伸びしたって勝てっこないよ!」

「…………」

「そもそも今の時点で、綺堂さんと何分差だと思ってるの!? 仮に今日追いつけたとしても、結局総合タイムで負けちゃうんじゃ何の意味も無いんじゃない!? 初心者でもないのにそんなことにも気付かないなんて、むつほちゃん、本当は本当に馬鹿なんじゃないの! ばーかばーかっ!」

「……………………」

「馬鹿だから、金銅さんなんかの軽口に、簡単に騙されちゃってさ! 要は、勝てない自分を認めたくないだけなんでしょ!? 綺堂さんに劣ってる弱い自分を、認めるだけの強さが無いんでしょ!? そんなんだから付け込まれるんだよ! むつほちゃんの弱虫!」

「…………………………」

「仕方ないじゃん、負けちゃってるんだから! それが嫌なら、次は勝つぞって、そうやって誓えば良いだけなのに。誓って、今回は彼方さんに勝利を託せば良いだけなのに。わたしが九央さんにボロ負けしてそうしたみたいにさ! それをしないでまだ無駄に戦おうっていうのは、単なる弱虫のすることだよ!」

「……………………………………」

「みんながチームプレイをしてる時に、一人だけ勝手な理由で抜け出しちゃってさ。わたしがどんだけ苦労したと思ってるのよ! 水晶さんだって、今先頭で彼方さんのために綺堂さんと戦ってるの! そんな中で自分だけ、見栄張るためだけに勝ち目のない戦いを始めちゃって! むつほちゃん、ちょっとは空気読んでよね!」

「空気読めてねーのはお前だろーが!」

 ゴールスプリントみたいに加速していく言葉の勢いを遮って、むつほちゃんがわたしに負けないぐらいの大音声で叫び返してきた。どのぐらい大きな声だったかって、それまで喋り続けていたわたしが思わず黙るぐらい。

 びっくりして続ける言葉を失ったわたしに、むつほちゃんは思いっきり言ってくる。わたしの手を振り払って、逆にむつほちゃんは、こちらの肩を思いっきり掴んだ。

「周りにこんだけ人がいる中でグサグサ好き勝手言―まくりやがってよー! オレ、完全に恥晒しの馬鹿じゃねーか! どーしてくれんだ!」

「どうするって……そんなの、もう選択肢は一つしか残ってないよ、むつほちゃん」

「あ……?」

 ジャージどころか肉に食い込むぐらいの強さで肩を掴んできていたむつほちゃんの手を振り払って、わたしは告げた。

「彼方さんに総合優勝して貰うしかないんだよ、わたし達は」

 御弓高校が、巌本高校に勝つ。

 それが、個人の実力で綺堂さんに劣るわたしやむつほちゃんが勝利する、唯一の選択肢だ。そしてそれは、わたし達の、本来の目標そのままである。何も変わっていない。

「わたしもむつほちゃんも、今年の時点では間違い無く、綺堂さんには敵わない。けど……わたし達の彼方さんなら負けたりはしないって、そう思わない?」

「……あー、そーかもしんねーな」

 呟いたむつほちゃんは、深呼吸のように長い溜め息をついてから、

「なんだろうなー。頭がすげーすっきりした気がするぜー。まるで数日間洗脳されていたのが解けたみてーな感じだ」

「みたいって言うか、まあ大体そんな感じだと思うよ、むつほちゃん」

「そーか……。それじゃー脚引っ張っちまった分、挽回しなくちゃいけねーなー」

 むつほちゃんは得意のすり抜け技術で、金銅さんの前から、彼方さんの前へと移動した。本来の、護るべきエースの元へと。

「水晶さんがやばいってんなら、助けにいかなくちゃいけねーよな、彼方さん(・・・・)」

「う、うむ?」

 いきなり名前で呼ばれた彼方さんが、驚きつつも頷く。むつほちゃんは続けざま、わたしの方を見て言った。

「取り敢えず平坦はもう暫く任せるからよー、頼むぜー、夕映(・・)

「…………。う、うんっ! 了解だよっ!」

 むつほちゃんの本当の心に出会えたような気がして、わたしはそれがとても嬉しかった。

 第四ステージ、平坦カテゴリ。

 残りの距離は、あと三十キロ。

 わたし達のレースは、まだここからだ。


「最高だったぞ、夕映。またしても有名になるな、お前は」

 集団内でチームが一箇所に纏まったところで、わたしは彼方さんからいきなり褒められた。

「インハイデビューの第二ステージで総合三位を獲り、そして今日はこの立ち回り。全く、話題性の尽きない奴だな、お前は」

「あの、全然嬉しくないんですけど……」

「そう言うな。水晶にも聞かせてやりたかったぐらい、感動的なシーンだったではないか」

「……その水晶さんが、綺堂の奴をマークしてる、って言ってましたよねー」

 先程のやり取りについて語られるのがわたし以上にむず痒いらしいむつほちゃんが、無理矢理会話に参加してきた。

「残り三十キロを切ったところで、前との差は一分四十秒。今のペースで行けば、ゴールまでには確実に捕まえられるよなー」

「綺堂硯がそれまで何もせずただ追いつかれるままとは、正直思えんがな」

「それについちゃー同感ですね」

 むつほちゃんと彼方さんの会話を聞きながら、わたしもそれに同意した。

 現在の追走集団がどういった顔触れで、タイム差がどれぐらいかについては、審判バイクから情報が伝わっているはずだ。だからこそ、あれだけ狡猾に立ち回ってきていた綺堂さんが、今後何の手も打たないとは思えなかった。

 それが一体どんな手段なのか想像は付かなかったけど、わたし達はそれを打ち破らなくちゃいけない。

 出来ることならそれは、わたしやむつほちゃん、水晶さんの手でやりたいところである。そうやってなるべく彼方さんの負担を減らすことが、チームの勝利に繋がるのだから。

 わたしはなんだか嬉しかった。

 むつほちゃんが戻ってきてくれて、チーム御弓が、わたし達のロードレースが、ついに完成したような、そんな気持ちになれたから。

 だから早く、水晶さんに追いつきたかった。

 水晶さんと合流して、完璧なチーム御弓の四人で、このインターハイを走りたかったのだ。

 けど――わたしのそんな願いは結局、最後まで叶わなかったのである。


「……まずいかもしれんぞ」

 残り二十キロを切った辺りで、彼方さんがそう呟いた。言葉の真意が分からず振り返ったわたしに説明をしてくれたのは、彼方さんではなく、すぐ近くを走っていた九央さんだった。

「さっきまでと比べて、先行(まえ)とのタイム差が縮まなくなってきているね」

「うむ。綺堂硯はどうやらまだ諦めていないらしいな」

 苦々しい言葉と共に、彼方さんはボトルに口を付けた。中身が殆ど残っていなかったらしく、すぐさまそれを放って捨てる。わたしは残しておいた予備ボトルを手渡しながら、

「メイン集団のペースアップを知って、向こうもペースを上げたってことですよね? でも、逃げ切れるものでしょうか?」

「出来ると思っているから、諦めていないのだろうな。実際、昨日のタイムトライアルで見せたあの独走能力があれば、あながち不可能とも言い切れん」

 彼方さんは新しいボトルの中身を飲みつつ、周囲を見渡す。

「わたし達も更にペースを上げなくてはならんかもしれんな」

「それは難しい話だろう」

 九央さんがすぐさま否定する。この人は、話し相手が何を考えているのか先読みしつつ喋るため、会話における間の取り方が皆無に等しい。常に、割り込まれたようなタイミングで言葉を挟んでくる。

「総合狙いのチームは概ねアシストを出してしまっているんだ。これ以上のペースアップはアシストを潰してしまいかねない。お互いがお互いを本当に信頼していない限り、そんな真似はなかなか出来ないよ」

「しかしそれで綺堂硯にリーダージャージをくれてやるのも馬鹿げているぞ」

「それはわたしだって分かっているさ。あんな小娘にくれてやれるほど、イエロージャージは安いものじゃあない。だが現実問題として、ここにいる総合上位勢、そしてポイント争いの上位勢、全員が一致団結できるか? 天衣椿を含め、上位を出し抜いてやりたい、というのがわたしの本音だが……お前だってそうみたいじゃないか、風咲。このままの状態でゴール前に行けば、スプリント勝負になるかもしれない。そうなったとき、わたしや天衣に秒差を付けられてしまうかもしれない、それを警戒しているだろう」

 相も変わらず、相手の台詞を先回りするような九央さんの喋り方。それは年下のわたしなどが相手でなくても健在らしかった。

 それはそれとして、わたしは彼方さんに聞く。

「……ちなみに彼方さん、九央さんや天衣さんのスプリント能力ってどのぐらいなんですか?」

 そんなわたしの質問に、彼方さんは迷うことなく即答した。

「二人ともわたしより速いだろうな。静寂は元スプリンターだから、水晶のようなトップレベル選手と同格と思って良い。椿に関しては……単独の力であれば、田鎖鉄輪に匹敵するかもしれん」

「それは……確かに、スプリント勝負になったらまずいですね」

 スプリント勝負で付く秒差が数秒であれば、最悪九央さんに負けるのは問題無い。だけど天衣さんは抑えたままにしておかなくては、明日挽回する分が増えてしまうことになる。それがたとえ数秒であろうと、絶対に避けなければいけなかった。

 彼方さんの理想は、集団ゴールだろう。

 先頭でスプリンター達による勝負が行われ、総合上位勢はタイム差を付けず同集団でゴール。平坦ステージのオーソドックスな形。それがあれば、明日に希望を繋げられる。

 だけど綺堂さんという総合上位選手が先行した今のままでは、それができないかもしれない。他のライバル達が必死に追っていった結果、混戦のスプリント勝負になったら彼方さんは不利だ。

 どちらにせよ、まずは前に追いつくことが最重要なんだけど……。

「みなさんに提案があるのですが、ボクの話を聞いて貰えませんか」

 集団先頭付近に投げ掛けられたその声は、金銅さんによるものだった。

 全員の視線がそちらに集中する。天衣さんどころか、前を引いている鳳さんすら後ろを気にしているようだった。むつほちゃんも、警戒心を隠そうとせず、きつくそちらを睨んでいる。

 注目されていることを全く気にしない様子で、金銅さんは言う。

「このままのペースで走り続けても、前に追いつけそうにない。なのでスプリンター系のチームと結託して、更にペースを上げましょう」

「……アンタを信用しろってかい」

 総合リーダーである天衣さんが、みんなを代表して言った。天衣さんの言葉は辛辣だけど、金銅さんは怯む素振りも見せない。

「信用して貰うしかないでしょうね。ですが、スプリンター達への交渉は既に終えています。あとはボクと天衣(あなた)で音頭を取れば、集団をコントロールできるでしょう。二日目の山の時と同じことですよ。セレクションに残れる者だけで、強力な集団を再構成するんです」

 つまりスプリンターチームを金銅さんが、総合チームを天衣さんが率いて、更に速度を上げようという作戦のようだった。ついてこられなくなる選手が大勢出ることを、見越した上での。

 理屈は通っている……ような気はする。あとは感情の問題だろう。先程、総合勢を出し抜こうとした金銅さんを信用できるかどうか。そして、周りのライバル達を、心から信用して勝負を預けることが出来るかどうか。

 わたしは横目でちらりと、彼方さんを見やった。こういう場合御弓高校としては、わたしの感情がどうであれ、最終的には彼方さんの判断が優先されることになる。むつほちゃんもそれが分かっているからだろう、色々と言いたいことや思うところがあるであろう金銅さんに対して、特に噛み付いたりだとかはしていない。

 とりあえずはほっとする。ここでむつほちゃんが何か言い返したりしていたら、収拾の付かない騒ぎになってしまいかねないからだ。

「結橋むつほくん、だったっけ。金銅曜の言葉が信用できないって思っているなら、そう言ってやればいいのに。わたしから見たら、もどかしいぐらいに苛ついちゃってるよ、君」

 ……全然空気の読めない人がいた。

 むつほちゃんの思考を読み取る……というか正確には推測したらしい九央さんだ。

 他の人達が色々と考えている中で、一人余裕そうにしている。あの肝っ玉は羨ましいものがあるなぁ。

 九央さんは先頭にいる天衣さんに対して言った。

「天衣、わたしは金銅曜に賛成だな。さっきわたし達を出し抜こうとしたことは置いておいて、少なくとも今の発言に裏はないと思うよ。それに、このままじゃ追いつこうにも距離が足りない、というのも深刻な現実だ」

「……それは、アンタの『眼』から見た意見、ってことかい?」

「金銅曜の考えていることに関しては、その通りだ。お前だって分かっているようじゃないか? 急がないと、わたし達が結託したとしても距離が足りなくなる、って」

 九央さんの言葉に、天衣さんは一度沈黙した。顎に手を当てて、黙考している。だけど、答えはすぐに出たらしかった。金銅さんの方を見やり、告げる。

「分かった、アンタの言うとおりに協調しよう」

 その言葉のすぐ後で、天衣さんは金銅さんと、協調体制の詳細なルールを決めていた。金銅さんのことをまだ完全には信用していないということなんだろう。それを隠す様子もなく、天衣さんは集団をハイペースで引くのは、金銅さん達天艸女子からだという取り決めを作っていた。

 集団の方はにわかに騒がしくなりつつあった。総合リーダーである天衣さんが金銅さんの提案に乗っかった為、他のチームもそれに合わせなくてはならなくなってきているのだ。これに反対すれば、最悪置いて行かれる可能性もある。

「……彼方さん」

「やむを得まいよ。どちらにせよ綺堂に追いつくことは、総合勢からしてみても必須事項だし、スプリンター勢からしてみても今はとにかく速くゴールへ行きたいところだろうからな」

「幌見沢が来ないうちに、ですか?」

「そうだ。今ペースアップすれば、幌見沢が追いつかないうちに平坦ゴールのボーナスポイントを獲得できる。スプリント賞の可能性が出てくるからこそ、連中は急ぎたいんだろう」

 彼方さんは集団内でのポジションをずらして、むつほちゃんのすぐ隣へ移動する。むつほちゃんの肩に軽く手を置いて、

「そういうわけで、むつほ。すまないが――」

「分かってますよー。どっちにしたって綺堂の奴には追いつかなくちゃいけねーんだし。ま、最悪オレのことは置いてってくれて構いませんから」

 ……そうなのだ。

 強力な選手だけを絞り込んでいくとなると。

 二日目の時みたいに、アシストの選手はここで篩い落とされ、置いて行かれるということだ。

 平坦が苦手なむつほちゃんや、無論のこと、わたしだって。


 金銅さんからの提案はシンプルなものだった。

 まずは発案者である天艸女子の選手達が前を引いてペースを上げ、そのハイペースを維持できるように各チームが順にアシストを出していく。

 速度はかなりのものになるため、引きに加わるアシストはそこで力尽きていくことになるのだけど、それを繰り返して綺堂さんに追いつく頃には、エース格の選手だけに絞り込まれた超強力な集団が出来上がっているだろう。

 あとは最後、ポイントが欲しいスプリンター達で正々堂々勝負をしよう、というものである。

 宣言通り、本当にアシストを使い切った金銅さんは、更に速度を上げるぐらいの勢いで現在前を引いて走っている。流石は、昨日の個人タイムトライアルで四位を獲得した九州チャンピオンだ。後方にいるというのに、むつほちゃんはついてくるのが大変そうだった。実際、既にこの集団から後れた選手もちらほら出てきているくらいだし。むしろ、クライマーなのに食い下がっているむつほちゃんは、かなり頑張っていると言えるだろう。

 前を引く選手が入れ替わる。集団先頭に出たのは九央さん率いる昇仙高校。残されていた三人のアシスト達が、ここが本日最後の仕事だと言わんばかりに、ガンガンとペダルを回す。

 タイム差から推察するに、綺堂さんのペースは途中から上がらなくなっている。単独で逃げていることを踏まえれば驚異的な速度と体力ではあるけど、だからといって無限にペースアップが出来るわけじゃないんだろう。このままいけば追いつけそうだった。

 目まぐるしく先頭が入れ替わる中、わたしが先頭に立つ番がやって来た。

 むつほちゃんは既にいない。集団後方に沈んでしまったか、ひょっとしたらもう、この集団から完全に千切れてしまったかもしれない。

 さっきもそうだったんだけど、逃げ集団内にチームメイトがいる現状でこんなにも必死に先頭を引くなんて、なんか変な感じだ。

 だけど。

「水晶さん、助けに行きます、待っててね」

 わたしは胸中でだけでなく、実際に言葉にして、そう呟いた。

 最悪ここでわたしがリタイアしてしまってもいいように、辞世の句っぽくもしてある。いやこれは流石に無駄な心配りだったかもしれないけど。字余りだし。

 実際に、先頭に立って大集団を引っ張りコントロールする、というのは、わたしにとって実は今日が初めてだ。顔を叩く雨は痛いぐらいだし、体力の消耗も激しくなるしで、すぐにでも投げ出してしまいたくなるんだけど……ここで引くわけにもいかない。わたしは彼方さんを護って走らなくっちゃいけないんだから。

「夕映! 無理をするな、ここで潰れてしまうぞ!」

 すぐ後ろから彼方さんの声が届く。だけど、わたしは脚に込める力を弱めたりしなかった。むしろ彼方さんの声を応援代わりに、もっと強く、脚を蹴り出す。

 少しでも余裕を見せようと、ペース自体はそのままで、わたしは軽く後ろを向いた。彼方さんに、告げる。

「……へっちゃらですよ、このぐらい。それに今後、彼方さんがリーダージャージを獲得したら、こうして集団をコントロールするのはわたしの役目になるんですから。……だから大丈夫です。まだ、引けます」

「……夕映、お前」

「駄目ですよ、彼方さんはそこから動いちゃ。ここは、本日最後の、わたしの魅せ場ですから」

 その台詞で会話を打ち切って、わたしは前に向き直る。ペースが落ちてしまってはいけない。既に腿に疲労が溜まってきていることは自覚できていたんだけど、わたしはそれを無理矢理意識の外へと押しやった。弱気が顔を出すのはまだ早い。水晶さんはきっと、もっとつらい状況で戦っているのだ。

「凄い子だねぇ~、夕映ちゃん。未来の御弓のエースはやっぱりあなたになるのかにゃあ~」

 お昼寝を楽しむ猫みたいに、のんびりとした声。鶴崎女子の亜叶さんだった。気が付けばすぐ隣に、鶴崎女子のトレインが並んできている。

「関東大会の時とは別人みたい。ううん、第二ステージの中間スプリントでお話した時と比べても別人みたいだし~。伸びしろが凄いというか、走りながら成長するって感じなのかなぁ~」

 埼玉最速の鶴崎トレインを構成していたアシストの選手達三人は亜叶さんから切り離され、一気にわたしの前を陣取っていく。亜叶さん自身は集団内へと戻って行きつつ、言葉の続きを発した。

「二日目までの夕映ちゃんだったら、こんなに走ることは出来なかっただろうねぇ~。あの子を成長させたのは誰だろ。かなちゃんじゃあにゃいよねぇ」

「さて。どこぞの性悪女がウチの夕映をコテンパンに打ち負かしてくれたお陰ではないかと、わたしは思っているのだがな」

「やっぱそうかなぁ。敗北から成長するのは、何も男の子だけの特権ってわけじゃあにゃいもんねぇ~。這い上がるからこそ綺麗に輝ける子だって、いっぱいいるもんね~」

 そんな、亜叶観廊さんと彼方さんの会話を聞きつつ、わたしはすっかり先頭を奪われてしまっていた。

「だけど今日の所は、夕映ちゃんはここまでかなぁ。申し訳ないけどペースが落ちないよう、ここからはわたし達がコントロールするよぉ」

 言い聞かせるような、亜叶さんの言葉。だけどわたしはそれに感謝せずにはいられなかった。亜叶さんはたぶん、わたしが完全に潰れてしまう前に、気を遣って先頭を替わってくれたのだ。亜叶さんだって、水晶さんとポイント争いをしている立場だというのに……。第二ステージで結成した千葉と埼玉の同盟は、ひょっとしたらまだ少し効力が残っているのかもしれなかった。

 先頭を鶴崎女子に任せて、集団内で少しでも脚を休めようとしたのだけど、疲労は思っていた以上のようだった。

 ペダルを回す脚を止めたわけでもないのに、徐々にではあるけどわたしだけ遅れ始めている。

 集団が加速していくような錯覚。実際には、わたしが失速しているのだけど。

 わたしは少し前に行ってしまった彼方さんを見やった。彼方さんも、こちらを見ている。その口が、小さく動いた。

「夕映、ありがとう」

「頑張ってきて下さいね、彼方さん」

 わたしはそう返す。

 アシストとして力の限り走ったことで、わたしの今日のレースは、もう終わりを告げた。


 そのままメイン集団においていかれる――そう思っていたけど、どうやら違ったらしかった。

 置いて行かれるわたしを待ってくれていた選手が、たった一人だけいたのだ。

 小柄な身体で、少し素っ気なくて、捻くれているようで実のところ周りを気遣ってくれている、わたしの友達。

「むつほちゃん!」

「さっさとオレの後ろにつけよー、夕映」

 むつほちゃんは親指で背後を示すジェスチャーをする。わたしはむつほちゃんの後ろで空気抵抗を軽減して貰いつつ、その背中に話し掛けていた。

「むつほちゃん、集団から千切れちゃったんだと思ってたけど」

「どーせオレが前引ーたって、あのペースを維持するのは厳しーからなー。だから他の仕事をしよーと思っただけだよ」

「それでわたしを待っててくれたの?」

「言わすなよ恥ずいから。……お前、ここでリタイアしちまうんじゃねーかってぐらいの走りっぷりだったからなー。見てて冷や冷やしたぜ」

 ま、後ろからじゃ殆ど見えなかったけどなー、と、むつほちゃんは照れ臭そうに付け加える。

 わたしは残してあったドリンクの中身を一気に飲み干し、空っぽのボトルを放り投げて捨てた。スプリントほどではないにせよ、結構無茶な走りをした後なので、水が美味しい。

 それはそれとして、わたしはむつほちゃんに言った。

「ありがとね、むつほちゃん」

「恥ずいからやめろって言っただろ」

「うん、でも、ありがとね。嬉しかった」

「……おう」

 照れて頬を掻くむつほちゃんがちょっとかわいい。

 だけど、むつほちゃんは咳払い一つして、表情を引き締めた。

「とりあえずこのペースを維持して前を追い掛けるぜー。上手くいきゃーメイン集団の最後尾ぐらいは掴まえられるかもな。夕映、お前折角総合十一位なんだから、もー少し残れるよーに努力しろよ」

「うん、分かった。……頑張るね」

 頷いて、わたしも気を引き締め直す。

 どうやらわたしの戦いは、まだ終わっていなかったらしい。


       ◆


 少しずつ絞り込まれ、人数を減らしていくメイン集団。しかし風咲彼方は、むしろ集団の密度が増していくような錯覚を抱いていた。それが単純に人数の話ではなく、個々の選手が持つ、力の密度が増しているのだということにも、同時に気付く。

 網目の大きな笊を通された後で、それより少し小さな網目の笊を、また通るようなものだった。残るのは、小さく、少なく、純度の高い物質だけ。

(それがエース、か)

 周りの光景を見て、彼方は自嘲の吐息を漏らした。エース天衣椿を含め、アシスト二人をまだ残している鷹島学院が、やけに煌びやかに見えたのだ。比べてしまえば、周りのチームはどれもくすんだ色にしか思えなくなる。

(とは言え……綺麗なものがいつも勝てるとは限らんのだがな)

 汗にまみれ、泥臭くなろうと、最後には自分たちが勝つ。それこそが御弓の目標だ。

「現に、今もまだ先頭を走ってる一年生は、金色とはほど遠い真っ黒さだしねぇ」

 思考を掻き分けて、唐突に割り込まれた現実の声に、彼方は驚きそちらを見やった。

 悪戯を成功させたような表情の九央静寂が、すぐ隣にいる。

「当たったかな?」

「……いつも思わされるが、お前はやはり、本当に他人の心が読めるのではないのか?」

「実際にそんなことが出来れば、人生もっと楽なんだろうけどね。そしたらこんなところで苦しいレースなんかしないで、そうだな、美しすぎる超能力女子高生としてテレビにでも出ようかな」

 戯けて言う。本心の読めないその相手に、彼方は尋ねた。僅かに声量を下げ。

「金銅曜の提案。今のところは順調と言えそうだが……奴は本当に、これ以上何も企んでいないのか?」

 他チームから選手を引き抜いてアシストとして使う、という離れ業をした金銅曜。今のこの集団は、彼女の発案した通りに動いている状態なのだ。そこに危険性を感じない、と言えばそれは嘘になる。

 だが、常人離れした観察眼を持つ《天魔の視線(インサイト・テラー)》は否定の言葉を口にした。

「綺堂硯に追いつきたいのは紛れもなく彼女の本音だろう。その為にこのメイン集団の力を最大限引き出して利用するというのも、確かに必要なことではあった。まぁわたしが思うに、あの時金銅くんが何も言い出さなかったとしたら、天衣あたりが指揮を執って似たような結果になっていたんじゃないかと思うがね」

「……ではお前は、金銅曜を信用するということか」

「チームメイトを引き抜かれかけたお前が心配するのは分かるよ、風咲。だが現実問題、綺堂硯に追いつかなくてはいけないというのはここにいるエース達全員の必須事項だ。わたしとしてはむしろ、あれだけ大胆な引き抜きをしてみせた後で、いけしゃあしゃあとこんな提案を出来たあの子の心臓の強さを評価したいぐらいさ」

 静寂の言葉には、金銅曜に対する評価さえ窺わせた。それにどうしても納得しきれず、彼方は押し黙るしかない。

 静寂は口調を諭すようなものに変えて、続けた。

「まぁあの子には来年もあるだろうしね。そうでなくてもチームを背負う立場だ。嘘の提案で他のチーム全員を騙して、仮にそれで総合優勝できたとしても、次のレースからもう誰も相手にしてくれなくなるんじゃ意味がない。そんなことをする奴はただの馬鹿だ。そうでないあたり、まだ好感が持てるよ。確かにあの子は、これまで嘘をついていない。スプリンター系チームに自分たちのアシストをさせる為、田鎖鉄輪を引き離す作戦を率先して行い、成功させた。お前のチームの結橋くんだって、周りの心証はともかく、対等な契約だったわけだろう? そうそうできることじゃない。ま、走り自体は、タイムトライアルはそこそこだが、登りの方がまだまだのようだがね」

 さりげなく、暫定水玉ジャージである自らの評価を高くするのも忘れない。

 静寂の眼が細められる。

「似ているじゃないか。風咲、お前にさ」

「わたしと綺堂が似ていると?」

「隠すなよ、わたしにはもう見抜けているんだから。……おかしいと思ったんだ。初日の出走前、今年のお前を見た時、去年からのステータス変動が見られなかった」

「…………」

 得意げに手品の種明かしをするような、静寂の口調。彼方は沈黙で先を促すしかなかった。

「タイムトライアル能力が大きく進化しているのは予想が出来たが、登りの方は、あまり変わっていないように思えたんだ。実際第二ステージの蓋を開けてみれば、あれだけ周りのエース達が協調し合ったにも関わらず、お前はついていけなかった。普通の選手だったら、去年の山で遅れた経験を活かして、今年はそれを克服して来るはずだ。だが、お前は違った」

 細まった静寂の眼は、欠片も笑っていない。走りながらではあるが、こちらの下半身、太腿あたりを睨め付けてくる。

「敢えて長所を伸ばすことを選択したようだね。タイムトライアルに特化した、スペシャリスト並のピーキー過ぎるステータス。山岳能力はそれを補う程度に補強して、足りない分はアシスト達にカバーさせる、と。いやいや上手い手だったよ。これは本当だ。掛け値無しにそう思う。ほんのちょっとした差で、リーダージャージはお前が着ていたかもしれないんだからね」

「総合と山岳の二着を来たお前に言われても、皮肉にしか聞こえんな」

「心外だねぇ。わたしは本気で言っているんだよ。……お前にそんな手を取らせた切っ掛けを作ったのは……鳥海くんの入学かな?」

 静寂の眼が、きらりと光ったように見えた。

「結橋くんもクライマーとしては中々だが……お前の場合、何よりも鳥海くんの可能性に惹かれた部分が大きそうだね。あの子が本当の意味で『モノ』になってお前のアシストとして機能していれば、確かにわたし達にとって怖ろしい強敵だったよ」

 それこそラスボス級にね、と続ける。

「だが……あの子が一人前になるのにはもう少し時間が必要だったみたいだ。残念だったね、鳥海くんの入学が去年じゃなくって」

「しかし第二ステージでお前に叩きのめされたことが、逆に夕映を成長させたようでもある。わたしは一応、お前に感謝しなくてはいけない立場なのだろうな」

「いらないよ。だってそれでも、お前が望んでいたレベルにはまだ達していないだろう? あの子が本当に怖くなるのは……まぁ、早くても来年ぐらいかな」

「時折思うのだがな」

 彼方は呆れ気味に呟いた。

「お前は選手より監督の方が向いているのではないか?」

「冗談はよしてほしいね。こっちはこれでも花の女子高生だ。華々しく活躍して、高校生活の思い出作りをしたいじゃないか」

「……なるほど、違いない」

 呆れ返り……最終的に、彼方は苦笑した。

「おいおい。笑ってる暇はないぜ、風咲」

「うん?」

「捉えた。……あと六秒、というところかな」

 静寂の台詞で、すぐさま状況を理解する。

 前方に、ここまで60キロ以上の距離を逃げ続けてきた三人の背中が見えた。


 ゴールまで残り五キロの地点で、集団(プロトン)は遂に逃げ集団を吸収した。

 すっかり人数を減らし、集団と呼べるか際どいところまで来てしまっているが、とにかくここで綺堂硯を捕まえられたのは大きい。集団内で久方ぶりに再会した久瀬水晶の背中を叩き、彼方は感謝の言葉を述べた。

「水晶、よくあいつを抑えてくれたな。助かったぞ」

 対する水晶は、特に何も、言葉を発しなかった。この友人が無口なのはいつものことではあるが、今はただ単純に、疲労が限界近くまで来てしまっているのだろう。ボトルの中身を飲みつつ、咽せ込んでいた。

 無理もない話ではある。彼女はこの止まない雨の中、強靱なタイムトライアル能力を持つ綺堂硯を相手にずっと走り続けていたのだ。ちらりと横目で確認するが、鷹島学院と合流した由良那美も、珍しくかなりつらそうである。

(……それだけ、あの一年生が怪物ということか)

 恐るべき才能――というよりは、その完成度だろう。一年生ながら、自らの才能を自覚し、適正な方向性で高いレベルに鍛え上げている。そうそうできることではない。

 だがどちらにしたところで、今日の勝負で自分や天衣椿との差を縮めようという彼女の企みは瓦解した。レースはもう五キロも残っておらず、また、ここから先はスプリンター達がぶつかり合う場所である。総合争いは明日の最終ステージに持ち越しだ。

「そんな甘いことばかり考えているから、お前は真の一流になれないんだよ、風咲」

 不意に聞こえた、天魔の声。その言葉の意味を探るより早く、風が動いていた。

「アタックだと!?」

 誰かが叫ぶ。それが自分の声であると気付くのにすら、僅かな時間を必要とした。

 集団から飛び出したのは九央静寂だった。

 つい先程、金銅曜の公平性についてあれだけ語っていた静寂が、ここで不意打ちのカウンターアタックを行うとは、予想できなかった。

「後続が逃げを吸収した直後のカウンターアタック。作戦としては定石ですね、九央さん」

 にやにやとした笑みを浮かべたのは、その追いつかれた本人、綺堂硯だった。

 ……気のせいか、水晶や由良那美と比べて、まだ表情に余裕が見える。

「この集団をここまで纏め上げたのはどなたですか? 天衣さんか、それとも金銅さん? 風咲さんじゃないですよね。口下手そうですもん。まぁとりあえず、九央さんも違うってことはよく分かります。だからこそ、みんなが追いついてきたとき、ああいうことをしそうな人っていうのはまず九央さんが筆頭だと思ってました」

「……お前、何を言っている?」

「わたしは分かっていたんですよ。皆さんが追いついてくるのを。二十キロを切った辺りでタイム差が徐々に縮まり始め、その時思いました。集団を的確に統率している人がいる、って。そうなると逃げ切りが難しくなってしまう。だから考えたんです――次のプランを」

 そこまで話したところで、綺堂硯は自身のボトルの中身を一気に飲み干した。空っぽのボトルを放り捨てて、さながら勝利宣言の如く続ける。

「後続に残っているチームは審判バイクの方が教えてくれましたから、やはりここは九央さんが一番信頼できるかなって目を付けてたんですが……いやいや、大当たりでしたよ。やっぱりあの人が、真っ先にみんなを欺いて飛び出した。思った通り、九央さんが一番(・・・・・・・)、性格悪かったですね(・・・・・・・・・)」

 その言葉を最後に、綺堂硯がスプリント体勢に入る。集団を抜け出して、逃げる九央静寂を追っていった。

「まさか……脚を溜めていたのか!?」

 後続が追いついてくることを見越して、わざと追いつかせた。無駄な体力を使わないようにする為に。

 そして、このエース集団に何かしらの協定があることを看破した上で、それを破る者がいるであろうことまで想定し、最後のアタックのタイミングを計っていたのだ。

「彼方!」

 完全に虚を突かれたこちらの意識を引き戻してくれたのは、頼りがいのある友の声だった。追撃態勢を整えた水晶の後ろに付いて、少しでも空気抵抗を軽減できるよう、上体を伏せる。

 スプリンター久瀬水晶を先頭に、二人だけの御弓トレインが発進した。だが、直接後ろを取ってこないだけで、他のチームも黙っているわけではない。こちらと同様、アタックを潰すための追撃を仕掛けようとしているチームが幾つか見える。総合系もスプリンター系も、この動きは見過ごせないだろう。

 だが、逃げる静寂や綺堂硯、そして追い掛けようという他のライバル達以上に彼方が気を配りたかったのは、別のことだった。

(……水晶、お前はもう限界なんじゃないのか?)

 雨の中、少人数での逃げ。綺堂硯が前を引き続けたとはいえ、疲労は相当なものだろう。中間スプリント勝負にも参加したはずだ。そんな状況で、何処まで走れる?

(わたしも前に――)

「駄目、彼方」

 機先を制され、前に行こうとした彼方は動きを止めざるを得なかった。水晶が、少しだけこちらを見やる。

「あなたはわたしが引く。わたしが導く。だからそこにいて」

「……さっき、夕映にも似たようなことを言われたよ。まったく、今日はみんなに諭される日だな。我ながら情けない」

 苦笑するしかない。やはり自分は、優れた部長とは言えないらしい。

「だが、仲間に恵まれるというのはありがたいものだ。……頼んだぞ水晶。行けるところまで、奴らを追え」

 短く頷いた水晶は、早くも全力スプリント体勢になり追走を開始した。もっとも、本当に全速力を出して走るというわけではない。単純なトップスピード比べをしてしまえば、自分は水晶には追いつけなくなるし、何より、それでは前に追いつく前に体力が尽きる。

 追走のための、超高速巡航。他のチームも似たような状態だった。

 但し先程までと違い、一列棒状というわけにはいかない。更なる裏切り行為を警戒してなのか、どこのチームも自チームのゴールを優先しているらしい。

(厄介な状況を作ってくれたものだな、静寂め)

 纏まり掛けていた集団は、これで完全に崩壊した。こうなればあとはもう、スプリンター系も総合系も入り交じっての、ゴール前スプリントに突入するしかない。最悪のケースと言えるかもしれなかった。しかし、ここで遅れを取っては、夕映達後輩に向ける顔がない。

(先輩としては、格好いいところを見せていたいものだ。そうだろう、水晶)

 心の中での問いかけに、水晶が答えてくれたような気がした。同時、左方からこちらを追い抜いていこうとするチームの影が見える。

「ぉわああああああッ!」

 水晶が吼えた。日頃は無機物のように無口な彼女が、猛獣のように唸り、追いついてきたチームを置き去りにしようと加速する。

 冗談のように加速していく水晶の背中を見つつ、九央静寂と綺堂硯にまだ追いつけないことに戦慄する。

 そしてもう一つ、衝撃的なことがあった。

 こちらの隊列からは少し離れた位置で、単独走行で前に出てきた選手がいる。

 ゼッケン1番、《神速のファンタズマゴリア》天衣椿。

 アシストは早々に使い切って下げたのか、たった一人、並み居る強豪達に負けず劣らず走る彼女の姿は、力強く、そして何より美しくもあった。だが。

(そのお前に勝つために、わたしはここまで来たのだ……!)

「……彼方」

 一言を残して、水晶が失速し始めた。逃げ続けてきた脚が、完全に限界を超えたらしい。

 言葉を交わすことは後回しにして、彼方は水晶の背中から飛び出した。

 ゴールまで残り三キロ。

 今日の勝者が決まり、明日のレースの行方も、ここで左右されることになる。


       ◆


 女子ロードレースインターハイ、第四ステージ。

 中盤からの大逃げを行った驚異の一年生綺堂硯の作戦は残り五キロの地点で潰えたが、昨年総合三位の九央静寂によって、集団には更なる混乱がもたらされた。

 これにより、スプリンター系チームの生き残りによって行われるはずだったスプリント勝負に、総合系のエース達も介入せざるを得なくなり、レースは大きく動くことになる。

 周囲の協調体制を打ち崩し独走を選択した九央静寂と、残しておいた脚でそれを追う綺堂硯。

 それらを最初に捕まえたのは、前年覇者、天衣椿だった。

 縺れ合うエース集団を躱してトップゴールを決めたのは、京都の超新星・四条大宮高校二年、右京左織。この日だけで中間ポイントと併せて45ポイントを荒稼ぎし、ステージ優勝すらものにした彼女の姿に、多くの観客は新世代の到来を実感することになる。

 総合争いでは、綺堂硯、九央静寂、金銅曜らが僅かながら天衣椿に差を付け、トップとのタイム差を縮めることに成功。そして綺堂硯は一年生ながら、この日の敢闘賞も物にする。

 総合順位に大きな変動は起こらず、エース達の中で脱落した者もいなかったため、決着は最終ステージに委ねられることになった。

 インターハイ六日目、最終日。

 レースの終焉は、最大級の山で語られることになる。


       ◆


 むつほちゃんの献身的なアシストのお陰で、エース達を送り出したメイン集団の最後尾にどうにか復帰できたわたしは、その人達と一緒にどうにかゴールした。

 その頃にはもう本当にふらふらの状態で、学校の先生達になんとか支えて貰いつつ、チームのテントまで移動する。介抱されつつ、彼方さんの順位と状況を聞いて、とりあえず総合争いの決着は順当に、明日へ持ち越されたと分かって大きく安心した。

 わたし達の頑張りは、水晶さんの決死の走りは、無駄じゃなかったのだ。

 これで明日も走れる。

 明日走って……彼方さんにイエロージャージを着させてあげるのだ。

 むつほちゃんもいる。四人揃ったチーム御弓が力を合わせれば、綺堂さんだって、子隠さんだって、嘉神さんだって、金銅さんだって、九央さんだって、天衣さんだって、きっと勝てるはずだ。そう信じてる。

 明日は、第二ステージ以上に険しい山岳セクションだけど。平坦を水晶さんに引いて貰って、山はわたしとむつほちゃんが、全力で彼方さんのアシストをする。

 そうして必ず、総合優勝を掴み取る。

 テント内で、そんな明日の展望を語るわたしに、顧問の岩井先生は何故か少しだけ暗い表情を見せた。


 ――水晶さんが倒れたと聞かされたのは、その直後のことだった。



第5ステージ スプリントポイント

着順   名前      学校名      ポイント

1   田鎖 鉄輪    幌見沢農業高校   55

2   右京 左織    四条大宮高校    52

3   亜叶 観廊    鶴崎女子高校    50

4   リタ・バレーラ  名古屋藤村高校   48

5   夏峰 光希    白山毛欅高校    38

6   久瀬 水晶    御弓高校      31

7   九央 静寂    昇仙高校      26

8   竜伎 硝子    大海高校      21

9   鬼島 匁     湯乃鷺高校     18

10   荒河音 纏    黒森工業高校    16

11   中星 凛子    柿嶋高校      13

12   笹中 幻詩    瀬戸口高校     12

13   釜井 鎌     坂井西高校     8

14   大國 うさぎ   皿石学院      8



第4ステージ 山岳ポイント

着順   名前     学校名      ポイント

1   九央 静寂   昇仙高校      23

2   嘉神 芯紅   尾鷲学園      23

3   子隠 筺    天王寺高校     18

4   鳳 小鳥    鷹島学院      12

5   安槌 歌絵   郡馬高校      10

6   鳥海 夕映   御弓高校      10

7   天衣 椿    鷹島学院      5

8   四月朔日 りく 鷹島学院      5

9   中星 凛子   柿嶋高校      1


五日目・総合成績

順位   名前     学校名      タイム

1   天衣 椿    鷹島学院     08:21:47

2   風咲 彼方   御弓高校      + 1

3   綺堂 硯    巌本高校      + 23

4   九央 静寂   昇仙高校      + 54

5   鳳 小鳥    鷹島学院      +1:52

6   金銅 曜    天艸女子高校    +2:11

7   嘉神 芯紅   尾鷲学園      +2:38

8   四月朔日 りく 鷹島学院      +2:51

9   木林 樹果   要第三高校     +3:01

10   鳥海 夕映   御弓高校      +3:03

11   新海 朱音   昇仙高校      +3:05

12   由良 那美   鷹島学院      +3:23

13   安槌 歌絵   郡馬高校      +3:54

14   源 杏     山波大附属高校   +4:13

15   有賀 彩    郡馬高校      +4:26


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