Last Kiss(ラストキッス)
【修一】
もうすぐ一年。君がいなくなってから一年。
あの頃、君と俺と夏海と三人で通ったバーの扉の前に来ている。
ここにくるのも、約一年ぶり…
大きく重い扉を押して店内に入ると、外の喧騒から隔絶される。外とは異空間だ。
「いらっしゃいませ、早瀬様」
顔なじみのバーテンダーが声を掛ける。一年も後無沙汰しても、覚えていてくれたらしい。
「久しぶり。今日は待ち合わせなんだ」
「左様でございますか。ではこちらの席へどうぞ」
案内してくれたのは、よく三人で飲んだ席だった。
真ん中に俺、右側に夏樹、左側に夏海というのがいつもの席順だった。いつも座っていた席に座る。
「何か、ご注文いたしますか?」
「そうだね…」
少し考えて答えた。
「ホワイトラム45ml、ブランデー10ml、レモンジュース5mlを、シェイクで」
「かしこまりました」
三人でよく来たときのことを思い出していた。最後に来たのは夏樹からプロポーズの返事をもらった時だった。
「お待たせしました」
バーテンダーが二杯のグラスをカウンターに置く。一つは俺の目の前に、もう一つは、いつも夏樹が座っていた席に。
「こちらは、私共からのサービスでございます」
夏海は、夏樹の死後もここに顔を出していたみたいだから、夏海から聞いていたのだろう。
「ありがとう」
待ち人が来たのは、ちょうどグラスを空にした頃だった。
「夏海、こっちだ」
夏海は当然のように、俺の左側の席に座る。
「修一からの誘いなんて珍しいね」
「ちょっとな。注文は任せてもらってもいいか?」
夏海が、俺のほうを見て微笑んだ。
「うん。任せる」
「バーテンダーさん、同じものを彼女にも」
目の前に置かれたグラスに、夏海はゆっくりと口をつける。
「辛口だけど、おいしい」
「そうか、よかった」
「ねえ、なんて名前のカクテル?」
「ラストキッス……最後の別れのキス……」
夏海が、俺の顔を覗き込む。
「そろそろ一年経つ。長かったのか短かったのかわからないけど、夏樹には区切りがつけられそうだ」
夏海に笑いかけると、夏海は安堵したような表情をする。
「それからもうひとつ。区切りはつけられても、夏樹のことは一生忘れられないだろう。それでもいいのか?」
あの日の夜、夏海は俺ことを好きだと言ってくれた。待っているとも。
だが、夏海を夏樹の代わりにしてしまうのでないかとの不安もあって、答えられずにいた。あの夜から、そのことをずっと自分に問いかけてきた気がする。
「それでもいいよ。だって、お姉ちゃんは、私にとっても大事な人だったのよ」
夏海の頬を涙が伝った。
俺は、無言で夏海の肩を抱き寄せた。
【夏樹】
初夏、事故から二年経った、私のお墓の前。
修一と夏海の二人が、並んで手を合わせている。
「夏樹、ごめん。夏海と結婚することにした」
「うん、知っている。ずっと見てきたから…」
ずっと、修一のそばで見てきた。修一の悲しみも、苦しみも、苦悩も、すべて…
「もう自由になっていいのよ。修一」
もう届かない声…
「まだ、貴方のことが好き。愛している」
もう届かない想い…
「だから、夏海と幸せになって…」
あの頃のように、修一の傍らに立つ。そして、もう触れ合うことのないキス…
私のラストキッス……別れの最後のキス……
修一と夏海の後ろ姿を見送る。私が修一から離れることのできる10m。修一が振り返った。
「ありがとう、夏樹」
「うん。ありがとう、修一」
再び歩き出した二人の姿が、見えなくなる。
嫌になるくらいの青空の下に、私は一人…
不意に誰かに呼ばれたような気がした。あの青空の向こうから…
そうだね。もういかなきゃ。修一も夏海も大丈夫。二人一緒なら大丈夫…
私は、声に導かれるように青空を目指した。
最後まで、お付き合いありがとうございました。
そんなあなたに感謝です。
ラストキッス(最後の別れのキス)は実在するカクテルです。(レシピは作中にあり)
元々、最終話は「ラストキッス」をキーワードに書こうと決めていたのですが、いかがでしたでしょうか?
苦手なジャンルのこともあり、難産だったんですよ。この話…
宜しければ、一言でも良いので、ご感想お待ちしてます。
もちろん、厳しい批評もお待ちしてます。