幸せと雨。
私は、動くことが出来なかった。
駆け寄りたいのに
名前を呼びたいのに
体が動いてくれない。
エンも、私に気付いていないのか
樹を見上げたまま立ち尽くしている。
でも、いつ居なくなってしまうかなんてわからない。
早く、早くと思うたびに
気持ちだけが空回っていた。
ーー私は、何を怖がっているんだろう?
エンが私を覚えていなかったら?
違う。そんなんじゃない。
また、エンを傷つけるかもしれないことが、怖いんだ。
私が、エンを死なせたようなものだったから。
声をかけて、馬鹿みたいに喜んで
エンを死なせてしまうことが、怖い。
ーーでも。
言えなかった言葉があるから
伝えなきゃいけない言葉があるから
その結果、エンに会えなくなったとしても
このまま伝えなかったら
生まれ変わった意味がないんだ。
あの頃の私達は、最期まで言えなかった。
それがきっと、最初で最後の間違いだったんだと思う。
「ーーーーーーーーエンっ!」
私の手から、傘が静かに滑り落ちた。
ばしゃん。と跳ね上がる水の音。
エンが驚いたように振り返り
雨に紛れて、私の頬を涙が伝う。
「フ、レア……?」
状況が飲み込めないのか、エンは呆然と呟いた。
ーー私は16年間
ずっとこの日がくるのを、待っていた。
作り笑顔ではない、昔と同じ笑顔で
私は言う。
「おかえり、エン」
「……ただいま、フレア」
その頃にはもう、何もかもがどうでも良くなっていて
私は走り出した。
手を伸ばせば届く距離に、エンがいる。
それが、嬉しくて。
随分長い間、雨に当たっていたんだろうか。
久しぶりに触れたエンの体は、とても冷たかった。
「……あの、フレア。会えて嬉しいけど。
これは、ちょっとマズイんじゃ」
しばらく抱きしめ合っている内に
エンは我にかえって、今更慌て出す。
まぁ、離す気なんてないんだけどね。
「嫌だよ。ずっと、会いたかったんだから」
「そりゃあ、まぁ……」
「だから、大人しく抱きしめられててよ。
……駄目、かなぁ?」
「……はい」
なんだかんだ言っても、「離れたくない」と言えば離さないでくれる。
なんか懐かしいなぁ、この感覚。
そう思いながらも
今から言うことを考えた途端、顔に熱が溜まるのを感じる。
「言おうと思ってたこと、沢山あったんだけどね?」
「、?」
「……あんまり上手に言えそうにないから、一つだけ言わせてね」
私は俯いていた顔を上げ
やっと、言えた。
生まれ変わっても、思い続けた言葉を。
「一億年と五千年前から
エンのことが好きです」
「……『俺』も
フレアに出会えて、幸せだった。
今でも、ずっと」
あぁ、もう。
この涙は、暫く止まりそうにない。
次回最終回!




