不老不死
暗い、暗い、闇の中で
僕は目を覚ました。
床があるわけでもないのに横になっていることが
なんとなく居心地が悪くて
僕は、自然と起き上がる。
ーーここ、どこだろう。
なんの音もしない、無音な空間。
そこは、本当にただの闇だった。
上下左右、全てが黒一色で
自分の体だけが、やけに鮮明に見える。
まるで、空中に浮いているような感覚。
ーーあれ、そういえば僕……死んだはずじゃ。
ゆっくりゆっくり、記憶が蘇ってくる。
首に触れた冷たい指の感覚と
身体中に走る鈍痛。
そして、殺される予感。
僕は、ちゃんと覚えていた。
死ぬ直前の記憶を。
でも、だったら、なんで。
僕は生きているんだろう?
「……夢?」
壁があるのか確かめようと
手を伸ばしてみる。
すると、その場所に火が灯った。
異常な程紅い炎。
段々と燃え広がっていくそれは
陽炎のように、幻を映し出した。
爛々と灯る炎の向こう側で
見慣れた少女が、約束の樹の前で立ち尽くしている。
「ふ、れあ」
僕の声は、フレアに届いていないみたいで
フレアは泣きそうな顔をして、何かを唄ってた。
火に飲み込まれた約束の樹。
訴えかけるようなフレアの唄う声。
ーー嫌な予感がした。
これは、ただの幻な筈なのに。
このままフレアが、消えてしまう。
いなくなる。
そんな気がした。
そして、フレアがパタリと倒れて
予感は確信に変わる。
「ーーっフレア!」
必死に名前を呼んでも
僕の声は届かない。
駄目だ、駄目だよ。
こんな結末、誰も望んでない。
と、不意に、フレアが立ち上がって
薄っすらと微笑む。
それは、あまりにも哀しそうな笑顔で
僕は、言葉が出なくなった。
そして
その、一瞬の沈黙を破って、フレアは言う。
「大好きだったよ、エン。
あいしてる」
フレアが炎の中に向かって、歩きだす。
すぐさま炎はフレアの体を飲み込んで
焼き尽くして。
「ーーーーっ!!」
なんで。
なんで、なんで、なんで!
「フレア、フレア!」
フレアは、最期まで笑っている。
ずっと、ずっと。
そして
ぼう、と炎が消えて
また闇が、辺りを支配した。
大丈夫、あれは幻だ。現実じゃない。
僕が死んだんだから
フレアは今頃、幸せにーーーー
『おいおい、現実見ろよ。少年』
そう、自分へ言い聞かせていると
僕の背後で、再び炎が灯った。
徐々に炎は、形を変わっていく。
「な、に……?」
火を纏う生物。
そんな存在、一つしか思い浮かばない。
永遠を生きる不死の鳥ーーーー
不死鳥、ぐらいしか。
『正解だよ、少年』
だが、完成したそれは不死の鳥なんかではなかった。
紛れもない、人間の姿。
それも、僕によく似たーーーー
「……誰だよ」
『不死鳥サマの使徒ってヤツ。
こんばんは、哀れな哀れな犠牲羊くん』
使徒、と名乗ったそいつは
僕を嘲るように口角を上げる。
『本当はお前だって、気付いてるんだろ?
夢なのはこっちで、さっきの
フレアが死んだ世界こそが、現実だって』
「そ……んなはず、ない」
『何故?』
ニヤニヤと笑いながら、不死鳥の使徒が手を挙げると
闇一色だった世界にまた炎が現れた。
今度は、僕らが居る位置から更に下の方で
炎が揺らめいている。
下。
つまり、いま立っているここは
まだこの空間の『底』ではないのか。
もう、訳がわからない。
この場所のことも
使徒が言っている言葉の意味も。
『自分の命と引き換えに愛する者を生き返らせるなんて、最上級の善行じゃあないか。一体、誰があの娘を非難できるというんだい?【愛され過ぎた少女】の末路にはぴったりの最期だろう?』
僕は、何も答えられない。
だけど使徒は、僕の心情なんてお構いなく喋り続けた。
まるで、演劇でもするかのような
芝居がかった動き。
『それにさ。あの娘は決められた使命を全うしたんだよ。村人達の、善なる少女という愚かな理想に恭順した訳だ。【善なる少女は、誰かのために死ねる】という理想にね。まったく、泣ける話じゃないか。見事に感っ動的な結末だ』
「なにが、感動的なんだよ!こんなの、」
『ーー悲劇的?それもいいさ。たいして違いはない』
必死に否定する僕を、不死鳥の使徒は嘲笑う。
こいつ……いや、こいつらにとって
人間は矮小な生物に過ぎないんだろう。
だから、こんな風に
人の死を、物語の内容を言うみたいに語る。
……ふざけるな。
「なんで、フレアが死ななきゃいけないんだよ……!罪人なのは、【一番悪かった】のは、僕だ。『罪には罰を、罪人に死を』っていうのが正しいなら、本当に死ななきゃいけないのは、」
『そう、お前だ。でも、あの娘はそれを望まなかった。【哀れな少女】の最期の願いは、不死鳥サマが叶えてやるんだよ。
そして、哀れなお前は
俺が作り変えてやった』
言うが早いか、使徒はニイと意地悪く嗤い
僕の肩を突き飛ばした。
突然の浮遊感に、落下しているんだと気づく。
でも、もうどうしようもない。
勢いのまま、闇の底
紅い炎に向かって落ちていく。
反射的に手を伸ばした僕に
不死鳥の使徒は
僕によく似たそいつは
笑顔を崩さずに吐き捨てた。
『喜べよ、少年。
不老不死になったんだぜ』
不老不死。
それは、君のいない世界で
永遠に、死なない。
死ねない。ということ。
嫌だ、嫌だ。
「生き返りたくなんか、ない」
呆然と呟いてみたけれど
落下する速度は変わらない。
僕はただ、なす術もなく
炎の中へと落ちて行った。
一人取り残された、不死鳥の使徒は
少年の落ちた先を一度だけ見やって
また、口角を上げた。
そして、誰かに語りかけるように呟く。
『罪人に死を、なんてもう古い。
罪人に与えるべきは苦痛の生、だよねぇ。
さぁて、これで【起承転結】の【転】までが終了った。あとは最っ高にくだらない結末を与えてやるだけ……
それでこの物語は完結するんだ。
ーーーーーーーーねぇ?不死鳥サマ』
不死鳥の使徒の言葉の意味を
知っている者は誰一人として
いない。
さて、ここからが最終章。
くだらない結末を、どうぞお楽しみに。




