蜘蛛の生態
「君は蜘蛛についてどのくらい知ってる?」無地の平世界を切り裂くように蜘蛛男が突然僕にそう尋ねた。
「殆ど知らないな。害虫を食べてくれるだとか、毒のある種がいるだとか、そんな瑣末なレヴェルだよ」
そう言うと蜘蛛男はどこか落胆の影が身を潜めた会釈をした。窓から差し込む光の具合のせいかもしれないけれど、とにかく僕はそういった印象を抱いた。
「必死で糸を紡ぐんだ」
「蜘蛛というのは糸を紡いで巣を張らないと生きていけないんだ」
「それはとても大変だろう」と僕は言った。
「そうなんだ。糸を沢山紡いで巣を大きく広げるのはとても大変さ。今日紡いだ糸は明日には昨日になって、昨日紡いだ糸は明日には一昨日になるんだ。そういうのって、なんだかとても疲れるんだ」と蜘蛛男は言った。
べとりとした汗が体から噴き出し、シャツの袖でその汗を拭った。僕はテーブルの上にあるリモコンを手に取り、エアコンの設定温度を二、三度下げた。
そして僕は毎日糸を紡ぐ生活を考えてみた。朝起きる、糸を紡ぐ、夜は散歩をする、そして朝が来る。どんどん巣が大きくなる。どんどん僕は総体を見回すことが困難になり、総体は僕を見回すことが困難になる。深い海のような底の見えない深遠の中を、僕は必死にもがき続ける。
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