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負け犬

作者: 国道777号線

◇俺の乗った車はショッピングモールに着いた。

今日は日曜日。県内随一の大きさを誇るこのショッピングモールは、休日返上でやって来た買い物客でごった返している。

誰も彼もが買い物袋を下げ、ショッピングモールを這いずり回っている。

他人のことには目もくれず、自分の買い物に夢中になっている。

俺は車から降りるとトランクから荷物を降ろした。

実家から持ってきた猟銃を包んだ布と、持てるだけの弾薬を詰め込んだ旅行バッグ。

よかった、何も忘れ物はしていない。してはいけない。

今日は、俺の人生で一番輝く日なんだ。


◆この世には勝ち組と負け組みがいる。

厳密に言えば、人を馬鹿にする人間と馬鹿にされる人間だ。

分かりやすく言えば、俺と、俺以外の全員。

小中高、例外なく俺は笑いものにされた。

ゲームオタだとか、低成績だとか、いろいろ言われた。

いじめられるわけでなく、とにかく笑いものにされていた。

いっそいじめられた方が、吹っ切れるから、そのほうがマシだと思っていた。

とにかく、俺は笑いものにされていた。


◇ショッピングモールの入り口に向かって歩を進める。

旅行バッグを肩に掛け、腕の中には布に包まれた愛用の猟銃が。

周りにはモールの中に入って行く人間がたくさんいた。

長細い布と、旅行バッグを持った俺の姿は実に場違いなはずなのだが、誰も俺になんか目もくれていない。

俺は、ショッピングモールの入り口をくぐった。


◆高校を出ても、何も変わらなかった。

大した大学にも行けず、バイト先でも馬鹿にされた。

努力をしようと思った。しろと言われた。

でも出来なかった。だからまた馬鹿にされた。

逃げる場所は無かった。逃げたけど、逃げ切れなかった。


◇ショッピングモールの中は、外よりもずっと多くの人間がいた。

やっぱり、どいつもこいつも、買い物に夢中で自分の横にいる人間のことなんて気にも留めちゃいない。

その時、俺の視界に、ブランド物のバッグが飾られてあるショーウィンドウに張り付いている女三人組が見えた。

俺には縁の無いような、とても綺麗な女達だった。

俺はすぐに決めた。

まずは、あいつらから始めよう。

俺は猟銃から布を剥ぎ取り、人ごみの中を女達めがけて歩き始めた。


◆同窓会に呼ばれた。突然携帯に電話が掛かってきたのだ。

電話口の向こうにいたのは高校三年の時の学級委員長だった。

俺を一番見下して馬鹿にしていた奴だ。

そいつは俺に同窓会に来いと執拗に誘ってきた。きっと、馬鹿にして同窓会の見世物にするつもりだろう。

俺はもちろん断った。

「辞めとく」

そう言うと、あいつは怒って、こう言った。

「つまんねぇ。こんな時しか誘われねぇだろ、お前なんか」


◇女達の後ろから、静かに声を掛けた。

声を掛けると、すぐさま三人そろって俺の方に振り向く。

振り向いた直後、三人とも、俺の両腕に抱かれた猟銃を見て怪訝な表情を浮かべた。

その顔が妙に滑稽で、俺は少し笑いを漏らしてしまった。

その後、気を取り直して、目の前の女達に再び声を掛ける。

それは、考えに考えた、きめ台詞だった。


「銃で撃たれたことある?」

次の瞬間、俺は猟銃を構え、引き金を引いた。


◆それから、また電話が掛かってきた。

電話に出るやいなや、いきなり「馬鹿」とか「オタ」とか、あの高校生の時にさんざん言われた中傷が耳に入ってきた。

どうやら同窓会が開かれているらしく、その席で酒に酔った奴らが俺にイタ電を掛けているらしい。

罵声の背後から、同級生の笑い声が聞こえてくる。

電話口の人間が次から次へと入れ替わり、かわりがわりに俺を馬鹿にする言葉を吐いた。

俺は、黙ってそれを聞いた。それ以外何も出来なかった。

「ホントにお前って、生まれてきた意味あんのか?」

あの学級委員長が言ったその言葉に、唇をかみ締めた。


◇大きな発砲音と体に加わる銃撃の反動。

銃弾は真ん中の女の頭部を砕いた。

はじけた頭から脳髄が飛び散る。

飛び散った脳髄と血しぶきが、女の背後のショーウィンドウを赤く濡らした。

脳みそは意外なほどに白かった。

頭を失った女の体が、力なく床に崩れ落ちた。

案外あっけない。

次の瞬間、周りの人間が悲鳴を上げ、他の二人の女は逃げ出した。


◆俺には何の取り得も無い。

馬鹿にされるのも当然かもしれない。

こんななんだから。

きっと世界中が、俺を馬鹿にしているんだろう。

道行く人々も、俺を軽蔑の目で見ている。

みんな俺を馬鹿にしている。


◇ショッピングモールは悲鳴に包まれた。

耳をつんざくような甲高い悲鳴だ。

周りを見ると、俺を見つめたまま立ちすくむ奴や、死に物狂いで出口へ向かって走っていく大勢の買い物客が目に映った。

ああ、そうか、みんな俺が女を撃ち殺したからビビッて逃げようとしてんだな。


・・・ビビる?この俺に?


◆今までずっと馬鹿にされてきた。


◇そんな俺にビビッてるのか?こんな大勢の人間が?こんな、俺に?


◆一度は味わってみたかった。人の上に立つという優越感。


◇俺は、もう一度、さっき撃ち殺した女を見た。


◆ずっと夢見ていた。人を見下すことを。


◇それは、もはや女ではない。ピクリともしない、血まみれの肉の塊だった。


すごい!

なんて無様な姿なんだ!

自然と笑みが零れ、優越感と充足感が俺の体を包んだ。


◆あの電話があった次の日。俺は憂さ晴らしに近所の子猫を殺した。


◇再び猟銃を構える。

不特定多数の人間の悲鳴が木霊するなか、

俺は逃げ惑う買い物客たちの背中に向けて、銃弾を立て続けに放った。


◆子猫の死骸を見て、思った。

死んだら生き物はどうなる?死んだ生き物とは一体なんだ?

死体だ。死肉になる。死んだ生き物とは死骸だ。

どんな生物であろうとも、どんな人間であろうとも、

どんなに頭が良くてどんなにスポーツが出来てどんなに女にモテたとしても

死んだらみんなただの肉の塊だ。死骸だ。

そんな物、道端の糞ほどの価値も無い!ゴミだ!


◇拍子抜けした。五発放ったのに当たったのは一発だけ。

それも致命傷じゃない。まだ死んでない。

そうだ、何をやってるんだ俺は。

でたらめに撃って当たるものか。ちゃんとよく狙え。

田舎の山奥であれほど練習したじゃないか。

それに、焦らなくたっていい。

獲物は他にもたくさんいる。


◆その時、俺は悟った。


死体は見下せる。


◇エスカレーターを使って二階へ上がる。

案の定、一階の騒ぎが何のことか理解できていない奴らが大勢いた。

中には、異変に気づかずにまだ買い物に夢中な奴らまでいる。

おめでたいもんだ。

これから殺されるってのに。

勘のいい何人かは、すでに出口を目指して逃げ始めていた。


◆俺は唯一、他人より上位になれる方法を見つけた。

人を殺すこと。

それは大発見だった。俺にとって、偉大な発見だった。

だって、それは今まで、俺を散々馬鹿にし、見下してきたこの世界に対して、

俺にもできる唯一の反撃手段だったからだ。


◇俺はまず、エスカレーターの横にあった装飾品店に狙いをつけた。

そこには女の客がたくさんいた。

みんな、俺のことには気づいていたが、状況がよく読みこめていないようで、ただ呆然と突っ立っていた。

俺は何のためらいもなく猟銃の引き金を引いた。

銃弾が、次々と女達の体を打ち抜き血を飛び散らせた。

またもや、俺の体を充足感が満たす。

その次にやって来たのは、高揚感だった。


◆俺は今まで散々、馬鹿にされ、見下されてきた。

友人から、教師から、親戚から、名前も知らない奴から、

・・・世界中から。

見下されることは、苦痛だった。

死ぬことよりも。


◇装飾品店は一瞬で血の海になった。

銃弾に倒れた女の半数が、驚くべきことにまだ生きていた。

うめき声を上げたり、動かなくなった下半身を引きずって店の奥に逃げようとしていた。

その姿はホントに醜くて、無様で、見ていて面白かった。


◆残念ながら、俺はいじめられっ子じゃない。

やられたまま黙っちゃいない。

俺は猫を殺したその日、今まで俺を好きなだけ見下してきたこの世界に、復讐することを誓った。


◇周りを見た。どいつもこいつも、俺を見ている。

何だ?

また俺を見下してるのか?

俺は言い知れぬ怒りを覚えそいつらに銃口を向けた。

引き金を引く指に、ためらいは無い。


◆復讐してやる。今からでも遅くは無い。

じゃないと、一生見下されたまま人生を終えることになる。

それだけは嫌だ。

それだけは、死んでも嫌だ。


◇銃弾は出なかった。

俺は一瞬混乱したが、すぐに弾切れだと気づいた。

旅行バッグを開け、中から銃弾を取り出し、猟銃に次々こめる。

猟銃と言っても、どこで手に入れたかライフルだ。

実に心強い俺の相棒。

装填し終えると、俺は仕切りなおして再び猟銃を構えた。


◆復讐だ。みんな殺してやる。

みんな俺を馬鹿にしてきたんだ。見下してきたんだ。

みんな殺して、

その死体を見て、

馬鹿にして、

見下してやる。

みんな、みんなだ。

ただの一人も例外はいない!


◇みんな逃げ出していた。

俺が弾をこめている間に、状況を理解したのだろう。

出口を確かめもせずに闇雲に走っている。

その必死な後ろ姿は笑えた。

俺は良く狙いを定めた。

引き金を引く。

銃声、反動。

一人が床に倒れた。

感傷に浸る間も無く、次の標的に狙いを定める。

もはやショッピングモールは悲鳴の海。


◆実家から持ち出した猟銃に、俺は全てを賭けた。


◇立て続けに、猟銃を撃つ。

五回の銃声の後に、五人が倒れた。

命中率百パーセント。

俺って天才か?


◆人を殺すことに、違和感は無い。


◇今や、ショッピングモールにいる全ての人間が、俺に恐れをなしていた。

みんな俺から逃げてる。

俺を恐怖の目で見ている。

俺を見て泣いてる。

すごい!

すごいぞ!

とても気持ちいい!

みんな、俺に、ビビってる!


◆ヒエラルキーの頂点。


◇「聞けぇ!!」

俺は更なる獲物を求めて、通路を進みながら、この場にいる全員に告げた。

「俺は神だ!!!」


◆それは、

満足感

充足感

高揚感

優越感

達成感


◇俺に撃たれた人間の血で濡れた通路を抜けると、大きな広間に出た。

そこは、飲食店が集結するカフェ・ルームと銘打たれた空間だった。

幸いなことに、ここにはまだ大勢の人間が逃げ遅れていた。

そう言えばもう夕方。

飯を食う人間で、埋め尽くされている。

これなら大した狙いをつけなくても、誰かに当たるだろう。

そう思って猟銃を構えた。

まるで殺されるのを待っているかのように、誰も動かない。


◆勝者だけが味わえる、勝利の味。


◇撃った。所構わず、片っ端から撃った。

連続発砲音。

次の瞬間上がる悲鳴。今まで聞いたどんな悲鳴よりも大きい。

この場にいる、大勢の人間が、突然奈落の底に叩き落された。


◆俺は今、それを味わってる。


◇「死ね!死ね!」

俺は撃った。

とにかく撃った。

弾が切れてはすぐに装填し、また撃った。

今や広間は銃声と悲鳴の不協和音のただ中。

泣き出して逃げようとしている客が、次々と俺の銃弾に斃れる。

床はもう、血の海だった。


◆俺が求めた、勝利の味。


◇みんな逃げる。

豚のような悲鳴を上げて、何百人もの人間が、血の海の中を、出口を目指して必死に逃げる。

でも逃げ切れない。

狼に狩られる豚ども。


◆夢見た、勝利の光景。・・・?


◇「どうした?!逃げろ!叫べ!死ね!」

逃げ惑う群集の背中に、次々と銃弾を打ち込む。

何人も倒れた。

血の海が、世界を濡らす。


◆ホントに、それを、夢見たのか?


◇ふと、床に這いつくばっている一人の男を見つけた。

良く見ている。

どこかで見たことのある顔。

ああ。そうか。

思い出した。

あの、委員長だ。


◆俺が本当に見たかったのは。


◇俺は、逃げる客に目もくれず、委員長の下に駆け寄った。

懐かしい顔だ。俺を散々見下した顔。

それが今、死体の顔になっていた。


ざまぁみろ。


◆死体じゃなかったはずだ。俺が本当に見たかったのは、

味わいたかったのは・・・


◇委員長の死体の近くには、もう一つ女の死体があった。

高校生の時の、委員長の彼女だ。いつも仲良く笑いあってた二人。

そうか。まだ続いてたんだ。この二人。


◆友人と、馬鹿な話ししあって、笑いあって、喜び合って。


◇顔を上げた次の瞬間、背後から銃声が聞こえて、俺の体が衝撃に包まれた。


◆あの頃、委員長が友達とやってたような、人付き合い。

そんなのを教室の隅から眺めてて、羨ましがってたんじゃないのか?

あれこそが、勝ち組の姿だと、思ってたんじゃないのか?

委員長を嫌う以前に、無様な自分が嫌いだったんだろ?


◇後ろを振り返ると、二人の警官が拳銃を構えて立っていた。

俺に向けられた銃口からは煙が出ている。

撃たれた。

ああ、クソ。

そうだ。近くに交番があったんじゃないか。

なんてことだ。


◆ニュースで見る殺人犯の姿を、勝者だと思ったことなんて無いのに、結局俺は。


◇次の瞬間、もう二発、正面から撃たれた。

銃弾は胸元にえぐりこみ、俺の心臓を滅茶苦茶に破壊した。

俺は全身から力がなくなるのを感じ取り、仰向けに倒れてしまった。

相棒の猟銃は、ただ俺の腕から零れ落ちていた。


◆また逃げた。


◇「犯人射殺!犯人射殺!」

無線機に叫ぶ警官。

倒れた俺の顔を、警官たちが覗き込んだ。

俺を見る目。眼差し。


◆そして負けた。


◇なんて目をしてやがる。

くそ。

やめろ。

そんな目で見るな。

俺を見るな。

死体を見る目で、俺を見るな。


◆死体は無様だ。


◇俺を見下すな!!

「死んでますね」

クソ!

俺を見下す奴は殺してやる!

猟銃はどこだ!

なんで体が動かないんだ!クソ!!


◆猟銃は笑ってくれなかった。死体は俺と話してくれなかった。

結局最後まで、望んだ物は手には入れられなかったじゃないか。


◇警官がずっと見てる。

死体を見る目で俺を見てる。

視界がくすんできた。眠たい。

死ぬのか、俺は、このまま。


◆結局負け組みのまま。


◇見下されたまま生きてきて、

見下されながら死んで行くのか?


◆俺は最後、唯一見下せる死体に、すがりついた。生者として死者を見下すために。


◇クソ・・・


◆死にたくないか?でもな。


◇クソ!


◆死体にすがりついた時点で、俺は、人として死んでたんだよ、きっと。


負け組みらしい最後だな。


◇畜生!!


◆喜劇が幕を下ろす。


さよなら負け犬。

今度は、もっと、マシな人間に生まれ変わろう。

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