第30話 長引かせるな
ゼルガとの戦いから3日。
ルークたちは、ダリオたちと一緒に北西の旧街道を進んでいた。
目的は再戦ではない。
ヴェルガたち旧魔王軍の移動先を追うこと。
捕らえた魔族から得た証言と、街道沿いに残った痕跡を照らし合わせると、この先に古い補給拠点があるらしい。
「足跡は?」
ダリオがカレンへ聞く。
「ある。でも少ない」
「偽装?」
「多分」
フィンが周囲を見る。
「わざと残してる感じもする」
「面倒だな」
ルークが言う。
「賢い敵は面倒って前にも言っただろ」
「分かってるって」
「分かってる顔じゃない」
「最近そればっかりやん」
エマが少し笑った。
緊張はある。
けれど、前みたいに勢いだけで突っ込むことはもうない。
少なくとも。
本人たちは、そのつもりだった。
旧街道を外れ、森の中へ入る。
しばらく進んだところで、ノアが足を止めた。
「前」
「何人?」
「……1人」
ダリオの表情が変わる。
「距離?」
「近い」
全員が武器へ手をかける。
その直後。
「またお前たちか」
声がした。
木々の奥。
黒い鎧。
大きな角。
ゼルガだった。
「何でここにいる」
ダリオが聞く。
「それはこちらの台詞だ」
「ヴェルガを追ってる」
「そうか」
「知ってるだろ」
「知っている」
「どこだ?」
ゼルガが少し笑う。
「教えると思うか?」
「思ってない」
「なら聞くな」
「一応だ」
前と同じようなやり取り。
だが。
空気は違う。
ゼルガの視線は最初からルークたち4人へ向いていた。
「前より少しまともな顔になったな」
「何それ」
ルークが言う。
「褒めている」
「分かりにくいな」
「お前に分かりやすく褒める理由がない」
「それもそうか」
「納得するな!」
ダリオが突っ込んだ。
「ゼルガ」
エマが聞く。
「ヴェルガは何をしてるの?」
「知りたければ自分で探せ」
「魔王を戻すため?」
その一言。
ゼルガの目が僅かに変わる。
「……どこまで聞いた」
「それも教えると思う?」
エマが返す。
ゼルガが小さく笑った。
「少しは似てきたな」
「誰に?」
「29年前の連中にだ」
ルークたち4人の表情が変わる。
ダリオがすぐ間に入った。
「今日は戦いに来たんじゃない」
「俺もだ」
「なら道を空けろ」
「嫌だと言ったら?」
空気が止まる。
「……」
ダリオが大剣を抜いた。
「そうなるか」
「そっちがそうしたんだろ」
ゼルガはまだ武器を持たない。
だが。
前回と違って。
最初から構えていた。
「ルーク」
「分かってる」
「勝手に行くな」
「行かない」
エマ。
ミナ。
ノア。
3人も構える。
ゼルガが見る。
「今回は」
低い声。
「長引かせん」
次の瞬間。
消えた。
「右!」
ノア。
ルークが剣を上げる。
ガンッ!
受けた。
だが。
前回より重い。
「っ!」
腕が沈む。
2撃目。
来る。
分かっている。
ルークが身体をずらす。
その先。
魔力弾。
「うわっ!」
避けた場所へ先回りされていた。
爆発。
ルークが飛ぶ。
「ルーク!」
エマが入る。
ゼルガ。
もういない。
「上!」
ノア。
見上げる。
黒い影。
落下。
「っ!」
エマが受ける。
カンッ!
剣ごと膝が沈む。
「重……!」
ミナ。
魔法。
「《風槍》!」
撃つ。
ゼルガは避けない。
腕で弾く。
そのままミナへ。
「来る!」
杖。
構える。
違う。
ゼルガの狙いは杖ではない。
足。
「え?」
払われる。
体勢が崩れる。
そこへ掌底。
ミナが転がった。
速い。
前回。
途中から上がった速度。
今日は。
最初から。
「ノア!」
ゼルガが来る。
「分かってる!」
ノア。
短剣。
受ける。
カンッ!
1撃。
2撃。
3撃。
どれも重い。
治癒を使う余裕がない。
「後ろ!」
ルークが戻る。
斬る。
ゼルガは下がらない。
剣の内側へ。
拳。
「それ前にも――」
ルークが腰を引く。
かわす。
だが。
ゼルガの肘。
「っ!」
肩に入る。
ルークが崩れる。
「同じに見えたか?」
ゼルガが言う。
「……ちょっと」
「ならまだ甘い」
ダリオが動こうとする。
ルークが手を上げた。
「まだ!」
「でも」
「まだやれる!」
ダリオが止まる。
ゼルガは。
それを見ていた。
前回。
様子を見た。
戦わせた。
覚えさせた。
今日は違う。
同じことをさせない。
最初から。
経験で潰す。
「ノア!」
エマが叫ぶ。
「見える?」
「少し!」
「少しでいい!」
エマが前へ。
剣。
ゼルガ。
受ける。
次。
わざと左を空ける。
エマは入らない。
「同じ罠?」
「違う!」
ノアが叫ぶ。
「下!」
地面。
魔力。
エマが跳ぶ。
そこに。
見えない衝撃。
「っ!」
空中。
逃げられない。
「ミナ!」
「任せて!」
風。
エマの身体を横へ飛ばす。
衝撃を回避。
「助かった!」
「まだ!」
ミナの杖。
そのまま火球。
ゼルガへ。
避ける。
その先。
ルーク。
「おおっ!」
剣。
ゼルガの肩。
浅く。
届く。
ザッ!
「……」
血。
「当たった!」
ルークが笑う。
「喜ぶな!」
ゼルガ。
即座に反撃。
腹。
拳。
ルークが飛ぶ。
「前回より早い」
カレンが呟く。
「何が?」
フィンが聞く。
「あいつら」
「対応が?」
「うん」
前回。
通じた攻撃。
今回は。
最初から警戒している。
ゼルガも変えてくる。
それでも。
少しずつ。
追いつき始めている。
「ノア!」
ルークが立つ。
「次どこ!?」
「まだ分からない!」
ゼルガ。
殺気を消す。
魔力も。
動く直前まで流さない。
「……」
ノアが目を細める。
見えない。
なら。
別を見る。
足。
肩。
視線。
呼吸。
「……左!」
ゼルガ。
動く。
本当に左。
「見えた!」
エマが入る。
剣。
ゼルガ。
受ける。
「ミナ!」
「うん!」
土壁。
右。
逃げ道を塞ぐ。
ルーク。
正面。
ゼルガ。
後ろへ。
「ノア!」
「そこ!」
風弾。
背後。
ゼルガが身を捻る。
エマ。
下。
ルーク。
上。
2方向。
ゼルガが腕で受ける。
カンッ!
ガンッ!
黒い鎧。
火花。
「……」
僅か。
押された。
ゼルガの目が変わる。
まただ。
最初。
見えていなかった。
なのに。
数分で。
対応してきた。
「長引かせるな」
自分へ。
言い聞かせる。
速度。
上げる。
「来る!」
ノア。
今度は読めない。
ゼルガがエマへ。
エマ。
剣。
受ける。
次。
ルーク。
間に入る。
その瞬間。
ゼルガが後ろへ引いた。
「え?」
誘われた。
ルークとエマ。
並ぶ。
正面。
魔力。
「ミナ!」
「分かってる!」
水壁。
防ぐ。
だが。
ゼルガは撃たない。
「また!」
ミナが気づく。
遅い。
水壁で視界が切れた。
横。
ゼルガ。
「ミナ!」
ノア。
ミナが杖を捨てる。
剣。
カンッ!
受ける。
ゼルガの眉が動く。
「また剣か」
「使えるって言ったでしょ!」
ミナ。
左手。
「《火弾》!」
至近距離。
ドンッ!
ゼルガが顔を逸らす。
頬。
火傷。
「……」
「当たった!」
「しゃべってる場合じゃない!」
エマの声。
ゼルガ。
前。
ノア。
「治癒役を潰せば終わると思ってる?」
ノアが短剣を構える。
「普通ならな」
「僕たち」
「ちょっと普通じゃないみたい」
「やっと気づいたか」
ダリオが遠くから叫ぶ。
「今!?」
ルークが振り返る。
「戦え!」
「はい!」
ゼルガが一瞬だけ。
笑いそうになった。
だが。
消す。
ノア。
治癒術式。
半分。
保持。
短剣。
ゼルガと打ち合う。
カンッ!
カンッ!
「ルーク!」
光。
飛ぶ。
腹の傷。
塞がる。
ゼルガの目が僅かに開く。
「戦いながら?」
「先生に教わった!」
「誰だ」
「言わない!」
ノア。
風。
足元。
一瞬。
止める。
「エマ!」
「行く!」
剣。
肩。
ゼルガ。
かわす。
「ミナ!」
「左!」
土。
逃げ道。
「ルーク!」
「おおっ!」
正面。
剣。
ゼルガが避ける。
その先。
エマ。
さらに。
ミナ。
ノア。
4人。
逃げ道を削る。
ゼルガは。
前回と同じ感覚を覚える。
違う。
前回より早い。
「……」
左。
塞がる。
右。
エマ。
後ろ。
風。
なら。
前。
ルーク。
剣。
ゼルガが身体を捻る。
避ける。
はずだった。
ザシュッ!
脇腹。
黒い鎧が裂ける。
血。
「……!」
ルークの目が開く。
「入った!」
エマも笑う。
「今のは深い!」
「まだ!」
ノアが叫ぶ。
ゼルガ。
傷を見る。
答えない。
ただ。
構えが変わった。
低い。
完全な戦闘姿勢。
ダリオの表情も変わる。
「おい」
フィンが言う。
「今までと違う」
「分かってる」
カレンも剣を握る。
ゼルガの中で。
判断が決まった。
これ以上。
続けるな。
遊びでも。
確認でもない。
潰す。
踏み込み。
消える。
「見え――」
ノア。
間に合わない。
ルーク。
腹。
掌底。
ドンッ!
崩れる。
エマ。
横。
剣。
ゼルガは。
わざと肩で受けた。
「え?」
傷。
そのまま。
懐。
肘。
エマが落ちる。
「エマ!」
ミナ。
杖。
いや。
剣。
ゼルガ。
手首。
弾く。
武器が飛ぶ。
「っ!」
最後。
ノア。
3人。
見る。
治す。
誰から。
一瞬。
迷う。
ゼルガ。
目の前。
掌。
首元。
止まる。
「終わりだ」
静かになった。
ダリオがすぐ入る。
「そこまで!」
ルークが起き上がろうとする。
「まだ――」
「終わり!」
「でも!」
「ノア取られてる!」
「……」
ルーク。
止まる。
エマ。
ミナ。
3人も息を切らしている。
勝てなかった。
やはり。
今はまだ。
ゼルガの方が上。
だが。
ゼルガの脇腹。
血。
肩。
頬。
複数の傷。
前回より。
明らかに多い。
フィンが見ていた。
「……あれ」
「何?」
カレンが聞く。
「最初から本気寄りだったよな」
「うん」
「それでも」
カレンも。
ゼルガを見る。
「前より傷増えてる」
「ゼルガ」
ルークが聞く。
「何だ」
「もう1回やったら」
「やらん」
「まだ言ってない!」
「聞かなくても分かる」
「次ならもっと――」
「だからやらん」
「何で!」
「面倒だからだ」
「何それ!」
ゼルガは背を向ける。
その時。
エマが聞いた。
「ヴェルガは?」
足が止まる。
「まだそれ聞くの?」
「今日はそれで来たから」
「……」
少し間。
「北ではない」
「え?」
「それ以上は自分で探せ」
ダリオの目が変わる。
「何で教える」
「教えていない」
「十分ヒントだ」
「なら忘れろ」
「無理だろ」
ゼルガが歩き出す。
「待って!」
ルーク。
「今度は何だ」
「先生たちと戦った時も」
少し間。
「こんな感じだった?」
ゼルガが止まる。
振り返らない。
「……違う」
「違う?」
「もっと荒かった」
「先生たちが?」
「ああ」
「でも」
ゼルガの声が少し低くなる。
「もっと嫌だった」
「何で?」
「戦うたびに」
間。
「別物になった」
それだけ言って。
ゼルガは森の奥へ消えた。
誰も見えなくなった場所。
ゼルガは木へ手をつく。
「……っ」
脇腹。
血。
思ったより深い。
最初から。
長引かせないつもりだった。
前回より。
速く。
強く。
経験も使った。
それでも。
傷は増えた。
「……冗談ではない」
まだ。
勝てる。
今なら。
だが。
次は?
さらに次は?
29年前。
その答えを。
自分は知っている。
帰り道。
ルークたちは珍しく静かだった。
「悔しい?」
エマが聞く。
「うん」
「私も」
ミナが頷く。
「最後、全然追いつけなかった」
「でも」
ノアが言う。
「最初よりは近かった」
「うん」
ルークが空を見る。
勝てない。
今のままでは。
あと少し。
でも。
その少しが遠い。
「……先生たちなら」
「勝てるんだろうな」
誰も答えない。
29年前。
アルドたちは。
ゼルガより先へ進み。
最後には魔王まで倒した。
ルークは自分の剣を見る。
「何が違うんだろ」
その問いに。
今はまだ。
誰も答えを持っていなかった。




