第18話 その名前を知る者
朝食のあと。
捕らえた魔族たちは、村外れの空き倉庫へ移された。
50人近い。
これだけの人数が一度に村へ入り込めば、本来なら大騒ぎになる。
だが。
「畑、踏まれてない?」
「西側は大丈夫」
「柵が1本折れてる」
「あとで直す」
村人たちが気にしているのは、そちらだった。
ルークは倉庫の前で腕を組む。
「……うちの村、やっぱりちょっと変じゃない?」
「今さら?」
エマが言う。
「魔族50人捕まってるんだよ?」
「先生たちが捕まえたからじゃない?」
「それで納得する村人もおかしいだろ」
ミナが倉庫を見る。
「でも、昨日までなら私たちも同じ反応してたと思う」
「先生たちだし、で終わってたね」
ノアが言った。
4人が黙る。
「……確かに」
正体を知ってから。
昨日まで普通だった景色が、少しずつ変に見え始めていた。
倉庫の中。
魔族たちは全員拘束されている。
重傷者はいない。
骨折すら、ほとんどなかった。
少女が中へ入る。
何人かが彼女を睨んだ。
「裏切り者」
低い声。
少女の足が止まる。
「人間に尻尾を振ったか」
「違う」
「なら戻れ」
「戻らない」
「お前のせいで――」
「その先はやめろ」
アルドが言った。
声は大きくない。
それだけで。
魔族が黙る。
「俺が聞きたいのは、こいつを責める話じゃない」
アルドが木箱へ腰を下ろす。
「お前たちは何を始めようとしてる?」
誰も答えない。
「人間領へ抜ける道を探してた」
沈黙。
「この子の集落を襲った」
反応なし。
「そのあと50人でここまで来た」
アルドが首を傾げる。
「それなりに大きい話だよな?」
「……」
「誰の命令?」
誰も口を開かなかった。
バルクが壁にもたれる。
「こういう時、昔ならどうしてたっけ」
「あなたは脅そうとしてた」
レイが答える。
「そうだっけ?」
「全然向いてなかった」
「怖かっただろ」
「顔だけね」
「顔だけって何だよ」
捕虜たちの目の前で。
4人は昔話を始めた。
少女は頭を抱えた。
「今する話?」
「待ってれば誰か喋るかと思って」
バルクが言う。
「そんな方法ある?」
「ないか」
「ないわよ」
その時。
捕虜の奥。
1人の老いた魔族が顔を上げた。
他より角が長い。
身体は痩せている。
だが。
目だけは鋭い。
「……アルド」
倉庫の空気が変わった。
ルークたちが男を見る。
アルドも。
「俺を知ってる?」
男が笑った。
「忘れるものか」
少女が息を呑む。
男の顔を見た。
「あなた……」
「知り合い?」
エマが聞く。
「集落を襲った時にいた」
少女が答える。
「でも、名前は知らない」
男は少女を見ず。
アルドだけを見る。
「本当に生きていたとはな」
「まあな」
「噂程度だと思っていた」
「何の?」
「人間領のどこかで、4人とも生きている」
男の視線が動く。
バルク。
レイ。
セリア。
そして。
ほんの少しだけ。
その顔が強張った。
「しかも揃っている」
「悪いか?」
バルクが聞く。
「悪い」
男は即答した。
「あなたも29年前の戦場にいたの?」
少女が聞いた。
「いた」
「どこに?」
「東部戦線」
少女は記憶を探る。
同じ魔王軍でも、軍勢は広く分かれていた。
全ての兵を知っていたわけではない。
「この4人を見た?」
「見たとも」
男が笑う。
「遠目にな」
「直接は?」
「戦っていたら、今ここにはいない」
倉庫が静かになった。
バルクが眉を上げる。
「ちゃんと分かってるじゃねえか」
「当時ならな」
「?」
男の言葉に。
アルドが少しだけ目を細める。
「当時なら?」
男は答えない。
代わりに。
「お前たちは何も知らない」
そう言った。
「何を?」
「戦争は終わっていない」
ルークたちの表情が変わる。
「29年前に終わっただろ」
ルークが言う。
「人間にとってはな」
男が笑う。
「魔王様が倒れ、軍は崩れた。だが、それで全員が諦めたと思うのか?」
「思ってないから聞いてる」
アルドが淡々と返す。
「誰がまとめてる?」
「答えると思うか?」
「思ってない」
「ならなぜ聞く」
「お前が喋りたそうだから」
男の笑みが消えた。
バルクが吹き出す。
「アルド、昔からそういうとこあるよな」
「何が?」
「相手が格好つけてる時に普通に返す」
「質問に答えただけだろ」
レイが小さく笑った。
捕虜の男は不機嫌そうに顔を歪める。
「なら1つだけ教えてやる」
男が言った。
「旧魔王軍は、もう残党などではない」
少女の顔が変わる。
「どういう意味?」
「集まっている」
「どれくらい?」
「お前が見たものなど一部だ」
「……」
「各地に散っていた者たちが戻っている」
アルドが聞く。
「理由は?」
男が。
初めて少し笑った。
「王が戻るからだ」
沈黙。
ルークが聞き返す。
「王?」
「魔王?」
ミナが言う。
男は答えない。
ただ笑っている。
少女が首を振る。
「あり得ない」
「なぜだ?」
「あの方は29年前に死んだ」
「見たのか?」
「……」
「死体を?」
少女が黙る。
「魔王城の最後までいたのか?」
「いない」
「なら何も知らない」
男の声に。
確信があった。
ルークたちがアルドを見る。
アルドは少し考えていた。
「どう思う?」
ルークが聞く。
「まだ分からない」
「魔王って本当に戻れるの?」
「知らない」
「倒した本人でも?」
「倒したからって何でも知ってるわけじゃない」
アルドが答える。
「俺たちが確認したのは、魔王が戦えなくなったところまでだ」
少女が見る。
「死んだのを確認してないの?」
「倒した時点では死んでたと思う」
「思う?」
「魔族の身体の仕組み全部知ってたわけじゃないからな」
セリアも頷く。
「治癒できる状態ではなかったけど」
「蘇生とは別の話ね」
ミナが小さく呟く。
「じゃあ本当に……」
「まだ決めつけるな」
アルドが止める。
「『戻る』が何を意味するか分からない」
「本人が生き返るとは限らない?」
ノアが聞く。
「そういうこと」
アルドは捕虜の男を見る。
「それで人間領へ入る道を探してた?」
「……」
「何をしに?」
答えない。
「何かを探してる?」
わずかに。
男の目が動いた。
ノアが気づく。
「今、反応した」
男がノアを見る。
「何?」
「『探してる』で少しだけ魔力が動いた」
「……」
少女がノアを見る。
「そんなの分かるの?」
「なんとなく」
「なんとなくで分かるものじゃないでしょう」
「セリアならもっと分かるよ」
少女はもう突っ込まなかった。
アルドが続ける。
「人間領に何かある」
男は黙っている。
「それを取りに来る」
反応なし。
「誰かを?」
目。
ほんの少し。
動いた。
ノアがすぐ言う。
「今」
「おい!」
男が声を上げる。
ノアが一歩下がる。
「ごめん」
「謝るな!」
「じゃあ続けるか」
アルドが言う。
「人間領にいる誰かを探してる?」
男の魔力が揺れた。
今度は。
ミナにも分かった。
「本当だ」
「黙れ!」
男が立ち上がろうとする。
拘束具が鳴る。
バルクが一歩出た。
「座っとけ」
男の動きが止まる。
「誰?」
少女が聞く。
答えない。
「何のために?」
答えない。
「魔王と関係ある?」
その瞬間。
男の魔力が。
はっきり乱れた。
ノアが目を見開く。
男も気づいた。
もう遅い。
「……関係あるんだ」
少女が呟く。
アルドが静かに考える。
「なるほど」
「何が?」
ルークが聞く。
「まだ大したことは分からない」
「でも」
アルドは言った。
「残党が大勢集まってる」
「魔王が戻ると言っている」
「そして、人間領にいる誰かを探してる」
3つ。
今まで別々だった情報が。
つながり始めた。
「じゃあどうする?」
エマが聞く。
「ギルドに知らせる」
アルドが即答する。
「王都にも?」
「必要ならギルドから回る」
「先生たちが直接行かないの?」
ルークが聞いた。
「何で?」
「だって伝説の英雄なんだろ?」
「だから?」
「こういう時って、出番じゃないの?」
アルドたち4人が顔を見合わせた。
「嫌だな」
バルクが言う。
「嫌ね」
レイも。
「私も村にいたいわ」
セリアまで。
ルークがアルドを見る。
「アルドは?」
「畑がある」
「魔王かもしれないんだぞ!」
「まだ分からないだろ」
「そうだけど!」
「それに」
アルドが4人の弟子を見る。
「外のことは、外にいるやつらが調べた方が早い」
「……」
「俺たちは必要になったら動く」
「必要って?」
「村まで来たら」
「遅くない!?」
ルークの声が倉庫に響いた。
その日の午後。
4人の弟子は町へ戻る準備をしていた。
少女も一緒だ。
「私も行くの?」
「事情を知ってるから」
ミナが答える。
「嫌なら村に残れるけど」
「……行く」
少女は少し考えてから答えた。
「私が見たことは、私が話した方がいい」
アルドが頷く。
「無理はするな」
「分かってる」
「あと」
「何?」
「帰ってくる時、塩買ってきて」
「……」
少女がアルドを見る。
「今その話する?」
「切れそうなんだ」
「魔王軍の話してたのよね?」
「してたな」
「本当にこの人が大賢者なの?」
ミナが答えた。
「私も昨日からそれ思ってる」
「おい」
アルドが少し傷ついた顔をした。
出発前。
少女はふと振り返る。
村。
畑。
普通の家。
その中に。
29年前。
魔族の歴史を変えた4人が暮らしている。
そして。
その4人に4年間育てられた弟子たちが。
今から外の世界へ戻ろうとしている。
少女はルークたちを見る。
まだ14歳。
冒険者としてはEランク。
けれど。
黒牙猿6体を相手にした時。
誰も本気で追い詰められてはいなかった。
「ねえ」
「何?」
ルークが振り返る。
「あなたたち」
「うん」
「本当にEランクなの?」
「そうだって何回言わせるんだよ」
「……そう」
少女は前を見る。
その言葉を。
もう以前ほど信用できなくなっていた。




