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『伝説の英雄たちは田舎で静かに暮らしたい ~25年前に魔王を倒した俺たち、村の子供を普通に鍛えたつもりが全員規格外になっていた~』  作者: オレンジペコ


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第13話 治す前に、止める

 Bランク上位パーティとの模擬戦から3日後。


 ルークたちは、町の東にある森へ来ていた。


 今日の依頼は薬草採取。


「討伐じゃないの?」


 ミナが聞く。


「毎回討伐じゃなくてもいいだろ」


 ルークが答える。


「珍しい」


「俺だって学習する」


「昨日まで『次は何倒す?』って言ってた人が?」


「今日は薬草の日だ」


「何その日」


 エマが笑った。


 今回集めるのは、止血薬に使われる青鈴草。


 30株。


 Eランクとしては危険の少ない依頼だった。


「これ」


 ノアがしゃがみ込む。


 青い小さな花。


「青鈴草」


「何株?」


「ここは8」


「全部取る?」


「半分くらい」


 ノアが答える。


「若いの残した方がいい」


「じゃあ4株」


 4人は必要な分だけ集めていく。


 しばらくして。


「あと7」


 エマが袋の中を見る。


「思ったより早かったね」


「帰りに何か食べて帰ろうぜ」


「まだ終わってないでしょ」


 その時だった。


 ノアが顔を上げた。


「待って」


 全員が止まる。


「どうした?」


「声」


「どっち?」


 ノアが森の奥を見る。


「向こう」


 少し遅れて。


「――おい!」


 かすかな叫び声が聞こえた。


 4人の表情が変わる。


「行こう」


 ルークが先に走った。


 木々の間を抜ける。


 少し先。


 倒れている男が見えた。


 その隣に、もう1人。


「冒険者!」


 エマが声を上げる。


 3人組だった。


 1人は立っている。


 肩から血を流している。


 残る2人は地面。


「助けてくれ!」


 立っていた男が叫んだ。


「仲間が!」


 ルークたちは走り寄る。


「何があった?」


「灰爪熊だ! 逃げてきた!」


「熊は?」


「追ってきてない!」


「ノア!」


「見る!」


 ノアがすぐにしゃがんだ。


 倒れている1人目。


 太腿から出血。


 意識あり。


 呼吸も問題ない。


「これは大丈夫」


「本当か?」


「傷は深いけど、大きな血管は外れてる」


 ノアは手を当てる。


「《治癒》」


 淡い光。


 傷が少しずつ閉じていく。


「全部閉じるの?」


 ミナが聞く。


「ううん。汚れてるから、まず出血を止めるだけ」


 次。


 2人目。


 大柄な男。


 鎧の胸元が大きくへこんでいる。


 意識はある。


 だが。


「……息、しにくい」


「どこが痛い?」


「胸……」


 ノアが手を当てた。


 目を閉じる。


「ノア?」


 返事がない。


 もう一度。


 胸。


 脇腹。


 背中。


「……」


「どうした?」


 ルークが聞く。


 ノアが顔を上げる。


「動かさないで」


「え?」


「この人、動かしたら駄目」


 立っていた冒険者が焦る。


「でも町に運ばないと!」


「今は駄目」


 ノアの声が強くなる。


「胸の中で出血してるかもしれない」


「……何?」


「外の傷じゃない」


 ノアはもう一度手を当てた。


「右側の魔力の流れが変」


「魔力?」


「たぶん、肋骨も折れてる」


 大柄な男が苦しそうに息をする。


「治せないのか?」


「治す」


 ノアが答える。


「でも、先に確認する」


「今すぐ治癒術を使った方が――」


「駄目」


 ノアは首を振った。


「骨の位置がずれたまま治したら、そのまま固まる」


「……」


「中の出血も止めないと」


 男が黙った。


「ルーク」


「何?」


「鎧外せる?」


「やる」


「ゆっくり」


「分かった」


 ルークが留め具を外す。


 へこんだ胸当て。


 普通なら2人がかりで外すところを、ルークは片手で少し浮かせた。


「軽く持って」


「これで?」


「うん」


 ノアは手を胸へ当てる。


 魔力を流す。


 少し。


 止める。


 また少し。


「治さないの?」


 エマが聞く。


「血だけ止めてる」


「そんなことできるの?」


「できるよ」


 ノアは普通に答えた。


「セリアがよくやってた」


 3人はそれ以上聞かなかった。


 先生がやっていた。


 なら、そういうものなのだろう。


 治療を始めて数分。


 ノアの額に汗が浮かぶ。


「大丈夫?」


 ミナが聞く。


「うん」


「交代する?」


「まだ平気」


 その言葉に。


 負傷した冒険者の1人が首を傾げた。


「交代?」


 ミナが答える。


「治癒魔法」


「……お前も使えるのか?」


「少しだけ」


「魔術師じゃないのか?」


「そうですけど」


 ミナは不思議そうにする。


「今はノアの方が上手なので」


「……」


 男は何か言おうとした。


 だが。


「ルーク」


 ノアが呼ぶ。


「この人、運べそう」


「もう?」


「うん。ただし揺らさないで」


「分かった」


 ルークが大柄な男を抱え上げる。


「うおっ」


 負傷していない冒険者が驚いた。


 男は鎧込みならかなり重い。


 ルークは少し持ち直した。


「これでいい?」


「もう少し背中高く」


「こう?」


「うん」


「行ける」


 普通に歩き始める。


「……重くないのか?」


 負傷した男が聞いた。


「重いですよ」


「いや、そうは見えないんだが」


「バルクの丸太より軽いので」


「丸太?」


「先生が投げてくるやつです」


「……何?」


「ルーク、行くよ」


「ああ」


 説明はそこで終わった。


 町へ戻る途中。


 ノアは何度も大柄な男の状態を確認した。


「息苦しくなってない?」


「さっきより楽だ」


「胸の痛みは?」


「まだある」


「それなら大丈夫」


「痛いのに?」


「急に痛くなくなった方が怖い」


「……そうなのか」


「たぶん」


「たぶん?」


「セリアならもっと分かる」


 ノアにとっては、それが基準だった。


 ギルドへ到着すると、すぐに人が集まった。


「怪我人!」


「治療室へ!」


 ギルド所属の治癒師が駆けてくる。


 30代ほどの女性。


 リサという名だった。


「何があったの?」


「灰爪熊です」


「この人が一番重いです」


 ノアが大柄な男を指す。


「胸部を強打。右側に内出血があると思います。肋骨も2本か3本、たぶん折れてます」


 リサの目がノアへ向く。


「診たの?」


「はい」


「治癒術は?」


「出血を抑えるのと、呼吸が楽になるところまで」


「骨は?」


「触ってません」


「どうして?」


「位置が分からなかったので」


 リサが一瞬止まる。


「……正解」


 すぐに男の胸へ手を当てた。


 魔力を流す。


 表情が変わる。


「本当にある」


「どこ?」


「右肺の少し下」


「そこ?」


「ええ」


 ノアも横から見る。


「僕、もう少し上だと思ってた」


「十分よ」


 リサは短く答えた。


 それから職員へ指示する。


「固定具。あと止血薬はいらない。内部から治す」


「はい!」


 治療室が慌ただしく動き始めた。


 しばらくして。


 3人とも命に別状なし。


 その報告を聞き、ルークたちは安堵した。


「よかった」


「依頼途中だったけどね」


 ミナが言う。


「あ」


 ルークが止まった。


「薬草」


「28株」


「あと2だった」


「まあ仕方ないよ」


「依頼失敗?」


「救助したんだから、説明すれば――」


「失敗にはしませんよ」


 後ろから声。


 受付の女性だった。


「救助を優先したのは正しい判断です」


「よかった」


 ルークが胸を撫で下ろす。


「それと」


 受付の女性が続ける。


「残り2株なら、他の場所で採取して今日中に納品しても構いません」


「じゃあ行ってきます」


「今から?」


「近いし」


「……元気ですね」


「はい」


 4人はまた森へ向かおうとする。


「ノア君」


 治療室からリサが出てきた。


「はい?」


「少しいい?」


「はい」


「さっき、どうやって内出血に気づいたの?」


「魔力の流れです」


「それだけ?」


「あと呼吸」


「呼吸?」


「右側だけ少し浅かったから」


 リサが黙る。


「それと」


 ノアは自分の胸を指した。


「ここに触った時、魔力が避ける感じがしたので」


「……誰に教わったの?」


「セリアです」


「先生?」


「はい」


「治癒師なの?」


「たぶん」


「たぶん?」


「村では怪我した人を治してます」


 リサはしばらくノアを見た。


「あなた、治癒術を習って何年?」


「4年です」


「4年……」


「まだ全然です」


「どうして?」


「セリアなら」


 ノアは少し考える。


「触った時点で全部分かるので」


 リサの表情が止まった。


「……全部?」


「はい」


「内出血も?」


「はい」


「骨も?」


「はい」


「傷ついた場所も?」


「たぶん」


「……」


 ノアは申し訳なさそうに言った。


「僕、まだ場所を少し間違えました」


「……そう」


 リサはそれ以上言わなかった。


 言えなかった。


「ノアー!」


 入口からルークの声。


「薬草行くぞ!」


「今行く!」


 ノアはリサへ頭を下げる。


「ありがとうございました」


「え?」


「治し方、見せてもらったので」


「いや、私は――」


「次はもっとちゃんと分かるようにします」


 そう言って走っていく。


 リサは、その背中を見送った。


 隣に来た受付の女性が聞く。


「どうでした?」


「……あの子」


「はい」


「Eランクなのよね?」


「そうです」


 リサは治療室を見る。


 胸部内部の出血。


 肋骨骨折。


 下手に治癒術を使えば、状態を悪化させる可能性もあった。


 それを。


 14歳の少年が。


 現場で見抜いて。


 必要な処置だけ済ませて連れてきた。


「……先生って、何者なのかしら」


 受付の女性が苦笑した。


「最近、それを聞く人が増えてます」


 外では。


「あと2株!」


「今度はちゃんと終わらせるぞ!」


「走らなくていいって!」


 4人の声が遠ざかっていった。

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