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第1話 深夜の大罪

以前、書いた短編が面白かったのでこの二人の話を気が向いた時に書き綴っていこうと思います。概ね一話完結だと思います。良ければ「恋愛はしてないけど結婚した夫夫のお正月」もよろしくお願いします。

 大人って最高!と思うことはいくつもあるのだが、その一つが冷凍庫にアイスクリームをパンパンに詰め込められることだ。さらに、二十四時間いついかなる時に食しても誰にも怒られることはない。こんな夜中の、日付が変わろうかという時に食しても……、


「おい」


 低い声に驚いて僕は一瞬ぎくりと身を強張らせた。それは冷凍庫をガラッと開けた瞬間のことだった。

「何してんだよ」

 暗がりから飛んでくる低い声が僕を責めるニュアンスを込めて問う。電気を消しているので声の主はよく見えない。

「夜八時以降は食わないんじゃないの?」

 会心の一撃だ。三十を過ぎてから急速に腹に肉がつき始めた僕は、なんとかジムなどで絞ってはいるが、四十を迎えた今年は運動をしていても悪い食生活はすぐに体が応えてくれるようになった。よって夜八時以降は食べないようにする!と確かに先日の健康診断後に言った気はする。LDLの値がなんとも芳しくなかったのだ。

「うぐ……」

 僕が呻いたところで声の主…恭平くんはパチンとキッチンの電気をつけた。さらっとした麻のパジャマに身を包んだ恭平くんが呆れたように僕を見ている。

「えーん、映画見てたらさあ、どうしても食べたくなっちゃったんだよ~」

 おどけて言ったら自分でも笑ってしまうほど情けない声が出た。つられて恭平くんもぷっと吹き出す。

「じゃあ俺も食おっかなあ」

 そう言って恭平くんはチョコのカップを取り出した。

「食べよ食べよ」

 僕たちはリビングのソファに並んで座ってアイスを食べ始めた。

 

 金曜日の深夜にアイスを食べるという大罪を一緒に犯してくれる家族がいる、とはなかなか良いものだと思う。これから先、何もなければ僕たちはきっとこういう日々を死ぬまで紡いでいくだろう。

 

 僕たちは夫夫だ。


 何気なくつけたテレビ番組を見ながらアイスを頬張る。乳脂肪たっぷりのお高めのアイスクリームは多幸感とともに四月の夜の乾燥した喉を潤した。

「そういえばこの人の相方って今何してんだろな」

 恭平くんがテレビの司会者を見ながらぼんやりと呟く。ひと昔前にブレイクした漫才コンビの片割れだ。最近はソロで活動しているところをよく見る。

「さぁ?でもこの前ラジオに出てたよ」

「ふーん……」

 恭平くんは自分から話題を振ったくせに、たいして広げずに話を終わらせた。なんというか気の利いた会話ができない男なのだ。

 ふさふさの髪、いやぼさぼさの髪でいつも機嫌が悪そうな雰囲気を醸し出している彼は恭平くん。三浦恭平、僕の夫である。三十八歳で僕の二つ年下だ。

 男前とは言えなくとも決して容姿は悪くないのに、なんだか冴えない。猫背がそれに拍車をかけている。僕が女性だったらまずパートナーには選ばない。現に彼は今まで付き合った女性たちから振られ続け、最後に付き合った女性に至ってはプロポーズ直前で破局している。

 そんな恭平くんと結婚に至ったのには深いわけ…は特になく単にメリットの一致だ。


「明日、買い出し行くよな?どこ行く?」

 アイスの中身も空になり、底の縁にたまったアイスの残骸を一生懸命恭平くんがかき集めながら問うてきた。大体、土日のどちらかは僕らはスーパーに買い出しに行っている。

「少し遠くに行こうか。明後日は雨らしいし色々ないから買い込みたいしさ」

 僕は冷蔵庫や消耗品の在庫を回想しながら、頭の中でおおまかな買い物リストを作成する。恭平くんはこういう要領の良さが壊滅的にない。彼に家事を任せるとかえって僕が苛ついてしまうので、基本的に主導権は僕が握っている。けれども、車は運転できるし(僕はペーパーである)、言いつけておいたことはなんでもやってくれるし、やめてくれと言ったことは二度としないし、今のところ不満はない。しかし彼はどうだろう?と思うことは多々ある。

「うーん、開店十時半だよな?朝イチで行くか」

「車出してくれる?」

「うん」

 当然、というように恭平くんは頷く。その横顔には『面倒そう』とも『喜んで』とも、どちらの感情も映っていなかった。その顔に僕は少し安心する。これからもずっと平穏が続いていく確信を噛み締める。


 食べ終わったアイスのカップとスプーンを二人で片付けながら、僕は冗談めかして聞いてみた。

「一緒に寝る?」

「寝ねー」

 おやすみ、と言って恭平くんは奥の寝室に入っていった。

 無論僕たちはベッドも寝室も別だ。三年前に結婚をして2LDKの中古のマンションを買って以来、一緒に住んでいる。それから一緒のベッドで寝たことはない。無論、体の関係もない。


 僕たちは恋愛せずに結婚したのだ。


 今に至るまで、たいした喧嘩もなく波風も立たず、穏やかに暮らしている。無論、僕らにロマンスはない。少しも期待をしなかったといえば嘘になるが、恭平くんは異性愛者なので今後も僕らの間に恋愛感情が発生することはないだろう。

 そのことが時折ちょっと寂しくて、けれども毎日ホッとする。特別でなければきっと壊れるリスクもないだろうから。いつからこんな保身的な性分になったのかは分からないが、まあ年のせいということにしておく。若かりし頃は変化や刺激を好んだが、今は不変を愛している。


 もちろん恭平くんは可愛い。弟のように思っている。僕が同性愛者だということを差し引いても彼のことは好きだ。

 だから、僕は恭平くんがやっぱり自分の子供が欲しいと願ったり、やはり女性と結婚したいと思い直したらいつでも離婚届に判を押す気でいる。


 それくらいには彼のことを好いているのである。


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