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童話風

夢の国から来た少年

作者: 網笠せい
掲載日:2025/11/17

 この街に初めてやってきたとき、少年は目を丸くして足を止めた。


 彼は立ち止まると、大きなリュックがずり落ちるのを背負い直すが、それさえも忘れたほどである。


 街角のあちこちに、いろいろなものが落ちていた。


 落葉もあれば、綺麗な石ころもあり、誰かの書いたメモもあった。


 少年の驚きをよそに、街を行き交う人々は足元に落ちているものには目もくれず、それぞれの目的に向けて歩いている。


 どうしてこんなに色々なものが落ちているんだろう? と、少年は目を瞬かせた。


 少年の生まれ育った街では、タバコの吸い殻も、誰かが読み終えたらしき新聞も、どこかで配られていたポケットティッシュも、道端には落ちていない。


 何かが落とされたとしても、清掃員があっという間に片付けてくれるのだった。


 清掃員たちは落とし物をしたときも、すぐに拾って交番に届けてくれる。


 少年にとってはそれが当たり前の日常だったから、今、目の前にこんなにさまざまなものが落ちていることにも、人々がそれに目を向けないことにも、驚きを隠せないのだった。


 試しに一つ、落ち葉を拾い上げてみると、少年の手にホコリっぽいざらつきと、カサカサした乾いた感触が残った。


 ぎゅっとにぎると落ち葉はもろくも崩れて小さな欠片となり、吹きすさぶ寒風がそれを指の隙間からさらっていった。


 少年は初めて経験したその感触に目を輝かせて、街中を見渡した。


 まるで自分が木枯らしに乗った枯葉になったかのように、少年は街のあちこちに駆け寄り、しゃがみこんで、落ちているものを観察した。


「午後三時〜会議」と書かれた小さな付箋紙や、不用品買取のぺらぺらしたチラシ、紙でできたおしぼり……。


 いったいどんな人が落としたのだろう。


 あまりにいろいろなものが落ちているものだから、少年はそのたびに目まぐるしく想像の翼を羽ばたかせた。


 そうして、この街にいたら、あっという間に時間が過ぎてしまうのではないかと、ほんの少しだけ怖くなった。


 立ち上がって大きなリュックを背負い直すと、少年は目的地に向かった。


「広告のある大きなビルの一階だよ」と祖父に教わったとおりに街を見渡してみるが、広告のある大きなビルがたくさんあって、どのビルだかちっともわからない。


 いつもは祖父が品物を届けに行くのだが、おり悪くギックリ腰になってしまった。


 急に寒くなったり、あったかくなったりしたもんな──と、少年は手をこすり合わせた。


 先ほど枯葉を触ったときの感触が、まだ手のひらに残っている。


 ホコリっぽさをズボンのすそでぬぐうと、少年はずり落ちてきた大きなリュックを背負い直して、再び歩き出した。


 リュックの中には、祖父が届ける予定だった品物がたくさん入っている。


 広告のある大きなビルの一階をあちこち探し回って目的の店を見つけたとき、少年はすっかりくたびれていた。


 何の広告があるビルなのか教えてくれればよかったのになと、少年は少しだけ唇をとがらせた。


 大きなビルの広告が、あっという間に入れ替わってしまうことを知らなかったのだ。


 少年は聴き慣れた音楽が流れてくるお店に足を踏み入れると、にこやかな女性の店員に声をかけた。


「こんにちは。商品のお届けに来ました」

「商品?」


 少年は背負っていた大きなリュックを下ろして、ぴかぴかしたお店のレジの前に置いた。


「納品書」と書かれた紙を取り出して渡すと、きょとんとしていた女性は「ああ!」と納得した声をあげた。


「今日はおじいちゃんじゃないのね」

「おじいちゃん、ギックリ腰になっちゃったんです」

「そうなの? お大事にって伝えておいてね」


 少年が大きなリュックから次々と商品を取り出すと、店員は『納品書』の内容と品物を何度も見比べた。


「……はい。たしかに」

「またよろしくお願いします」


 少年がおじぎをして、空っぽになったリュックのふたを閉めると、女性の店員は小さく笑って「これ、お使いのお駄賃ね。ご苦労さま」とあめ玉を一つくれた。


「ありがとうございます。ギックリ腰が治ったら、またおじいちゃんが届けにくると思います。それじゃ」


 手を振る女性店員に手を振りかえすと、少年は空っぽになったリュックを背負って、再びたくさんの大きなビルのある街中に飛び出して行った。


 店員にもらったあめ玉を口に入れると、少年はポケットに、役目を終えた包み紙を押し込んだ。


「あ」


 ふいに、ポケットの端からあめ玉の包み紙が転がり出た。


 すぐに手を伸ばして拾おうとするが、包み紙は風に乗って、かがむと飛んでいってしまうし、追いかけると妙な方向に飛んでいく。


 少年は人々にぶつかったり、車道に出ないように気をつけたりしながら、あめ玉の包み紙を拾った。


 捕まえるのにすっかり時間がかかってしまった。


 空を見上げると、すっかり日が傾いている。


 この街は時間が過ぎるのが早いのだなと、少年は驚いた。ガラスでできたビルの端に夕陽が反射して、まぶしかった。


 だからこの街にはいろいろなものが落ちていたんだな──と、少年はうなずいて、夢の国へと帰って行った。


<おわり>

キャラクターストアに納品するときに、こんなストーリーがあったらかわいいかなと書きました。

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