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ある晴れた日の午後、空から爆弾が落ちてきて……

作者: 雉白書屋

 ある晴れた日のこと。正午、街は人々の往来で賑わい、活気に満ちていた。公園では子供たちが元気な声を響かせながら駆け回り、それをベンチに腰かけた老人が目を細めて眺める。会社員たちは腕時計をちらりと見ては、そろそろ昼休憩か、どこでご飯を食べようかと、些細な思案を巡らせていた。穏やかで、いつも通りの平和な時間帯。


 そこへ、空から爆弾が落ちてきていた。


 それはあまりにも唐突で、前触れ一つなかった。だが、人々にはそれが『爆弾』だと理解する猶予はあった。

 最初に気づいたのは、ふいに空を見上げた一人だった。真昼の陽射しに目を細め、ふと青空に浮かぶ異物を見つける。額に手をかざし、訝しげに声を上げた。


「あれ、何……?」


 その声に誘われ、次々に人々が空を見上げた。ざわめきが起き、そして、誰かが恐怖に駆られた叫びを上げた。


「爆弾だ!」


 次の瞬間、その場は大混乱に陥った。悲鳴が飛び交い、人々は四方へと走り出す。「そんな馬鹿な……」とぼやく者もいたがその顔は強張っており、腰は引けていた。恐怖は連鎖し、瞬く間に爆弾の存在は人々に知れ渡った。

 しかし、人々が落ち着きを取り戻す時間もあった。

 なぜかその爆弾は、信じがたいほどゆっくりと落ちてきていたのだ。ただ空に浮かんでいるだけなのではないか、と疑うほどに。

 人々は避難を始め、警察や消防が出動して現場を統制し、マスメディアが中継車を走らせて集まった。


『……これはいったい、どういうことなんでしょうか?』

『わかりません……。現時点では出所も理由も不明です。ただ、確かに落下しているようです』

『爆弾であることも間違いないのですね?』


『ええ。先端は丸みを帯びた流線型で、後部には安定翼がある。典型的な爆弾の形状です』

『全長は数十メートルにも及ぶそうですね……もし、仮にあれが核爆弾だったとしたら……』

『被害は壊滅的でしょう。ははは……いや、失礼。つい笑ってしまって……でも、笑うしかないじゃないですか。だって、ふふふ、壊滅どころじゃありませんよ。街、いや、国どころか地球の四分の一が吹き飛ぶんじゃないですかね。さらに粉塵が成層圏を覆い、太陽光は遮られ、気候は激変。津波や地震が誘発され、他国の核兵器にまで誘爆したりして、ひひひひひひははははは!』


 スタジオでコメンテーターたちが意見を交わしたが、結局、誰の口からも核心に迫る情報は出ず、誰の口からも核心に迫る情報は出ず、憶測ばかりが飛び交った。

 政府は即座に非常態勢を敷き、偵察機を飛ばして調査を開始した。しかし、その爆弾がいかなる原理であの緩慢な下降を続けているのか、誰一人として説明できなかった。各国に問い合わせても、いずれも『知らない』の一点張り。嘘ではないだろう。そんなことをして何の得があるというのか。気の狂った独裁者でも、まだ分別がある。

 迎撃は当然不可能と判断され、取られた手段は当該地域の住人を避難させることだけだった。もっとも、もしあれが本当に原始爆弾であれば、そんな措置も無意味に等しいのだが。

 混乱は全国に広がった。裕福な者は国外へ逃げ、残された者は仕事も学校も投げ出して家にこもった。一部では略奪や暴動が発生し、治安は急速に悪化していった。

 だが爆弾が空に姿を現してから、体感で一週間ほどが経った頃、人々はある違和感に気づき始めた。 


『だ・か・ら、これは宇宙人の仕業なんですよ! あんなふうに重力を無視してゆっくり落ちてくるなんて、ありえないでしょう!』

『そもそも、本当に落ちてきているんですかねえ』

『それは間違いないそうですが、速度があまりに遅く、しかも一定ではないため、正確な着弾時刻の予想はできないらしいです』


『時刻というより、年月単位ですかね』

『それは、はっきりとは言えませんが……』


『まあ、明言しちゃうと責任を問われちゃいますもんね』

『別に平気でしょう。その頃にはみんな死んでますよ』

『そういった発言は控えてください。ただ、このままの速度であれば、着弾は数年、あるいは数十年後なのではないかと……』


『着弾予定地点に大きな穴を掘れば、何年かは稼げるんじゃないですかね』

『いっそ、でっかいクッションでも置いときましょうよ! はははははは!』


 ――全然落ちてこないじゃないか。


 人々はそう判断し始め、次第に避難所を離れ、自宅へと戻っていった。

 もちろん、多くは当該地域から引っ越したが、暴落した地価に惹かれ、新たな住人が流入した。そうして時間が経つにつれ、街は再び日常を取り戻していった。

 そう、数年経っても、爆弾はまだ落ちてこなかった。“体感”で。


『ひひひひ、視聴者の皆さん、もうお気づきでしょう? あの日……いや、この日、爆弾が発見されたあたりから、私たちの時間がまったく進んでいないことに。ええ、馬鹿じゃないんですから、太陽が一度も沈んでいないことに気づいてますよね……? ええ、気づかないフリをしてきたんです。私も、あなたも、あなたもあなたもね! ……いいですか、これはね、走馬灯なんですよ。死ぬ間際に記憶がブワーッと蘇る、あの現象です。あるいは、達人同士の立ち合い。時間がギューッと凝縮され、思考だけが無限に広がる、あの瞬間です。つまり、私たちの時間意識は共有されているのです。なぜ? それにどうして動けるのって? ははは! それだけ爆弾の威力が凄まじいということなんでしょうね! 時間も空間も歪ませるほどにね! そして、私たちはいずれ、あるいは一秒後にでも――』


 ある晴れた日の午後、空から爆弾が落ちてきた――。

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