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魔法大学 受験す

王国において、魔法は力であり、誇りであり、そして血統である。

そんな中で、“技術としての魔法”を掲げる一校が存在する。

――アルカナム魔法大学。正式名称、Academia Arcanum。


 


王都ヴェルス近郊、丘陵地の上に広がるその巨大な学術都市は、魔導文明の粋を集めた象徴でもあった。

入試倍率は王国最高。試験は三日間に及ぶ筆記、実技、面接。魔力の高さだけでは通用しない。

求められるのは、構造的な思考・応用力・倫理観――まさに“未来の魔法”を創る者の資質だ。


 


学部は多岐にわたる。召喚、元素、精霊、そして魔導工学。

その中でも異端として知られるのが、魔導工学部・魔導工学科。

“呪文を詠わずに魔法を起動する”という、異様な思想を抱くこの学科は、保守派の魔術師たちから幾度も「冒涜」と揶揄されてきた。


 


だが、今日、その門の前に立つひとりの少女は、迷っていなかった。


 


アイリス・グレイン――16歳。名門グレイン伯爵家の次女。

その身に王国随一の魔力を宿しながらも、詠唱魔法にはまったく興味を示さなかった。

彼女が夢中になったのは、魔導構文――魔法を“書く”という技術だった。


 


『もし誰かが、“安全に”“再現性のある”魔法を万人に届けられるなら、それは魔術師じゃない。技術者よ。』


 


これは、彼女が魔導工学に出会ったときの言葉。

かつて現代日本でエンジニアとして働いていた前世の記憶。

合理性・再現性・設計思想――それこそが、彼女にとっての“魔法”だった。


 


彼女が詠唱を覚えなかったのは、感性が鈍いからではない。

言語という道具を、もっと論理的に運用したかったからだ。


 


そして今日。

彼女はこの門をくぐる。


アルカナム魔法大学。

それは彼女にとって、“魔法が論理で語られる未来”を切り拓くための第一歩だった。


アルカナム魔法大学・実技試験会場。


五角形の広間には、淡く発光する魔導石が天井から吊り下げられ、青白い光が石畳に網のような陰影を落としていた。

石壁に囲まれた空間は、どこか儀式的で、それでいて非人間的な無機質さを漂わせている。


それが、“魔法を科学として扱う”この大学らしい風景だった。


 


すでに二十人以上の受験者が待機列に並んでいた。

多くが魔術師志望。高位貴族の子息、魔術ギルド出身の者、名のある魔導士の弟子たち。


彼らはアイリスを見るなり、露骨に眉をひそめる。


「構文魔法か……あんなもん、戦場じゃ詠唱の半分も役に立たんだろ」

「机上の空論ってやつだ。魔法に“安全装置”なんてつけてどうすんだよ」


そんな視線を、アイリスは意にも介さない。


むしろ、構文が通らないなら、そちらの魔法が“未定義動作”を起こしているだけだ。


 


「次、アイリス・グレイン」


名が呼ばれ、彼女は前へと進む。


三人の試験官が中央の円卓に座っていた。

中央には初老の男性、灰色の法衣に身を包んだ眼鏡の老魔術師。左右には、若い女魔導士と、魔導工学部のローブを纏った技官風の男。


老魔術師が口を開いた。


「グレイン家のご令嬢か。……魔力は測定済み、実に優秀だ。しかし、魔術詠唱の適性は──?」


「詠唱は使用しません。代わりに、構文による発動を行います」


「ほう……では、見せてもらおうか。その“構文魔法”というものを」


 


アイリスはゆっくりと、懐から一枚の小さな魔導板を取り出した。

その表面には、光素銀で刻まれたラテン語風の魔法構文が描かれている。


Si temperatura ≤ 0 et humiditas ≥ 50,

Tunc Crystallum Nivis Genera.

Aliter Nihil Fac.

(条件:気温0度以下かつ湿度50%以上 → 雪の結晶を生成。それ以外では何もしない)


 


「“定義された環境条件下”でのみ発動する構文です。暴発の心配はありません」


そう言って、魔導板に自身の魔力を静かに流し込む。

次の瞬間――


ふわりと、試験会場の中央に、六角形の銀白の雪結晶が浮かび上がった。

氷の蝶のように舞い、砕けて消えるまでの数秒。


沈黙。試験官たちは固唾をのんでそれを見つめた。


 


技官風の試験官がぽつりと漏らす。


「……誤動作ゼロ。構文も安定。しかも詠唱ゼロ。まさか、構文型でここまで完成度が……」


老魔術師は無言のまま目を細めた。


「面白い。だが、これは実戦向きではないだろう」


「実戦にも対応可能です」

アイリスはすぐさま、次の魔導板を取り出す。



Si hostis intra 3 metra,

Tunc Excito Fulmen Target.

(条件:敵が3メートル以内に侵入 → 雷を呼び起こして対象に落とす)


 


「この構文では、魔道具が敵性存在を検出した際のみ作動します。敵味方識別は“魔力波形差分”を使った初期識別により解決済みです」


「なに……?」


技官の目が見開かれた。


老魔術師は、少しだけ微笑んだ。


「良いだろう。次の段階に進め、アイリス・グレイン」


 


こうして、

魔法を“定義”する少女の名は、魔法の頂に初めて刻まれることとなった。

試験場から退出していく少女の背に、誰も言葉をかけることはなかった。

ただ、その後ろ姿には、確かに――何か“異質な光”があった。


 


白銀の髪は、光を吸うように鈍く輝き、

透き通るような肌と凛とした立ち姿は、どこかこの世のものではない気配を纏っている。

だが、それは儚さではなかった。

むしろ、冷たい秩序――無駄を削ぎ落とした“構造美”そのものだった。


「……まるで、魔法そのものが人の姿を取ったようだったな」


試験室に戻った初老の魔術師が、誰に向けるでもなくそう呟いた。


 試験官のひとりがつぶやいた。


「……今朝は冷え込んでいたが、まさかこの試験会場の温度と湿度に合わせて構文を持ち込むとは」


技官の男が頷いた。

「事前に魔法大学の標準環境を調べたな。これは準備型の思考。構文魔法の理想的運用だ」


技官の男が唇を噛むように言う。


「才能だけじゃない。構文設計、検出ロジック、出力制御、魔導板の素材選びまで……すべてが“定義”されている。あれは……ただの学生志望者じゃない。魔法技術者だ」


 


もう一人の女性試験官が、資料に目を落としながら問う。


「……彼女の出自は?」


「グレイン伯爵家の次女。母親はアルカナム魔法大学出身で、現・王立魔導学院の教授。父親は軍の第一魔導技術隊の技術将校」


「納得だわ。でも、家柄の話じゃない」


 


彼女は静かに資料を閉じた。


「異端よ。けれど、あの子は美しかったわ。“魔法”の未来が、形を取って歩いていたみたいに」


 


しばらくの沈黙ののち、老魔術師が一言。


「……あの娘の名を、試験記録に特筆しておこう。

“アイリス・グレイン”――今後、我々の中で異論を生む可能性があるが、後世、確実に記録される名だ」


 


そして記録書に、古き魔導文字で一行が刻まれた。


〈合格:アイリス・グレイン 魔導工学部・魔導工学科 特筆評価〉


 


この日、

“魔導構文”という異端が、

正統なる魔法の頂に、その第一歩を記した。

Si temperatura ≤ 0 et humiditas ≥ 50,

Tunc Crystallum Nivis Genera.

Aliter Nihil Fac.


1. Si temperatura ≤ 0 et humiditas ≥ 50,

 → 「もし気温が0度以下で、かつ湿度が50%以上であれば」

 - Si:もし(if)

 - temperatura:気温

 - ≤ 0:0度以下

 - et:そして(and)

 - humiditas:湿度

 - ≥ 50:50%以上


2. Tunc Crystallum Nivis Genera.

 → 「そのとき、雪の結晶を生成せよ」

 - Tunc:そのとき(then)

 - Crystallum:結晶

 - Nivis:雪の(nix = 雪、nivis = 雪の(属格))

 - Genera:生成せよ(命令形)


3. Aliter Nihil Fac.

 → 「そうでなければ、何もするな」

 - Aliter:それ以外の場合(otherwise)

 - Nihil:何もない(nothing)

 - Fac:せよ(do)

 → 全体で「他の場合には何もするな」


条件付き攻撃魔法

Si hostis intra 3 metra,

Tunc Excito Fulmen Target.


1. Si hostis intra 3 metra,

 → 「もし敵が3メートル以内にいるなら」

 - Si:もし(If)

 - hostis:敵(enemy)

 - intra:以内に(within)

 - 3 metra:3メートル(距離)


2. Tunc Excito Fulmen Target.

 → 「そのとき、雷を呼び起こし、対象に落とせ」

 - Tunc:そのとき(Then)

 - Excito:呼び起こせ(raise, summon)

 - Fulmen:雷(lightning)

 - Target:対象に

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