【ひとこいし ■■■■■■■】事件 8
宮内庁、某一室の扉が開かれる。
開いたのは、須藤父である。
「賀茂ヨハネ在人様の予感は的中しているかもしれません。流石キリシタン陰陽師、神の信託と言う他ない。おそらくは隠された歴史があります。それも、暴けば死ぬといったギミックが」
日輪が椅子に腰かけながら、疑惑のまなざしを向ける。
「そのようなもの聞いたことがない。知れば死ぬ、まるで御伽噺、いや、児戯の剣術の必殺技のようだ。当たれば勝ち、振れば勝ちのような」
「おそらく、そのレベルでしょう」
「馬鹿な。じぃじ」
老人が本を開く。
「現在の五星局の管理物には該当物無し、陰陽庁データベースには存在無し、宮内庁古文書にそのような歴史無し。眉唾ですな。しかし、あり得ないわけではありません。例によって我々は歴史の特異点、【餓者髑髏の花嫁】による餓者髑髏の制御に成功しておりますゆえ。また、可能性としては日本生類創研案件か、未知の都市伝説か。しかし、家屋は1500年から1600年の間の建築物であり、その間に発生した怪異となれば……。ふむ。難しい塩梅ですな。ニッソも都市伝説も比較的新しいものですので」
「では、かつて安倍晴明及び蘆屋道満が接触した未知の生物を作成する医療者の助言をした無貌の男は? 関わりがあるとお思いか?」
「さて。そこまでは。さて、かの高名な須藤頼重様と云えど根拠なき暴論は宮内庁では通じません。さりとてミスター……、根拠のある暴論を、宮内庁はお待ちしておりますれば」
「……ここからは、私の暴論となりますが。まず初めに、私へ【餓者髑髏の花嫁】から連絡が来ました」
「なにッ!?」
日輪が叫ぶ。
「内容については2つ。1つは殺気と視線。最近「須藤与一」に近づく者に対して常に殺気がふりまかれていると。なので彼女自身は警戒心を持って部屋の観察及び、周囲の警護を行っていた。しかし、殺気の出どころも、視線の出先も分からない。……トップクラスの怨霊を抱えた、彼女が分からない。この危うさが分かりますね?」
「……また、須藤の息子殿か」
「そして2つ。「須藤与一」に危機が迫っていると」
「……それは、須藤殿。妾の、易占が、誤りだと?」
――日輪の放つ威圧が強まっていく。
彼女は、「あり得ない」と暗に伝えているにすぎない。
そう、本来ではあり得ない。
宮内庁で彼女が占うという事実が、確定した未来の予言に過ぎないのだ。
「日輪様。易占は間違っていません。最低でも今年は、彼女以外の出来事には巻き込まれることはないだろうし、トラブルも起きず。敵の姿が一切見えない。……。これらを全てクリアしたうえで、巻き込まれていると言えます」
老人が得心する。
「成るほど。つまり今、特異点「須藤与一」は彼女がらみで巻き込まれており、それを誰もトラブルだと認知せず発生したとも思わず、一切敵も姿を現さず、事件が起きると」
「はい。それであれば、全て解決します。--敵は、姿が見えません。認識できません。そして、……知ってもいけません」
「馬鹿な。どう解決しろというのだ」
日輪が力なく座り込む。
「……それでも、息子ならと思ってしまうのです。息子であれば。あの子の特異な星の巡りであれば……。救いは、あるのではないかと」
「ふむ。……おや?」
老人が本のページを指でなぞる。
「なるほど。どうやら賀茂家が発見した勘解由小路在信の遺言状が解読されたようです。内容をお伝えしますゆえ、平にご容赦を」
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【この遺言状を読んでいるということは、まぁ。
俺は死んでいるのだろうな。
やぁ500年後の陰陽師諸君。
俺は勘解由小路修理大夫在信と申す者。
もう50近くのおっさんだ。
え? ツッコミどころが満載だって?
まぁ読んでくれ。
俺だって大した陰陽師じゃないがそれでも――】
「何書いてるんです!ご主人!」
「……はぁ。ポン助。お前な。手紙を書いているときぐらい、静かにしてくれよ。式神の癖におしゃべりなんだから」
「何をそんな! 3日後の調伏がそんなに怖いんですか! いつものように、お腹をぽんと叩けば解決ですよ!」
「狸の癖に生意気なやつだよ全く。ほれ、ちょっと静かにしておくれ。外で遊んでくると良い」
「へへ。じゃあチョットダケ」
「ふん、家で侍るのに疲れたと素直に申せばいいものを。……。さて」
【いや、謙遜せずはっきりと書いておこう。
俺は天才だった。
親父殿がキリシタンとなり天文を学んだことにより、暦学の冴えが増したのか、天運が授かったのかはいざ知らず。
ただ俺は、星を読むことで……そっちの言葉でいうところの未来予知ができた。
3日後、俺は死ぬ。
それはまぁ、無様に死ぬ。
勘解由小路家の尖兵30名。
陰陽庁の伝手を使い天才を3名、秀才を10名、凡夫だが使える陰陽師を30名。
式神100。
俺に長年仕えてくれたポン助。
みんな死ぬ。
かろうじて俺が生きる可能性はあるにはあるらしい。
だが、あくまでかろうじてだ。大体の確率で死ぬ。
賭けてみないことには分からない。だが賭けても死ぬと思う。そう予知できるからだ。
さて。お前は俺の別荘に今いるはずだ。
地下室のナニカをどうにかしたくて必死かもしれない。
だが、諦めろ。
知ったなら死んでくれ。
少なくとも、俺は死ぬ予定だ。
俺が必死になって隠したものを暴いたんだ。それくらい許せ。
ことのきっかけは、どっかの馬鹿が村一つを犠牲に怪異を生み出し、実験し続け、怪異を生み出したバカも犠牲になって、村にやばいやつが巣食ったことだ。
だから倒しに行く。そして死ぬ。それ以上の情報はない。
……いや、状況によってはこの説明だけでもアウトだろうか。
最悪だな。まぁ、どうでもいいか。
結界を解かれてしまった時点で、正直もう終わりだ。
最後までクソみたいな人生だったと証明されただけだった。
――ただ、一つだけ希望がある。
か細い、か細い、たった一つの希望だ。
星を見て理解した。
俺は死ぬし、結界はどうせ解かれる。
500年後に解かれる。お前らが解くと思う。
だが、希望はある。
もし、お前らに心当たりのある人間がいるのなら。
もし、お前らに頼れる陰陽師がいるのなら。
そいつ一人に全て委ねろ。
二者択一ってやつだ。
そいつの総取りか、世界が滅ぶだけだ。
そいつ以外知るな。
そいつ以外それを見るな。
覚えるな。話すな。
それだけだ。
じゃっ! 500年後の俺以下の雑魚陰陽師ども。
御達者で】
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かくして異界は開かれた。
この異界の名をば【幻想原野夕暮れに落ちる】である。
少女の声が聞こえる。
少女の姿は見えない。
「『あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ けをのばせ』」
ふふ、と笑い声が聞こえた。
「あっ、あな、貴方だけが、知っている」
そう、俺は知っていた。
そうだった。俺は知っていたのだ。
気付いてなかった。
そうだ。
当たり前だ。
俺は知っているのだから、こうなって当たり前だった。
――SCP-444-JP。
にんしきのとり。
知っているだけで、意識の世界に入り込み、幻覚で人を殺す怪異。