【ひとこいし ■■■■■■■】事件 7
「学校祭の売り上げ1位、1年2組の「宝探し」「屋台たこ焼き」に決定でーす! おめでとー!」
「「「「うおおおおおおおおおおおお」」」」
学校祭は無事に終わった。
……この後は後夜祭だ。グラウンドに設置された特設ステージで発表があって、ずっと有志のバンドの演奏とかがプログラムとして残っている。マイムマイムもするのかな。その後に閉会式か。
みんな特設ステージでバンドの演奏を聴くために群がっている。
「行かないのですか?」
「え? あぁひとみ」
後ろの方でぼーっとしていると、ひとみが話しかけてくる。
「いや、なんかさ。気になることがあって」
「……。お人好しなこと。……まぁいいでしょう。初めての学校祭、感じは掴めましたし、来年は一緒に回りましょうね」
「あぁ、いいぜ」
「……指切りげんまん。約束ですよ? 女の約束は往々にして重たいもの。耐えられますか?」
「え、じゃあやだ……」
「いけず……。はぁ。しょうがないですね。与一さん。私ですね、釣りというものがやってみたいです」
「え、釣り? ……魚釣り? なんで? 珍しいな、釣りしたいだなんて」
「えぇえぇ。釣りです。餌をぶらつかせて引っ掛かるさまを見てみたいのです」
彼女は埃を払うように、俺の肩を撫でた。
「……ご武運を」
「え?」
そう言って、彼女は特設ステージの方に向かっていった。
なんだったんだろう、一体。
バンドの演奏が始まった時、ちりん、と風鈴の音が聞こえた気がした。
俺が振り返ると、キャンプファイアの火に照らされるように、彼女は立っていた。
「……浅木さん?」
「……はは、どうも」
どこか焦燥した彼女。
無理もない。最近会ってなかったのだ。
食事も、飲み物も、口に入れていなかったのではないだろうか。
「大丈夫か? 飯食うか?」
「……。は、はは。や、やめ、やめてくださいよ……。本当に、よくないですよ」
俺は、何か違和感を覚えた。
彼女の口元が、やけにてらてらと輝いているように見えたのだ。
「ひ、ひどいですよね。わ、私のこ、ことどうやって気付いたのか、わか、分からないですけど、あ、あの、あのし、死穢れを振りまいて……私を、遠ざけさせようと……やら、やられま、したよね。まさ、まさか効くとおも、思わず」
「……浅木さん……?」
涎だ。
たらっと、白銀の糸が口から、垂れたのだ。
「……本当に、ひどい……。貴方だけが、貴方だけが、私の光だったのに。もう、こ、こんなこと、するつもり、なか、なかったのに。し、死ぬなら、死ぬで、よか、良かったのに、あんな、あんな、見せつけて、あの、あの人が、いなければ、あの人がいなければ、全部、全部なんとか、なったのに」
彼女の乱れた金髪が、揺れる。
目が、獲物を狩るような輝きをしていた。
「あ、浅木さん? あの、一体何が……」
「おーい須藤ー! そんなところで何してるんだー!」
「なにしてんのー」
「独りぼっちかーお前w」
「せ、先輩?」
わらわらと仲のいい先輩たちがやってきた。
そうか、傍から見たら一人でキャンプファイアで突っ立ってるんだ。そりゃ声もかける。
「い、いやその」
「あー! 分かったよ! 女の子待ってるんでしょ! ここで告白してオッケー貰ったら末永く結ばれるみたいなやつ!」
「うわー女の子待ちかよーくたばれw」
「……。っ! おいあれ!」
先輩の一人が、指をさした。
真っ暗なところから、火に向かって歩いてきたのだ。
パーカーのフードを深くかぶった、少女が。
「お、お前!」
先輩たちがその人を見て驚く。
「……来たのか」
「……うん」
フードを脱いだ彼女は、金髪だった。
「浅木! お前、学校来たのか!」
「えっ」
俺の声を無視するように、彼女、浅木夢は先輩たちに話しかける。
「……、私、ずっと後悔してた。私が、余計なことしなければ……去年みんなでもっと、もっと楽しく学校祭送れると思った……。全部、全部自分が悪かったって、やっと気づけたの……。みんなが、連絡くれたから、やっと、受け入れられた……っ。ごめんなさい……っ、ごめんなさいみんなぁっ! 私なんかいなければ、皆で楽しくできたのにっ、私が、皆の思い出を壊しちゃって……」
「……1年間か」
「っ」
「スゲー長い時間だったな。俺めっちゃお前にキレてたよ。なんか勝手に空回ってさ、勝手に引きこもって。俺たち何も悪くねーのに悪者みたいだった。……でも、聞いたよ。大好きなおばあちゃんとか、大切なペットの不幸が重なって、色々崩れてたんだなって」
「……でも、私が悪くて」
「--今にしてみればさ。俺たちも何かできたかもしれないのにな。ごめんな浅木」
「違うの、全部、全部私が……」
「もういいじゃんね! ほら今日くらいは後夜祭盛り上がろうよ! んでさ、終わった後に、ファミレスとかでさ。……教えてよ。色んな事。今までの事、これからの事」
「うん、うんっ……ごめんなさい、ごめんなさい……っ。ありがとうぅ……」
こうして浅木夢の不登校は終わった。
時間が解決した悩みも、これから3年生たちは共有して……この瞬間の結束を強めるのだろう。
まだ反感はあるかもしれない。
まだ反発はあるかもしれない。
それでも。
未来はまだ、明るいままなのだから――。
ぱちっ、キャンプファイアから火花が弾ける。
俺は、ゆっくりと、火の方向に振り向いた。
”彼女”は、まだそこにいる。
顔を俯かせて、ゆらゆらと、佇んでいる。
ぽたり、ぽたり。
涎が落ちた。
星は輝き、夜が更けていく。
三日月が少しだけ雲隠れ。
燃え盛る炎は、まるでこの世界の中心で地球を照らすようだった。
「--、お前、誰だ?」
やっと出た声は、乾ききった喉を更に絞ったような音だった。
「……。ひ、ひひ、はは」
それに比べて、彼女は苦しそうで、楽しそうだった。
「ば、ばれ、ばれちゃった。あっ、あっだめ、だめ、どもっちゃう、き、緊張、緊張しちゃって、へへ、ふっ、ばれ、ん、ばれちゃった……。で、っでも勘違い、勘違いしたのそっちだから、だか、だからしょうがない。うん、しょうがない」
「……」
「--、あ、貴方は、私の、光。貴方だけが、あっ、貴方だけが、私を知ってる。貴方だけが、私を覚えてる。貴方だけが……、私を受け入れない。貴方だけが、私の希望。貴方だけが、……私の、愛」
「答えろ。お前は、お前は誰なんだ」
「ひひ、ははは。あははははははははは!」
彼女から、呪力が放出される。
そして、気付けば。
【花が咲いていた】
グラウンドに、花が。
花の名前は……ストレリチア・レギナエ。
和名は、極楽鳥花。
良く目立つオレンジの外花と、青色の内花が、色鮮やかに咲き誇る。
そして。
――その花は、俺以外知覚していない。
誰も花が咲いたことに気が付いてない。
誰も異常に気付いていない。
俺だけが。
俺だけがこの現象を知覚している。
世界が異界化していく。
でも誰も気が付かない。
俺だけが、俺だけが。
そして、”彼女”が口を開く。
「『■■■■ ■■■ ■■■■■ ■■■■ ■■■ ■■■■■』」
「っ、おい、おいっっっ!!!! なんで、その言葉はっっっ!!?!? ふ、ふざけるな……ふざけるなよ!!!!!!!! なんで、どうして!?!???」
――やっと俺は、そこで気が付けた。
彼女の正体。
原作ゲームに存在しなかった、設定。
原作ゲームに登場しなかった、彼女の出で立ち。
彼女そのものが……。
怪異であること。
彼女の正体は、純然たる化け物であり、人間ではないこと。
――俺だけが、今彼女を知っている唯一の存在であることを。