【ひとこいし ■■■■■■■】事件 6
「お待たせ、待った?」
「はひぃ……」
溜息のような噛み方をして、彼女は部室でおそるおそる待っていた。
「よっしゃ行こうぜ。ざっくり買い物しよう」
「は、……はいっ」
彼女は俺の後ろをなぞるように、足跡をたどる様についてくる。
俺が触った場所だけが、壊れない世界と安心したように。
「あそこのバーガー美味いんだぜー。特にチキンバーガーが美味いんだ」
「へぇ……。あんなのもあるんですね」
「あそこはたい焼き」
「魚が……鉄板に……」
「あれは寿司」
「寿司も進化してるんですねぇ」
「あそこはバーガーショップ。チキンバーガーが美味いんだ」
「へぇ。ん? はぁ。へぇ……?」
「おっ、あそこのファミレス飲み放題がかなり今安いんだぜ学生料金。みんなあそこに行くんだ」
「えーいいですね」
「あそこはニッチにかまぼこ屋」
「かまぼこ……」
「あそこはタピオカが美味いんだ」
「タピオカ……」
「あれがバーガーショップ。チキンバーガーが美味いんだ」
「多いですねバーガー!!!!! なんかもう、バーガー競合しすぎでは!?!? しかも全部チキンバーガーが推しって、その、なんでですか!? チキンに恨みでもあるんですか!!?」
「俺にも分からない。あ。あれ見てくれ」
「え?」
「バーガーだ。チキンバーガーが美味い」
「4件目!?!?!?!? いやもうこれ、選んだメニューの食が偏っているだけでは!?」
「そんなことはないぞ。ほら、あそこは洋食屋」
「え、雰囲気が良いですね」
「あぁ。オススメはチキンバーガーだ」
「チキンばっか!!!!! 鳥に、鳥に優しくしましょうよ!!」
「ある程度買い物終わったし、買い食いもして楽しいもんだなぁ」
「は、はい……。その、あ、ありっ、がとう、ござ」
「いいよいいよ。楽しければさ」
軽い荷物だけ彼女に持たせて、それ以外は全部持っていく。
「お、ペットショップだ。行ってみるか? チキンバーガーのおいしさの秘訣が見れるぜ」
「と、とさつ……」
「まぁ冗談だけどさ。普通に色んなもの見れるんだよここ。冷やかしがてら見てみようぜ。ここ見学のみオッケーなんだよ」
「犬とか猫とかもそうだし、いろんなタイプの動物がいるんだぜ」
「……そう、なんですねー」
「見たい動物とかいる?」
「え? あ、じゃあ……。なんか、気になっちゃうので鳥とか見られますか?」
「鳥はこっちよ。ほら、インコとかいる」
インコが鳴く。
「ギョエー! ブケショハット!! ブケショハット!!」
「おい店員よぉ!!! 暇だからって変な言葉覚えさすなー!!!!」
「くっ、バレたか……」
逃げだす店員。
ふらっと籠の陰から誰かが出てくる。
「やるじゃないか。だが忘れるな。我らバードウォッチング研究会は、お前らをいつでも見ている」
「いや誰だよ」
「お前らもいずれ、あのお方……。セキセイインコのたかし様と出会うことになるだろう」
「おいたかしまたいるのかよ」
「別界隈ではチンアナゴマスターのたかしと呼ばれた男……」
「いや前のやつぅ~~~~」
「去らばだ!」
こうして店に誰もいなくなった。
「な、なんだったんだ一体」
「さぁ……。……」
鳥かごにいるインコを見つめて、彼女は呟いた。
「――羨ましい」
その気持ちを、俺は理解することができなかった。
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■■県、某所。
場所、特徴、形状等の詳細説明は、陰陽庁及び五星局、または内閣府により禁止通達あり。
時は江戸時代に生まれたとされるこの施設、五代屋敷、賀茂家の流れを継ぐ宗家「勘解由小路家」の隠し結界が施され発見が500年遅れたとされる。
500年越しの結界は既に破損しており、賀茂家当主「賀茂ヨハネ在人」は部下を引き連れ施設の中に入っていった。
賀茂家当主にしてキリシタンの彼は、異教の宗派も学び陰陽への知識、経験、何より暦についての学びが深く、齢45という若さで当主という伏魔殿の主人となった。
「……妙ですね。何も無い。いや、……何も無かったと言われているような違和感があります。何か! 何かありませんか!」
賀茂ヨハネ在人がそう叫ぶと、部下の一人が声を上げる。
「当主! 紙が1枚、血痕が付着した状態で発見されました! また破壊された地下へ通じる道が」
「本当か。では地下に行きましょう。紙は研究班に渡してください」
この日の部下の編成は17名。施設フロアは主に■■■■で形成されており、家屋の素材は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
「では、地下へ進みます!」
作戦開始から15分経過。
時刻13:25。
地下へ進む。
「なにも、ない?」
賀茂ヨハネ在人はいぶかしげに地下に入る。
地下室は、一つだけ牢があり、手錠が壁に付けられている。
手錠は破壊され、牢は突き破られていた。
ここに何かがいて、何かが……。
「当主様。どうやらこの家屋、勘解由小路家が最後の当主、勘解由小路在信様のものらしく。先ほどの紙にその名前が記入されておりました」
「何ッッッ!?」
当主が吼える。
勘解由小路在信。
その名は、江戸時代初期の陰陽師の名である。
……或いは、最後の勘解由小路家の名前の持ち主と言うべきか。
「はい、そう書かれております。そして、決してこの家屋を調べるなと」
「……? ……、全員、いったん引き返しましょう!」
「良いのですか?」
「……。えぇ。何か、その。嫌な予感がするのです。本当に、嫌な予感が。……。須藤頼重様にご相談してみましょう。何かわかるやも」
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花火が何発も上がる。
爆ぜた音だけが聞こえて、白い煙だけが残った。
「それではこれより~! 第77回弥勒高学校祭を、開催します! 今年のテーマは「はなまる満点!~みんなで繋げる一つの和 びっくりするほどユートピア~ 生徒一同、一丸となって盛り上げます!」
「生徒一同でユートピア盛り上げるみたいになってんじゃねぇか!?」
俺のツッコミと裏腹に普通に進行されていく。
遂に学校祭が始まった。
もう9月も終わりになり、今日で10月になる。
「……いねぇなぁ」
周囲を見渡しても、浅木夢はいなかった。
鳥かごの鳥を見てから、次の日には彼女はいなかった。
入れ替わるように、また家にひとみが来るようになった。
また瞬間移動してしまったのだろうか。
……彼女は、助けられないのだろうか。
なんとなく、せつない気持ちになった。
ニッソが絡んでいる時点で事態は複雑であることは分かっていた。
俺が出来ることはなんだろう。
結局分からなかったな。
先輩たちにお願いした浅木さんへの連絡も、どこまで上手くいったか。
もし、もしだ。
淡い期待を持っていいのであれば。
――気付いた時にはもう全て終わっていて、全て解決していればいいのにと思った。
午前中の前半にたこ焼きを作り続けた後、クラスの方に行ってみる。
「ここか宝探し。……お」
教室の前で看板を持って客引きをしているひとみがいた。
「お疲れ。どう? 客入り」
「お疲れ様ですわ。……そう、ですね。中の様子でも見ればいいと思いますわ」
「? おう」
言われるがまま教室に入ってみると、そこには……。
「うおおおおおおおおおおおお学校のマドンナ小笠原ひとみのオフショットはどこにあるんだよぉおおおおおおおお!」
「握手券、握手券があれば戦えるんだ……握手券さえあればぁ!!!」
「へへ、へへ。こ、この教室で、ひとみたそは、すぅーーーーーー、ごふっごふっ」
「なんか地獄絵図みたいになってるぅううううう!?」
しかもよく見たら……おい同級生たちが全力出してやがる!?
んでクラスの女子がドン引きしながらちょっと遠ざかってるじゃねぇか!!!?
「お、おいどうなってるんだ? なんかアイドル商法始まってないうちのクラス!?」
ひとみが死んだ目のまま鼻で笑った。
「売上、今学校1位ですわ。私のグッズ宝探し1回1000円で実際に握手券オフショットなどは置かず参加証の缶バッヂを配るのみの違法ショップですわ」
「おいいいいいいいいいいいいい同人ギャルゲみたいな法律と倫理観と常識を無視するタイプの尖ったイベントやめろぉおおおお!!」
これ許されてるんですか??
許されませんよね!?
ん? あれ?
教頭……? 何故あなたがそこに……、ん?
「与一さん」
「あ、あはいなんでしょうひとみさん」
ひとみが俺に微笑む。
「死穢れの影響でしょう。力の扱い方が最近分かって、定期的に除去してはいるものの……死に近づくものはみな私に惹かれるようなんです。五星局の人たちは距離も取ってたし、ちゃんと祓えてたから気付かなかったです。気付けばクラスメイトのみなさんはこんな感じに壊れてしまいました」
「え、あー。なるほど? 自動的に魅了されてくのか耐性がないと」
俺は色々あって精神に効く呪術は耐性があるし、呪いも効かないから感じたことがなかったけど、そっか。まさかそんなことがあるとは。
「ねぇ。与一さん」
何か諦めたように、目をそらした。
「こんな私とちゃんとお話しできて、遊んでくれて、……対等に接してくれる人間の友達、貴方だけなんですよ」
「……」
「あ、そうそう」
突如、俺の右耳に拳がかすめる。
ひとみが、……立ち上がって俺を攻撃した!?
「うおっ!? な、なんだなんだ!?」
「……、……難しいですね。いるのは分かっているんですが。まぁ、与一さんだからしょうがないのでしょう」
「え、え?」
「ふふ。与一さん。私、貴方の事離しませんわよ? ふふふ」
「な、何の話してるんだよ……」
「いえいえ。今日が山場でしょうから。あぁ、疲れてしまいました。ぎゅー」
ひとみが俺を抱きしめる。
「お、おいこんな、やめとけって」
「ふふふ、ぎゅー」
「マジやめ、おい馬鹿マジ人来るからやめろって」
「ふわぁ」
「寝るな寝るな寝るな!?!?! おいマジで見られるから……あっ」
目が合った。
アイツは、新聞部を切り盛りする女部長、学校ゴシップマスターの佐竹先輩!?
将来はルポライターになるとかいって週刊文●みたいな記事しか書かないヤバい人!?!?
かしゃ。
シャッター音が切られた。
「消せぇえええええええええええ!!!!!!」
「きゃあああああ謎の転校生と婚姻関係を結んでる疑惑の夫婦の契りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!! スクゥウウウウウウウウウウウウプ!!!!」
「マジで記事にするじゃんやめろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
追いかけようとするが、ひとみは離さない。
「あら、先輩良い写真を。後でくださいね。今ぷれびゅうは見られますか?」
「え? いいよー」
「おいマジで外堀から攻めるタイプのやつやめろ!?!?」
ぬるっと彼女は佐竹先輩のデジカメで写真を見せてもらっている。
クソ、俺だけが心を乱される。
「ふふ、ふふふ。映ってますね」
「うんうん、もうラブラブって感じ」
「えぇえぇ。よく見えますわ。映らずとも分かります。恋しくて恋しくて、でも近づけないと涙を流すような女の情念の呪いが」
「え、この写真から一体何を読み取ったの」
ひとみだけが、ちょっぴり悪い顔で何かを企んでいた。
「いえいえ。……ふふ、ふふふ」