【ひとこいし ■■■■■■■】事件 5
賀茂ヨハネ在人が荷物をまとめていると、彼の娘がにじり寄ってきた。
父たる在人は呆れたように笑った。
「全く、何処から嗅ぎつけてくるのやら。よく気付きましたね」
「別にー♡ パパが極秘の任務に行く時誰にも言わないの知ってるけどさー♡ 少しはほのめかせ♡ お母様泣いちゃう♡」
「はっはっは。まぁ許してくれ。……そうだな。お前にだけは伝えておくか。実はな、■■県にかつて賀茂家の流れを汲む家屋が発見されたのだ。賀茂の封印が施されていて、解除せねばいけないんだよ」
「……それ、危なくない?♡」
「はは。賀茂家の精鋭を連れて行くから大丈夫だよ。それよりも、須藤くんとは仲良くなれたかい? モニカは素直になれないから心配だよ」
「べ、別にそれ関係ないじゃん♡ もういい♡ さっさと任務行っちゃえ♡ ざこパパ♡」
「ははは。じゃあ、行ってくるよ。朝の東京メトロは、混んでいないと良いけれど」
そう言って、彼は手提げかばんを持って、ゆったりと歩いて行った。
その背中に賀茂家の歴史を感じもするし、どうしてだろう。賀茂ヨハネ在人の娘、賀茂モニカは、どうしてか……。
父ともう会えないような錯覚を覚えて、寂しくなった。
「……。与一……♡」
理由はなかったが、彼の名前をどうしても呟きたくなった。
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「いただきまーす」
「い、いただきゅぃ、ましゅ!」
彼女を泊めてから初めての食事。
渡した箸を使って、彼女が米を取ろうとする。
久々に使ったからか、箸を上手く使えず、米を掴めない。
難しいのかなと思い、スプーンを渡した。
ところが、スプーンを渡したものの、米をスプーンで掬えないのだ。
「こ、こりゃ難題だな」
「……そう、ですね」
「……これならどうだ? ほれ、あーん」
「え、ぇぇえっ!?」
「俺が渡したものなら食べられるんだろ? 試してみようぜ」
「…………、あむ」
俺がスプーンでよそった米を、彼女は小さく食んだ。
「…………。あむ、ごくん、あ、っあっつぃ……」
「あ、熱すぎたか!? 大丈夫か?」
「……、あった、かい……、熱い、あったかいんです……、口の、中が……、あったかくて……」
ぽろぽろと涙をこぼす彼女に、俺は何度もスプーンで食事を掬って、食べさせる。
本当に、食事を食べられてなかったのだろう。
少ない量で、おなか一杯になってくれた。
……、そうだ。
俺は思いついたように、学校でたこ焼きの試作を作るとごまかして、適当に6つ作ってみることにする。
周囲に人はいるが、近くにいないし、普通に浅木さんと会話することにした。
「よーし。作るぞたこ焼き」
「……たこ、やき?」
「? 食べたことない? もしかして浅木さんってファーストフードとか食べない?」
「い、いえっ、その、……、はい、食べたことないです」
「熱いからふーふーしないとなぁ。マジでたこ焼き美味しいぞぉ。ソースとかマヨネーズとかいっぱいつけてさー。青のりとか鰹節とか乗せてさ」
「……」
「へへ、これはコツなんだけどな? 生地にちょっと昆布茶の粉を入れると美味いんだよ。これはガチ。ソースとマヨ苦手なら、ポン酢、これも良いぜ。よし出来た。ソースどうする?」
「……、え、っと。……。?」
「よーしなら3個普通のやつ作って、3つはポン酢だ!」
「……そんなに食べられるか、ちょっぴり、不安ですね」
「はは。余ったら俺食うよ。はい、あーん」
「……、あぁーん、うわっちゅ、ほふ、ほふ、あふ」
「わっはっはっは! すげー熱がるじゃん。ちょっと中開けて冷ましとくか。ポン酢かけたら熱も冷めるかなこれ。ほれ。あーん」
「あふっ、ちょ、まっ、あふ、はふっ、んぐ、あむ、……、おい、しい……」
「良かったぜ。これ当日粉薄めて6個で600円という暴利で販売するからな。死ぬほど予算余るから打ち上げはファミレスで豪遊だぜぇ」
「……おいしい、ですね」
「あぁ! もうウハウハで……」
「……っ、おい、しい……です……」
また、彼女は泣いた。
泣き虫だなぁと、俺は脱力した。
「ほれ、もう一個くらい食っとけって」
またたこ焼きを爪楊枝で刺すと、後ろから声が聞こえた。
「あら、与一さん。一人でタコパしてるんですか? ぷんぷん」
「この声はぷんぷんモードの小笠原ひとみっ!?」
勢いよく振り返ると、ぷんぷんしているひとみがいた。
「酷いです。何日も私を放置した挙句、一人でたこ焼きを楽しむなんて。ボッチですか? ボッチなんですか? 一人タコパは社会人以外やらないと担任の先生が言ってました。孤独ですか? 孤独ですね? さぁ、私の気持ちを伺いつつ棘の無い思いやりのある言葉で謝罪しそのたこ焼きを私に献上する権利を与えましょう。さぁどうぞ、はりーあっぷ!」
「くっ、面倒くさい……っ、いや俺はたこ焼きを、……。あれ?」
いつの間にか、浅木はいなくなっていた。
「あるぇ?」
そういえば、たまに瞬間移動するって言ってたけど……。タイミング重なったのか?
「与一さん?」
「え、あぁ、おう。……まぁ、しゃーねぇか。食う?」
「……、腑に落ちませんが、まぁ頂きましょう」
「へへ、意外と美味いぞぉ俺のたこ焼き。なにせ生地に昆布茶の粉末をだなぁ」
「生地に昆布茶の粉末を使って美味しくなるはずがありません。ちょっと私より料理が上手だからと言ってだましては、わーおいひー!! なにこれーおいひー!!」
「幼児化すな」
やれやれと思いながら残ったたこ焼きをほおばる彼女。
そしておもむろに。
彼女は振り向きざまに戦闘態勢を取った。
「……、え、え? あの、ひとみ?」
「……、……。ふぅ。いえ、なんでも。殺気を感じまして。ふふ、貴方と二人きりでいることが原因でしょうか? 与一さんは少々人気が過ぎます」
「は、はぁ? なんだよ人気って。俺は普通のコーコーセーだぜ?」
「……ふっ。まぁ、普通、ふっ。そういうことにして差し上げましょう。学校祭終わりのキャンプファイア前で告白したら長続きするらしいですよ。行列を作らないことを祈りますわ」
「まさか。イケメン限定のイベントだろそれw」
「ふふふ……。……」
「わはは」
あはは、と笑い声が屋台エリアで響く。
――その時の俺は気付いていなかったが、小笠原ひとみだけは気が付いていた。
今もなお、手は出さないものの、殺気を感じており。
【餓者髑髏の花嫁】が戦闘態勢を取らなければいけないほどの、明確な殺害イメージが、伝わってきたということを。
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「あれ?」
「あはは……。ごめんなさい、途中でいなくなってしまって。ちょっと、その、ハワイに」
「ハワイに!?!??!」
すごいぞ瞬間移動。本気でヤバい能力だった。
これ、最悪海に入ってしまったらヤバいだろ。対処してあげないと本当に危ないのでは。
いつの間にか俺の部屋にいた彼女は、体育座りで俺の帰還を待っていた。
……癖なのだろうか。電気を付けなかったのは、おそらく今まで電源に触れられなかった生活を送っていなかったからだろう。
こじんまりと、ただただ座っているのは、かわいそうだった。
「でも、良いんです。いつものことですから」
「……、そうか。……。あ、そうだ。なぁ浅木さん。今度買い出し行くんだけどさ、手伝ってくれないか?」
「え? いや、でも、私」
「俺の荷物ちょっとだけ持ってくれると嬉しいんだ。ちょっと買い食いしながらさ。……、ダメかな?」
「……。……。あの、いっ、行き、行きたい、でふ」
「よっしゃ。じゃあ明日の放課後だから頼むぜ。ひとみにバレても面倒くさいからこっそりな」
「はい。……あの、ひとみさんとは」
「ん? あぁ、普通に友人だよ」
「そう、で、すか。そうなん、ですね」
「あぁ!」
そういえば。
部屋を暗くして眠ろうとすると、誰かが見ているような錯覚ってあるよな。
なんだか視線を感じるような気がして、目を開けても誰もいなくて。
小さい頃からずっとそういう感覚があるのは、やっぱり「暗いは怖い」というやつなのだろうか。
俺は目を開ける。
やはり誰も見ていない。
再び目を開ける。
……、……、ん?
なんだ?
壁の方から視線を感じ……っ。
おい。
ひとみ。
お前まさか……。
”視ている”のか?
呪力を全開にして、壁を透視せんと見ているのか?
おいおま、おいっ!!!!!
おいっっっ!!!!!!!!
プライバシー!!!!!!!
プライバシー知ってるかぁ!?!?
くっそ、面倒くさい!!!
浅木さんのこと見られ、いや、バレてないのか。
彼女は、見えないのだから。
……でも小笠原ひとみならば、女の気配があればすぐに気づくような気がする。
教室の女子と話すだけで突然ぷんぷんモードに入る彼女だ。
もしかしたら、見えるのかもしれない。
今度聞いてみようか。
……。
浅木さんを、どうやったら助けられるのか。
……。
分からん。
そういえば瞬間移動ってどういう原理なんだ?
めっちゃ光速で移動? そんな感じじゃなさそうだし。
……。存在が不確定になっているから、何処にでもいる可能性がでてくるとか?
量子もつれとか、シュレディンガーの猫箱とか、そういう感じか?
あり得そうだ。
存在不確定者みたいな、そういうのも前世で読んだ作品にもいた気がする。
……、試してみるか?
解決に向けて、なんとか動いてみよう。
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3年生の教室に行って、仲のいい先輩に話しかけた。
「先輩先輩、浅木夢さんって知ってます?」
「え? あぁ、……知ってるけど、なんでだ?」
「なんか風のうわさでめっちゃ困ってるって聞いて」
「そうか……。あの子も可哀そうだよ。2年生の時だけど、学校祭の時期になぁ……。確か、そう演劇だ。クラスの出し物で演劇をやるつもりだったんだけど、空回りしちゃってね……。最初は友達と揉めただけだったんだよ。でも想像以上に喧嘩が燃え上がっちゃってね。……彼女も悪い点があって、余計にさ」
「えー。あいつマジでうざかった。みんなで協力とか言いながらさ、自分のやること相談しなかったんだよ。だからちぐはぐしていってさ。ごめんの一言があったらさ、私たちも納得したんだけどよー」
他の先輩たちも混ざってくる。
……よし。
「浅木さんと和解できないですかね」
「いやあいつ謝らないし……」
「謝ってくれるなら全然謝るけど……」
俺はぺらぺらと口を回す。
「ラインとか入れて、久々に連絡とってみては? それで学校祭とか呼んで、和解とかできたらいいですよね」
「でも今更なー」
「まぁ、ネタでも入れてみっか。ずっと不登校ってのもなー。全員理由知らんし」
「お前ら」
もし、浅木夢という少女の存在が不確定状態であるのならば、くびきを打ってやればいいのだ。
この事態が好転するかしないかは分からないが、誰かが近況を聞いたりしていけば、彼女の存在を多くの人が認めていくことで透明化現象は止まるかもしれない。
そんな淡い希望を持って、とりあえず動くのだった。