【ひとこいし ■■■■■■■】事件 4
おっす。俺、与一。
あれから1週間くらい経って、9月も中盤戦を迎えたところだ。
屋台の準備で看板を用意したり、期末テストでひぃひぃ言ってる俺だが、まぁなんとか強く生きている。
ここ最近で面白かったのはやはりあれだろう。
絶対粛清を掲げる風紀委員長とちょっとだけ魔がさして授業中に早弁(3個)した生徒会長との激闘だったが……この話はまた今度語ろうと思う。
俺は例によって部活棟に行き、倉庫へ道具を返却しに行った時の事だ。
彼女がいたのだ。
俺が探しても見つからなかった、あの日服を脱がされていた彼女が。
あっけなく、簡単に。
倉庫を後にしたとき、どうしても気になってあの日出会った部室の扉を開けたら、ちょこんと椅子に座っていたのだ。学校の制服を着て、普通に。
「えっと、浅木夢、さん? 3年生の先輩、ですか?」
そう尋ねると、少し困ったように、彼女は無言でうなずいた。
「あの、あの後って大丈夫でしたか? その、服とか……」
彼女は、少し顔を真っ赤にして、手で顔を覆って隠した。
流石に俺が不躾だった。
「……ぁの、ぇ、と」
彼女が、小さくか細い声で俺に何か言いたげにしていたから。
どうしてか気になってしまい、彼女の近くに寄って話を聞こうとしてしまった。
「……ぁ、ぇ、ぅ、ぅ、ぁ……、ぉの、ぇと、じゃ、ジャージッッッ!!!」
鼓膜が破れた(体感)。
「ぐおおおおおお」
「ぁ、ごめんぁ、ぁいっ、その、ひとと、話すの……、ひっ、ひさし、ぶりで、ぁ、ぁまり、なれてなくて、き、きんっ、ちょぉでぇ……ども、どもっちゃって」
「ぐぅ、いや良いけどよぉ……替えの鼓膜があって良かったぜ」
「こ、鼓膜って替えがっ!?」
ないけど。
「……じつ、ぁ……その……。こま、こまって、る、んです。わ、わた、っ、私、……、あ、あわ、わ、なきゃ……いけない……、人が、いて……、でも、あっ、会えるか、ふ、不安で」
「うん」
「……はなしを、きっ、聞いてもら、もらえますか?」
「おぅいいぜ!」
なんだ。困ってたのか。
そうならそうと言ってくれれば。
安心してほしい。教師にチクるのは誰よりもうまい自信があるぜ。
親指を立てて返事をしたときに、後ろから声が聞こえた。
「ん? おーいそこ使用してない部室だけどー! なんかあったかー!」
「あ、いやこの子の相談に」
上級生らしき人間が歩いてきて、部室に入ってきた。
「? 誰もいないだろ」
「え?」
俺は急いで振り返る。
いや、彼女はいた。
「変なこと言ってないで、早く出ろよー」
「え、え? あ、はい……」
俺はどういうことかと彼女と目を合わせた。
彼女は幽鬼のようにゆらりと、色白で青ざめたような表情で、俺に語った。
「……私、透明人間なんです」
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「ここが俺の部屋。まぁ適当にくつろいでくれ」
「……ここが」
彼女はぺたんと座布団に座る。
ゆっくり話を聞くにはここが一番だ。
最近ぷんぷんモードになったひとみは部屋で俺への恨みをぶつぶつ呟いては呪っている。
まぁあと3日は部屋に来ないだろう。何も問題ない。
「それで、浅木さん。なんで透明人間なんかに? ……2年生の不登校からどうして?」
「……えっと、そうですね……、その、えっと。……。気付いたら、その、瞬間移動? っていうんですか? 訳も分からず、そしたら、急に誰からも認識されなくて。……あっ、貴方、だけが、わた、私を見つけ、てくれたんです」
浅木という少女は、緊張するとドモってしまう性格らしく、震えていた。
「なんで俺だけが見えるんだ……? 呪いが掛かってる……、いやじゃあなんで俺だけ気付けて……」
「……実は、その。わ、私。本当は何も触れられないんです」
「……? 触れられないって?」
「はい、透明になってから、壁も通り抜けて、……食べ物も飲み物も、掴めなかったんです」
「えっ!?」
それは、かなり、いや本当にヤバいじゃないか。
「ずっとのどが渇いて、おなかがすいて、……色々と、諦めてて。でも、……こっ、この前、飲み物……、触れたんです。ジャージも、ゆ、指の感触もっ、……私の事が見える貴方が触ったものなら……わわ私、さ、触れるんです。触れるんですっ!」
それは、すがりつくような希望だった。
理由はわからないが、俺が触ったものであれば、干渉できるというのだ。
ーー彼女にとってあの日のジャージと飲み物が、彼女の救いだったのかもしれない。
「……って、待ってくれ。誰にも干渉できないってことは……宿は」
「へ、えへへ……。また、会えるかなって思って……、あ、あの部室で、ずっと、……ま、待ってました……あはは……」
「--」
それはなんと残酷な話なんだろう。
俺にとっては一瞬の出来事だったが。
彼女にとっては、永遠のような長い思い出のような出来事だったのだろうか。
「……私が、透明になった理由は……。よくわかりません。嫌なことがあって、その後瞬間移動させられてすぐ透明になってしまって……。まるで、フィラデルフィア実験みたいだなって」
「フィラ……デルフィア」
有名な都市伝説だ。
フィラデルフィア実験。
第二次世界大戦中に、アメリカ海軍が軍艦と生身の兵士を使った実験である。
キャノン級護衛駆逐艦「エルドリッジ」は敵がレーダーを使っても捉えることができないステルス艦を生み出す実験に巻き込まれ。
フィラデルフィアからおよそ直線距離で360km離れたバージニア州のノーフォーク海軍基地へ瞬間移動したとされている。
そして、その数分後に再びフィラデルフィアに戻ってきた。
――乗組員は精神に異常をきたし、錯覚や身体の一部が意図せず半透明になったとされている。
一部が半透明。まるで、あの日の少女のようだった。
「私、だから突然どこか消えてしまうことがあって。……自分が、誰なのかも、忘れそうになって。でも、貴方が、……私の、光みたいだなって……。貴方を目印に、あの部室に、行けたから……」
「……浅木さん……」
「だから、もう、それで……ある意味、満足していて……」
「いや、ダメだろ!」
「ふえぇ!?」
俺は思わずテーブルをたたいた。
悔しかったのだ。
なんで、苦しかったはずのこの人が、こんなにも優しい人が、こんな目に遭っているのか、理解できなくて。
不条理だと感じるのだ。
助けたい。
俺にできることがあればなんとかしてやりたいと、どうしても思ってしまうのだ。
「なぁ、なんでもいい! アンタを助けるためにはどうすればいい!? ヒントは、ヒントはないか?」
「……」
彼女は、困った顔をして、ふと、何かを思い出したように……、俺に伝えてくれた。
「あの、……私は……、その。もしかしたら、とある団体が、……その、関わっていると、聞いたことがあります」
「なっ、なんて団体だ!?」
「日本生類創研」
――その言葉は、俺に耳鳴りと頭痛を与えた。
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日本生類創研をご存じだろうか。
通称ニッソと呼ばれたその団体は、1970年に設立されたとみられる、危険な団体である。
通常の科学ではあり得ない異常生物、それに関わる研究開発団体。
開発した製品を販売して資金源にしているのみならず、安全管理や事後処理能力意識が欠けているのだ。
するとどうなるか。
新たにSCPや、生体兵器、都市伝説を生み出す「怪異」が意図せぬ形で世に生まれ、世を乱すのだ。
……俺は今までの人生で、その名が耳に入ってくると思わなかった。だから、まだ猶予があると思っていた。
まさか、もうないのか。
本編が、迫ってきているのではないか。
ゲーム本編におけるニッソは、文字通り「ルート外ヒロインを虐殺」するものを生み出したり、或いはボスキャラとして名を馳せた生物が実はニッソ産だったことが判明したりと、厄介だったのだ。
ニッソ自体は出てきていない。
でも、その名前が聞こえてきたら、--終わりだ。
もう手遅れなのかもしれないのだ。
間違いなく、その名が聞こえたら本編への導入と睨んでいい。
ニッソは、1970年に設立されたとあるが、正確には違う。
――こと【厄モノガタリ】におけるニッソの始まりは、安倍晴明、蘆屋道満の時代である。
それはTipsにのみ記された物語だが。
安倍晴明がとある医療者を追いかけていたとか。
その医療者は怪しげな呪文を唱えながら猫と犬を生きたままくっつけようとしていたとか。
京に怪異ありと晴明は医療者を追い詰め、見つけたときには……。
「あぁそうそう。人間もその臓器と血管を繋げてしまえば生きていけるんですよネ。素晴らしい~。これ未来の世ではムカデ人間っていうらしいんですけどね~。いやぁ面白いもんだぁ」
「Schritte einer Koronararterien-Bypass-Operation (CABG):Vorbereitung des Patienten:
Der Patient wird auf die Operation vorbereitet, einschließlich der Verabreichung von Anästhesie.
Ein Beatmungsschlauch wird eingeführt, um die Atmung während der Operation zu unterstützen.
Entnahme des Transplantats:
Ein gesundes Blutgefäß wird aus einem anderen Teil des Körpers entnommen, oft aus dem Bein (Vena saphena) oder der Brust (Arteria mammaria interna).
Durchführung des Bypasses:」
「わー壊れてしまった。面白いねぇ人間って」
医療者は、異形の体に成り果てていた。
隣にいた男は、顔が見えず、それでも医療者をあざ笑うように指をさしていた。
「……一体、何者だい、君」
そう安倍晴明は尋ねた。
「いや。知り合いのぬらりひょんが面白そうなことをしていてね。せっかくだから干渉しに来たんだ。どうも京の天才陰陽師殿。私がニャルラトホテプだ。今後の陰陽師ともども、末永くよろしくネ!」
その後戦闘を行った安倍晴明と、途中で駆け付けた蘆屋道満によってニャルラトホテプは一度宇宙へ帰還した。
しかし異形の医療者は何処かへ消えてしまう。
ニャルラトホテプ曰く、過ぎたる未来のオーバーテクノロジーを授けたとのことだ。
今でもその偉業、いや悪逆非道の成果たる「犬と猫を繋いだもの」「平安ムカデ人間」は、五星局に保管されている。
酷いと思った。
……こうして、その異形の医療者が世に振りまいた知識や開発成果が積み重なって、ニッソは生まれたのであった。
あくまでゲームの世界ではね?
浅木さんの透明人間現象がニッソ主導の物とするらなば……。
割とマジで投げっぱなしジャーマンで、何も解決手段がない可能性は大きかった。