【ひとこいし ■■■■■■■】事件 3
「そうですか。そんなことがあったのですね……。浅木さんという方が可哀そう。私にも出来ることがあればお手伝いしますね、与一さん。あ、そうそう。今日は五星局からレシピをお借りしまして。アユを焼いてみたのです。スーパーで安くて。是非是非ご賞味いただけたら」
「サンキュー。嬉しいよ。後なんで普通に夕飯の準備してるかだけ聞いてもいい?」
「?」
「? じゃないが」
平然と俺の部屋で夕飯の準備をしている小笠原ひとみ。
合鍵……、返してくれない。
元々学校通うから留守番してっていう意味で預けてたのに……。
「あ、そうそう。私も学校祭で役割を与えられて。看板娘に任命されました。看板を持って宣伝をするのですよ。私は私なりに学校祭を盛り上げますわ。準備の間はクラスの皆さんとほどほどに仲良く作業しますわ」
「おー良いじゃん。良いけどね? そのお米何処から」
「ふふふ。私の教育係の安倍さんからお聞きしました。育ち盛りには、米で愛を盛れ、と」
「菫子さん……」
「良いですか与一さん? 食は一日のえねるぎぃと聞きました。バランスの良い食事で胃袋を掴むことが男女睦まじく出来る秘訣なのだとか」
「いや、言ったよね? 付き合う予定今本当になくて……」
「……。まぁ、まぁまぁ。おいおい、おいおいですね」
「メンタル強ぉ……」
「はいどうぞ」
そう言ってテーブルに置かれたのは山盛りのお米と鮎、お味噌汁、漬物。
……すごい、和食みたいだ!!!
前はお米とお漬物だけだったのに!!!!
え、ダメなんですか? みたいな顔ですごい顔されてたのが懐かしい!!!
五星局での食事を思い出してほしくて必死に説得した。流石にあそこでそんな食事は出されなかっただろうと。
たまにゴリゴリに硬い砂糖菓子とか出て噛んでたけど普通にまずい、と思ってたとか言ってけど、……まぁ流石に盛ってるだろう。
五星局がそんな実験みたいな食事出すかぁ?
いや、食事を出してくれること自体はありがたいのだ。文句なんぞ言う気はない。
ただお米と漬物だけは……物足りないやん。
その時は一緒に料理を作って、サブ食品を並べた。
……なんか。懐かしいな。
一人暮らししてる時は、それはそれで楽しかったけど、誰かがいるって思い出せるんだ。
家族の思い出とか。
幼馴染ちゃんとかがいた日々を……。
「与一さん。他の女のこと考えました? 幼馴染さんのこととか。食事無しでも私は一向に構いませんよ」
「え、何で分かったの」
「知りません! ぷんぷん」
「えぇ……」
「ぷんぷん」
やばい。ぷんぷんモードだ。
あれが発動すると面倒くさいぞぉ。かわいい嫉妬心で済めばいいが、幼馴染ちゃんとの連絡手段を断ってこようと仕掛けてくるから油断できないのだ。
……マジで、ごめんなぁ。俺がどっちつかずみたいなスタンスで恋愛しないって言ってる割に部屋に入れても必死で止めようとしてないから、……何か、本当にごめんなぁ。仲良くはしたいんだ。でも、突き放しきれるほど、割り切れないんだ……。
恋愛だけは怖いんだ。
いつ、周りの人が犠牲になるか分からないんだ。
――怪異は、決して人を慮らない。
ただひたすら、人の命を弄べる力を持ち、振りかざすのだから。
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須藤父が秘密裏に招かれた薄暗い部屋には、ぼんやりとした明かりのほかに少女と老人がいた。
少女は偉そうに椅子に座り、老人は物腰柔らかそうに彼女に侍っている。
「お待たせしました。申し訳ありません。仕事が何分遅くなりまして」
「うむ! 良きに計らうとよい! かの偉大なる陰陽師、須藤頼重殿とお会いできること嬉しく思うぞ!」
少女はニコニコとしているが、その実、放つ呪力は本物だ。
おそらく、並の妖怪が泡を吹いて失神するレベル……力を抑えた状態でこれなのだろう。格が違う。
「いえいえ。私なぞ木っ端の陰陽師。ですがご用命につきましては全力で当たらせていただきますとも」
彼は老人に促されるように少女と向かい合って椅子に座る。
「ふむ。では先日起きた【餓者髑髏の花嫁】事件についてを仔細詳しく。ご子息は今もなお健在か? 死穢れによる影響は」
「……困ったことに全くありません。蘆屋の天才児が一度祓いましたが、こちらの計算では……。おそらく一生気付かずに放置しても生き残れるかと。凡人であれば死の気配を漂わせ死に至ること間違いなし。鈍感、いや、適応でしょうか。呪いをそのまま、呪いの効果を発揮させずに受け入れています。陰陽師の資質と引き換えに、ただ受け入れるという一点だけであの子は彼女と向き合ったのです」
「ふむ。……、じぃや。どう思う?」
老人が少女の耳元に顔を近づける。
「日輪様のご想像通りかと。害もなく、餓者髑髏の花嫁を式にする手腕、ただただお見事という他ありますまい。しかし国が縛る程の才能でもなく、さりとて餓者髑髏の花嫁を放っておくほどのゆとりもなし。このまま監視を続け、むしろ何にも巻き込まれず過ごしてくれるならば良し、事態が悪化するのであれば自衛権を発令すべきかと」
「内閣の狸どもがそれで動けばいいのだがな。妾が発令できたりは?」
「無理でしょうな」
「是非もなし……。理解した。須藤頼重殿はどうなされるつもりで?」
「息子の予言、【ハナサキ】についての研究を進めようと思います。おそらく、ぬらりひょんはかなり壮大な規模で事を進めている可能性がありますゆえ」
「……。ぬらりひょん、か。アレは、そんなに厄介なものか?」
疑問符を浮かべ、須藤父の思惑を計ろうとする表情を浮かべるが、須藤父は微笑み首を振った。
「アレと関わればわかりましょう。どれだけ警戒心を持っても、心に入り込む話術。あらゆる部屋のすりぬけ。妖怪を束ねる総大将の器。封印も私が対応しなければ5度ほど破壊された可能性すらあります。単体で危険はなくとも、集団で危険を生み出す怪物ですよ」
なおさら、少女は腕を組んで唸った。
「え? 頼重殿。そんな相手といつもおしゃべりタイムも受けているのか?」
「いや……、その、これ、うわー言っていいのかな……。いや、あの」
「?」
「実は強大な呪力を浴びながら、なんでもいいので目標を達成すると耐性が付きレベルが上がるそうなのです。なのでぬらりひょんの封印の前で腹筋30回とか目標立てて達成すると、レベル上がるんです……。最近は部下と妻をつれて肝試しと称しぬらりひょんに近づいては逃げを繰り返していると勝手に強くなってきて……」
「なにそれこわ」
「ぬらりひょんも「儂のこと舐めすぎじゃろ!? こっちは首を長くして封印を解こう解こうと努力しているのにそれをあざ笑うような行い本当に驚きなのじゃが!?」と叫んでますが、部下も慣れてきて「お前が長いのは首じゃなくて後頭部じゃねぇか! ぎゃっはっは!」とレスバする程度に強くなってしまい……」
「本当にそれでいいのか!? そんな修行方法で強くなってていいのか!?」
「はは。だからその、私がぬらりひょんにそそのかされているとかは、まだ考えなくていいと思います。呪力による汚染は今のところありません。蘆屋の天才児と賀茂の幻術師にも定期的に診てもらってます」
「おぉ。蘆屋と賀茂の娘か。息子殿と仲が良いのだろう? 羨ましい、やはり息子殿は才気に溢れ、娘子を手籠めにでもしとるのか?」
「いいえ。息子は操を立てています。おそらく意図的に。呪力がないことで陰陽の交ざりを避け、別の力を身に着けようとしているに違いありません」
「深謀遠慮の無能、か。やれやれ。今世の代は頼もしくて仕方がない。まぁ、そうさな。我らも敵になることはない。思うがままに事を成すがよいだろう。しかしてその息子殿は不安要素が大きいな。どれ、妾が占って進ぜよう!」
「え」
日輪は老人に目配せをして、細かく切った竹や、高そうな筒や杯、ノート。そして卦肋器と呼ばれる木材の道具を用意した。
「易占ですか?」
「手慰みにな。別段タロットでも何でもよいが、妾的に雰囲気が出そうなものを選んだ。西洋術式の方が良いか?」
「いえいえ。お気遣いなく」
慣れた手つきで黙々と手を動かす彼女を、須藤父は冷や汗をかきながら見た。
占いをしているのが彼女という事実が、おそらく占い自体を予言のようなものとして高めてしまっている。
彼女が是と言えば是になるし、非と言えば非になりかねない。
それは、下手を打つと須藤与一という存在が一発で消される可能性すら……。
「まぁ息子の安全祈願のようなものと捉えよ……ほっ、ふむ。ほう! 良かったな頼重殿! 大変良い。最低でも今年は餓者髑髏の花嫁、彼女以外の出来事には巻き込まれることはないだろうし、トラブルは起きない。敵の姿が一切見えないな!」
「そうでしたか! それは何よりです!」
「良い良い。日頃の行いが良いんじゃろうて!」
「日輪様。そろそろお時間でございますれば」
「む! もうそんな時間か。じぃや」
少女は椅子から立ち上がり、暗闇の奥に向かって進んだ。
「では去らばだ頼重殿。またお時間のある時にでも」
「えぇ。ありがとうございました」
須藤父も立ち上がり、この部屋から立ち去る。
そのまま警備員に連れられて、靴を履いて、外に出た。
――――ここは宮内庁。皇族という現人神たる神秘を守護するための、ラストエデン。
「流石に胃が重たい場所だなぁ。与一、元気してるかなぁ。今回は怪異の登場はないみたいだし、……そうだ。今度ひとみさんにお土産でも買っていこうかな」